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商会の開店準備 2

商会の主力商品の一つとして、いよいよエルマ酒でシードルを作る日がやってきた。最初の100本だけはミケに作らせるつもりだが、製造過程をフランの母であるトニアに開示する手筈になっている。と言うより、彼女の作ったエルマ酒から作りたかったので、実際に作っている酒蔵の一部をシードル用に開放してもらうのだ。


今回トニアとは機密保持契約を締結するつもりはない。彼女には好きな時に他の人に製造方法を教えても構わないと言ってある。というより、彼女とは美味しいシードル造りを一緒に試行錯誤したいと思っている。だがミケの力を見せることにもなるため、ある意味では大きな賭けでもあった。


ハーラン農園に到着すると、フランとその母が出迎えてくれた。


「フラン、あなたにはいつもお手数をおかけしている気がするわ」

「サラお嬢様、そのようなことを気になさらないでください。私の方こそ感謝しなければなりません」


フランの横に立つ女性がトニアだろう。彼女のお酒には何度もお世話になっているが、実際に会うのはこれが初めてである。


「初めまして。サラ・グランチェスターと申します」

「フランの母であるトニア・ハーランと申します。何度も繰り返しお話を聞いておりましたので、あまり初めましてという感じはしませんが」

「実は私もそうです」


女性二人は気心の知れた仲間のようにニヤリと笑い合った。よく考えれば、この二人は境遇が少しばかり似ている。どちらも騎士爵の娘であり、貴族ではないが普通の平民とも違う立場として生まれている。そして何より、どちらも自分の力で立つべく努力を重ねる女性たちなのだ。


「素晴らしい農園ですね。もちろんエルマ酒も素晴らしいのでしょうが、残念ながらまだ私は試飲できません。あ、でもジュースは凄く美味しかったです」

「それは残念ですね。ではサラお嬢様が成人する際には、最上級のエルマ酒やエルマブランデーを用意しなければなりませんね。今から仕込んで熟成しなければ」

「私の成人まであと8年ですから、エルマブランデーとしては若い方ですね」

「サラお嬢様が結婚されるときにはもっと熟成も進んでいることでしょう」


ハーラン農園の酒蔵は、サラが予想した以上の大きさであった。煉瓦造りの大きな建屋が3棟並んでおり、独特の芳醇な香りが漂っていた。


一番端にあった建屋に入ると、整然と並んだ樽の奥に、広い空きスペースが用意されていた。ルミアージュ(動瓶)用にボトルを下向きに差し込むピュピートルと呼ばれるラックも設置してある。この作り方はなるべく秘密にしたかったので、サラが木属性の魔法で作ったものをフランに搬入してもらったのだ。


エルマ酒は樽によって熟成度合いも味も異なるため、本来であれば丁度良い具合にブレンドするものなのだが、試飲すらできないサラに適切なブレンドができるわけではない。この辺りは、これからトニアに頑張ってもらうしかないだろう。


サラは魔法で瓶を煮沸消毒してから、中にエルマ酒を注ぎ入れ、酵母と蔗糖を混ぜた汁を入れて栓をする。酵母をどうするかは非常に悩んだのだが、ひとまずはエルマ酒と同じ酵母を使うことにした。


もちろん、サラは指示するだけで実際の作業はフランとトニア、そして護衛としてついてきたダニエルである。何故かダニエルは瓶に栓をするのが非常に上手であった。


いよいよ瓶内二次発酵と熟成の過程に入る。


「まずは普通に瓶を水平に寝かせ、そのまま静かに発酵と熟成をすすめます」

「エルマ酒をもっと発酵させるんですね?」

「その通りです。熟成期間は最低でも1年半は欲しいですね。理想は3年でしょうか。今回は妖精の力を借りて3年程熟成をすすめます」


サラはまるで前世の料理番組のように、『発酵をすすめたものがこちらです』的な説明をしたかったのだが、実際にミケに指示を出していると、自分の魔力がどんどん吸い上げられていくため、少しずつ肩のあたりが重くなっていった。


