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Max Hard Life - SIDE コーデリア -

本日は2話更新しています。こちらは2話目。

コーデリアは、王都に暮らす領地を持たない男爵家の長女であった。幼少期はそれほど貧しくはなかったが、父が投資に失敗して多くの財産を失ってからは、支出を抑えるため兄と弟の家庭教師だけを残し、彼女のガヴァネスは解雇された。


弟は勉強の時間になると、コーデリアのドレスの後ろに隠れるくらい勉強が嫌いな子供であった。将来は独立しなければならない次男がコレではマズイと思った両親は、コーデリアを授業に同席させれば良いと考えた。


だが、コーデリアが横にいるだけではダメなことはすぐに判明した。弟は勉強ができないわけではなかったが、理解するまでに少しだけ時間が掛かる子であった。ところが家庭教師はそれを理解しておらず、勉強に向いていない子だと思い込んでいた。


さすがに弟が心配になったコーデリアは、弟の代わりに授業のノートを取り、授業が終わった後に、弟が理解するまで丁寧に教えることを繰り返すようになった。きちんと内容を理解できるようになれば弟も勉強の面白さに気付き、ぐんぐんと成績が上がっていくようになる。


2年も経つと、兄弟の学習範囲はほぼ同じになった。兄と弟は4歳程年齢が違うため、この事実は兄のプライドを大いに刺激した。要するに面白くなかったのである。


ある日、家庭教師からの質問に兄だけが正解できなかったことが切っ掛けとなり、兄と弟は大喧嘩を始めた。兄は弟に向かって「コーデリアがいなければ何もできない」と難癖をつけ、弟の方は「これが僕の実力だ」と言い張った。この時、兄は14歳で、アカデミーに入学できる年齢のリミットが迫っており、逆に弟は10歳で最年少入学を目指していたことも状況を悪化させる要因となった。


自分が原因で兄弟を仲違いさせていることに心を痛めたコーデリアは、勉強の席に同席するのを控えるようになった。だが、家庭教師は彼女が勉強できなくなることを惜しみ、自習できるよう本を貸したり、質問に答えたりといったやりとりをこっそりと続けてくれていた。


年が明けてアカデミーの入学試験に挑んだ兄は不合格で、弟の方も最年少入学を果たすことはできなかった。アカデミーへの通学は義務ではないため、爵位の継承にはなんら問題を及ぼさない。だが貴族令息は伝統的にアカデミーで横の繋がりをつくるため、大きな痛手であることは間違いない。継嗣のアカデミー入学を実現できなかったことで家庭教師は解雇された。男爵は彼に紹介状を書くことすらしなかったという。


コーデリアにも転機が訪れた。実家の経済がますます悪化したため、経済的な支援と引き換えにコーデリアが大きな商家に嫁ぐことになったのだ。この時のコーデリアはまだ14歳で、まずは婚約者として相手の邸に移り住み、商家の嫁として振る舞いなどを学ぶことになった。


コーデリアにとって婚家の居心地は悪くなかった。義理の父母はとても親切で、本当の娘のように接してくれた。コーデリアも可能な限り婚家の役に立つよう、実家の伝手を辿って貴族家との繋がりを深めるよう協力した。


16歳で成人を迎えたコーデリアは、そのまま婚約者と婚姻した。この婚姻を機に義理の両親は家督を夫に譲って引退し、コーデリアの夫が商家の主となった。


才気走るコーデリアは、一を聞けば十を知るような女性であった。夫の仕事を正確に把握し、先回りするようにさまざまな段取りを済ませておくコーデリアのことを、夫も最初のうちはよくできた妻だと感心していた。だが結婚から三年も経つと、夫との仲が少しずつ変化していった。先読み能力に優れたコーデリアの行動が、夫の鼻につくようになっていったのである。


妻に何もかもお膳立てされていると感じるようになった夫は、使用人たちが自分よりもコーデリアに仕事の報告をすることが気に入らなかった。コーデリアがいつまでも妊娠せず、精力的に商家の仕事をこなしていることも気に入らなかった。そして何よりも、貴族とのコネクションをコーデリアが繋いでいることが忌々しかった。


そのうち夫は外に愛人を作るようになり、たびたび外泊するようになった。また、少しずつコーデリアを通さない仕事も増やしていった。中には無謀な投資が必要な事業もあったが、夫は自分の手でやり遂げることに意義を感じているようだった。


