波乱の晩餐会 1
ちょっとだけ暴力的です。苦手な方はスキップしたほうが良いかもしれません。
波乱の晩餐は侯爵の第一声で幕を開けた。
「ロバートとレベッカ嬢が婚約した。この狩猟大会で発表する」
「え!?」
エドワードは驚きの声をあげ、エリザベスはその場で固まった。どうやら侯爵はエドワードたちにロバートの婚約を報せていなかったようだ。
「それなら報せてくれれば婚約の祝いを持参したのに。おめでとう、ロブ、レヴィ」
「おめでとうございます。お二人は昔から仲が良かったですものね」
小侯爵夫妻は笑顔を浮かべて二人を祝福する言葉を口にした。
「ありがとう!」
「ありがとうございます」
ロバートは晴れやかな笑顔で、レベッカはしとやかな微笑みで祝辞に対するお礼を述べた。
「それほど大掛かりな結婚式は考えていないんだ。グランチェスター城内で、身内と親しい友人たちだけに祝福してもらおうと思ってる」
「サラさん、ベールガールしてくれるかしら?」
「それでしたら、ブレイズもベールボーイとして一緒に持つのはどうでしょう?」
「それは可愛いわね」
ロバート、レベッカ、サラの三人は、息もぴったりに結婚式のアイデアを述べていく。
「サラさんは、ロブやレヴィと親しくなったのですね」
「はい。お二方とも私にとてもよくしてくださいます。こちらに来て本当に良かったと思っておりますわ!」
当て擦りにとられかねないギリギリの発言であるが、間違いなくサラの本音である。
「王都が恋しくなったらいつでもいらっしゃい」
「ありがとうございます」
エリザベスはふと顔を上げ、侯爵に話しかけた。
「義父上様、いっそサラさんを私どもの養女にしてはどうでしょう。そうなれば貴族との縁組も不可能ではございません」
「ちょっと、お母様! 何を仰っているのです。私は反対ですわ!」
エリザベスは晩餐の前にエドワードに、『サラさんは義父上様のお気に入りのようです。養女にした方がよろしいのではありませんか?』という提案をしており、エドワードも承知していた。だが娘のクロエは反対のようである。
ロバートもエリザベスの発言を即座に否定した。
「クロエ心配しなくていい。サラは僕の養女になることが決まってるんだ。既に王府への届け出も済んでいるし、王室からの許可も下りてる」
「そんな、結婚前から娘がいるなどレヴィが気の毒ではありませんか!」
レベッカを心配するようなエリザベスの発言に、レベッカも反論する。
「心配してくれてありがとうリズ。でも、これは私たち二人が望んでいることでもあるの。サラさんにはぜひ娘になって欲しくて」
「こう言っては何だけど、ロブは騎士爵でしょう? 将来的に侯爵令嬢になれば、サラさんの身分は貴族にできるわ」
レベッカと結婚する男性は叙爵されることが内定しているため、実はどちらの養女になってもサラは正式に貴族令嬢になる。だが、サラは貴族になることに魅力を感じてはいなかった。彼女は生活のレベルを落としたくないだけなので、快適な生活を支えるお金さえあれば十分と考えていた。というより下手に貴族令嬢になって、面倒なしがらみが増えるのはイヤだなと感じていた。
「伯母様、ご心配いただいてありがとうございます。ですが、私は侯爵令嬢になりたいと思ったことはございません。繰り返し伯母様にご指摘いただいたように私は平民です。養女になったところで、私の生まれが変わるわけではございません」
今度は当て擦りなどではなく、痛烈な批判となった。
「そ、それは…」
「やめるのだリズ」
「ですが義父上様、サラさんは魔法を発現したと伺いました。少なくとも半分はグランチェスターの血を引いているのですから、その希少な能力を欲する貴族家は多いはずですわ」
「私はやめろと言ったはずだ!」
侯爵は、ダンっとテーブルを叩いた。衝撃でグラスの中に注がれたワインやジュースがゆらゆらと揺れている。そして、正餐室にいた使用人たちを全員下がらせると、ボソリと呟くように発言した。
「サラはそれを望んではおらぬ。私の養女になる提案すらも断ったのだ」
「は!?」
これには、小侯爵一家全員が驚き、エドワードが改めてサラに問いかけた。
「サラ、お前は侯爵令嬢になるのを断ったというのか!?」
「仰る通りです」
「何故だ?」
「私はそれが幸せだと思えないからです」
これを聞いたエドワードは、椅子を蹴って立ち上がってサラを怒鳴りつけた。
「なんということだ! お前は父上の恩情を足蹴にしたというのか? タダの貴族ではないグランチェスター家の侯爵令嬢だというのに、『それが幸せだと思えない』だと? 不遜な発言も大概にするがよい!」
『エドワード伯父様、唾飛ばしながら話すのやめてくれないかなぁ。なんかバッチィ』
興奮するエドワードを見つめながら、サラは意外にどうでもいいことを考えていた。
「エド、僕の娘に失礼なことを言うのはやめてもらおうか」
