商品企画会議 2
アメリアの説明を聞いているうちに、レシピが予想を遥かに超えて多いことにサラは気付いた。
「いろいろな効能のハーブティが作れることは理解できたのですが、まずは代表的なレシピに絞りませんか? あまり種類が多いと原材料の調達が大変ですし、商会としても在庫をたくさん抱えるリスクがあります。もちろんレシピはすべて教えていただきたいですが」
アメリアはサラの提案に頷いた。
「確かにすべてを用意するわけにはいかないですね」
「女性向けの美肌効果のあるお茶は外せないです。むくみ取りもですかね…他には…」
すかさずレベッカが提案する。
「女性の天敵は冷えよ。それに身籠りやすい身体づくりのハーブティなら、間違いなく貴族女性が興味を持つと思うわ。狩猟大会中に、私もお茶会を主催することになるはずだから、いくつかハーブティをお出ししてみましょう」
「面白いですね。どうせなら、小分けしてお土産としてお持ち帰りいただきましょうか」
「そうね。いいアイデアだわ」
これには侯爵からもリクエストがでた。
「狩猟大会で披露目ということであれば、男性向けもあったほうが良いのではないか? 私個人としては、疲労回復や集中力アップ、それに二日酔い対策もお願いしたいところだな」
「確かに男性目線のハーブティも重要かもしれません。アメリアさん、男性にも求められるハーブティって何かありますか?」
アメリアは少し考えを巡らせた。
「やはり男女問わず需要があるのは、睡眠を助ける効果のあるものですね」
「それは欲しがるも人多そうですね」
「睡眠はあまり強い薬に頼ってしまうと副作用がでたり、あるいは薬がなければ眠れなくなってしまったりすることがあるのです。ハーブティはリラックス効果を高めて自然な眠気を誘う程度の効果しかないので、軽い不眠症状にはおすすめですよ」
確かに睡眠障害は万病の原因であり、健やかな睡眠はとても大切である。しかし、サラには別に気になることがあった。
「逆に、眠気を解消するようなものを求められることもあるのではないかしら?」
「そうですね。アカデミーの学生さんや、受験を控えた方の中には、そういう効果を求める方もいらっしゃいます。紅茶は眠気を遠ざける飲み物として知られていますが、より強い覚醒力を求める方が『もっと効くものはないのか』と薬師に相談されることはあります」
「そういえば私もアカデミーの卒業論文を書いている時は、紅茶をガブガブ飲んでましたね。思えばかなり無茶をしていたように思います」
トマスが昔を懐かしむように、遠い目をしながら微笑んだ。
「少し前までは、こちらの領の文官の方も相談にいらしてましたよ」
『そういえば領の執務室は、超ブラックで人が倒れてたんだった!』
「集中力アップのハーブティに、少しだけ眠気を覚ます効果のあるお茶の成分を足したりとかは可能ですか?」
「ほんとうに軽い効果のものであれば大丈夫ですが、強い覚醒を促すものは身体に影響が大きいので、私は作らないようにしています。副作用を伴うものも多いですから」
『それはもしかしてダメ絶対ってやつでは!?』
「アメリアさんの判断を支持します。身体を悪くするような商品は私も商会で販売したいとは思いません。レシピも提供いただかなくて大丈夫です」
「良かったです」
アメリアはホッとしたような表情を浮かべた。
「他に男性にも需要があるものといえば、夜の……えっと、何でもありません」
サラはその後の台詞をなんとなく察した。そしてアメリアの少し赤らんだ顔をみて確信したが、さすがに乙女に恥ずかしい思いをさせるわけにはいかないので、その場で深く追求することは控えておいた。が、あくまでも”今は”である。妊活用ハーブティなら、男女両方に用意すべきであろう。
『これは絶対売れる!』
サラは確信した。
「いずれにしても、男女ともにハーブティの需要はありそうですね。ところでハーブを扱うのですから、ハーブティ以外にもポプリやサシェも売りませんか?」
「あ、素敵ですね」
「外に働きに出られない女性も雇用を創出する意味で、内職をしてもらっても良いかもしれません。あるいは子連れでも働けるよう、育児施設を備えた工房を作るとか」
サラの発言には侯爵とレベッカが興味を持った。
「それは素晴らしいわ。あるいは孤児院の手仕事として依頼しても良いかもしれない」
「孤児院の手仕事ですか」
「ええ。元気な子供は農家の手伝いに出るのだけど、外に働きに行けない子もいるの」
「そうだな。いまは蝋燭などを作ってもらうことが多いが」
「グランチェスターで作られる蝋燭は何が原料なんですか?」
