波乱の晩餐会 6
『ぐうぅぅぅぅぅ~』
沈黙が落ちた正餐室に、突如鳴り響いたのは…腹の虫であった。
「あ、やだ。どうしよう! 違うんです!」
クロエが本気で動揺している。どうやら音の発生源は彼女のようだ。まぁ食事中にいきなりコレが始まったのだから、仕方ないといえば仕方ない。
「ごめんねクロエ。お腹すいちゃったよね」
「違うってば!」
クロエは髪の毛を逆立てそうな勢いで抗議しているが、サラも空腹だった。二人はそれぞれ自分の席に着いた。
「少し冷めちゃったけど、食べましょうか」
「ちょっとサラ、そんなに魔法が得意なら食事温められないの?」
「どうかな。やったことないから肉の焼き具合がちょっと変わるかも」
「冷めてるより良いでしょ」
「まぁ確かに」
試しにサラは自分の肉の温めにチャレンジしてみることにした。
『火属性の魔法を熱だけ照射するのは…表面だけ焦げて終わりそうよね。電子レンジはこの世界にないし……あれって水分子を振動させて温めるんだっけ?』
なんとなくイメージが固まったので、水属性の魔法で試してみることにした。
「あ、うまくいったかも」
正餐室に肉の焼けた匂いが漂った。切り分けて食べてみると、中まで熱々であった。それほど焦げてもいない。サラはクロエの肉にも同じ魔法を施す。
「どう?」
「あ、美味しい。火の通り加減もバッチリよ」
「うーん。新しい魔法を創造しちゃった気がする」
「そんな大層な魔法なの?」
「だって、それ水属性の魔法で温めたんだもん」
「火属性じゃないの? 全然意味が分からないんだけど!」
「だよねぇ」
サラとクロエが肉を食べ始めると、アダムとクリストファーも肉の温めを要求してきたので快く温めてやった。子供は大変順応性が高い。
『折角のいい肉だもん。美味しく食べなきゃ!』
だが、大人たちはサラが落とした爆弾のせいで完全に固まっていた。
「あ、先程の話に追加情報はありません。伯父様が融資を受けたのが一昨日で、私がそれを把握したのは昨日ですから、調べる時間が少なすぎます。続報はもう少し後になるでしょう。ただ、手形を一気に持ち込まれることを懸念するのであれば、現金は手元に持っておくべきですね」
サラは肉をもぎゅもぎゅする合間に説明した。
「さすがにその金額の現金をすぐに動かすのは難しい。宝物を売ればなんとかなるかもしれんが、グランチェスターが経済的に困窮しているように見られかねん」
侯爵が懸念事項を話している間にも、サラは晩餐に出された肉をせっせと温めなおしていた。全員が席に着いて晩餐が再開される。
「現金は私が作りましょう」
「どうやって? エドワードの融資分を含めれば30,000ダラス近いぞ」
「コレを売ります」
サラは咀嚼していた肉を飲み込むと、どこからともなく無色透明な魔石を取り出した。高純度の光属性の魔石である。もちろん、サラがチートで作ったので純度100%光属性である。
「このサイズの魔石だと国宝クラスになっちゃいそうですね。さすがにちょっとやり過ぎかしら?」
「国家の威信にかけても王室が買い取りそうだが、出処を問われるぞ?」
「まぁそうですよね。それじゃ小さくしましょうか」
サラは目の前で魔石を魔法で細かく砕いた。
「うおぉぉぉぉぉい! 何やってるんだぁぁぁ。国宝級の魔石がぁぁぁぁ」
エドワードが叫ぶ。他の大人たちも動揺を隠せていない。
「あ、大丈夫です。まだいっぱいあるんで」
サラはにっこりと微笑んで、追加で5個ほど同じくらいのサイズの魔石を取り出した。
「ま、まさか偽物か?」
「そう思うなら、試してみたらいかがですか?」
再びサラはスパッと、エドワードの頬を切った。
「きゃぁぁぁぁぁ」
同じようにエリザベスが悲鳴を上げる。このくだりはちょっと飽きた。
「綺麗に切ったのでそれほど痛みは無いはずです。伯母様、その小さい石に魔力を流して伯父様の傷を癒してもらえますか?」
