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商品企画会議 4

書籍の話が出たついでもあり、サラはアリシアとアメリアが纏めている資料の進捗についても確認することにした。


「お二人がまとめている資料の進捗状況はいかがですか?」


アリシアはやや困った表情で回答した。


「パラケルススの資料は膨大過ぎて、纏めるのはかなり時間が掛かりそうです。この前の音が出る箱のように作りたいモノを見つけてしまうと、うっかりそちらの研究に時間を使ってしまうんです。これは私の性格のせいかもしれません」


おそらくアリシアは、本を整理していたら、うっかり本を読みこんでしまうタイプの人に違いない。


「あれは凄い魔法道具ですよね。是非とも商品化したいです」

「でしたら魔石の供給も安定化させる必要がありますね。あの魔法道具は箱と魔石の両方に魔法陣を刻印しているのですが、魔石の方は一定以上の品質じゃないと上手に刻印できないんです。箱の方は割と楽なんですけどね」

「ちなみに刻印を見れば、誰でも真似して作れちゃったりするのですか?」

「魔法陣を暗号化してから刻印するという方法で隠蔽することはできるのですが、隠蔽された魔法陣を起動するには鍵となる別の魔法陣と魔石が必要になります。これが無いと暗号化された内容を復号化できないんです。もちろん、鍵の魔石も質が問われます」


『つまり箱に刻印された魔法陣があって、魔石に刻印する魔法陣がある。そして、これらの魔法陣を隠蔽すると、起動するために別の魔石が必要ってことか』


「あの魔法道具は高価な商品になると思いますので、質の良い魔石をいくつ使っても構いません。私が心配しているのは、同じような道具を真似して作る人が出るのではないかということなのです」

「なるほど。魔法陣の隠蔽はそれほど難しい技術ではありませんが、一度隠蔽してしまえば復号化することはかなり難しいです。鍵は魔法陣を起動させることはできますが、そこから元の魔法陣を読み取ることはできません」

「ちなみに、うっかり鍵を無くしてしまった場合はどうなるの?」

「こちらの手元に、予備の鍵を残しておくと良いと思います。鍵のコピーは可能ですから。ただ、新たに魔石が必要となりますからコストは結構かかりますけど」


アリシアの説明に侯爵が質問を投げかけた。


「魔石の質は理解したが、大きさはどうなのだ?」

「どれくらいの時間音を記録する必要があるかによって異なります。長時間の記録が必要であれば、それなりの大きさが必要ですね。先日のエルマブランデーを収めた箱に入れた大きさの魔石であれば10分が限界です」

「なるほどな。箱の方には何か特殊な加工が必要なのか?」

「箱は普通の木箱ですが、魔法陣を馴染ませるために特殊な薬品を塗る必要があります。先日の箱は試作品でしたから簡易な再生の魔法陣しか刻印していませんが、音質を向上させる刻印や音響効果を高める構造の箱を作ることは可能です」


『それはもう、オルゴールじゃなくてオーディオだよ…』


「じゃぁ、音質を向上させた箱に、いろいろな魔石をセットして違う曲を奏でさせることも可能かしら?」

「うーん。パラケルススの設計書では、箱と魔石は対なんです。でも、サラさんが言うように改造することはできると思います。設計に手を加えるので時間かかりそうですけど」


『どうしよう…魅力的な製品だけど、いきなり市場に投入するには価格が高くなりすぎる気がする。まずはオルゴール的な箱を浸透させて、ゆっくりと新製品としてオーディオっぽい箱を売るべきか…。いずれにしても、今はアリシアさんに、音の録音と再生の技術を研究してもらう方が前向きだよね』


「アリシアさん、パラケルススの研究を進めたいのであれば非常に心苦しいのだけど、しばらくは、音の記録と再生の魔法道具の研究開発をしてもらうことはできる?」


アリシアは良い笑顔になって、サラの手を取った。


「サラお嬢様、それは願ってもない依頼です。実はこの研究をやりたくて仕方なかったんですけど、研究に魔石が沢山必要になるので研究費をどうしたらいいかと悩んでいたんです」

