ターニングポイント
打合せ終了後、グランチェスターの男性陣が勝手に遊んでぶっ倒れないよう、サラはリビングに残したゴーレム玩具を魔法で収納した。
マリアを従えて自室に引き上げながら、サラは思考の沼に沈んでいた。
『うーん。ゴーレムの魔力補給は、ボードに魔力を流す時にゴーレム側の魔石にも流れるようにすれば良いとは思うけど、それだと子供はあっという間に魔力枯渇よねぇ? 魔力消費の抑え方をアリシアさんに聞いておこうかな。ついでに安全装置のことも』
ふとサラは足を止めた。
『安全装置?』
悪ノリして作った玩具であったが、サラは自分がヤバい領域に足を踏み込んでしまっていることに遅まきながら気付いた。
ソフィア商会でゴーレム玩具を販売すれば、本店を警備するゴーレムたちにも目が行くだろう。既に領都では話題になってしまっている。アレを王族が見れば、軍事利用を思い浮かべないわけがないのだ。
『玩具とはいえ魔力を流した者の意を受けて戦うゴーレムを王族に献上? その結果、本店のゴーレムと同じものを献上するよう王命が下されたらどうする?』
「サラお嬢様、どうされましたか?」
「少し考え事をしてたの」
「もう夜も更けてまいりましたので早くお休みになりませんと」
「確かにそうね」
サラは不安な気持ちを抱えたまま部屋に引き上げた。
夜着に着替えてベッドに入ると、何故か今日は動物大集合になった。ミケ、ポチ、セドリックとその眷属たちが全員動物の姿でベッドの上に乗ってきたのだ。
「今日はみんなどうしたの?」
「サラが荒ぶってるところを見てたから気になって。大丈夫?」
「意外とスッキリしてるよ。言いたいことは言ったし」
「それなら良いんだけど…」
ミケが心配そうにサラの顔を覗き込む。
「それよりミケにはもうちょっと頑張ってもらうことになりそう」
「シードルね? 見てたわ。ブレイズにお願いして、ノアールにも手伝ってもらったら?」
「あぁ。その手があったか!」
サラがポンっと手を打つ。
「でもあの黒狼がサラのお願い聞いてくれるかなぁ?」
「とりあえず頼んでみるわ。なんとなくエルマブランデーも不足しそうな予感するしね」
「『幻の酒』なんじゃなかったの?」
「ミケと祖父様が飲まなきゃ追加いらないかもね」
「うにゅぅ」
ミケはペタンと耳を寝かせて落ち込んだ。サラはくすくす笑ってミケを撫でる。すると今度はポチがうるっとした目でサラを見上げた。
「ねぇねぇ、私に頼むことはないのぉ?」
「ポチには狩猟大会の最後のゲストが帰るまで、毎日生花を用意してもらわないといけないかも」
「何をどれくらい用意すればいいのかを先に教えておいて!」
「それだけでいいの?」
「うん。サラのためにできることなら何だって楽しいもの」
「ありがとう」
サラはポチの額部分も指先ですりすり撫でた。
「セドリックたちは今日も黒豹なのね」
「サラお嬢様のウケが意外に良かったものですから」
「今日はいつも通りで大丈夫だよ?」
「そうですか。では!」
セドリックと眷属たちは、一斉に黒服の青年と少年の姿になった。
「セドリック…その姿で添い寝はやめて頂戴」
「おっと、これは失礼」
セドリックはさすがにベッドから降りた。
「あれからシルト商会の動きはどう?」
「1日で大きく変わることはありませんが、ソフィア商会の本店に入り込んだ賊の中にもシルト商会の手の者が混ざっていました。逃げおおせた者もおります」
「そう…」
『ゴーレムはバレたわね。元々隠す気があったわけでもないから仕方ないわね。そもそも人間の警備を雇うのは色々な意味で無理だし…』
「サラお嬢様?」
声を掛けられてハッとして顔を上げると、再び思考の沼に落ちたサラを、セドリックだけではなく妖精たち全員が心配そうにサラを見ていた。
「あ、ごめんね。ちょっと色々考えてしまって」
「何か問題でもありましたか?」
「うーん…。ちょっと暴走しすぎかなぁと」
セドリックは首を傾げた。
「私は妖精ですので本当の意味で理解できているかはわかりませんが、これまでのサラお嬢様の行動を『暴走』と呼ぶのであれば、『ちょっと』ではないように思われますが…」
ミケとポチもセドリックに同意する。
「うんうん。大暴走だよね」
「ある意味突き抜けて、覚醒しちゃってるよね?」
見えない踏み台でもあるかのように、ミケは金色の光の軌跡を残しながらぴょんぴょんと空中を駆けあがってサラに話しかけた。
「私たちは面白いからいいんだけど、サラは何か困ってるの?」
「まだ困ってるわけじゃないけど、近いうちに困るような気がするわ。この前、魔石に特定の属性を持たせる魔法陣を見てフェイが教えてくれたじゃない? その魔法陣を使ってた国は滅んだって」
