これはマジでヤバいヤツ
ゴーレムはとんでもない技術が集結して出来た代物なのだが、その開発中にはもっととんでもない技術革新が起きていた。
それが、魔石の再利用技術、正確には魔石を作り変える技術である。
サラとアリシアは、これまで『使い捨て』と思われてきた魔石に、魔力を注入することで再利用できるような仕組みを開発したいと考えた。と言うより、この技術ができたからゴーレムたちを作ろうと考えたと言う方が正しい。
魔石に向かって同じ属性の魔法を放てば、魔石に魔力が補充されることは以前から”経験的に”知られていた。ただし、それは偶然に起きる現象でしかなく、場合によっては魔石が割れてしまうことがあるため、基本的に魔石は使い捨てだと思われている。
もちろん希少な魔石の再利用はこの国の、いやこの世界で魔石を利用している人間にとって悲願である。失われた古代文明では魔石を再利用していたという記録が残っていることもあり、アカデミーでは研究者も多い。
そもそもサラとアリシアが魔石の再利用について検討することになったのは、音の出る箱が使い捨てになることをアリシアが惜しんだことに端を発している。
「サラお嬢様の折角の演奏ですのに、再生を繰り返すと魔石が失われてしまうのがなんとも悔しいです」
「でも元になる箱を開いて、その演奏を別の魔石に記録する方法で解決するのではなかった?」
「そうなのですが、演奏するごとに元になる箱の魔石は消費されていくので、より多くの箱を作るのであれば、いつかは元になる箱の魔石は失われます。そうなれば元の箱から記録された魔石で作った箱を使うことになります」
「まぁそうでしょうねぇ」
「ですが、この記録は世代を追うごとに少しずつ劣化していくんです」
それはそうだろう。音の出る箱は作りによって音の響きがまったく異なるだけでなく、再生する場所にも大きく影響する。デジタル的にコピーするわけではないので、どんどん粗悪なものになっていくのは避けられない。
「仕方がないわ。そういうものだもの。記録を劣化させずに別の魔石に移す技術開発できれば良いのだけど」
「それも研究中ではあるのですが、それよりも私は魔石に魔力を注入する方法を検討してるんです」
「魔石は使い捨てだとおもっていたのだけど、それって可能なの?」
「パラケルスス師の主な研究分野は魔石です」
「賢者の石って聞いてたけど?」
「ええ、魔石を賢者の石にすることを考えていたようです」
実は魔石研究において誰よりも先んじていたのはパラケルススであり、彼が行方不明になって何十年も経っているにもかかわらず、彼を超す錬金術師は未だにいなかった。
「そもそも賢者の石って何?」
「それはパラケルスス師しかわかりません。彼にしか読めない文字で残されている資料がとても多いのです。父はそれを悔しがって、必死に読もうと研究したそうなのですが成功していません」
『あー、もしかしたら私それ読めるかも』
「それにしてもアリシアさんは、パラケルススさんの直系の子孫なのに『師』と呼ぶのですね」
「すみません。対外的にはそうすべきなのでしょうが、会ったこともありませんし、それに錬金術師にとっては神のような存在であることは間違いありませんので」
「神ですか」
『神ねぇ…萌えるドールを欲しがってたなんてバラせないよ。そもそも萌えを説明できる気がしないっ』
「その資料って私が見ても良いかしら?」
「もちろんです。乙女の塔にある物で、サラお嬢様の自由にならないものなどありません」
「ふふっ。まだお酒はダメって言われてるわ」
「あぁ確かに! でもブランデーもシードルも最高に美味しいですから、成人したら沢山飲んでくださいね」
「それはそれでお父様やお母様から怒られそうだわ」
サラはアリシアと目を合わせてくすくす笑った。
パラケルススしか読めない文字は、やはり日本語で書かれていた。
『オレはこの賢者の石でドールに命を吹き込む』
『あの彫刻家は萌えを全く理解してない』
資料の最初の方にかかれている内容で、サラの頭がズキズキと痛んだ。そして、この男の研究に湯水のように金を使った曾祖父は、一体何を考えていたのだろうと本気で心配になった。
だが読み進めていくうちに、少しずつパラケルススの記述が変わっていくことに気付いた。
『王都では、流行り病でたくさん人が亡くなったらしい。下痢と嘔吐が酷いというが、コレラのような病気だろうか。もう少し衛生管理をしっかりすれば…』
『野ブタの肝臓に大量の嚢胞があったらしい。もしやエキノコックスか? だが、この世界の人に生水を飲まないよう指導するのは難しい。侯爵に言ったところで理解されるだろうか。どうしたものだろう』
