騎士団本部にて
短めです
朝食を済ませて騎士団本部へと向かった侯爵は、騎士団長であるジェフリーを呼んだ。
「お呼びでしょうか?」
「狩猟大会の参加者の名簿と宿泊場所のリストだ。今回はロイセンの王太子とアンドリュー王子が一緒に行動される。領内の視察予定は直前に変更される可能性もあるそうだ。もちろんお二方とも騎士は随伴するが、こちらも警備にも隙が無いよう再度確認しておくように」
「承知いたしました」
ジェフリーは手渡された数枚の書類を確認し、副官に警備体制の見直しを指示した。
「それとジェフリーよ、狩猟大会が終わった後で構わんのだが、できればアダムの剣術を見てやってはくれないか?」
「それは構いませんが、アダム様は近衛騎士団の騎士に師事していますよね?」
「もともとアダムはお前に弟子入りしたがっていたからな。こちらにいる間だけでもと言うことらしい。サラたちと一緒で構わんそうだ」
ジェフリーは顎に手をあてながら暫し考え込んだ後、人払いを命じた。ややあって執務室に侯爵とジェフリーだけが残ると、ジェフリーは口を開いた。
「サラ様と剣術を学ばれるのは得策とは思えません。うちの愚息にはいい刺激になっていますが、アダム様の場合は劣等感だけを抱えてしまわれるのではないかと」
「アダムにはいい薬となるだろう。サラに喧嘩を売っておったからな」
「なんとも命知らずですね」
「弱音を吐いたらグランチェスターで初めての禿げにされるそうだぞ」
「はっはっは。アダム様の頭髪は風前の灯火ですね」
ジェフリーは好戦的な顔でニヤリと笑った。
「サラお嬢様はもう少し体力が付けば、今のスコットなど相手にもならなくなるでしょう。実際、ソフィアの姿では護衛のダニエルとほぼ互角です。今は実戦に慣れている分だけダニエルの方が優位ですが、このままいけばどこまで強くなるか。私でも勝つのは容易ではないでしょうな。無論、負けるつもりもありませんが」
「それは私も一度立ち合ってみたいものだな」
「無理をすると腰をやりますよ?」
「人を年寄り扱いするな」
「それくらいサラお嬢様は規格外なのです。あの方に弱点は無いのですか?」
『サラの弱点か…』
「強いて言えば、あのキレやすい性格だろうな」
「あぁなるほど。確かに今のままでは王室や他国に目を付けられますね。あの方は本当に自分の能力を隠す気があるんでしょうか」
どこでもサラの暴走は心配のタネになっているようである。
「おそらくどこかで開き直らねばならなくなるだろう。あれほどの能力をいつまでも隠しておけるはずもない。仮に王室がサラに理不尽な要求を突き付けた場合、グランチェスターは王室を敵に回してでもサラの味方にならねばな」
「サラお嬢様であれば、グランチェスターの支援がなくとも勝てそうな気がいたしますが」
「無論そうだろう。だからこそ我らはサラの味方になるのだ」
「それは勝つとわかっている側に賭けるような振る舞いですね」
「当然だろう。私たちはグランチェスターの民を守る義務がある。ドラゴンに正面から立ち向かうほど愚かなこともない。エドワードとロバートもそれには気づいておるが、アダムが承知しておらねばグランチェスターの将来が危うい」
8歳の少女は既に人外扱いである。
「なるほど。だから一緒に剣術というわけですか」
「実際にやってみなければ、アダムがどのように反応するかわからんがな」
「まぁ手足の1本や2本なくしたところで、サラお嬢様がすぐに治してくれますから、そこは安心ですね」
サラに影響され過ぎである。まったく安心ではない。
「いっそのことサラお嬢様が覇道を歩まれるのであれば、我々のような軍属はお供するだけで難しいことは考えずに済むのですがね」
「そのような面倒なことはしないと一蹴されて終わりだろうな」
「はは。確かにサラお嬢様であればそのように仰られるでしょう」
しかし、次の瞬間にジェフリーは酷く真剣な顔をした。
「侯爵閣下、グランチェスターが他国に狙われている可能性があると伺いました」
「お前のところにサラからも連絡が行ったのか?」
「はい。密書を受け取りました」
「実際のところは何もわかっておらん。サラもまだ掴み切れてはいないようだ。ただ、我が家の手形を買い漁り、エドワードに多額の資金を貸付けた商会があったに過ぎぬ」
「ですが、その商会の本店は沿岸連合のロンバルにあり、ロイセンの王位継承権を放棄した第三王子の亡くなった妃もロンバル出身だということですよね?」
「そうだ」
「前回の暴動もロイセンが絡んでいます。これらを無関係だと考える方が不自然ですよね」
「まだ何とも言えぬ。仮に関係があったとして、なぜグランチェスターを標的に定めたのだろうか」
「判断材料が少な過ぎてまったくわかりませんね」
「だが、ロイセンの王太子がグランチェスターに滞在することを考えると、火種を抱え込むことにはなるだろう。今回の狩猟大会はいつにも増して警戒が必要になると心得よ」
「はっ。承知いたしました」