「わ、私は治癒魔法なんて使えないわよ?」
サラは小さな魔法陣が描かれた羊皮紙を取り出して、エリザベスの前に置いた。
「その魔石は光属性の魔力が蓄えられています。その魔法陣の中央に魔石を置いて、魔力を流すと周囲に光属性の治癒魔法が発動します。もし一定の方向だけに魔法を発生させたいなら、魔石に触れているのとは反対の手を傷の近くに添えてください」
エリザベスは魔法陣の上に一番小さな魔石を置き、右手で魔石に触れて魔力を流しつつ、左手で夫の頬に触れた。カッと魔石が眩く輝き、エドワードの傷があっという間に塞がっていく。
「治ったわ!」
「でしょう? これさえあれば誰でも聖女ですね。あれ、男性だと聖人?」
エドワードはナプキンで血を拭い、頬に傷が無いことを撫でて確認した後に叫んだ。
「もう禿げても構わん! サラ、お前はいったい何者なんだ!!!」
「サラはカズヤの英知を紐解ける娘だ。お前もグランチェスターの直系として、その意味を理解できるだろう?」
「な!」
侯爵の説明に、エドワードは今度こそ絶句した。
「まぁ気持ちはわかるよ。僕も同じだったからね。だからこそ言わなきゃいけないことがあるんだ」
ロバートは微笑みを浮かべながら穏やかに話しかけた。と、思った次の瞬間、エドワードに向かって大声で命令した。
「エドワード・ディ・グランチェスター、お前が真にグランチェスターの血を引く者であるなら、今すぐゼンセノキオクを使いこなす者に跪け!」
すると、侯爵、エドワード、ロバート、そして何故かアダムとクリストファーが一斉に立ち上がり、サラの前に歩み寄ってその前に跪いた。
『え、え、え、どういうこと??』
「始祖の英知を紐解ける方に大変ご無礼をいたしました」
エドワードが口を開いた。
「何故私に跪くのです! どうかお立ち下さい。祖父様まで!」
「お望みであれば!」
次の瞬間、男性陣は一気に立ち上がった。
驚きのあまり、サラは挙動不審気味にきょろきょろと部屋を見回す。どうやら他の女性陣も、ポカーンとこの光景を見守っている。どうやら意味がわからないのは彼女たちも同じらしい。
「えっと…どなたでも構いませんので、事情をご説明いただけますか?」
ロバートはサラにニヤリと笑いかけた。
「グランチェスターの直系男子は、物心ついたら必ず教わるんだ。『ゼンセノキオクで始祖の英知を紐解く者を敬い、仕えろ』って」
「なぜ男子だけなのですか?」
「女子は嫁に行くからじゃないかなぁ。他家に知られたくないしね」
『でも、英知ってラーメンと生姜焼きだよねぇ?』
微妙にサラはしょっぱい顔になる。
「まさか本当にゼンセノキオクを使いこなす者が現れるとは!」
エドワードが潤んだ瞳でこちらを見ている。先程までの態度を思いだすと、正直ちょっと気持ち悪い。
「別に敬って欲しいわけでもありませんし、仕えて欲しいわけでもないんで普通にしてください」
「どうせサラはそんな風に言うと思ったから、僕も父上も今まで跪いたことはなかったんだけどね。いい加減、力関係は明確にした方がスムーズかなと思って」
「ご覧ください。女性陣が置いてけぼりにされて呆然としています」
「そうだね。レヴィは知ってる話だけど、リズとクロエはビックリするよね」
ロバートが女性陣にフォローを入れる。
「サラさんが普通の子供じゃないことくらい、ずっとわかってますよ。育児放棄とか言われましたけど、これでも三人の子供の母親ですからね。こんな8歳の子供がいるわけがないでしょう?」
「王都にいた頃と全然違うもの。サラが普通じゃないことくらいわかるわ!」
何度も『普通じゃない』と言われ、サラは微妙な気持ちになっていた。
『ラーメンと生姜焼きが読めるくらいでそこまで言われたくない』
「アダムとクリストファーにも教育されてたんですね」
