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商会の開店準備 3

商会本店の二階には、一部の客しか入れない特別室がいくつか設けてある。大部分は貴族客向けの応接室なのだが、階段のすぐ近くにある続き部屋だけは別である。実はこの部屋こそソフィア商会の『書籍部』なのだ。


ハーブティのカタログ、箱から流れる曲の楽譜、さまざまな教科書、小麦の収穫予想に関する論文とその解説書、そしてロバートの恋愛小説など取り扱う分野は多岐に渡っている。


書籍部が二階にあるのは、まだまだこの世界の本は高価であるため、気軽に一階に陳列しにくかったというのが表向きの理由である。本音を言えば少々過激な描写のあるロバートの小説を人目の多い場所に置くのはいかがなものだろうかという配慮の結果であった。


そのため、ロバートの本は書籍部の奥の続き部屋に置かれていた。これらの本を購入するにはもう一つ扉を抜ける必要があるのだ。この部屋を最初に見たサラは、『レンタルビデオ店のR-18コーナー?』などとくだらないことを考えたことは秘密である。


ちなみにロバートの本は長編のシリーズが3作あり、合計で20冊を超えていた。短編集も10冊程あったことを考えると、なかなかに多作の作家である。まだ書籍化されていない原稿もあったので、サラはロバートから根こそぎ奪って端から本にした。


なおサラはロバートに、「できれば私も読める小説を執筆していただけませんか?」と言っておいたので、おそらく今後は作風の違う作品も出版されることだろう。


ロバートと付き合いのある印刷工房は、編集、印刷、製本の過程をすべて賄える規模の大きな工房であった。だが工房主はあまりにも職人気質で妥協を嫌うため、活字を作る工房や紙を作る工房と頻繁に喧嘩することでも知られていた。扱いが面倒だと多くの商家や商会からも呆れられており、資金繰りにも苦労していた。


サラは職人のこうしたこだわりが嫌いではなかった。というより大好物だった。


物を製造する上で妥協が必要になる理由の大半は、資金、時間、人である。つまり、資金が足りないから作れない、時間が足りないから納期に間に合わせられない、技術力を持った人がいないということだ。そして面白いことに、資金さえあれば、後ろの二つの課題は意外に何とかなったりする。


サラはソフィアに変身して何度も印刷工房に出向き、工房主がこだわった活字や紙を確保すべく、さまざまな鍛冶工房や紙工房に出向き、現金を積み上げて高品質のモノを入手してみせた。その様子はまるで金の詰まった袋でぶん殴るようですらあった。


ある工房に活字の製造を依頼したところ、報酬を倍額にした途端に3倍の速さで納品できると言い出した。気になってセドリックに調べさせたところ、徹夜などで無理をしているわけではなく、腕の良い職人を低賃金で雇って一気に作っていた。そこでサラは下請けの職人たちに直接製造を依頼し、コストを元に戻した。もちろん元請とは縁を切った。労働に正当な報酬を支払わないなど許しがたい行為である。


もちろん、印刷工房で働く職人たちにも十分な報酬を渡せる資金を準備し、妥協することなく、だが可能な限り迅速にさまざまな書籍を印刷させて製本させた。


なお、その工房のルリユール(製本家)は、工房主の妻であったが、彼女の方も夫に負けず劣らず職人気質であった。もちろんサラは彼女のためにさまざまな革、布、糸、リボン、そして接着剤に使うさまざまな材料を要求されるままに確保して与えた。


ただし、サラがこの職人夫婦に最初に会った際、彼らには次のように宣言している。


「初版のためにコストを掛けることは許可します。ある意味特別な商品ですから。ですが、第二版あるいは二刷以降はコストを抑えた廉価版にしていただきます。私は可能な限り、書籍を広く一般の方にも親しまれるものにしたいのです」


これは本を大量に印刷する者にしか口にできない台詞であり、大量の在庫を抱えるリスクを冒すという意味でもある。サラはこの国の識字率を向上させ、『出版業』という新しいビジネス分野を開拓したいと思っていた。


サラは、庶民の識字率が低いのであれば、絵本やコミック誌を作っても良いくらいまで考えていた。子供は面白いコミックを見て、文字を覚えたいと思うに違いないのだ。もっとも、それを理解してくれる作家がいるかどうかは微妙なところであるが。


しかし、さまざまな問題もあった。最大の問題は、この国にはまだ『著作権法』に相当する法律がないことだろう。おそらく商会の出版物ではない海賊版が数多く出回ることになるだろう。


この問題もいつかは解決しなければならないとは思うが、そう簡単に書籍の出版コストが下げられるわけもなく、まして庶民の識字率がいきなり向上するとも考えにくい。なんなら海賊版の存在が識字率の向上に一役買ってくれる可能性もあるので、ひとまずそちらについては考えないようにした。


なお、商会として真っ先に廉価版の本を出版したのは、『文字の読み書き』と『計算』そして『複式簿記の基礎』といった教科書である。読み書きと計算については、元になる本が乙女の塔の図書館にあったため、トマスに編集や加筆を依頼した。これもある意味では、著作権法がないからできたことだと言えるだろう。


トマスが書いた原稿はレベッカやコーデリアにも見てもらった。その結果、難易度に合わせて読み書きは3段階、計算は5段階に分冊した。


複式簿記の基礎を含め、これらの教科書は他の書籍とは異なる印刷工房を利用して出版した。ロバートに紹介された印刷工房では回しきれないほど原稿が山積みになったため、急遽、工房主の弟子の工房に依頼することになったのだ。


