至れり尽くせり
今期分の書類が仕分け終わったところで、過労でダウンしていた文官が無事に職場復帰を果たしたため、サラは午前中のお勉強を再開することとなった。
家令と執事たちもこれ以上は本業を疎かにはできないと本邸の仕事に戻ったが、一部のメイドはこのまま手伝いとして執務棟に勤務してもらうことにした。
『ちょ、メイドさんたちマジ優秀!』
メイドたちの働きぶりは、サラだけでなくロバートや執務棟で長く働いていた文官たちを驚かせた。
まず彼女たちのスケジュール管理能力が素晴らしい。1日の始めにロバート、サラ、レベッカ、文官たちの予定と作業目標を確認し、適切なタイミングで必要な書類が手元に届くよう机に届ける。もちろん紙、ペン、インクの補充も忘れない。
作業の進捗を確認しながら、お茶や軽食を準備し、作業が遅れているようならスケジュールを再調整する。
できあがった書類を確認し、誤字脱字などをチェックしてから、ファイリング(薄い木の板の表紙をつけて紐で綴じる)していくのもメイドたちの仕事になった。間違いが見つかった場合、担当者に確認した上で彼女たちが修正することもある。
しかも、この文字が美麗な上に読みやすい。文官の中にはメイドに書類の清書を頼むものまで現れる始末である。
要するに、ものすごく優秀な秘書集団なのだ。もちろん本職がメイドなので、執務室の整理整頓はもちろん、淹れてくれるお茶もクオリティが高い。ちょっと疲れたなーと思ったときに、蒸しタオルを用意してくれたり、肩や首をマッサージしてくれるなど至れり尽くせりである。
『そういえば前世でも、派遣のおばちゃんが、超いい仕事してたなぁ』
執務室で働くメイドたちを見ていたサラは、前世の会社でアシスタントとして働いていた超優秀な派遣のおばちゃんを思いだしていた。残業をお願いしても『残業代儲かってウハウハ!』と明るくこなし、英語はカタコトしか話せないのに、海外からのお客様にも物怖じすることがなかった。接客に必要な最低限のフレーズは耳で覚え、一度でも会ったことがある相手には必ず『I’m happy to see you again.』と挨拶していた。耳コピなのでイントネーションもバッチリなのだが、彼女が会話の内容を文字で書けたかは疑問である。
そんな超ベテランの派遣社員を彷彿とさせるメイドさんたちにサポートされれば、作業効率が向上しないわけがない。無茶をして倒れればさらに状況が悪化することを学習した文官たちは、ダラダラと惰性的に残業するのを止め、生活全体にメリハリを持つようになった。自然と文官たちの健康状態も良くなっていった。
実はレベッカも執務室のメイドたちには大いに信頼を寄せていた。理由は作業に没頭するサラを定時になったら半ば強制的に机から引きはがし、本邸に送り届けることにあった。本邸勤務のメイドとも緊密な連携が取れているので、食事、入浴、就寝のタイミングもバッチリだ。サラの夜更かしも残業も決して許さない。
『躾に厳しいママがたくさんいるみたいだよ』と、サラは涙目である。
なお、マリアは本邸と執務棟を移動するサラに常に随行しており、サラの執務中はアシスタント業務もこなしている。まだ若いため、他のメイドのように秀でた能力を持っているわけではないが、メイド同士の連携に加わってサポート業務を学んでいる。このままいけば彼女もスーパー秘書の仲間入りだろう。
「執務室は男の仕事場って思ってたけど、メイドさんいい…」
ジェームズが思わず漏らした呟きに、ロバートや他の文官たちも激しく同意した。この後、執務棟専用メイド集団、すなわち秘書課が爆誕することになり、グランチェスター領の女性たちのあこがれの職業の一つとなる。
さらにグランチェスターの執務メイドを参考に、他領でも同様の仕組みが導入されるようになる。数年後には執務メイドを養成する学校も創設され、女性の職業の一つとして確立していく。
はからずもグランチェスター領の危機は、女性の新しい職業を生み出すきっかけとなったのである。
『これって、出勤してきた文官たちに、「おかえりなさいませご主人様」とか言わせると、モチベーション上がったりするんかな?』
サラの脳内はかなり残念仕様になっていた。
どうしましょう、主人公のサラの脳内が、アラサー女子というよりオタク系のおっさんです!
サラ「いっそ昼食をオムライスにしてケチャップで名前書いちゃおう」
西崎「やめてください」
サラ「じゃぁ可愛い名札とか、LI*Eないからリアル住所書いた名刺とかつくる?」
西崎「ストーカーになったらどうするんですか」
サラ「文官はエリートだよ? 理想のお婿さんじゃね?」
西崎「うーーーん」
サラ「いっそメイドの制服変えて、絶対領域見せつけちゃう?」
西崎「この世界じゃ娼館でもそんな恰好しませんよ」
サラ「えー、ミニスカ+ニーソって浪漫じゃね?」
西崎「仕事場で何やらせる気ですか。絶対にダメです!」
サラ「ちぇ」