商品企画会議 1
いろいろな衝撃が過ぎ去り、皆がある程度の落ち着きを取り戻したところでアメリアが塔に移動してお茶にすることを提案した。
秘密の花園に移動する際に人払いをしたため、この場に使用人はいない。アリシアとアメリアだけなら自分たちでお茶を淹れても問題ないが、さすがに領主である侯爵に素人が淹れたお茶など出せるものではない。
おそらく侯爵本人は気にしないだろうが、アリシアとアメリアの精神が耐えられそうになかった。正直言えば同じ場所に立っているのもかなりキツイのだが、話の内容が秘密の花園や妖精についてであることはレベッカが人払いしたことで気づいていたため、必死に心を奮い立たせていたのだ。おかげでほぼ口を開くことなく、聞かれたことにだけ頷くレベルで置物のように立っていた。
しかも目の前で侯爵をはじめとする全員が魔法を発動して妖精を知覚できるようになった上、子供たちは新たに妖精の友人を得ている。アリシアとアメリアは『さすがに貴族は難なく魔法を使うんだな』と考えたが、実際には貴族でも魔法を発現していない人も多いので、これは彼女たちの誤解である。
塔に戻って使用人たちにお茶の用意を依頼すると、場所をどこにするか問われた。
「庭でも良いのですが、もうじき夕刻になりますから少し肌寒いかもしれませんね。とはいえ塔には応接室もありませんし、私の部屋のリビングだと、この人数では少し手狭ですよね」
「それでしたら図書館はいかがでしょう? 今後はサラお嬢様方の座学が塔で行われると伺いましたので、図書館に講義室や休憩スペースを用意しておきました。キャレルデスクの近くにも、お茶ができるようなテーブルセットを配置しておりますよ」
「それは構いませんが。模様替えしたのですか? その話をしたのって昨日ですよね?」
するとアリシアとアメリアが苦笑しながら説明した。
「元々、空き部屋を講義室にする案があったのです。放っておいてもギルド関係者が押し寄せてきそうですし。特にうちの父が」
「私の師匠もそんな感じなんです。文官宛に訪問許可を求める書状を送ったら、ここはサラお嬢様の所有だから許可は出せないと突っぱねられたと涙目になっていました」
「きっと何だかんだ理由をつけて来ちゃいそうなので、講義室と休憩スペースを作っておこうかなと」
「な、なるほど」
2階から図書館に入ると、かなり雰囲気が変わっていた。
図書館の2階には複数の実験室と思われる部屋が3つ用意されていたが、一番大きな部屋には何も置かれていなかった。ここを講義室として黒板、書棚、机や椅子などを配置している。
3つの実験室の前には廊下と呼ぶには広すぎるスペースがあったため、ここにふかふかのラグを敷き、ソファとローテーブルを配置して休憩スペースとして整えている。今回はここを利用することにした。
もともと図書館には書棚に囲まれた中央部分に、キャレルデスクと会議用の大きな机が置かれていたが、使用人たちは思い切ってキャレルの数を半分程に減らし、空いたスペースに大学のカフェスペースのような丸いテーブルセットや一人掛けのソファと小さなテーブルなどをいくつか配置していた。
この丸テーブルの上にはトマスが書きかけていた資料が置かれている。どうやらサラたちが来るまではここで作業をしていたようだ。
「キャレルよりも、こっちの方が使いやすいですか?」
「あぁ、これは片付けもせず申し訳ありません。急なお越しと伺って、そのままご挨拶に伺ったものですから」
トマスが照れたような仕草を見せた。
『うーん…前世のカフェみたいな雰囲気になってるなぁ。エスプレッソマシンが欲しいわね』
「とっても居心地良さそうな空間になりましたね」
侯爵は図書館に足を踏み入れ、過去に見た光景と比較した。
「圧倒されるほどの書棚は相変わらずだが、私がここを閉ざした頃と比べると柔らかい雰囲気が漂っているな。やはり乙女たちに守られていることが大きいのだろうな」
「ふふっ。インテリアは乙女やメイドたちに任せましたからね」
すると近くにいたメイドの一人が嬉しそうに微笑んで、ここに置かれた家具について説明してくれた。
「実は配置した家具は、すべてグランチェスター城の倉庫で使われずに眠っていた家具なのです。この休憩スペースで使われているラグやソファのセットですが、これはサラお嬢様がお城にいらっしゃる前まで、本邸のお嬢様の部屋で使用されていたものなのです。元々はアーサー様がお使いになられていたのですが、ロバート卿が女の子にはもう少し可愛い家具の方が良いだろうと交換したのです」
「そっか父さんが使ってたんだ…」
サラは思わず、ソファの座面の革をそっと撫でた。
「他にも丸テーブル、椅子、一人掛けのソファなどを倉庫から持ってきました。時代や様式もバラバラな家具なのですが、新たな家具はお嬢様の趣味に合ったものを注文すべきではないかと思いまして、間に合わせでそのまま並べてみました。」
「なるほど。だから1日で用意できたのね。間に合わせとは言うけど、私はこのままでも構わない。なんだか不思議な調和を感じるもの。そういえばグランチェスター城も、時代によって建物の様式はバラバラなのに違和感はないのよね。そう考えれば、こういうのがグランチェスター調なのかもしれないわね」
サラはカフェスペースを不思議な気持ちで見た。
「あ、でも古い家具なら木が劣化したりしてないかはきちんと確認してね。座ってる椅子がいきなり壊れたりしたら危ないもの」
「かしこまりました」
そこにメイドたちが複数のハーブティを持ってきた。
