コーデリアへの提案
「申し訳ありません。自分のことばかり話してしまいました。いま、コーデリア先生をお呼びします」
フランは一度ドアから外に出て行き、数分後に女性を連れて戻った。
女性は40代くらいに見えるが、非常に姿勢が良く、質素ではあるがきちんと身なりを整えた姿を見れば、彼女が紛うことなき貴婦人であることがわかる。おそらく彼女がコーデリアだろう。
サラとレベッカは立ち上がり、カーテシーでコーデリアに敬意を示した。
「レベッカ・オルソンと申します。本日は急なお願いにもかかわらず、お時間を割いていただきありがたく存じます」
「ソフィアと申します。多くの優秀な人材を世に送り出してくださったコーデリア先生にお会いでき、大変光栄に存じます」
二人が顔を上げると、今度はコーデリアが二人よりも低い姿勢でカーテシーを返した。その姿は王妃から直接指導を受けたレベッカから見ても、非常に美しく優雅であった。
「コーデリアと申します。私は貴族ではございませんので、どうか私にカーテシーなどなさらないでくださいませ」
「いいえ。コーデリア先生は尊敬に値する方だと思っております。どうか気持ちの表れだと思って受けてくださいませ」
レベッカは微笑みながら、コーデリアの言葉を否定した。
「わかりました。ですが、どうか他の方の目がある場所ではお止め下さいね。聖女と名高いオルソン令嬢に頭を下げさせてしまったことが知られたら、身の置き所がなくなってしまいます!」
「ふふ。私をご存じでしたのね」
改めてコーデリアは二人に椅子を勧め、優雅な所作でハーブティを淹れる。
「私の教え子たちを雇用したいと聞き及んでおりますが…」
カップに注いだハーブティをサーブしながら用件を尋ねるコーデリアに対し、サラは誤魔化すことなく目的を告げることにした。
「実は私、新たな商会を起こしましたの。商業ギルドに登録する前なので、ギルドからの人材斡旋はまだ受けておらず、まずはいろいろと雑用を片付けてくれる人を探しております」
「新たな商会ということであれば、経験豊富な方を採用すべきではありませんか?」
コーデリアが疑問を口にする。確かに、普通の商会であればその通りである。しかし、横領された備蓄品を密かに貯めることも商会の目的であるため、他の商会や商家に情報が漏れてしまうことをサラは恐れていた。
「商会の設立にはグランチェスター家の意向も含まれておりまして、他の商会や商家の紐が付いている可能性のある人材を雇用しにくい事情もあるのですわ」
「そういうことでしたか」
「まだ実際の店舗をオープンしているわけではありませんので、私と一緒に新しいことを始めたいという意欲のある方を求めておりますの」
『なんか台詞が求人広告のコピーみたいになってる気がする…』
「簡単な読み書きと計算ができる子を紹介することは可能です。ですが、私の教え子はこの地域の子供がほとんどですので、マナーなどは最低限しか習得しておりません。それでも構いませんか?」
「そのあたりは商会でも教えるつもりです。職業訓練をしなければ、実務を任せることはできませんもの」
これにはコーデリアが驚いた。
「商会で教育を施されるのですか?」
「優秀な人材を求めるのであれば、商会で教育する方が確実だと思うのです」
すると横にいたレベッカがいたずらっ子のような微笑みを浮かべた。
「私もこのソフィアさんの計画を知って、昔からやりたかったことを始めてみようかと思いましたの」
「オルソン令嬢のやりたかったことでございますか?」
「女子にも門戸を開く学校の設立ですわ。私は子供の頃、アカデミーに女子が通えないことを、それは悔しいと思っておりましたの。簡単な読み書きや計算だけでなく高等教育を受けられる場所を作りたいのです。と言っても商会の教育施設に乗っかる形ですから、最初は私塾のような規模になってしまうとは思いますが…」
こうしてサラとレベッカは、新たな教育施設において、新しい帳簿の付け方、グランチェスター様式の書類の書き方、執務室のメイドのような人材の育成、マナー教育などの教育課程を計画していることをコーデリアに説明した。