『まずは、上下水道や浄化槽の研究を始めよう。専門じゃないから、少しずつ試すしかないだろうな。幸い妖精のお陰で時間は沢山ある』
『この塔で使っている給湯器を見て思ったが、これを作ったヤツは転生者か? 値段が高すぎる。バラして構造を見るか』
どうやらパラケルススも少しずつ領民を心配するような大人になっていったようだ。しかし、この辺りの記述ではなさそうだ。サラはパラパラと資料をめくっていく。
『魔石に魔力を注入できないのは、魔石の中に微量に含まれる異なる属性の魔力が反発していることが原因のようだ。余計な属性の魔力だけを抜きとれば、魔力を注入できるようになるのではないか?』
と書かれたページには、魔法陣を検討していたらしい痕跡が残っているが、どうやら完成には至っていないらしい。しかも魔法陣は複雑すぎて、サラにはまったく理解できなかった。
サラはアリシアを呼び、そのページに記載されている内容を伝えた。
「サラお嬢様には、これが読めるのですか?」
「これはグランチェスターの始祖が使っていた文字なのです。もしかしたらパラケルススさんと先代のグランチェスター侯爵だけでやりとりするのに使ったのかもしれません。ただ、申し訳ないのですが文字をお教えすることはできません」
『嘘です。多分先代の侯爵も読めなかったと思います』
「まぁ、グランチェスター家の密事と言うことでしたら詮索は致しません。内容を教えていただけるだけでもありがたいことでございます」
そしてサラとアリシアは、パラケルススの資料を一緒に紐解いていくことになった。
「ねぇアリシアさん、ここにある魔法陣は特定の属性の魔力を魔石から吸いだすことを目的としているのよね?」
「そうです。まとめて魔力を吸いだすことができる魔法陣は概ね完成しているようですが、そこから属性を絞って抽出できるように試行錯誤していたようですね」
「でもさ、この前ミケが言ってなかった?『魔力はすべて同じ。属性魔法は、魔力に指向性を与えているに過ぎない』って。絞り込めないのは当然なんじゃないの?」
「あ!」
そこでサラとアリシアは、パラケルススの魔法陣を参考にしつつ、すべての属性を吸いだす魔法陣を描き出し、実際に魔石から魔力を抜いてみることにした。
魔法陣によって吸いだされた魔力は、そのまま液体となってふわふわと空中に丸い球状になっていく。サラはその液体を小瓶に取って蓋をする。
こうして完全に魔力が抜かれて空になった魔石は、炭素の塊となった。ただ、炭素と言うのは同素体が非常に多いため、元になった魔石の質によって『ダイアモンド』から『グラファイト』までさまざまな状態へと変化する。
この世界に存在する元素のうち、炭素がどれほど貴重なのかはわからないが、少なくとも結晶化して鉱脈から産出される鉱物に魔力が蓄積されているのであれば、貴重なのも頷けるというものだ。
事実、使い終わった質の良い魔石を加工して販売する業者も存在している。要するにダイアモンドジュエリーなのだが、前世のようにカットの技術が洗練されているわけではないので、あまりパッとしない宝石だと思われているようだ。確かにダイアモンドはカットありきの宝石なので、ブリリアントな輝きが無ければそんなものだろう。
サラは完全に空になった魔石に、風属性の指向性を与えた魔力を流し込んだ。すると、先程まで火属性だった魔石は、風属性の魔石へと変化した。しかも指向性が完全に一致しているため、非常に魔力効率が高い魔石となった。
しかもこの作業によって、元になる炭素の結晶もどんどん変化していく。つまり、より上質なモノへと変化していくのだ。
『なんか人工ダイアモンドみたいになったよ! しかも属性の色がほんのりついてるよ』
「えーっと、あっさり魔力を補充できちゃったみたいなんですが…」
「あ、あはは…ソウデスネ」
サラとアリシアは目の前で起きたことに呆然として、うまく言葉が出てこなかった。
「アリシアさん、私ちょっと怖いことを思いついちゃったんですけど…」
「え、それは…、聞くのが凄く怖いんですが、それ以上に好奇心の方が強いです」
実に錬金術師らしい発言である。
「魔石から魔力を吸いだせるなら、魔石に魔力を注ぐ魔法陣も描けるのでは?」
「そうですね。不可能ではないと思います」
「魔力そのものに指向性はなく、指向性を与えるのは人間なのですよね?」
「仰る通りです」
「でしたら、魔力を注ぐ魔法陣で魔力に指向性を持たせることができれば、誰でも任意の魔石を作れるんじゃないでしょうか? もちろん魔力持ちじゃないとダメですが」