「もちろん研究開発費は商会が払うわ」

「やったぁ!」

「でも、パラケルススの資料整理はいいの?」

「あまりにも膨大なので、どうしたらいいか行き詰まっていたんです。ちょっと頭を切り替えてから取り掛かった方が良さそうです」

「私もそれには賛成するわ。それに、本来なら一人の錬金術師だけでやる仕事ではないと思うの。お仲間の錬金術師を探した方がいいのかしら」


『とはいえ、乙女の塔にあまり知らない人を出入りさせたくないなぁ』


これから乙女の塔が自宅になる可能性も高いため、あまり知らない人が出入りすることにはどうしても抵抗がある。


「アメリアさんも、しばらくはハーブティをはじめとする商品開発で忙しくなりそう。ごめんなさい、私の我儘で商会のお仕事で忙しくさせてしまって。でも、すぐに助手の方を手配するのも難しそうで…」

「サラお嬢様、私たちはサラお嬢様が求める商品を開発するためにこの塔に来たのです。ここで研究開発をすることで報酬だって受け取っているのですから、謝る必要なんてありません。むしろこんなに楽しいことをお仕事にしていいのかなって思ってるくらいです。きっとアリシアさんだって同じ気持ちだと思います」

「そうですよ。私は新しい魔法道具の研究が楽しくて仕方ないんですから! それにテレサは今頃、お嬢様のための武器のことで頭がいっぱいだと思いますよ? 錬金釜のことはフランに丸投げしちゃうかもしれないです」


アメリアとアリシアは、ニッコリと微笑んでサラを見つめていた。


「ありがとう。とても嬉しいわ」

「だがサラ、商品開発に優先順位をつけるのであれば、狩猟大会で披露目をする商品を今のうちに決めてしまった方が良いだろう。もうそれほど時間がない。最優先なのは披露する商品であろう?」

「確かにそうですね!」


サラは順番に確認しながら考えてみることにした。


「まだ大会の概要を理解できていませんが、おそらくバラバラに貴族の皆様がグランチェスター城にお越しになるんですよね?」

「まだ招待状への返事をすべて確認できてはいないが、かなりの人数が狩猟大会に参加するはずだ。有力な貴族はグランチェスター城内のいずれかの建屋に宿泊するため、使用人たちは補修や掃除に忙しくしている。他にも狩猟場近くの宿屋を利用したり、裕福な商家の邸宅の離れなどを借りたりすることもあるな」

「なるほど。ではそちらで利用できるよう、ポプリやサシェ、アロマキャンドルの製作を最優先にしましょう。孤児院の手仕事として依頼しても構いません」


サラの指示を傍らに控えているマリアがメモしていく。


「これらの製作について、アメリアさんは種類の選択と製作方法を指示するだけに留めてくださいね。ハーブティのブレンドや精油の抽出の方が大事です。大会期間中にお披露目したいブレンドや手土産として皆様に配るハーブティのブレンドをいくつかご提案ください。明日はこちらで座学の予定ですから、授業が終わった後に試飲しましょう」

「承知しました」

「効能などを記載した小さめの紙を印刷して添付したいので、簡単な下書きも一緒に添えていただけますか?」

「はい。サラお嬢様」


『カタログとは言わないまでも、どんな銘柄があるかくらいの資料にはなるはず』


「大会前日の夜は舞踏会でしたっけ? 私は参加できませんが」

「そうだ。これは毎年恒例の行事だな。今年はロバートとレベッカの婚約を発表する」

「でしたら、乾杯用に新しいお酒をご用意するようにしましょう。お二人のお祝いの席ですから」


『ふっふっふ。ミケにはシードル作りを頑張ってもらおうか』


「エルマブランデーではなさそうだな」

「そちらは祖父様の社交の腕にかかっています。遊戯室などで『特別な酒』であることをアピールしてください」

「無論だ」

「そのためにはせっせとお酒を造ってもらわないといけないわけですが……」


サラはしばし考えこむ。


「祖父様、見習いの使用人たちの何人かをお貸し願えませんか?」

「構わんがどうするのだ?」

「エルマ酒を蒸留する人手が欲しいのです。いまはフランさんが黙々と蒸留してくださっていますが、彼には新しい蒸留釜を作ってもらわねばなりません。乙女の塔なので城外の人間を雇用したくないのです」