なんとか100本分の発酵と熟成を終えると、いよいよルミアージュの工程である。


「ここからはとても面倒な工程なのですが、毎日瓶を少しずつ回転させながら下向きにしてください。このラックはピュピートルというのですが、瓶の角度を変えられるよう工夫されているのです。そうすると瓶の口の方に澱が溜まっていくんです。8日間かけて1回転させるくらいが丁度いいので、瓶に印をつけておくとわかりやすいです。実際にどれくらいで澱を引けるかは試行錯誤しないとわかりません。ひとまずやってみましょう」


サラはミケの力を借り、次々と100本分をルミアージュしていく。


「これが1日分の作業です。これを6週分やってもらうことにしましょうか。ミケよろしくね」

「は~い」


ミケにも若干の疲れが見えるが、たっぷりエルマブランデーを飲んでしまった自覚があるので勤勉に働いていた。単に出来上がったシードルが飲みたいだけかもしれないが。


ルミアージュの続きはフラン、トニア、ダニエルの三人が行っているのだが、ミケに魔力を吸われているせいで、ますますサラの元気が失われていった。ルミアージュが終了する頃には、サラの顔色は真っ青であった。


「サラお嬢様大丈夫ですか? お顔の色がすぐれませんが」


トニアが心配してサラを近くの椅子に座らせた。ダニエルもオロオロしている。


「大丈夫です。妖精の魔法は私の魔力を使うので、ミケに時間を進めてもらうと魔力が消費されてしまうんです」

「では、これは魔力枯渇ですか?」


ダニエルがサラの身体の状態を確認しつつ質問した。


「まだ枯渇はしていません。休んでいれば大丈夫です。それよりどうですか、瓶の中は透き通った液体になりました?」

「はい。向こう側が透けて見える程、透明になっています」


フランが瓶を見ながら報告する。


「では溜まった澱を引きましょう。うーん、どうしようかな」

「どうされました?」

「いえ、本当は瓶口の部分を凍らせると澱を抜きやすいんですが、魔法を使わないと難しいですよね」

「そのまま栓を抜いてはダメなのでしょうか?」

「ダメではないんですが、瓶を逆さにしたままで、澱が出たらすかさず瓶の口を押さえるというテクニックが必要なんですよね」

「なるほど。それでは仕方がありませんね。私が凍らせます」

「え?」

「あ、私は水属性の魔法持ちなんです。夏には冷たい水が出せるんでなかなか重宝しています」


トニアは涼しい顔で答えた。フランも全く驚いていない。


「な、なるほど。あれ、もしかしてフランさんも魔法を発現なさってます?」

「はい。私は火属性ですね。鍛冶師の血のせいかもしれませんが、父方の親戚には多いんですよ。それほど魔力は強くありませんが」


『やっぱり魔法って貴族だけのものじゃないんだわ。生活で使うことも多いだろうから、魔力が少なくても使い方は貴族より上手ってこともあるかも? こういうこと王室や貴族の人たちは知ってるのかしら…』


「そういうことであれば、やり方をご説明しますね」

「お願いします」

「この瓶の中には、思ってる以上に空気がギュウギュウに入っているので、栓を抜くと澱の部分が飛び出してきます。なので、安全のため人が近くに居ない専用の場所でやることをおすすめします」


勢いよく飛び出た栓で怪我人が出ることもあるので、ここは注意が必要な工程でもある。


「それと、澱を引くと同時にシードルも飛び出してしまいますので、瓶の中身が減ってしまいます。そのため失われた分のエルマ酒を足してから栓をするのですが、すべての瓶で同じ量のシードルが減ってしまうわけではありません。ですから、すべての瓶で澱を引いた後に、中身の量を均一にしてからエルマ酒を足して栓をしてください。もちろん、他の瓶の澱を引いている間にも中の空気が抜けてしまうので、仮の栓をしておく必要があります」