「まぁ物心ついた頃から繰り返し教えるからね」
サラはますます頭が痛くなった。
「その教え要ります? 誰ですかそんな無茶なこと決めたのは」
「カズヤの孫で2代目のグランチェスター侯爵だよ。よほど祖父を尊敬していたんだろうね」
「はぁ…」
「でもサラには都合が良くない? 僕たちは、サラに従わないといけないんだよ?」
「教えられたからって従う保証ってないですよね?」
「そうだね。魔法的な縛りがあるわけじゃない。今日だってエドたちが跪くかどうかも半信半疑だったよ。僕たちにとっちゃおとぎ話みたいなもんだからね。正直、鼻で嗤われて終わる可能性の方が高いって思ってたよ。貴族至上主義の下種野郎が平民の女の子に跪くとは思わないだろ?」
するとエドワードがいい笑顔で語り始めた。
「まぁ確かにおとぎ話だよな。『いつか馬のない馬車が走り、鉄でできた船が空を飛ぶ』って言ってたらしいし。子供の頃はワクワクして聞いたよな」
『転生直前、その空飛ぶ鉄の船から降りて、馬のない馬車で家に帰る途中で事故ったんだよねぇ。さすがに言えないわ』
「まず言っておきますが、ゼンセノキオクを使いこなす者はグランチェスター家にだけ生まれる保証はありません。とても危険なので、その教えは止めた方がいいです」
「え、そうなのか?」
エドワードがサラに聞き返す。
「はい。そうです」
「じゃぁ、『ただし、グランチェスター家に生まれた人間に限る』ってのを付け足しておけばいいんじゃないか?」
「そこまでして、その教え守る必要あります?」
「サラ、グランチェスター男子のロマンなんだよ」
「うん間違いなくロマンだ」
見ればアダムとクリストファーもこくこく頷いていた。
『三十路のオッサンが目をキラキラさせながら言うな!』
こういう時だけ妙にそっくりな目をするエドワードとロバートを見ると、ふとサラの中で亡くなった父の顔が浮かんだ。
「父さんが亡くなる前に私の記憶が戻ってたら、父さんも同じ顔したのかなぁ…」
ボソリと呟いたサラの一言を、大人たちは少しだけ悲し気な瞳で見つめた。
「ところで皆様、もう私に跪かないでくださいね。居心地悪すぎます。ただ、私に従ってくれる気があるなら、私の秘密を守ってください」
グランチェスター家の男子が全員頷いた。
「伯母様とクロエもお願いしますね」
二人とも頷いた。
「だがサラよ。もし、エドワードたちが秘密を守る気にならなかったらどうするつもりだったんだ?」
「債務超過の人を黙らせるなんて簡単ではありませんか。お金の詰まった袋でぶん殴ればいいんですよ。この魔石を一つ売るだけで、タコ殴りできそうですよね?」
青ざめた顔のエドワードが絞り出すように言った。
「サラ、お前本当にいい性格してるな」
「私もそう思います。でも可哀そうなので、今回だけは助けてあげます」
するとエリザベスが腹黒いのを隠さない微笑みでサラに尋ねた。
「私やクロエが黙っていないとは思わないの?」
するとサラは非常にいい笑顔で、空中から可愛らしい巾着袋を取り出した。中にはごちゃごちゃと色々な物が入っているようだ。
「こちらにはソフィア商会が売り出す化粧品のサンプルが入っています。これは差し上げます。このハンドクリームは、狩猟大会にお越しになる女性の方々全員にお土産としてお渡しする予定です。ただ…」
「ただ?」
「このフェイスケアシリーズは、本当に限られた方にしかお譲りいたしません。肌に潤いを与え、ハリと艶を蘇らせます。生産が大変なので少量しか作れないのです。入浴後に使われるのがおすすめなので、後でお試しください。肌質によって合わない方もいらっしゃいますので、まずは肘の内側など目立たない場所で試してからお使いください」
「ハリと艶!?」
サラは先程よりも深い微笑みを浮かべた。
「次にこの箱を開けてください」
