波乱の晩餐会 5
前話を予約投稿するつもりがうっかり即時に投稿しちゃったので、もともと同日公開予定だったこっちも今日公開しちゃいます。
長くなったので途中でぶった切ったんです。
サラはエリザベスにも釘を刺すことを忘れたりはしない。
「そうそう、伯母様も元平民の伯爵夫人に『生まれは隠せない』とか言ってましたよね」
「ちょっと何で知ってるのよ!」
「思ったんですけど、伯母様って伯爵令嬢だけど、それって伯父様が急逝されて滑り込みで伯爵令嬢になっただけですよねぇ? 本来なら騎士爵の娘だったわけで、その伯爵夫人と生まれの差は無いはずなんですよ。あの伯爵夫人も亡くなられたお父様は騎士爵で、旦那様とは幼馴染でいらしたそうですから」
「だから何故それを知ってるのよ!」
「あ、深く聞くと禿げるかもしれないのでご注意ください。伯母様はグランチェスターの血を引いていらっしゃらないので」
咄嗟にエリザベスは髪に手をやった。
「正直なところ、私は伯母様がそこまで腹黒だとは思っていません。可愛らしいとさえ思います」
「そ、そうなの?」
「だって策士としては底が浅すぎますもの。伯母様が侮辱された件の伯爵夫人ですが、彼女の妹さんが嫁がれた商家は、王都でも有力な大店なのです。しかも、グランチェスターの小麦を扱う商家の一つだったとご存じですか?」
「え?」
「この件については、上手く淑女的な言い回しができないので、平民の言葉で申し上げてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ」
「くだらねー虚栄心でグランチェスターに被害を与えるなアホ女。おかげであの商家は速攻で手形を全額換金した上、今後の取引を断ってきたんだよ!」
実際には領の現金が15,000ダラス程増えたので、今だけを見れば歓迎できる事態ではあったのだが、今後のことを考えると王都での取引先を一つ失ったのは大きな損害である。
「ははは。サラ、本当に母上そっくりだ」
「いえ、さすがに祖母様はこのような汚い言葉は使われなかったと思いますが」
「それは間違いないね。だけど、相手に反論の余地を残さないその言い方が似すぎてて本気で笑える」
ロバートはサラを抱えたまま大爆笑している。
「そもそもお父様にだって問題はあるんですからね?」
「僕は何をしたの?」
「何もしなかったことが問題なのです。代官って文官のトップでしょう? それにお父様はグランチェスター家の直系でもあります。どうしてエドワード伯父様と協力関係を築けなかったのですか?」
「いけ好かない下種野郎だから?」
「個人の好き嫌いで領の運営を左右させないでください。兄である前に、将来の領主なんですよ?」
「うん、僕が間違ってたよ。もっとエドと話をすべきだった」
「じゃぁ、この後私が何を言っても、伯父様の味方をしてくれますか?」
「それは聞かないとわからないなぁ。まだ何か言うつもりかい?」
「うーん。もしかすると、ここからが本番かもしれません」
サラはロバートに頼んで下に下ろしてもらった。ロバートはやや不満そうである。
「さて祖父様、再度確認いたしますが、伯父様が次期領主であることは変わらないと思って問題ありませんか?」
「そのつもりだ」
「では、今後は領主教育もお願いしますね」
「承知した」
「それと…」
「ふっ。『この後私が何を言っても、伯父様の味方をしてくれますか?』であろう?」
「ご理解が早くて大変助かります」
だが、話題にされているエドワードは、逆にサラが念を押して回るのがとても怖かった。背筋にゾッと何かが走るのだ。
「えっと、まず伯母様に質問しますね。グランチェスター領で横領事件が起きたことはご存じですか?」
「ええ知っているわ。でも、もう2年も前のことでしょう?」
「てっきりご存じではないのかと思っておりました。なにせお金の使い方に遠慮がありませんでしたので。ちなみに、事件が発覚したのは2年前ですが、被害の状況を確認できたのは今年に入ってからです」
「あら、そうだったのね」
「この話を従兄妹たちは知っていますか?」
「いいえ。わざわざ子供に教えることでもないでしょう?」
「なるほど」
サラはまたもや紙を取り出して読み上げた。
「リンツ宝石店700ダラス、ジャスミンドレス店280ダラス、これは伯父様の名前で発行された手形で購入されています」
「狩猟大会用のアクセサリーとドレスね」
「そうですね。伯母様とクロエの二人分でした。しかも、その後に別の宝飾店からも500ダラスほど購入されていますね」
「小侯爵夫人としての品位を保つためよ」
『おっと、品位ときたか』
「ちなみに王妃様の年間の品位維持費は、その年によって違いますがだいたい10,000ダラスだそうです。さすがに王妃様ともなると違いますね。もっとも、この金額がすべて服飾費になるわけではありません。品位の維持は着飾ることだけではないということでしょう」
「女性でありながら露骨にお金の話をするとは。本当に下品ね」
「まぁ商家で生まれていますしね」
エリザベスの嫌味などどこ吹く風である。
「その後、アダムが馬車を購入していますね。700ダラスだそうですが、こちらに到着する前に何度も故障したとか」
「アレは不良品だったのだ。すぐに車輪が壊れるなどロクなものではないわ」
「あの馬車は『舗装された道でなければ走れない』と事前に説明してあったそうですよ。馬車にも適材適所があるようですね。私はそんな華奢な馬車はごめんですけど」
「なんだと。あれはそんな馬車だったのか」
「購入前に調べましょうよ。それに購入後でも気付けたと思いますよ。実際、使用人たちの制止を振り切って走り出したそうですね」