「でも、サラはそんなことしないでしょう?」
「私はそんなことしたくないわ。でも権力を持った人たちは違うんじゃないかなって。魔石もそうだけど、ゴーレムも利用したいと思うはず。私、調子に乗り過ぎたかも」
ポチはベッドに仰向けで横になっているサラのお腹の上あたりにふわふわと浮かんで、金色の光を落としながら囁くように語りかける。
「サラは自分が作ったものを利用されるのが怖いのね?」
「うん。実際、ソフィア商会のゴーレムたちには防御優先とはいえ戦闘能力があるわ。痛みを感じることも、空腹を感じることもない兵士を欲しいと思う権力者って絶対いると思うの。実際、ゴーレムを販売する気はないのかって問い合わせを他の商家や商会から受けてるしね」
「イヤなら売らなきゃいいだけじゃないの?」
「うーん。断れる相手ならそれでもいいんだけど、たとえば国王陛下からの勅命だったら断れないわ」
「イヤになったらアヴァロンなんか出て行けばいいと思うの。妖精には国境なんて関係ないから、どこでもついていくよ?」
「そうなんだけどね。正直、このグランチェスターに大事なものが増えすぎてしまったわ」
最後にセドリックがサッと手を振ると、サラの身体全体に金色の光が降り注いだ。
「ねぇ、ずっと気になってたんだけど、妖精が落とすこの金色の光ってなぁに?」
「「「妖精の祝福だよ(でございます)」」」
「効果を聞いていい?」
「ちょっとだけ運が良くなる」とミケが言うと、ポチは「心が穏やかになってよく眠れる!」と言った。そしてセドリックは「素敵なアイデアが浮かびやすくなります」と説明する。
「みんなバラバラなの?」
「それぞれの妖精が、サラに必要だと思うことを祈るのよ。すごく強い効果があるわけじゃないけど、それなりに効き目はあるのよ?」
「そうなんだ。みんなありがとう」
サラはニッコリと笑って妖精たちに感謝を述べた。
「私は思うのですが…」
セドリックが言葉を紡ぐ。
「王室や他国からグランチェスターに圧力をかけられても困らないくらい、こちらが力を持てばよろしいのではないでしょうか?」
「え?」
「グランチェスターが大事ならグランチェスターごとサラお嬢様が守れば良いのです」
「王室に逆らえば叛逆罪よ?」
「逆らう必要はありません。『グランチェスターの機嫌を損ねたら危険だ』と思われるくらいになれば良いのです。最初から圧力をかける気にならないくらい。今のサラお嬢様であれば造作もないことではありませんか?」
「私、そこまで大袈裟なことをするつもりじゃなかったんだけど……」
するとセドリックは恭しく頭を下げながら
「それこそいまさらですよ。ドラゴンのように魔力を扱うことが可能で、妖精と友愛を結び、全属性の魔法を使いこなせるのですから。その気になればこの国くらい焦土にできるでしょう」
「無条件の信頼が怖いわぁ。私がうっかりこの国を消し炭にしちゃったらどうするの?」
「私たちは妖精ですから、それはそれで人の営みとして淡々と受け入れるだけです」
『ターニングポイントなのかもしれない。これまでグランチェスター領でお父様やお母様に守られてきたけど、これからはそうも言ってられないわ。それがサラなのかソフィアなのかはわからないけど』
「ねぇ空間を司る妖精っているの?」
「はい。おります」
「友愛を結んだら瞬間移動を可能にしてくれたりしないかしら?」
「サラお嬢様、それはあまりおすすめできません」
「人間が妖精の道を通れないのには理由があるのです」
「どんな理由なの?」
「妖精の道の中で、私たち妖精は実体を持たないのです。サラお嬢様が瞬間移動をするには、魔法で自分と言う存在をバラバラにして、自我を持ったまま移動先で自分を再構成しなければなりません。ですが、人間が実体を持たない状態で自我を保つのは容易ではなく、自我を失って存在が消滅してしまうことが多いのです」
「怖いわね。でも物理的に捕らえられたりしたら、逃げ出せるような魔法を使えるようになっておきたいのよ」
「然様でございますか…」
セドリックが返事をしたのと同時に、サラは小さく欠伸をした。どうやらポチの祝福が効いたらしい。そのままサラはスヤスヤと寝息を立て始めた。
「どうやら眠れたようですね。報告はまだあったのですが、明朝に改めて報告することにしましょう」
妖精たちはしばらくサラの寝顔を見ていたが、穏やかな表情であることにホッとしてそっと静かに部屋を後にした。
愉快なおもちゃを作っただけのつもりでしたが、パンドラの箱を開けてしまったようです。