コーデリアは夫に愛人がいることを把握しており、たびたび事業で損失を出していることにも気付いていた。だが、貴族令嬢として育ったコーデリアにとって夫に愛人がいることはなんら不思議なことではなく、夫の事業についても概ねは把握していたため、致命的な問題になる前に赤字を補填していた。


そして結婚から8年が経過した頃、夫は突然コーデリアに離婚を突き付けた。愛人が妊娠したため、正式に後継ぎにしたいと申し出たのである。


「その方が妊娠したことは承知いたしました。ですが、私たち夫婦の養子にするだけでは駄目なのでしょうか? 無理にお母様と引き離す必要もありませんので、別宅に子守や家庭教師をつけて育成されても構いません」


夫はこの期に及んでも冷静なコーデリアが気に入らなかった。


「お前は嫉妬すらしないのか。そもそも妊娠すらできないような女は嫁として役に立たん。この家の妻の座に醜くしがみつかず家を出ていくがいい!」

「申し訳ございませんが、嫉妬しなければならない理由がわかりません。私たちは政略結婚ではありませんか。それに、あなたが女性を囲うようになってからは夫婦関係もないのですから、妊娠しないのは当然です。逆に私が妊娠したら、そっちの方が大問題だと思いませんか?」


理路整然と返答したコーデリアに、夫はますます激高していく。


「少しばかり仕事ができるからといって、夫の私を蔑ろにするからこのようなことになったのだ。もっと夫を敬い、夫を立てようという気持ちは無いのか!」

「あなたを蔑ろになどしたことはございません。そもそもあなたを立てるため、事業で損失を出したときにも、黙って補填したではありませんか」


この件を指摘したのは失敗だったと、後からコーデリアは反省したが、この頃はコーデリアも若かったので仕方ない。完全に夫は逆上した。


「お前のそういう取りすましたところがまったく気に入らん。外に子供を作ったのはオレだから、一応慰謝料は払ってやる。とにかくこれ以上お前と夫婦でいることが耐えられないんだ」


こうしてコーデリアの結婚生活は終わりを告げた。離婚そのものは悲しくなかった。ただ、商家で一緒に仕事をしてきた従業員たちが自分との別れを惜しんで泣いてくれたことが、とても切なかった。


実家の両親は既に亡くなっており、爵位は兄が継いでいた。彼はアカデミーに入学できなかった件でコーデリアを未だに逆恨みしており、婚家から支払われた慰謝料を懐に入れたにもかかわらず、コーデリアが実家に戻ることを許さなかった。


気の毒に思った弟が少しの間だけ部屋を貸してくれたが、お世辞にも裕福とは言えない弟に世話になり続けるわけにはいかなかった。


途方に暮れたコーデリアは、かつての親友であったトニアに手紙を書いた。エルマ農園を経営する彼女であれば、取引先の商家などの仕事を紹介してくれるかもしれないと考えたのだ。


だが、トニアは仕事を紹介するというより、自分の仕事を手伝わせる気満々でコーデリアをグランチェスター領に招いた。


「いらっしゃいリア! しばらくはゆっくりして、これからのことを考えて頂戴。私としては農園を手伝って欲しいけど、無理強いをする気はないわ」

「ありがとうニア。私は体力がある方じゃないから、農園の手伝いができるかちょっと不安なのだけど…」

「うーん。帳簿付けの手伝いとか、商家との交渉を手伝ってくれるだけでも嬉しいかも」


だがコーデリアが見たところ、事務に人手は足りているようだ。


『あまりニアに世話をかけたくないなぁ。取引がある商家を紹介してもらおうかな』


などとコーデリアが今後についてつらつらと考えていると、トニアの子供たちがじゃれ付いてきた。あまりにも愛らしいので、ついつい笑ってしまう。


コーデリアは実家にいる頃から大事にしていた数冊の絵本を、子供たちに読み聞かせるようになった。不思議なことに生まれたばかりのフランも、コーデリアが本を読み始めると静かになるのだ。次第に子供たちも絵本に興味を持ち始め、文字を読みたがるようになってくると、コーデリアは弟に勉強を教えていた頃の自分を思いだした。


トニアの子供たちが遊びにいく川の近くには、さまざまな職人の工房があり、そこで多くの女性が下働きとして働いていた。女性たちの多くはコーデリアと同じように離婚したり、あるいは夫と死別したりしていた。この女性たちで集まって暮らす集落があると聞いたコーデリアは、気になって中を覗いてみることにした。