「使用人の言うことになど、いちいち耳を傾けていられるか!」
アダムは不機嫌そうに言い捨てた。
「勉強も満足にできず、家臣の忠言に耳を貸さぬ領主など迷惑なだけです。熱心なのは下着集めだけですか?」
「いつまでそのことをあげつらう気だ!」
「だって、それ以外に取り立てて言うことがありませんもの。他に何を言えと?」
「いろいろあるだろ! 麗しい容姿だとか、剣の腕前が素晴らしいとか、洗練された服装だとか、会話運びが素敵だとか」
「アダム…あなた、ご令嬢方が言ってることを本気で受け取ってる?」
「だって事実だろう?」
「えーっと…容姿はまぁグランチェスターだからソコソコ良いのは認める。でも、スコットの方がカッコよくない? 向こうの方が年下だけど、彼に剣で勝つ自信ある?」
「うっ」
「服装については好みの分かれるところだけど、今の装いは好きじゃない。やたらとキラキラしてて装飾過多だもん。それと会話だっけ? 頭が悪い人と会話してると疲れるだけなんだよね。どうせくだらない自慢話ばっかりなんでしょ? ご令嬢方はアダムの背景に興味があるだけよ」
横でクロエがこくこく頷いていた。
『あ、やっぱり気づいてたんだ』
「まぁアダムのことはどうでもいいんですが」
「どうでもいいってなんだよ!」
「うるさいなぁ、グランチェスター男子で初めての禿げになりたい?」
アダムはピタリと口をつぐんだ。
「話を戻しますけど、伯母様とクロエの服飾費は約1,500ダラス、男性陣の服飾関連でも200ダラス程度かかっています。ちなみに今回参加されるゲストの方々の平均的な服飾費は500ダラス以下です。ホストであることを差し引いても多すぎですね。加えてアダムの馬車で700ダラスが追加で支払われています」
「そこまで使っていたのか!」
侯爵が驚きの声を上げた。
「まぁそのせいで夫婦の間で揉め事があったようですね」
「どうして寝室でのやり取りまで知ってるのよ!」
「乙女の秘密です」
情報収集の手段を知っているレベッカとしては、サラがどこまで明らかにするつもりなのか内心ヒヤヒヤであった。
「実は先程の横領の余波もあり、小侯爵一家に割り当てられている予算は削減されています」
「え、予算の削減理由はそのせいなの?」
「そうです。伯父様は理由をお話にならなかったようですね。しかも、伯母様にお金の苦労をさせたくないと思われたのでしょうが、伯父様は自分用の予算や個人資産を切り崩していらっしゃいます」
「ええっ?」
「サラ、わざわざこのような場で、女性に言うべきことではないだろう?」
エドワードが割って入った。
「私、常々疑問なんですよ。女性にお金の話をしないし、させないってヤツ。一緒に家を支えているパートナーに情報遮断してなんのメリットがあるんですか? 貴族の習慣とかマナーなのは仕方ないとは思いますが、危機の真っ只中で悠長なこと言ってる暇ないんですよ」
「危機?」
「伯父様、小侯爵一家の振り出した手形のせいで債務超過してますよね? 既に鉱山を抵当にシルト商会から融資をうけられていますが、伯母様の散財が止まらなきゃ債務不履行になるのは明白です」
「鉱山を抵当に入れただと!? まさか、ノーラの持参金としてエイムズベリー家から譲り受けたあの炭鉱か?」
「……はい」
「いったい、いくら借りたのだ!?」
「10,000ダラスですよね? 既に2,000ダラスが不足していて、社交シーズン前にも現金が必要になると思われたのでしょうが、いくらなんでも祖父様に黙ってやるにはコトが大き過ぎませんか?」
「だが…それしか方法が無かったのだ」
「伯母様を止めれば良いだけではありませんか」
「苦労をかけたくないのだ。妻の贅沢を許容するのは夫の度量と言うものだろう?」
「祖父様から割り当てられた予算で夫の度量もなにもありません。自分で稼いでから言ってください」
「貴族は自分で稼いだりなどしない!」
「馬鹿じゃないの! そのお金は領民が働いた結果なのよ? だからあなたたちは領民のために働くのでしょう? それすら出来ない立場に甘んじている癖に、偉そうに夫の度量とか言ってるんじゃないわよ!」
「サラ。今度こそ本気で謝るわ。散財した私が悪いの。エドのせいじゃないわ。責めないであげて」
『あ、珍しく伯母様が本気で謝ってる。ほほう』
「その『今度こそ本気』っていうところ、本音が漏れてて良いですね。そういう方が伯母様は可愛いですよ?」
「そ、そう?」
「あの…ちょっと気持ち悪いので身悶えないでください」
「失礼ねぇ。可愛いなんてあんまり言われないんだから良いじゃないの!」
「さっき伯父様言ってましたよ。『リズはちょっと腹黒いから可愛いんだ!』って」
「それは、あまり嬉しくないわね」
「言ってることは私の方が毒があると思うんですけど。まぁ細かいことをグランチェスター男子に期待する方が間違ってます」
「「確かに!」」
エリザベスとレベッカは同時に納得した。
「それでですね、伯父様が融資を受けたシルト商会ですが、他にもグランチェスター家に関連する手形を買い漁っています。既にあの商会には18,000ダラス分の手形が集まっています。これに伯父様の融資分を加えるとなかなかの数字ですね」
「サラ…お前、何を言っているか分かっているのか?」
「もちろんです。ちなみに、シルト商会の本店は沿岸連合のロンバルにあるそうなのですが…不思議なことに亡くなったロイセンの第三王子妃はロンバル出身なんですよねぇ。第三王子妃の忘れ形見を擁立する動きと、この前の暴動…全部偶然だと良いですね」
サラはにっこりと微笑んだが、目がまったく笑っていなかった。