仕分け仕分け仕分け
「レベッカ先生、まずは帳簿に記入する必要がある書類と、そうでない書類を大きく分けてください」
「わかったわ」
左側の文官に向かって、サラは名前を尋ねた
「すみません、お名前を教えていただけますか?」
「ジェームズです」
「ではジェームズさん、レベッカ先生が仕分けされた書類のうち、帳簿に記入しなければならない方から、今期のものだけを選り分けてください。なお、過去の分については、年ごとに大きめの箱を用意しますので、それぞれの箱に放り込んでください。これは今期の作業が終わったら逐次手をつけていきましょう」
「承知しました」
次に右の文官に視線をやると、彼は先に答えた。
「ベンジャミンです。ベンと呼んでください」
「ではベンさん、ジェームズさんが選り分けた書類を、さらに種別ごとにわけながら、月ごとに並べなおしてくださいますか?」
「種別ごとに箱を用意しても構いませんか?」
「もちろんです、急いで用意させましょう」
サラは部屋の隅で、相変わらずぽかーんとしたままのロバートを働かせることにした。
「伯父様。明らかに人手が足りません」
「それは、わかっているよ。だから君たちを呼んだんじゃないか」
「もちろんそうですが、単純作業の人員すら足りていません。ひとまず邸の執事やメイドたちにも手伝ってもらうべきでしょう」
「えっ、彼らに依頼するのかい?」
「当然です。特に家令や執事であれば、帳簿も理解できるため即戦力になるでしょう。その他にも文字を読むのが得意なメイドがいれば全員呼んでください」
これにはロバートも文官たちも驚きを隠せない。文官たちは自分たちがエリートである自覚をもってお仕事をしている。そして、そのサポートをするのも、同じくエリート文官の新人たちでなければならないと思っていた。
サラとレベッカの手を借りることは、ロバートからの命令なので否応はない。百歩譲って家令や執事に雑務を依頼するところまでは理解もできる、しかしメイドに執務の手伝いをさせるなど正気の沙汰ではない。
「サラ、さすがにメイドには無理だろう」
「それなら私のような子供と、そのガヴァネスに依頼するのもおやめください。文官の方たちだけで解決すればよろしいではありませんか」
「そ、それは…」
「できる人にできる仕事を頼むだけのことです。この程度のことで無駄な論議の時間を使いたくありません」
サラは書類を確認する手を止めることなく無造作に言い切った。更紗時代から仕事モードに切り替わると、感情の振れ幅が小さくなる。更紗をよく知らない人たちからすれば不機嫌に見えるらしく、『宇野さんなんか怒ってない?』と聞かれることも多かった。
ロバートや文官たちはまだサラと接している時間が短いため、完全にサラを怒らせたと受け取った。
「わかった。必要な人員を招集することにしよう」
「あ、それと空の箱が大量に必要になりますので、運んできてもらってください。ついでに書類の運搬でも活躍してもらいましょう」
ロバートが指示すると、本邸から家令、執事2名、数名のメイド、そして箱を抱えた下男たちがゾロゾロと執務棟にやってきた。
家令と執事にはレベッカと同じ作業を依頼し、わかりにくい書類があれば4人で確認しあう体制を作った。2名のメイドをサポートに付け、仕分けした書類を箱に入れるように指示した。
ジェームズは書類の箱が届くたびに、今期とそれ以外を仕分ける。書類の中には間違って入れられた書類もあるため、差し戻しの箱も作っておく。こちらにもサポートのメイドを1人付けておく。
さすがに月別で種類ごとに書類を分ける負担は大きいため、ベンジャミンの作業にはロバートも参加することになった。こちらにはメイドを2名サポートに付けた。
ちなみに箱を運んできた下男たちは、そのまま書類運搬の作業に従事してもらうことにした。
サラ自身は、どのような書類があるのかをメモしていた。最終的には仕分けのための、書類一覧表にする予定である。また、それぞれの書類のフォーマットを決める作業も、なるべく早く始める必要があるとサラは考えていた。