それからサラは少し考えた。


「実はこの作業は寒い室内でやる方が良いので、私が魔法で瓶の周囲だけ冷やそうと思っているのですが、トニアさんやりますか?」

「いえ、そこまで魔力はありません。澱を引くだけで精一杯かと」

「わかりました。では私が冷やしますね」


そして三人はせっせと瓶の澱を引き、量を均一にした後にエルマ酒を足して栓をした。サラは瓶の付近を風属性の魔法で冷やしたが、これにはサラの魔力はあまり使わないので、やっとゆっくりと休むことができた。


「みなさん、お疲れ様でした。私は試飲できませんので、代わりに皆さんが試飲していただけますか? 冷やすと美味しいです」


サラは一本のシードルを魔法で冷やしてフランに手渡した。フランは近くに置かれている試飲用のグラスを3つ取り出し、サラ以外に手渡していく。トニアは気を使って同じグラスにエルマジュースを注いだものをサラに用意した。


「では初めてのシードルに乾杯!」


と、言った瞬間、ミケがぼぼんっと音がするくらい勢いよく人型に変身した。


「私も飲むぅぅぅぅぅ。こんなに頑張ったのに私だけ飲めないなんてズルいぃぃ」

「あ、ごめんね。ミケにも飲ませてあげないとね」


慌ててフランがグラスを追加し、シードルを注ぎ入れた。


「では気を取り直して飲みましょうか」


四人がクイっとシードルを飲むのをサラは見守った。すると次の瞬間、一斉にケホケホと咳込んだ。


「え、ど、どうしよう。なにか問題ありましたか? 不味いですか?」


サラはオロオロと尋ねた。


「いえ、驚いただけでとても美味しいです。このシュワシュワした感じは、エールなんかより強いですね」

「知らずに飲むと大抵の人は驚くんじゃないでしょうか」


トニアとフランはグラスの中で立ち上る気泡を眺めた。


「でもこれすっごく美味しいよぉ」


ミケはご満悦である。


「クセになりそうな美味さです」


ダニエルも気に入ったようではある。


「これはエルマブランデーと同じように、商会の商品として売り出したいのですが、売れると思います?」


トニアは暫し考え込んだ。


「売れるとは思います。ですが、決して安い値段で売れるようなものではありません。手間がかかり過ぎます」

「エルマブランデー同様、こちらも安い価格で販売するつもりはありません」

「では、暫くの間は製法を秘密にしておきます。熟成期間やブレンドなどを工夫し、本当に美味しいと思えるシードルを作るのには時間がかかりそうです」


サラを見つめてトニアはニヤリと笑った。淑女であるはずなのだが、何故か男前な雰囲気である。


「わかりました。ゆっくり考えていただいて構いません。そもそも本来はこんなに急ぐような作業でもありませんしね。澱引きの作業だって冬にやれば良いだけです。狩猟大会に間に合わせないといけないので、今回だけは特別なんです」


だが、このシードルが狩猟大会で大人気となり、ミケと人間たちが悲鳴を上げながら増産することになることを、まだこの段階で予想できた者は誰もいなかった。

炭酸のシュワシュワって、慣れてないと驚きそうですよね。

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― 新着の感想 ―
>炭酸のシュワシュワって、慣れてないと驚きそうですよね。 寝起きで半分寝てる状態で飲んだ時に咽せて鼻から炭酸してしまった経験が…
炭酸のシュワシュワ子供の頃はきつかったですね。 高くてもいい物ほしいという客層はあるので全然問題ないですね。 味の区別がつかない人ばかりでもなく安いものもおいしくいただける人だって記念日やたまの贅沢で…
[一言] 流行の最先端を担っていると自負している 貴族がこれまでになかった物を口にする 流行らない訳がない。 他者より先にいく為に欲しいよね 爵位が上ならなおのこと。 限定100本だけで我慢する筈がな…
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