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Max Hard Life - SIDE トニア -

本日は2話更新しています。こちらは1話目。

トニアは騎士爵の娘であった。男爵だった祖父はトニアが生まれる前に亡くなっていたため、彼女は貴族として社交の場に出る機会はなかった。父は王宮文官として王府で働いており、祖父の遺産もそれなりに受け継いでいたため比較的裕福な家庭であった。


爵位があるわけではないが、トニアは一人娘であったことから、彼女はいずれ王都の邸を含む父親の財産を受け継ぐ立場にあった。トニアの母は13歳の頃に亡くなっており、晩婚であった父は後添えを貰うこともなく、父娘は仲良く暮らしていた。


ある日、男爵位を継いだ従兄がトニアに縁談を持ってきた。老齢となった父が、トニアの将来を心配し、男爵家にお相手を探してくれるよう頼んだらしい。


やってきた見合い相手は、伯爵家の三男坊であった。トニアより2歳程年上で、特筆すべきところのない平凡な容姿であったが、着ている服だけはやたらと派手な青年であった。


トニアとしては可もなく不可もなしといった感じの相手であった。騎士爵とはいえ伯爵家の令息であり、本家当主からの紹介でもある。断るには相応の理由も必要になることから、釈然としないままトニアの婚約は成立した。


婚約者は社交の場に頻繁に顔を出す生活を送っていた。婚約者ということで、トニアも何度か舞踏会には参加した。しかし、社交界において騎士爵の娘というのは非常に曖昧な存在で、身分的には平民であるため正式なデビュタントとしては扱われない。


有力な貴族の次男や三男の娘であれば、正式に社交界デビューすることもあるが、その場合でも形式上は本家の養女になる。トニアの従兄もトニアに養女の話を持ち掛けたが、たとえ男爵であっても爵位を持つ貴族家の養子縁組というのは、それほど簡単な話ではない。


貴族家の養子縁組には王室の許可が必要になる。形式的な手続きにもかかわらず手数料が高いのは、おそらく貴族階級の人間を容易に増やすべきではないという配慮なのだろう。


無事に王室からの許可が下りれば養子縁組は成立するのだが、貴族家が養子を迎えた際には、『お披露目パーティー』を開催しなければならない。義務ではないが、社交界の暗黙のルールとなっている。


要するに男爵家の養女になるには、お金と手間がかかるということだ。伯爵家の令息とはいえ、騎士爵に過ぎない婚約者のためにそこまでする意義を、トニアは見出せなかった。


正式に社交界デビューしていない女性は、参加者の付属品として扱われる。これは妻であろうが、愛妾であろうが同じである。いっそクルティザンヌ(高級娼婦)の方が、男性からダンスに誘われたり、女性から蔑みの目を向けられつつもドレスやアクセサリーなどを注視してもらえる分だけマシかもしれない。トニアは誰からも相手にされることなく、まるでそこに居ないかのように会場の隅でぽつんと立っていることしかできなかった。数回参加しただけでうんざりしたトニアは、婚約者の社交に付き合うことをしなくなった。


あるときトニアは、婚約者の青年の社交費用を父が負担していることに気付いた。父を問い詰めると、それがトニアと婚約する条件だったと聞かされた。父の言葉にトニアは愕然とした。確かに自分の容姿は平凡である。だが、お金を支払ってまで婚約してもらわなければならない程酷いのだろうか?


爵位を継承する相手であれば、婚約の条件に金銭の支払いが発生しても理解はできる。だが、婚約者は伯爵家出身ではあっても、所詮は騎士爵に過ぎないのだ。あるいは自分が結婚することで本家である男爵家にメリットがある政略結婚ならば、やはり仕方がないと納得できただろう。しかし、この結婚には男爵家にもメリットがなかった。