この時点で既に夕方の4時近くなっており、サラが働ける時間はわずかとなっていた。
「伯父様、このように私が仕切ってしまって申し訳ございません」
「いや、それはまったく問題ないよ。驚くべき速さで仕分けが進んでるしね」
「ですが伯父様、私はレベッカ先生に残業が禁止されておりまして、夕方の5時には仕事を終えて本邸に戻らなければならないのです」
「そういえば、そういう約束だったね」
「そこで相談なのですが、最初の数日だけ特別に残業を許可してくださいませんか?」
それを聞いて、レベッカが慌てて口を挟む。
「サラさん! それはダメよ。あなたの年頃なら、食事と睡眠はきちんと取らなければ健康を害してしまうわ」
「レベッカ先生、働き過ぎで健康を害するのは子供だけではありません。大人だって無理をすれば同じです。事実、すでに文官の方々が倒れていらっしゃいます」
「子供なら、なおのことよ」
「それは承知しています。そこで提案なのですが、こちらで手早く食べられるような夕食を本邸から届けてもらうのはいかがでしょう? 書類を汚さないように気を付ける必要はありますが、時間は節約できます。今日は自由時間も作業に充てましょう。宿題が出たのだと思うことにします」
レベッカは、ちっとも減った気がしない書類の山を見つめながら、ため息をついた。
「仕方ないわね。このままでは終わる気がしないもの。だけど就寝時間だけは絶対に守ってもらいます。これは譲れません」
「わかりました。レベッカ先生」
その後、一人のメイドが本邸に走って食事の指示を伝えると、文官を含む全員分の食事が執務棟に運ばれてきた。手早く食事を済ませつつ、サラは明日以降の予定を計画する。
「レベッカ先生、この仕分けが済むまでは授業をお休みにしてお仕事にしませんか? 勉強が大切なことは重々承知しておりますが、緊急度ではこちらの方が上です」
「そうね。中途半端なままではお勉強にも身が入らないかもしれないわ」
「あ、それと伯父様。本邸から大勢の人員を借りていますので、このままではあちらの業務に支障が出ます。いまは緊急事態ですので、家令と執事には本邸の仕事を調整してもらうべきではないかと」
すると家令のジョセフがロバートに訴えた。
「お嬢様の仰る通りです。明日の午前中には体制を整えて使用人たちへの指示を出しておきますので、本日はお嬢様と一緒に本邸に下がらせていただけますでしょうか」
「そうか。わかったよジョセフ」
「伯父様、残業したいと言い出した私がいうのもなんですが、皆様の残業もほどほどにして仕事を切り上げませんか?」
「それでは間に合わなくなってしまうよ!」
「その結果、文官の方々が倒れられたのではないですか? このままでは、ジェームズさんやベンさんも倒れてしまいます。これから長丁場になることはすでに分かっているのです。長い目でみれば、無茶をしない方が効率が良いはずです。私のような子供が言うのもおこがましいのですが…」
「サラ、ここまでしておいて、子供を前面に押し出すつもりかい?」
「ですが実際に私は8歳ですし」
「「はぁぁぁぁぁ?」」
文官2名が目を見開いてこちらをみた。
「すみません、サラ様は本当に8歳でいらっしゃるのですか?」
「はい。そうです」
「てっきり妖精の恵みを隠していらっしゃるのかと」
「あはは、見た目通りの子供ですみません」
あたらずと言えども遠からず。まさか『転生者で中身は君らより年上』とは言えないサラであった。
「いえ、優秀であれば女性も子供も大歓迎です。なにせこの状況ですので…」
「まぁそうですよね」
しみじみしたところで全員の夕食が済み、仕分け作業を再開した。結局、初日の作業はサラの就寝の30分ほど前で終わりとし、続きは明日以降とした。
なお、今期分の書類仕分けが終わったのは3日後の夕刻だった。その日は全員が5時に仕事を終わらせ、城内の遊戯室で夕食がてら軽めのお酒を飲むことにした。
ただしサラだけはぶどうジュースで、就寝時間も厳守であった。
『むぅぅぅ。打ち上げを途中退場とは……』
大いに不満であった。