護衛は視た - SIDE ダニエル -
騎士団長から紹介された護衛任務は、若い女性であるらしい。本日は短時間の護衛であるが、先方が気に入れば長期雇用もあり得るということで、私は気合を入れていた。
数年前の魔物討伐で肺に傷を負った私は、長時間の戦闘に耐えられない身体となってしまった。魔物討伐の遠征に参加することも難しくなったことから、潔く騎士団を退団することにした。ジェフリー卿は最後まで引き留めてくれたが、同僚たちに気を使われて仕事を続ける気にはなれなかったのだ。
しかし剣の腕前が落ちたわけではないため、下級貴族や富裕層に護衛として雇われるようになった。しかし、どういうわけだか長期に雇用してもらえないのだ。
なるべく騎士然とした言動を心がけているつもりだが、もしかしたら平民出身故に粗野な部分が隠しきれていないのかもしれない。あるいは強面なのが悪いのだろうか…。
「護衛の方ですね。私はソフィアです。本日はよろしくお願いいたします」
つらつらと考え事をしていると護衛対象の女性が現われた。声のした方に目を遣ると、とんでもない美人であった。おそらく私よりも10歳くらいは年下であろうソフィア様は、彼女の瞳よりも淡いブルーのドレスを身に纏っていた。態度に出さないよう必死に取り繕ったが、生唾を飲み込まずにいるのは一苦労だった。
姓を名乗らないところを見ればおそらく平民なのであろうが、騎士団時代に護衛したことのある小侯爵夫人やクロエお嬢様よりもソフィア様は遥かに美しく、そして貴族的に見える。
ソフィア様をエスコートして商業ギルドに入ると、周囲の視線がソフィア様に集まった。中には声を掛ける隙を窺う者もいたが、私は護衛としてソフィア様に余計な虫が近づかないよう注意を払った。不躾な視線を送ってくる不埒な輩を睨みつけることも忘れない。
「ふふっ。そんなに心配してくださらなくても大丈夫ですよ」
どうやらソフィア様は私の警戒に気付いていたらしい。
「いえ、護衛として当然です」
「真面目な方なのですね」
柔らかな微笑みを浮かべるソフィア様を前に、私の心臓はいつもの倍くらいの勢いで動き始める。しかし、動揺している無様な姿を見せるわけにはいかないため、私は周囲をより一層真面目な(周囲からは恐ろしく強面な顰め面にしか見えない)顔で警戒にあたった。
応接室に通されると、そこには商業ギルドのギルド長と部下の男たちが待っていた。彼らはあからさまにソフィア様のことを値踏みしている。このように可憐な女性に対して、なんと無礼な者たちであろうか。
ソフィア様は無礼者たちの言動にも健気に振舞っていた。お守りしたい気持ちはあるが、ソフィア様が商会長として振舞っている以上、私には無礼者たちを厳しい眼差しで見つめることくらいしかできない。
しかし、ソフィア様が大人しいのを良いことに、ギルド長は「よほどお知り合いの方とは深いご関係のようですね」などと不躾な発言を浴びせにかかる。まるで誰かの妾か庶子であるような物言いである。
私は殺気を放ちそうになるのを必死にこらえていたが、やんわりとだが質問に答える気が無いことを察したギルド長側がソフィア様に折れたようだ。無事に商会を商業ギルドに加入する手続きを終え、ソフィア様は帰路へとついた。もちろん、帰路と言っても商会の本店までの短い道のりでしかないのだが。
だが帰りの馬車の中でソフィア様の一言に私は凍り付いた。
「ダニエルさん、先程は少し魔力が漏れていらっしゃいましたわ。心配してくださるのは大変ありがたいのですが、私はそこまで弱くありませんから安心してくださいませ」
威圧した自覚は無かったが、どうやら背後に立っていた私の気配にソフィア様はお気づきでいらしたらしい。予想以上にこの方は侮れない。
「これは、大変失礼いたしました」
「いえ、私を思ってくださっていたことは理解しております。敵地にいても味方が一緒にいるだけで、心強いものだと知りました。心から感謝いたします」
そういって微笑んだソフィア様を見た瞬間、私の胸はもう一度跳ね上がった。
「私は本店までの護衛を申し付かっておりますが、この後はどうされますか? ご帰宅されるのであれば、そちらまでお送りいたしますが?」