集落の中心には、老人が営む木工工房があった。とても親切な老人で、彼は小さな小屋をいくつも建て、困っている女性には格安の家賃で住まわせていた。その老人は木切れで子供が遊べる玩具を作り、工房の前にある広場で遊ばせていた。


トニアの子供たちも集落に住む子供たちと交流があり、率先していろいろな場所を案内してくれた。


「ねぇねぇリア様、あの子達にもリア様の絵本を見せてあげたいんだけどダメ?」

「いいわよ。どの本がいいかしら?」


ちょっぴりおませなトニアの長女におねだりされ、コーデリアは絵本を持って女性の集落を訪れた。そして多くの子供たちが、トニアの子供たちと同じように、文字の読み書きを覚えたがるようになったのである。


ある日、広場で絵本の読み聞かせをしていると、木工工房から老人が出てきた。


「そろそろ雨が降る。昔、娘夫婦が住んでいた離れがあるから、そちらで続きを読んでやるといい」


とコーデリアに提案してきたのだ。


案内された離れは掃除が行き届いていた。聞けば、集落の女性たちが交代で老人の工房やこの離れを掃除しているのだという。ここに住んでいた老人の娘夫婦は、子供が生まれて手狭になったため、もう少し領都に近い場所に新しい家を建てて引っ越したのだそうだ。


コーデリアは、椅子に腰かけて絵本の読み聞かせを再開した。子供たちも床に座り込んで、キラキラと目を輝かせながら聞き入っている。中にはいろいろな質問をしてくる子もいる。


その瞬間、コーデリアは自分がやりたいことを見つけたことに気付いた。


『そうだ。私は子供たちに勉強を教えよう!』


家庭教師から教わったことを弟に説明する時間が、コーデリアはとても好きだった。ガヴァネスになりたいわけではない。ただ子供たちに読み書きを教え、自分たちで新しい知識を得るための方法を教えたいのだとコーデリアは思った。


こうしてコーデリアは老人の離れを借り、集落の子供たちを中心に勉強を教える私塾を始めたのである。授業料は無料というわけにはいかないが、集落の女性たちの子供であれば、物々交換や掃除などの労働提供でも支払を受け付けた。


なお集落には元々は名家のご令嬢だったり、貴族の婚外子だったりとさまざまな女性が住んでおり、時折マナーや話術などの講師を務めてくれることもあった。コーデリアは勉強はできたが、マナーについてはガヴァネスが途中で解雇されてしまったため、中途半端な知識しか持っていなかった。強いて言えば、カーテシーは美しいと言われていたくらいである。


こうした女性たちの協力もあって、私塾から大きな商家のメイドに就職するような子供もぽつぽつ現れ始めた。そして、私塾で初等教育をうけたジェームズがアカデミーに合格すると、それが評判となって集落外からも私塾に通う子供が一気に増えた。


教え子が増えたことで離れが手狭になってきた頃、コーデリアは大家である老人から木工工房と離れをまとめて譲り受けた。


自分の余命がいくばくもないことを知った老人は娘夫婦を呼び、工房と離れの土地と建物をコーデリアに譲ると宣言したのである。なお、娘夫婦の子供もコーデリアの教え子であったため、彼らは喜んでコーデリアに譲ることに同意してくれた。


数日後、老人は家族や集落の女性たちに見守られて静かに息を引き取った。遺言に従って土地と建物はコーデリアが相続した。


老人の葬儀が終わり、静まり返った工房を片付けていたコーデリアは、老人の寝室の隅に大きな木箱があることに気付いた。老人の娘夫婦に渡さなければならないものかもしれないと思い、慌てて木箱の蓋を開けると、中には積み木など子供向けの知育玩具が山のように入っていた。


これを見たコーデリアは胸が一杯になり、自分の両親が亡くなった時よりも大きな声で一晩中泣き明かした。

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― 新着の感想 ―
アカデミーにも入れない馬鹿兄、まともな商運営も出来ない馬鹿元夫、二人とも没落していればいいのに。
[一言] 兄貴は「商人ごときに舐められた上、身内をカネだけ取って捨てた当主」って悪評に耐えられるほど妹を恨んでたんですね 男爵家の伝手で商家に取引先を紹介してたんだから、紹介できるほど懇意な、まあ親せ…
[一言] 分家ができずにばたばたと平民落ちしていくこの国の貴族制度は凶悪ですね 孫の顔を見る前に長子決め打ちで家督を譲ってしまうとあっさり御家断絶しそう…いや、養子の制限がゆるいのかな とにかく小侯爵…
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