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まずは現状を確認しよう

サラが年齢通りの子供ではないとしても、文官たちの視点ではサラもレベッカも即戦力になるようには見えず、過労で倒れた同僚の後を遠からず自分たちも追うことになるだろうと落胆した。


この世界の一般常識から考えると、そもそも貴族女性は外向きの仕事はしない。家で家政を担っているのが普通であり、例外はレベッカのようなガヴァネスと、神聖魔法が使える聖女くらいである。


もちろん平民は女性でも普通に外で働く。農家であれば農作業をこなし、漁師の妻や娘であれば魚の干物加工などの作業の担い手となる。街に住む女性であれば針子、洗濯婦、商店や料理屋の店員、産婆、あるいは花街の芸妓や娼婦になる。平民の女性が働かずに済むのは、ある程度以上の裕福な世帯に限られる。


それでも女性が文官という職業に就くことはまずない。そもそも平民の識字率が低く、男性でも文官になるのはとても厳しい道のりだからである。


しかし、酷い顔色で目の下にくっきりと隈のある文官たちを見ていると、サラは胸がキュっとしてしまう。前世でも頑張りすぎて潰れそうになっている同僚や部下には、ついつい手を貸してしまう癖があった。自分には関係ないのに放っておけず、炎上しているプロジェクトの手伝いを買って出たことは数知れない。


『この人たちを助けたい』サラは、心の底からそう思った。


「まずはすべての書類がどこにあるのか、それらがどのように分類されているのかを教えていただけますか?」


顔を見合わせた二人の文官は、さすがに当主の孫には逆らえないと思ったのか、ため息交じりに説明を始めた。


「現在、この部屋にあるのは6年前の定期監査後から今までの収穫量を記録した書類と、実際に王府に提出した記録の写しです」

「数字に食い違いはあるのですか?」

「監査直後はそれほどでもないのですが、3年前の記録はだいぶ食い違っているように見えますね」

「林業、工業、商業についての書類もあるのでしょうか?」

「林業の収入は農業の収穫と同等の扱いをされておりますので、この中に含まれております。鉱山もいくつか所有しており、魔石、貴石、金属を採掘しております。しかしながら、商工業を担当していた同僚が先日倒れたため、作業が途中のままになっております。申し訳ございません」


文官の説明を受けてサラは書類を眺めていくが、すぐに大きな問題に気付いた。書類のフォーマットが決まっていないのだ。領内の収入は、徴税官という下級文官が各地を訪れて確認するのだが、人によって書き方がバラバラである。

手紙のような書き方で文中に数字が埋もれているような書類もあった。しかも、無駄に文章が装飾的で読みにくい。タイトルすらつけられていないものもある。


『せめて最初に、これはなんの書類なのかタイトルくらいつけてよね!』


しかも、こうした報告書の山の中にひょっこりと陳情書が紛れていたり、物品購入の納品書や領収書が紛れていたりするので油断できない。


「あの、こうした書類は定型ではないのでしょうか。人によって書き方が違うようなので、非常に確認しづらいと思うのですが」

「何度か形式を定めようとしたことはあるのですが、アカデミーで教わった方法を変えられないと強硬に主張する文官が多いのです。教授ごとに異なる形式を教えているため、派閥のような状態になっていて…」


『なにそれ、うざっ!』


「では早急にグランチェスター領で使用する書類の形式を定めましょう。このままでは効率が悪すぎます。そして、グランチェスターで文官をする以上、この形式で書類を作成できないのであれば解雇も辞さないと主張しましょう」

「そこまで強硬にされるのですか?」

「書類の仕分けだけでこれだけの手間がかかるのです。その労力を削減すれば、その分人数は少なくて済みます。実際に数名を解雇すれば、文官たちにも本気度が伝わるのではないでしょうか」


このあたりまで会話すると、さすがに文官たちもサラが見た目通りの子供ではないことに気付き始める。ロバートの顔色を窺いつつも、サラの言葉に耳を傾けるようになっていった。


「基本的なことを伺うようで申し訳ございませんが、国税の算定基準をおしえていただけますでしょうか」

「利益の3割です」

「利益ということは、収入から必要経費を差し引いた金額ということね?」

「はい。仰る通りです」

「領が税金を納めるということは、領民が国に直接税を納めることはないということ?」

「はい。国は領主に納税の義務を課していますが、領民への課税は各領主の権限です。これに関しては、王室でも口を挟むことはできません。その代わり領主は毎年自分たちの収入を申告し、納税しなければなりません。例外は他領との関所の通行料です。すべての領地で同額に定められており、全額を国税として納付しなければなりません。また、領主が勝手に通行料に上乗せすることも禁じられています」

「なるほど。ところで、気になったのですが、今期の申告期限と納税の期限はいつまでなのでしょうか? 間に合いますか?」


文官たちは怯んだ様子を見せたが、顔を見合わせて諦めたように答えた。


「半年後です。正直、このままのペースでは絶望的ですね」

「そんな状態なら、ひとまず今期の申告と納税の作業だけ優先するしかないのではありませんか?」

「そうしたいのはやまやまなのですが、書類の仕分け作業すらままならず……」


なんと、書類の仕分けすらまだであるという。


「では最初のお手伝いは、書類の仕分けということになりそうですね。すべての書類を仕分けしなければ正しく現状を把握することができません。まずは帳簿の記入作業の手を止めて、全員で書類の精査と仕分けをしませんか?」

「はいっ」


会話しているうちに、文官たちは新しく赴任してきた同僚を見るような視線をサラに向けるようになっていった。いや、どちらかといえば、年若いグランチェスターの御曹司を代官に迎えたような気分になった。


このやりとりを横で見ていたロバートとレベッカは、サラの能力が想定していた以上に高いことを思い知らされた。


ロバートに至っては『これは僕より優秀だな』と、本気で思い始めていた。

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