「主に蜜蝋だな。獣脂蝋燭もあるが臭い。まぁ臭くても獣脂蝋燭しか使えないという平民も多いのだが」
酸化した獣脂を燃やすのだから当然臭う。塩析を繰り返しても、臭いものは臭いのだ。
「他にも植物油を原料にしたものがいくつかあるが、具体的に何を使っているかまではわからん」
「なるほど」
サラはおもむろに空中に向かって語り掛けた。
「ポチ、ちょっと知恵を貸して!」
「はいはい~」
ポンっと、サラの目の前に緑色の犬が姿を現した。
「ねぇグランチェスターにハゼノキってある?」
「この地域には無いわね。作ってもいいけど根付くかどうかはわからない」
『じゃぁ和蝋燭は無理ね』
「となるとソイワックスか蜜蝋ね」
「あぁ蝋を作りたいのね。大豆なら麦角菌が出た開拓村にあるけど、養蜂については詳しくないからよくわかんない。でも秘密の花園にもミツバチがいるのは知ってるよ。ときどき蜂蜜わけてもらってるんだ」
「へぇ。そうなんだぁ」
蝋燭はさまざまな原料から作られる。古代エジプトでは既に蜜蝋の蝋燭が使われていたらしいが、近代まで獣脂や鯨油といった動物性の油脂を用いることもあった。日本でも古くから蝋燭は作られていたが、その原料はハゼノキや漆などの植物性の油脂が使われていた。そしてアヴァロンでは、蜜蝋や獣脂を使った蝋燭が一般的であるようだ。
「祖父様、孤児院での蝋燭は蜜蝋か大豆から採れる蝋に限定しましょう。収益率が高いと思います」
「ふむ唐突だな」
「いえ、この先アメリアさんも巻き込みます」
「え、私ですか?」
アメリアはちょっと身構えた。
「蜜蝋からアロマキャンドル作りましょう。良い匂いのするハーブからオイルを生成して、蜜蝋と合わせ、火を灯すと仄かに香る蝋燭を作りたいのです」
「それは面白そうです!」
そしてサラはニヤリと貴族子女としては失格としか思えない悪い笑顔を浮かべた。
「ハーブや生花からとれる精油は、それ単体でも売れると思いません?」
「それはどうでしょう。精油は薬の材料として用いることはありますが、精油だけを求められることがないのでよくわからないです」
「では、そのあたりは市場調査しましょうか。考えてわかるようなことでもないので」
「そうですね」
「ですが…絶対に売れるものはあります」
「というと?」
「ハンドクリームとリップクリームです」
アリシアは軽く首を傾げた。
「えっと、それはどういったものでしょうか?」
『え、この世界にハンドクリームってないの??』
「えっとハンドクリームは、手に塗ると保湿できるので、カサカサになったりひび割れたりしにくくなります。リップクリームは唇用ですね。お財布に余裕がある女性であれば、興味を示されると思いません?」
サラの発言にレベッカやメイドたちの視線が鋭くなる。
「サラさん間違いなく売れるわ。というより作り方を説明して頂戴! 試供品も早めに!」
「お母様、目が怖いです。というかメイドさんたちも怖いです!」
『最初にハーブティの話をした時よりも怖いよ』
「ハンドクリームは、蜜蝋と植物性の肌に良いオイルを湯せんにかけてゆっくり溶かして混ぜ合わせたものに、香りと薬効のある植物の精油を加えて作ります。リップクリームも基本は同じなのですが、刺激が少なく香りも控え目な精油を使う必要があります」
「なるほど。出来上がりのイメージや手順はわかりました。配合については検討が必要そうですが」
「植物性のオイルの量が多ければ柔らかくなって、少ないと固い感じの仕上がりになるはずです。小さな可愛い容器に流し込んで販売しても良いかも」
「配合する精油で香りも効能も違う感じになりそうですね」
「入浴するときに、少しだけ精油をお湯にいれたら、気分もよくなりそうじゃありません?」
「大量に薔薇の花びらを入れるというのは聞いたことありますが、精油なら手軽で良いですね」
するとメイドたちが一斉に苦い顔をしたため、サラは気になってメイドたちに尋ねた。
「どうかされました?」
「いえ、その…小侯爵夫人とクロエお嬢様は、薔薇風呂が大変お好きでして…」
「あら、そうなんですね」
「花びらを千切ったり、入浴後の後片付けがとても面倒なのです」
「あぁなるほど」
確かに薔薇風呂の見た目は優雅で匂いも素晴らしいが、用意や片付けをしなければならない使用人には確かに面倒だろう。メイドたちの気持ちもよくわかる。それに薔薇はいつでも大量に用意できるものではないので、入浴にかかるコストも決して安くないに違いない。
『ん、バスボムとか作ったら貴族女性にウケるかな?』
などと思い付きはしたが、これ以上商品の幅を広げても対応できる気がしないので、今のところはアイデアとして書き記しておくに留めた。