「!!!!!!!!!」
アリシアは恐ろしいことを聞いた表情を隠さなかったが、手は勝手にパラケルススの資料を漁った。パラケルススは特定の属性の魔法を取り出すため、それぞれの属性を特定することに成功していたのだ。
「サラお嬢様、できそうな気がします。でも誰にも言えない恐ろしい技術になってしまいそうです」
「アリシアさん安心して。既に恐ろしいことになってるわ」
どこをどうすれば安心できるのかはさっぱりわからない。
本来、魔石は天然資源である。アクラ山脈にはいくつかの魔石鉱脈があり、その多くは火属性の魔石である。湧き水の近くで水属性の魔石、森で木属性の魔石などが少量採掘できるが、グランチェスター領で産出される魔石の8割以上が火属性である。
魔石の中で最も価値が高いとされているのが、光属性の魔石である。そもそも光属性の魔石が採掘できる鉱脈が見つかること自体が稀であるため、発見されると貴族家は鉱山を王室に献上することが通例となっている。その代わりに陞爵したり領地を増やしたりしてもらうのだ。
だが、サラたちの技術を公開してしまえば、こうした魔石産業のエコシステムは崩壊してしまうだろう。
「重大過ぎて誰にも言えません」
「パラケルススさんの研究って深掘りすると怖いわね。これ、下手をすると国同士の戦争に発展しかねないわ。妖精にも口止めしないと」
サラは自分の友人である妖精を呼び出すと、何故か一緒にフェイやノアールも出てきた。その後ろにはアリシアの妖精やアメリアの妖精も隠れている。彼らには名前がないので、会話はできない。
セドリックが話し始めた。
「サラお嬢様、その技術を秘匿したいのですよね?」
「ええそうよ。この技術は危険すぎるわ。今すぐ公開すれば、国同士の戦争に繋がりかねないもの」
「承知しました。この件については妖精たちから秘密が漏れることが無いように計らいます」
フェイが心配そうに魔法陣を覗き込んだ。
「昔、似たような魔法陣を見たことがあるよ。でも、その国はもう無いんだ。ずっとずっと昔に滅んでしまったから」
「じゃぁ、この技術は使わずに封印すべき?」
これにはノアールが遠い目をして答えた。
「お前たちがそれを封印したところで、いつか誰かがその法則を発見するだろう。そしてまた国が滅ぶのだろうな。それが人の世というものなのだろう?」
ミケとポチも心配そうにサラを見つめている。
「私が余計なことを言ったからなのかな…」
「ミケ、そんな弱気になっちゃだめだよ。私はサラを信じるよ!」
心配そうに両肩にのった友人たちの頭を撫でつつ、サラは力強く答えた。
「だったら私はこの技術を使うわ。すぐには公開できないかもしれないけど、いつかこの技術が当たり前に使える日が来ることを祈って!」
すると妖精たちはサラとアリシアの周りをくるくると回り、二人に金色の光を落として祝福するように去っていった。
その光景をサラとアリシアは黙って見つめていたが、やがてアリシアがボソリと口を開いた。
「サラお嬢様、私は乙女の塔に来たことが運命のような気がしています。アカデミーの研究員になるよりも、もっと凄いことができるんですね! しかも魔石使い放題!!」
「魔力枯渇で倒れないようにね?」
「そんなぁ。ドラゴンのようなサラお嬢様の魔力をふんだんにお願いするに決まってるじゃないですか」
「あ、うん」
開き直ったマッドサイエンティストは怖いと感じたサラは、話を逸らそうと手に持っていた小瓶をちょっと振った。
「ところで、この液体化した魔力って何かに使えそうじゃない?」
「サラお嬢様、その液体は純粋な魔力なので指向性を持っていません。つまり、どんな属性の魔法でも使える魔力ということになりますよね。これをアメリアさんに渡したらどうなるんでしょうね」
…もっと怖い考えになってしまった。
「彼女を巻き込んで良いのか悩ましいのだけど…」
「乙女たちは一心同体です!」
「えーっと…」
『どうしよう。その理論で行くと、お母様も巻き込むことになるわ』
かくして暴走したアリシアは、自律型ゴーレムのためのバックエンドシステムを作り上げ、サラの作ったゴーレムに多くの魔石を埋め込んだのである。もちろん元になったのはパラケルススのドール研究だが、サラとアリシアは動かすゴーレムの造形にはあまり興味が無かった。
なお、アリシアは製作中からゴーレムの警戒モードに関する特殊な仕様には気付いていたが、面白そうだったのでそのまま残した。ある意味、多くの犯罪者の心を折ったのは暴走したアリシアだと言えるだろう。
魔石のコストが99%カットできる理由はコレかぁっ! ってことですね