「本店に馬を置いてきましたので、着替えてジェフリー卿のお宅に伺う予定です」
「では団長の邸宅までお供させてください。私も報告したいことがありますので、ついでと思っていただければ」
「ご親切にありがとうございます。では着替えてまいりますね」
本店に到着すると、ソフィア様はまるで騎士服のような装束に着替え、車寄せ近くにある厩舎から馬を引き出してきた。美しいヘスティア種の若い馬であるが、どうにも馬の方が私を値踏みするように見ている。どうやらソフィア様は馬にも愛されるお方のようだ。
騎乗に手を貸そうとしたが、ソフィア様は一人でも乗れると仰り、その言葉通りに軽やかに馬に跨った。女性とは思えぬ軽やかな手綱さばきである。
グランチェスター城に続く街道に入ると、目の前からやや小振りな猪が駆けてきた。私はソフィア様を守ろうと下馬して剣を抜いたが、ソフィア様は涼しい顔で騎乗したまま無詠唱の魔法を放ち、あっさりと猪の眉間を貫いて仕留めてしまった。
「ジェフリー卿へのお土産ができましたね」
ソフィア様は嬉しそうな表情を浮かべたが、私はそれどころではなかった。果たしてこの方に護衛は必要なのだろうか。私は自分の存在意義に疑問を感じはじめた。
そんな私のことなどお構いなしに、ソフィア様は下馬して猪の血抜きを率先して自分でやろうとナイフを引き抜いた。私は慌ててソフィア様をお止めし、手早く血抜きした。
「すみません。護衛の方にこんなことまでさせてしまって」
「いえ、お気になさらないでください。騎士団の遠征で慣れていますから」
血抜きを終え、内臓などのいらない部分を土に埋めていると、ソフィア様は水属性の魔法でジャバジャバと猪を洗っていた。そして、どこから調達したのかわからない木の蔓で猪を縛り上げて馬の耳に何かを言うと、その背に猪を括りつけた。どうやらソフィア様は身体強化の魔法も使えるらしい。
「ダニエルさん。申し訳ないのですが、うちの馬はまだ若いので、ダニエルさんの馬に私も同乗させていただいても構いませんか?」
「もちろんです。お乗りください」
数秒後、私は安請け合いしたことを大いに後悔した。なにせソフィア様の身体がぴったりとくっついているのだ。緊張するなと言う方が無理である。
しかも、ソフィア様は私の前に同乗されたのだ。月光を紡いだような髪が私の頬をくすぐり、女性特有の柔らかい香りが鼻を刺激する。ヤバいまじでヤバい。うっかり身体が反応したら社会的な死が待ってる気がする。
せめて後ろに乗ってもらえば良かったか。いや、後ろからしがみつかれたら、いろんなところが当たって、それはそれで問題になりそうだ。
私は団長の邸宅に到着するまで、騎士見習いの頃にお世話になった教官のマッチョな姿をひたすら思い描くことに集中した。
団長の邸宅に到着すると、中から団長と二人のご子息がソフィア様を出迎えた。一人は最近養子になったばかりのブレイズ様だが、三人とも仲の良い家族に見える。
「サ…ソフィアおかえり」
「おかえり」
スコット様が声をかけると、ブレイズ様もソフィア様にもじもじと近づいて挨拶した。
「ただいま。そういえば途中で猪にあったから仕留めてきたの。デュランダルに括りつけてきたわ」
「猪か、久しぶりだな。ソフィアは狩猟大会でも活躍しそうだ」
団長は、ソフィア様を自分の息子たちと同じ視線で見つめている。少なくとも商業ギルドの連中が言うような妾のような立場ではなさそうだ。おそらく親戚か何かなのではないだろうか。
「ダニエルもご苦労様。ソフィアをここまで送ってくれるとは思ってなかったよ」
「団長にご紹介いただいたのですから当然です」
「ジェフリー卿、ダニエルさんは素晴らしい護衛ですね」
「気に入ったなら、ソフィアが護衛として雇用してくれると嬉しいね。どうせこの後も単独で動き回りたいんだろう?」
「ダニエルさんがお嫌でなければ是非お願いしたいですね。商業ギルドに行って、自分が目立つことを実感しました」
「「「今更?」」」
団長の一家は非常に仲が良いらしい。そして私の正式な就職が決まったようだ。だが私には一抹の不安があった。
果たして私の心臓は無事でいられるのだろうか、と。
タイトルを見て、ダニエルって誰やねんと思った人はきっといるはず