「サラお嬢様、折角ですので今回はアメリアさんがブレンドしたハーブティをご用意しました。本当に美味しいんですよ」
「まぁそれは嬉しい!」
「あの…、そんなに凄いものではないので、過剰に期待されると逆にこちらが不安になってしまいます」
「そんなことないわ。アメリアさんのハーブティはどれも美味しいと思うもの」
「是非とも飲んでみたいわ」
アメリアはメイドが用意したハーブティの効能を説明し始めた。
「こちらは疲労回復効果のある薬草を数種類ブレンドしています。本日はずっと乗馬での移動と伺っておりますので、牧場から移動されてきた皆さまには効果があるのではないかと存じます。その隣は集中力を高める効果のあるお茶です。トマス先生はこのあとも調べものがあるそうですから、こちらの方が良さそうですね。ご結婚を控えているレベッカ様には美肌効果のあるものをご用意しました」
「このお茶はむくみも改善するので、女性の使用人たちの間で争奪戦が起きるほどの人気なのです」
「ふふ。皆さん大袈裟ですね。手に入れやすい薬草でできているのに」
「でもアメリアさんのハーブティは特別ですよ。美味しくて身体に良いなんて最高です」
ひとまずサラはおすすめのハーブティを一口飲んでみた。これは確かに美味しい。マスカットのような香りがするため、紅茶の風味にも近い気がする。
「こちらは紅茶に慣れている方にも飲みやすいハーブをベースにしているんです。もっと酸味のある感じが好みでしたら、ベースのハーブを替えて同じ効果の出るものを作ることもできますよ」
「アメリアさん…ちょっとこれは凄すぎる。レシピありますか?」
「もちろんありますよ」
「そのレシピ。しばらくは秘匿しましょう。最初のうちは私の商会で独占的に販売させてください。商品化したレシピの利益の1割を、アメリアさんにお支払いします。評判になったら少しずつ広めていきましょう。それと他にどんな効果があるものが用意できるのか教えてください」
サラはついさっきまで『利益を独占してはいけない』などと考えていた癖に、綺麗さっぱり忘れて商売っ気を出してしまった。とはいえ、ある程度は仕方ない措置だともサラは考えていた。なにせこの世界には『著作権』や『特許権』といった考え方がなく、開発した製品はすぐに研究されて真似され放題なのだ。
「そんな利益を受け取るなんて! 私がブレンドしたハーブティを置いていただけるだけで光栄ですのに」
「あぁ、アメリアさんはハーブティをご自身で加工されるおつもりなのですね」
「違うのですか? あ、だからレシピなんですね」
「このハーブティは、凄く売れると思います。城だけでも争奪戦なのに、アメリアさんがブレンドする量だけで必要量が賄えるとは思えません。加工場を確保して従業員を雇用すべきです」
「そんな私のハーブティ程度で…」
アメリアの声が小さくなったことに気付いたサラは、メイドたちに声をかけた。
「あなたたちも賛成してくれるでしょ? アメリアさんのハーブティをいつでも好きな時に飲めるようになったら良いって思わない?」
「思います」
「是非、売ってください。必ず買いに行きます」
メイドたちは一斉に同意した。
「ふむ疲労回復に集中力の向上か。美肌効果についてはわからんが、女性には確かに人気が出そうだ」
侯爵も感心しきりである。
「ご結婚後は、お子様を身籠りやすい体質になるハーブティなどもありますが、これは個人差がありますので、あまり一般的ではないかもしれませんね」
「なにっ! ハーブティにそんな効果が?」
「身体を整える程度の効果しかございませんので、飲めば妊娠するというわけではありません。身体を温めたり、ストレスを軽減したりといった効果が中心ですが、貧血症状を抑えたり骨を丈夫にするといった効果も期待できます」
「ほうほう」
「逆に、お子様がいらっしゃる場合には、飲まない方が良いものもあります。普通の紅茶も妊娠中は避けた方が良いですね」
『子作りは貴族にとって凄く重要なことだから、そういう需要はあるかも』
「状況に応じておすすめのハーブティは違うことを考えると、やっぱりお薬のように対面販売で、相手の希望を聞いてから量り売りする感じが良いのかしら?」
「そうですね。ただ、販売員に知識が必要になるので、普通の売り子と同じと言うわけにはいきません」
「なるほど。販売店と店員については少し検討しないとダメってことね。そうなると専門店ってことになるのかなぁ」
サラは商会が構える店舗について、そろそろ本腰を入れて検討すべき時期に来ていることに気付いた。大きな店舗でさまざまな商品を一度に扱うのか、それぞれ別の専門店を出店するのかは悩みどころである。
「うーん。商会でエルマブランデーやエルマ酒を販売するつもりなのだけど、同じお店で一緒にハーブティってなんか違う気がする…」
「お酒と言えば、二日酔いに効くハーブティもあるんですよ。お酒の隣に並べて売っても面白そうです」
アメリアにしては珍しく、いたずらっ子のような微笑みを浮かべた。
「そんなハーブティもあるのね」
「ふふっ、師匠が愛用してるんです。あまりお酒に強くないのに、勧められると断れないらしくて」
「ほう。それは私もぜひ欲しいな。どうもハーブティというと女性向けのイメージが強いのだが二日酔いや集中力の向上なら男性にも喜ばれるだろう」
『そっかぁ。アメリアさんはアレクサンダーさんのことを考えると、あんな表情になるんだ』
サラがしみじみと納得するほど、アメリアはとても可憐な微笑みを浮かべていた。まさに恋する乙女の表情であった。