こちらは、師匠ほどこだわりが強い職人ではなく、最初から廉価版の書籍を作ることに同意したため、以降すべての教科書はこの工房に依頼することになった。後に楽譜もこちらの工房で印刷されることになる。


もちろん、これだけ派手に革や紙を購入すれば、商業ギルドを経由してさまざまな情報が飛び交うことになる。多くの商家や商会はソフィアの正体や背後関係を探ろうとしたが、突如として現れた謎の美女の正体を誰も知らなかった。


ジェフリーの邸に頻繁に出入りしていることが目撃されていたため、彼の婚約者なのではないかという噂も流れた。サラはまんざらでもなかったので、その噂は放置しておいた。


最初の取引では手形での決済を受け付けないと断る商家もいくつかあったが、サラはダニエル以外にも複数の厳つい護衛を付けて現金を目の前に積み上げた。また、発行した手形を即日本店に持ち込む商家や工房も多かったが、同様に即金で支払いを済ませている。


その結果、盗賊や破落戸たちが『ソフィア商会の本店には大量の現金がある』という噂を聞きつけ、しばしば夜中に忍び込んでくるという事件が多発するようになった。


だが、本店の敷地はサラが作ったゴーレムたちに守られていた。ちなみに、初回の魔法訓練で作ったゴーレムよりも小型化されており、身長は180センチほどである。ゴーレムたちは商会の人間として登録されていない人物を『商会のお客様』と認識する。立ち入り禁止区域に侵入したお客様には、正しい玄関まで誘導するようプログラムされている。


もちろん営業時間外の場合、お客様には速やかにお帰り願わなければならない。ゴーレムは営業時間外に商会に訪れたお客様に対して、「ホンジツノエイギョウハシュウリョウシマシタ ピーットナッタラ オナマエトゴヨウケンヲ オハナシクダサイ」と丁重に話し始める。もちろん語ればメッセージは録音される。音が鳴る箱の技術の応用である。


それでもお帰りにならないお客様については、相手に怪我を負わせることのないよう、そっと出口に誘導しようとする。たとえお客様が壁や窓をよじ登ろうとしたり、扉を壊して中に入ろうとしたりしていたとしても、その前にそっと優しく抱えて門の外にお連れするのだ。


この時点でほとんどの盗賊や破落戸は諦めるのだが、中にはゴーレムを破壊しようとするチャレンジャーもいる。ゴーレムは攻撃と認識すると、「カドナショウゲキヲカンチシマシタ コレイジョウノコウゲキハ テキタイコウイトシテ ハンゲキヲカイシシマス」という警告を一度だけ発する。なおも攻撃を続けた相手に対しては、問答無用で腰にぶら下げた警棒を押し当てる。


実はこの警棒はスタンガンのように電流が流れる仕組みになっている。大抵の人間は一撃で行動不能に陥るが、なおも起き上がって来た場合には、再度電流を流しつつ殴りつける。そして全員を行動不能にしたところで、まとめて捕縛するのだ。


おかげでいまのところソフィア商会の盗難被害はゼロであり、多くの窃盗犯を逮捕するに至った。懸賞金を掛けられていた指名手配犯まで捕縛したことから、ゴーレムを商品として売り出すか商業ギルドから尋ねられたが、その気はないとはっきり断った。


なお、最初にゴーレムを作成した時のインパクトが強かったせいか、ゴーレムたちは窃盗犯の捕縛に成功すると、その周りをぐるぐると回るようにドジョウ掬いを踊りだす仕様になっている(バグがある)。わざとではないのだが、もう一度作り直すのが面倒だったのでそのまま放置している。


おかげで捕縛された窃盗犯たちは、翌朝に商会の人間が出勤してくるまで、延々と謎の踊りを見せつけられることになる。これがトラウマになって更生した人もいるとか、いないとか…。


商業ギルドのコジモは、ソフィアの正体を確認するためにスパイを送り込もうとしたが、紐付きの人物はことごとく不採用となった。もちろん他の商家や商会が送り込んだ人物も同様の結果となった。夜中に商会に忍び込んで情報を得ることも考えたが、ゴーレムによって捕縛された盗賊たちを見て、その計画も断念せざるを得なかった。


こうしてソフィア商会は着々と開店準備を整えていったのである。

西崎:サラの場合、本当に袋に金詰めてぶんぶん振り回してドゴっと殴りそうだよね

サラ:待って! お金の力で無双ってそういう意味じゃないよね? 私は淑女教育も受けてるんだよ?

西崎:でも、君の先生、プロポーズしてきた相手をボコってたよね? 君も敵の手足をスッパリやっちゃってたよね?

サラ:言われてみればやっちゃってた。いっそ、この小説カテゴリ変えてバイオレンスアクションな感じにしちゃう?

西崎:しないわっ

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― 新着の感想 ―
いっそ盆踊り仕様の警備ゴーレムなんてのはどうよ 人数が一定を超えたら全警備ゴーレムが窃盗犯をスタンロッドで突きながら踊り出す
腰をクイックイと動かしながら一晩中安来節を踊るゴーレムに囲まれるなんてサバトすぎ~ ミケはノーラ様の魔力をちょっともらっている気がします。
[気になる点] 手形と書かれてますが、支払期日を設定せずにさぁ払えと本人に言えば換金できるということはただの借用書に近いですかね? 銀行が介在せずにソフィアが直接借金する信用は無さそうですし、為替が無…
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