かなり物騒
目を覚ますと知らない天井…… なんてことはなく、知ってる天井だった。要するに自室のベッドの上で目を覚ましたのだ。
「サラお嬢様、気が付かれましたか?」
心配そうにのぞき込んでくるのは、サラの専属メイドのマリアだ。可愛いらしい外見から年齢よりも幼く見えることがコンプレックスらしいが、サラよりも5歳年上の13歳である。仕事は優秀なので、先輩メイドたちからの評価は高い。
「おはようマリア」
ゆるゆると身体を起こそうとして、全身に違和感が走った。とても重いのだ。
そこで、サラは池に突き飛ばされたことを思いだした。
「ご無理をされてはいけません。お嬢様は熱を出して3日も寝込んでいらしたのです。池の近くで倒れているのを警備兵が見つけ、慌ててお部屋までお連れしたのです。とても高いお熱がでており、そのまま目を覚まされませんでした。一体なにがあったのでございますか?」
どうやらいじめっ子たちは、知らぬ存ぜぬを通しているらしい。
「池のそばで本を読んでいたら、アダムたちがきて本を取り上げたの。取り返そうとしたら突き飛ばされて、そのまま倒れてしまったみたい。どうやら商人の娘が本を読むのが気に入らないようね」
ひとまず魔法の能力に覚醒したことや、前世の記憶が蘇ったことを隠すことにしたサラは、嘘ではないがすべてを詳らかにしない説明をした。いじめっ子たちだって、どうせ本当のことは言わないだろうから、バレる可能性は低い。
「なんと非道な! 旦那様に報告しなければ」
「無駄よ。証拠もないし、言い掛かりをつけられたって、逆にこちらが伯父様や伯母様に責められるだけだわ」
「ですが、お嬢様…」
悔しそうな表情のマリアに、サラはニコリと微笑みかける。
「でもね、おかげでちょっといいこともあったの」
「いいことでございますか?」
「そのうちマリアには教えてあげる」
「あら、なんでございましょう。とても気になりますわ」
コテンと小さく首を横にかしげたマリアは、人形のように可愛い。
「うーん。あのいじめっ子たちに仕返しする方法をちょっと思いついたの。でもまだちゃんとできるかわからないから、もうちょっと考えてみるつもり」
「なるほど。そういうことでございますか。承知いたしました。あの躾のなっていない子達には、お仕置きが必要そうですものね」
意外に過激なマリアは、にんまりと笑顔を見せる。
「でしょ?」
「ですがお嬢様、ひとまずはお薬を飲んでくださいませ。主治医のマルク男爵によれば、あと数日は安静が必要だそうですよ。お仕置きにも体力が必要です」
マリアは運んできた煎じ薬をベッドサイドのテーブルの上に置くと、サラが身を起こすのを手伝い、ふんわりと大判のショールをかけた。手際よく枕を並べて軽くもたれかかれるように整えると、薬の入ったボウルをサラの口許に持って行った。
「うっ、これ、すごいにおい…」
「体力をつけて病気を追い出すお薬だそうです。ちゃんと飲み終えたら、エルマを剥いて差し上げますので、頑張ってくださいませ」
エルマとは、前世のリンゴのような果物だ。品種改良の技術がすすんでいるわけではないのでそれほど甘みがあるわけではないが、それでもこの世界では貴重な甘味だ。
前世の記憶が戻ったことで、薬が嫌だと子供じみた我儘をいう気にもなれず、サラは諦めてボウルになみなみと注がれた煎じ薬を一気に飲み干した。飲みやすいよう、冷めた状態で持ってきてくれたことがありがたい。
「んっ、くぅ…、すごい苦くて渋い」
青臭さと強烈な渋みに加えて、ジャリジャリとした舌触りが絶妙に気持ち悪い。こみあげてくる吐き気を必死に堪えて何とか飲み干したが、あまりの不味さで涙目になる。
「マリア、今はエルマより水が欲しいわ…」
「用意してございます」
そっと渡されたカップの水を、ごくごくと一気に飲み干す。マリアが優秀なメイドで本当に良かった。
「お嬢様、食欲はございますか?」
「今はなにも食べたくないわ」
食欲すら減退させる恐るべき煎じ薬である。『これを飲むくらいなら元気になってやる』という効果で良くなるのではないだろうかと思えるほどヒドイ臭いと味だった。
「さようでございますか。食欲がないときは無理に食べなくても良いそうですので、ひとまずお休みになってくださいませ。お夕食の時間になったらまた参ります」
どうやら、いまは午後の早い時間のようだ。マリアはまたゆるゆると枕を元の位置に戻し、サラに横になるよう促す。おとなしくサラが横になると、マリアは静かに部屋を出て行った。
『あまりの不味さに、意識飛びかけたわ。マジあいつら殺す』
前世の記憶が蘇ったサラの性格は、かなり物騒であった。