エリザベスが小箱を開けると音が流れ始めた。ちなみに、曲は『ロンドカプリチオーソ』だ。ヴァイオリンをサラが、ピアノをジュリエットが担当している。これは商会で販売する一番小さな音のなる箱なのだ。実はまだ商品名を付けていない。オルゴールと呼ぶには音の再現性が高すぎるとサラは感じていた。
「これは何?」
「音の出る箱です。新しい魔道具です。楽団や演奏家がいなくても音楽を楽しめるのって素敵でしょう?」
「確かに素敵ね」
「では、その箱の中に入っている革袋を開けていただけます?」
エリザベスがそっと革袋の紐を解くと、中からラウンドブリリアントカットが施された光属性の魔石、ペアシェイプカットされた水属性の魔石、スクエアカットされた風属性の魔石が入っていた。
「全部魔石です。カットすると綺麗ですよね。いろいろなカットパターンを試した見本なので、バラバラですが。これでアクセサリー作ったら素敵だと思いません? もちろん魔石ですから、魔法陣さえあれば魔法を発動することもできますよ? ただ、魔力を使い切ってしまうと輝きは失われますが」
「あ、あなたこれをどうしたの?」
「企業秘密です。少なくともアヴァロンでこのような魔石を供給できるのは、私の息がかかったソフィア商会だけです」
エリザベスはゴクリと唾を飲んだ。
「凄くお高いのよね?」
「その光属性の魔石ですが、カット前は先程私が砕いた魔石と同じくらいのサイズでしたね」
「ひっ!」
「まぁ他の属性の魔石はもう少し値段も低いと思いますが、純度が高いのでそれなりのお値段になるんじゃないかと」
「そ、そうなのね」
『さて、仕上げだ』
「事と次第によっては、伯母様にも融通してもいいかなと思ってます。他では入手できない化粧品も含め、伯母様を通じてしか手に入れることのできない宝石の輝きを持つ魔石です。さぞかし社交界では影響力を発揮できることでしょう」
「事と次第というのは…」
「もちろん秘密の厳守ですね。それと、広告塔お願いしますね。商売ですから」
「もし守れなかったら?」
「大したことはありません。ただ伯母様と伯母様の派閥の方々にソフィア商会の商品が届くことが無くなるというだけのことです」
「サラ! 私も欲しい!」
横でクロエが騒ぎ始めた。当然と言えば当然である。クロエの反応は事前に予想していたので、サラはプリンセスカットされた小さな光属性の魔石と、先程の魔法陣が書かれた羊皮紙をクロエに手渡した。
「後でアクセサリーに加工してもらうと良いと思う。誰かが怪我をしたら、この魔法陣に魔石を置いて治癒魔法を発動してね」
かくして、エリザベスとクロエはサラに陥落し、ほぼサラの言いなりになる便利な存在となることが確定した。お金でぶん殴られたエドワードは言うまでもない。
なお、サラが砕いた魔石は、ソフィア商会の従業員の手によって、翌々日には王都の複数の商家に持ち込まれた。小指の爪よりも小さいサイズの魔石が5つだったのだが、どの商家も持ち込んだ当日に買い上げた。合計で80,000ダラスとなり、そのうち30,000ダラスの現金をグランチェスター家に融資している。
ここで波乱の晩餐会もひとまずはお開きとなった。
だが、これからリビングでイベントの第二弾が待っていることを、小侯爵一家はまだ知らない。
やっと晩餐会終了。
小侯爵一家のざまぁを望む読者様が多くて驚きました。
ちなみに、この作品ってキーワードに『ざまぁ』を設定してないんですよ!
あれ? 服従させるのはざまぁにならないってことであってますよね?
指摘していらっしゃる方もいらっしゃいましたが、サラは自分が面倒なので社交界で広告塔になる伯母や従兄妹を利用することを早い段階から狙っていました。面倒なことは、そういうことが好きそうな人に押し付けて、自分は楽しいことする気満々です。