サラに向かって吐かれた暴言をロバートが見過ごすはずもなく、ロバートとエドワードが口論を始めた。
「お前も何を言っているのだ。この娘はグランチェスター家を貶めているのだぞ?」
「サラにそのような意図はない!」
「どうせ馬鹿なアーサーを唆した母親にグランチェスターの悪口を吹き込まれたのだろう。駆け落ちすればグランチェスター家から援助してもらえると思っていたのだろうが、父上はそれほど甘い方ではないからな。母親ともども衰弱死するところだったのだ。おそらくずっと恨んでいたのだろうさ!」
ぷちっ。サラの中で何かが切れるような音が聞こえたような気がした。
「エドワード、いい加減にせんか!」
侯爵はエドワードを諫めたが、激高したエドワードはなおも言い募った。
「大体、レヴィも何をしていたのだ。ガヴァネスなら、貴族的な所作よりも先に道理をきちんと学ばせるべきだろう。かつて王妃様が直々に淑女教育を施したと聞いたから信頼していたのに、やはり小公子には淑女教育はムリということか?」
ぶちぶちぶち…。追加で何本かが切れた。
「黙れ」
「何か言ったか?」
「黙れって言ってんだよ。その汚い口を閉じろ!」
サラは椅子に座ったまま、エドワードの頭上から水属性魔法で長さ30センチほどの氷の矢を彼の目の前にある皿に垂直に落とした。氷の矢は、そのまま皿の肉にブスリと突き刺さる。
「ひっ!」
「黙らないなら、次は外さない」
「お、お前!」
エドワードが声を発した瞬間、どこからともなく小さな突風がエドワードの頬を掠めた。違和感を感じたエドワードが頬に手をやると、ぬるりと濡れた感触がある。エドワードの頬は、ざっくりと切れて血が垂れていた。
「きゃあぁぁぁ。エド!! 血が出ているわ!」
横にいたエリザベスが叫んだ。
「だから外さないと申し上げたではありませんか。伯母様も騒ぐようなら同じことをしますので、少し黙っててください」
「お、お前! お前ごときがグランチェスターの次期当主に向かって!」
エリザベスの発言をサラは鼻先で嘲うと、そのまま土属性の魔法で小侯爵一家を椅子に拘束した。
「伯母様、本音が漏れてましてよ。淑女としてはいかがなものでしょうね。でも、だからこそ私は貴族令嬢になどなりたくないのです。グランチェスター家の当主の養女になったところで、いえ仮に国王の養女になったとしても私の本質は変わりません。そして事実を知る方々は、私のいないところで嘲笑することでしょう」
サラは立ち上がってテーブルの反対側に回り、エドワードの隣に立つ。
「うわぁぁぁぁ。来るな、来るな!」
「やめて!エドに危害を加えないで!!」
エリザベスがサラに向かって叫んだ。サラはエリザベスを振り向いて、にこりと微笑んだ。
「どうして危害を加えてはいけないのですか?」
「あなたの伯父でしょう?」
「そうですね。そして、父さんを馬鹿呼ばわりして、母さんを侮辱した人物です。あまつさえレベッカ先生を、いいえお母様にも暴言を吐いたのです」
「だからと言って暴力を振るうというの?」
「言葉の暴力は構わないとでもいうのですか? あぁ、そう言えば伯母様は私に散々言ってましたよね。『これだから平民は』って。まぁ事実の指摘と言えばそれまでですけど」
そして、改めてエドワードに向き直ったサラは、怪我をしている頬にぐりっと指先を沿わせた。
「い、痛いっっ」
エドワードが叫ぶ。
「やめてサラ。お願いよ。私が悪かったわ。罰するなら私だけにして。エドと子供たちは許してあげて!」
エリザベスが涙をボロボロ零しながら叫んだ。
「ですって、エドワード伯父様。良かったですね。奥様からは凄く愛されてるみたいですよ」
サラはエドワードの頬を魔法で治癒していく。傷が完治したところで、テーブルに置かれていたナプキンで血を拭うと、そこには一筋の傷すら残っていなかった。
「えっと、罰は伯母様がうけてくださるんでしたっけ?」
サラはくるりとエリザベスの方を振り向いて、淑女的な微笑みを浮かべた。レベッカの薫陶の賜物ではあるが、小侯爵一家にとっては恐怖しか感じられない微笑みであった。
「やめろサラ! やめてくれ。リズに手を出すな」
エドワードが叫び始めた。
「どうやら、とても愛し合っていらっしゃるのですね」
「私もビックリだわ。ただの政略結婚だと思っていたもの」
「それはもったいないですね。すれ違い夫婦というやつでしょうか」
なお、侯爵、ロバート、レベッカはサラのやることに口を挟もうとはしなかった。もちろん致命的なことになりそうであれば止めるつもりではあるものの、そもそもサラを止められる人物がいるのかは微妙な問題である。
「政略結婚でも幸せになれるなら、それも良いのかなって思えてきました」
「少なくとも私は好きな人と結婚できたから幸せよ。子供たちも可愛いし」
「そこまで子供を愛しているのであれば、なぜ育児放棄されているのですか?」
サラは首を傾げてエリザベスに問うた。