「なるべく女性がいいのだろう?」

「その方が良いと思わないこともありませんが、真面目に仕事をしてくださるのであれば性別はどちらでも構いません。こちらで働いているのですから、身元はハッキリしているでしょう」


そしてメイドたちの方に振り返った。


「使用人部屋に受け入れの準備をお願いしてもいいかしら? ここで作業してもらうなら寝泊りもこちらの方が良いでしょう。あ、料理人はどうしよう…」

「それも手配しておくから安心しなさい」


侯爵はサラの頭をぽんぽんと軽く撫でた。


「祖父様、今朝お話ししたエルマブランデーのための施設、早急にご用意願えますか? 狩猟大会で披露するのであれば、社交シーズンで祖父様の武器になるはずです。王室への納品分も急いで作らなければなりません」

「そうだな。ちと文官を交えて検討が必要そうだ」

「そういうことであれば、私もご一緒させてください。ジェームズさんにもお会いしたいですから」

「お前はジェームズではなく、やつの婚約者に用があるのだろう?」

「まぁそうですね」

「では先にその娘に登城してもらうよう手配しておこう」

「え、こんな急に? 他のご用事があるかもしれませんのに、ご迷惑じゃ」

「領地の利益が最優先だ。その娘を呼び出すことでなんらかの損失がでるなら、金銭で補填する」


すかさず、侯爵の背後に立っていた従僕の一人が動き、侯爵からの命を受けて退室した。どうやら迎えの馬車まで手配するらしい。


『こういうところを見ると、祖父様は間違いなく領主なんだって思うわ』


「それにジェフのヤツに頼んだオーク樽も急ぎなのだろう?」

「そうですね」

「まぁヤツの尻を蹴とばしておくが、遅くなりそうなら私が手配して代金をヤツの給料から天引きしておく」

「感謝します」

「お手柔らかにお願いします」


さすがに父親のことなので、スコットもコメントせずにはいられなかったらしい。


「安心しろ。素直に金を払えば蹴らん」


侯爵は人の悪い笑顔を浮かべている。どうやら今朝、ジェフリーだけがサラに叱られなかったことを根に持っているようだ。


「あとは音のなる魔法道具のための魔石ですね。これは新しい魔石鉱山の状況をカストルさんに確認したほうが良さそうです」

「ふむ…」

「それとアリシアさん」

「はい?」

「材料が全部揃っている前提で、あの魔法道具の製作時間ってどれくらいですか?」

「記録の箱も込みですか?」

「ひとまずは音を再生する箱だけで良いわ。記録できる箱は何度も使えるのでしょう?」

「はい。あまり耐久性を考えて作ったわけではありませんが、それなりに丈夫なのでしばらく使えるはずです」

「であれば、隠蔽と鍵の製作も込みで1時間もあればできますよ。音楽を記録する時間は別ですが」

「そういえば音楽を記録した魔石って複製できる?」

「複製用の魔法道具はそれほど難しくないので、すぐに作れます。道具を動かすには魔力が必要ですけど」


『一度音楽を記録すれば何度もコピーできるってことか』


「サラ、木工職人も手配した方が良い。高級品になるのであれば、箱の細工も手を抜くべきではない」

「確かに祖父様の仰る通りですね!」

「アリシアさん、最低限必要な箱の仕様を書いてください。木工職人に発注するのに必要です」

「承知しました」


こうして、突発的に始まった商品企画会議は無事に終了の運びとなったのである。

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― 新着の感想 ―
『一度音楽を記録すれば何度もコピーできるってことか』 ダビングですか。
皆それぞれ得意な知識があって適格なアドバイスしてくれますね。 お祖父さまとか最初は横領されていたり専属メイドひとりしかつけずにいじめが発生していたりと大丈夫なんだろうか?という感じでしたが、領主として…
[一言] 「実はこんなの作ってたんです」で出せるのは3年物が限度のような気がする いきなり20年物まで見せるのは妖精の関与を疑わせる…かはわかりませんが、若い頃からやってたのにずっと隠してたのか!とは…
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