レベッカのお説教
朝食後、サラはレベッカから特大の雷を落とされていた。
「サラさん、昨日からのあなたはあきらかにやり過ぎです。自覚はありますよね?」
「はい…」
「エドたちにサラさんの能力を知られることは仕方がないと諦めてはいました。いつまでも隠しておけないのはわかっていましたからね」
「はい…」
「ですが、モノには限度と言うものがあります。流血沙汰を起こすなど、今までの淑女教育は無駄だったのでしょうか。相手は暴徒ではないのですよ?」
「申し訳ございません」
暴走した自覚があるため、サラは言い返す言葉もなくしょんぼりと俯いた。レベッカは屈んで目線をサラの高さに合わせ、顔を覗き込んだ。
「あちらが先にサラさんの両親を侮辱しましたからね。その気持ちが理解できないわけではないのよ。でも、あなたは誰よりも強い力を持っていることを自覚しなければいけないわ。心の制御は魔力の制御と同じよ。怒りに任せて行動を制御できないのは、魔力暴走をおこした魔法使いのようなものだわ」
こうして説教をしたところで、サラの暴走を止められる自信はレベッカにも無かった。制御できるのであれば、暴走とは言わないだろう。
「私たちはどうやってサラさんを守ればいいのかしら…。強さだけを見ればサラさんを『守ろう』などと烏滸がましいのかもしれないけれど、母親としては心配でならないわ。ロブも父親として同じように心配しているのよ」
サラは少しずつ理解していることがあった。それは、前世の記憶を持っていても、今の自分は制御しきれない子供の心を抱えている8歳の少女だということだった。前世を思いだしたことで知識だけでなく性格も大人びたが、だからと言って大人になったわけでもない。
そのように酷くバランスが悪く不安定な心を抱えているにもかかわらず、サラは規格外の強さを持っている。しかも、その力を使いこなす知識も持っている。
「お母様、私は自分の心を御する訓練をしないといけないのですね?」
「とても酷なことかもしれないけれど、力を持っているなら制御は必要よ」
『今の私は核のスイッチを持った独裁者のようなものね。しかも誰も私を止められる人がいない』
その時、サラは初めて自分を怖いと思った。
「でもね、サラさんらしさも失って欲しくないって考えちゃうのよ。不思議なことよね」
「人って矛盾をずっと抱えているものなのかもしれませんね」
レベッカはサラに向かって、少年のように笑った。その表情はちっとも淑女らしくないのだが、とてもレベッカらしいとサラは思った。
「だからといって、別にサラさんに大人になって欲しいと思ってるわけでもないのよね」
「私は前世で33歳まで生きていましたが、その時でさえ自分を大人だとおもったことは無かったんですよね。そもそも大人ってなんなんですかね? 年齢を重ねれば勝手に成人として認められますし、仕事を始めれば責任を伴うようになるので大人として振舞っていました。でも、私はずっと『大人という生き物』を演じてる気がしていました」
レベッカは興味深げにサラを見た。
「サラさんでもそんなこと考えるのね」
「子供の頃、大人ってすごいなって思ってたんです。でも、実際に自分がその年齢になると、自分がイメージしてた大人とは全然違う子供っぽい自分にガッカリするんです」
「あぁそれは分かるわ」
「でも周りは大人として扱うから、それに合わせた生き方をしないとって思うんです」
「ふふっ。私は今でも自分の中身は小公子って呼ばれてた頃と同じだって思ってるわ。淑女として振舞っていてもね」
「でも今は逆なんですよね。おそらく狩猟大会が始まれば、私は『普通の子供らしい振る舞い』を求められてるんだろうなって。それが『社会性』ってモノですよね」
深いため息を吐いたレベッカは、サラを気の毒そうに見た。
「この世界の貴族社会がサラさんにとって居心地が良くないことは理解してるつもりよ」
「ありがとうございます」
「だからハッキリ言っておくわね。貴族社会で早熟な子供は珍しくない。サラさん程の規格外ではないにせよ、大人びた子はたくさんいるわ」
「そうなんですね」
「否が応でも大人の駆け引きに巻き込まれる子供が多い社会だもの。もちろん、甘やかされて非常識な子もいるけどね」
「イヤな社会ですね」
「それは認めざるを得ないわ」
レベッカはサラと目を合わせて真剣に見つめた。
「だからね、無理に子供っぽくなろうとしたり、逆に大人であり続けようとしなくてもいいの。あなたはあなたのままでいて構わないわ。だけど、もうちょっとだけ心に余裕をもって欲しいの。あなたの持つ武器はとても強いことを理解して、少しだけ周りに優しくしてあげて。サラさんにならできると信じてる」
「…はい。お母様。そうしてみます」
レベッカは立ち上がって窓からアクラ山脈を眺めた。
「狩猟大会はもうじきよ。明日からは大勢の貴族やその使用人たちがこの城にやってくる。ロイセンの王太子やアヴァロンの王子もね」
「はい」
「以前はあなたをどうやって平凡な令嬢に見せればいいかと悩んだけど、それはもう諦めたわ」
「そうなんですか?」
「前世の記憶が無かったとしても、グランチェスターの血筋で、それだけ美しい容姿をしていれば、どうしたって目を付けられるわ」
「そこまでですか?」
「貴族にとって美しさは武器ですからね。有力な家門と縁を繋ぐなら、容姿は優れていた方が有利だもの。当然次代の子供を産む母親の血統と容姿は重視します」
「家畜の繁殖みたいに言わないでください」
「似たようなモノよ」
「そう、ですか…」
外を見ていたレベッカはくるりとサラに向き直った。
「ロブとも話し合ったのだけど、きっとサラさんは自分の能力を隠し通すことはできないと思うの」
「なるべく隠すつもりではいるのですが」
「これまでできなかったし、おそらくこれからも難しそうよね」
「申し訳ありません」
「もうね、迂闊なのは性格だから仕方ないって思うことにしたの。そのあたりは制御が難しいだろうし、なにより商品開発も楽しいでしょう?」
「否定できません」
「だったら最初から、他の平凡な令嬢と違う特別な存在であることを見せつけてもいいかなって思ったのよ」
「開き直っちゃうってことですか?」
「もちろん、見せていい部分と見せたらダメな部分はあると思うわ。だけどサラさんが特別な存在だってことをアピールすれば、縁談を申し込まれても『グランチェスター領の発展にサラさんは必要』って理由で断りやすくなるはず」
「でも王室や有力貴族からの圧力がかかるかもしれません」
「きっと全力でグランチェスター侯爵が、いえグランチェスター家が守ってくれるはずよ。サラさんの価値を理解してるから」
レベッカはサラに向かって極上の微笑みを浮かべた。その瞬間、サラはレベッカの微笑みの意味を理解した。
『なるほど。圧力をかけられたら金袋でぶん殴れってことね。武力でやれば叛逆でも、経済的に締めあげるだけなら法には触れない。しかも、グランチェスター家が全力で支えてくれるってわけね』
サラは背筋にゾクりとするものを感じつつも、ときめく気持ちを抑えることができなかった。
お説教というより、煽ってるような…。