ショックをうけたトニアは、商家に嫁いだ親友のコーデリアに相談することにした。一つ年上の彼女は、幼い頃からの大親友である。


「ねぇリア。私は自分が美人じゃないってことは知ってるけど、そんなにひどい顔してると思う?」

「いきなり何を言いだすのよ。あなたは十分可愛いじゃない」


トニアはコーデリアに婚約者との事情を説明した。


「なに、それ。完全にトニアが相続する財産目当てじゃない! っていうか、その男は何で収入を得ているの?」


コーデリアから指摘され、改めてトニアは婚約者について考えてみた。


婚約者は名義上、伯爵家の所領を管理する文官の職に就いている。だが王都を中心とした社交に明け暮れている婚約者が、伯爵家の所領に訪れているのをトニアは見たことが無いことに気付いた。王都を離れるのは、有力な貴族家が領地で開催する狩猟大会などのイベントか、同世代の貴公子たちと旅行するときだけだ。


「えーっと…仕事してるところを見たことが無いかも?」

「やっぱり! そういう貴族多いのよ。無職だと外聞悪いから自領の文官職(家事手伝い)ってことにしてるだけ。実際にはただの無職よ」

「ええっ。じゃぁ結婚したらうちの資産で養うことになるの?」

「多分そういうことだと思うわ」

「どうしてお父様はそんな相手と結婚させようとするの?」

「多分、自分が亡くなったら、ニアが平民になっちゃうからじゃない? 騎士爵の妻なら一応貴族だもの」

「なにそれ。私は平民でも構わないのに。っていうか、貴族の社交にまったく興味が持てないんですけど。アレなんなの?」

「私も貴族の娘だったけど、実家は貧乏だったからデビューしてないのよ。まぁ、家同士のつながりを深めたり、結婚相手を探したりする場所でしょう」

「え、それって無職の騎士爵が参加する意味ないじゃない」

「うん。全然ないわよ。ニアの婚約者が見栄っ張りなだけじゃない?」


その夜、トニアは父に向かって宣言した。


「お父様。お金を払ってまで、あの程度の男と結婚したくありません。あの男は見栄っ張りの怠け者です。お父様に万が一のことがあれば、数年でうちの財産を食いつぶすでしょう。そうなった時に、あの男が私を捨てないと思いますか?」


実はトニアの父や従兄も『コイツ金の無心し過ぎだろ』と思っていたらしく、無事に(?)婚約は解消されることになった。しかし、婚約を解消した直後にトニアの父は突然の病であっけなくこの世を去ってしまったのだ。


父もなく夫もいないトニアは、ひとまず従兄の手を借りて父の遺産を相続する手続きを始めた。そして、さまざまな書類を精査しているときに、父が生前グランチェスター領にあるエルマ農園に投資していたことがわかった。


グランチェスター領には、かつて父と一緒に旅行したことがあった。そこで食べたエルマが美味しく、父に沢山買ってもらったことを思いだした。


『お父様、憶えていてくださったのですね』


こうしてトニアはグランチェスターに移住し、自分で経営していく決意をしたのである。それまで働いた経験すらない10代の少女の決意を従兄は無謀だと反対したが、トニアの決意は固かった。


なお、美人でもない自分には、財産目当ての男しか寄ってこないのであれば、一生独身でも構わないと、この時のトニアは考えていた。ところが、その予想はあっさりと彼女を裏切った。


ある日、農園に農具を納めていた鍛冶職人が、大きな体躯に似つかわしくない小さな可愛らしい野花の花束を持ち、顔を真っ赤にしながらトニアに愛を告白したのだ。


最初はこの男も自分の財産目当てだろうと断ったのだが、彼は毎日のように花束を持って農園にやってきた。仕方なくトニアが王都での出来事を説明したところ、翌日には『自分はトニアの財産を1ダルたりとも受け取らない』という誓約書と、工房の経営が赤字でないことを示すための帳簿まで持ってきて求婚するようになった。


半年ほど経ったある日、トニアはとうとう熊のような大男の求婚に頷いた。完全に根負けである。

こうして、仲の良い夫婦となった二人は、二男一女を授かることになる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 美味しいエルマの里で父との思い出の旅行先というだけで、引越し先に選んだ。これも縁ですねぇ。
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