「なるほど。つまり商会だけでなく、将来的には領の文官の方々をサポート可能な人材を育てる機関を作りたいと仰っているのですね?」
「はい。そのように考えておりますわ」
コーデリアはしばし考えを巡らせてから、サラをまっすぐ見つめた。
「学費はどうされる予定でしょうか?」
「さすがに無料にはできません。商会に籍を置く方は商会が支払いますが、他の方からは学費を頂くことになるでしょう」
「それでは貧困家庭の子供は無理ですわね…」
コーデリアは嘆息した。その様子があまりにも悲しそうだったため、サラは前世の記憶を掘り起こしていくつかの案を提示した。
「では、簡単な読み書きを教える初等教育は無料としてはいかがでしょう? もし成績が優秀であれば、高等教育の授業料を免除する制度を設けてもいいかもしれませんわ」
「まぁ、それはとてもやる気が出そうな仕組みですわね」
「昼食を無料で提供してもいいかもしれません。一食だけでもお腹いっぱい食べられるのであれば、親も進んで通わせるでしょう」
サラの提案にレベッカもアイデアを出した。
「食事を提供するのであれば、料理人を育成する施設も一緒にしてしまえばいいのではないかしら? ちょっとくらい焼くのに失敗したパンでも、無料で振舞われる食事だったら怒られないでしょう?」
「グランチェスター城の料理人見習いであれば検討しますわ。当然、正式な城の料理人が持ち回りで指導に来るのでなければ認めません。失敗作ばっかり食べさせられたら可哀そうではありませんか」
二人のやり取りを見ていたコーデリアは、くすっと小さな笑いを零した。
「お二人はとても仲が良いのですね」
このコーデリアの発言に、離れた場所で様子を見ていたフランが
「リア様とうちの母のようです」
「ふふっ。確かにニアとはずっと一緒だものね」
『あら、フランはコーデリア先生を、リア様って呼ぶのね』
「リア様、ソフィア様の商会は、ロバート卿のお嬢様になる予定のサラお嬢様が開発されたさまざまな商品を取り扱う予定なのだそうです。恥ずかしながら、私とテレサも商品開発に協力しております」
「まぁ、フランさんが協力者だなんて! エルマブランデーに関して言えば、あなたは製造者と言っても過言ではないわ。もちろんお母様であるトニアさんも」
サラはフランが黙々とエルマ酒を蒸留してくれていたことを知っている。おそらく今日はアリシアが作業しているのだろう。そして、何よりも美味しいエルマ酒を提供してくれたトニアには感謝しかない。
「あらニアのエルマ酒を商品にしているの?」
「正確にはエルマ酒を加工したお酒ですわ」
「それは間違いなく美味しいはずよ!」
『あ、コーデリア先生は絶対酒飲みだ』
「それで折り入ってコーデリア先生にはお願いがありますの」
「私に教鞭を取らせたいのかしら?」
サラが話を切り出すと、それだけでコーデリアは意図を正しく理解した。
「ご推察の通りですわ。人材が不足しているため、教師となってくださる方に心当たりがないのです。どうか初等教育を担当していただけませんでしょうか?」
「ひとつだけ条件があります」
「私にできることでしたら」
「ここにいる教え子たちも入学させてください。引き続き教えたいのです」
「構いませんが、まだ施設の場所が決まっておりません。遠くても通えますでしょうか?」
「私が荷馬車で連れてまいります」
「もしかしてコーデリア先生の生徒さんの中には、高等教育が必要な方もいらっしゃるのでしょうか?」
「アカデミーの試験を受けさせたい子がおります。ですが、予備校に通わせる余裕が無いのです。あの子なら将来は優秀な文官になれると思うのですが」
『おお、ジェームズさんの後輩になるかも』
「それほど優秀な方でしたら是非ともお連れ下さい。私が教える新しい帳簿は、今年からグランチェスター領でも採用になったんですの。将来グランチェスター領の文官を目指すのであれば、学んでおいて損はないと断言できますわ」
「まぁ、なんて素晴らしいのかしら!」
どうやらコーデリアを納得させる提案ができたようである。サラはひとまず胸を撫で下ろした。