秘密の花園と黒い狼 2
ブレイズが季節外れのひまわりの花の周りで遊んでいるのを横目で見ながらも、サラの視界は先程の黒い狼の姿をした妖精を捉えていた。どうにも気になるので、サラは近づいて声を掛けることにした。
「ねぇ、あなたはブレイズのところに行かなくていいの?」
「ブレイズなどではない。あの子の名前はノアール・アンリ・オーデル。由緒正しきオーデル王家の末裔だ」
「やっぱりそうだったのね」
同じように近づいてきたレベッカが、黒い狼に声を掛けた。
「知っていたのか?」
「ブレイズが普通の子供じゃないことには気づいてたわ。魔力の輝きが尋常じゃないって私の友人が教えてくれたもの」
「ほう」
「どこかの王家か、王家に近い貴族のご落胤だと思っていたけど、まさか黒い狼の妖精とはね。さすがに驚いたわ。残っていたのね」
「あの子はロイセンに無理矢理嫁がされたブランシュ姫の息子だ」
「じゃぁロイセンの王子ってこと?」
「いや、ブランシュ姫は形ばかりの婚姻を結ばされた後に幽閉され、従兄弟であるシャルル公子に助け出されて逃亡した」
「それって200年くらい前の話よね? だけど彼はまだ10歳よ?」
黒い狼は頷いて遠い目をした。
「ブランシュ姫とシャルル公子はどちらも妖精の恵みを受けた王族だ。当時のロイセンは、妖精と友愛を結んだ人間を密かに処刑していたため、二人はバレる前に逃げ出す必要があったのだよ」
「もしかして、ブランシュ姫とシャルル公子の間に生まれたのがブレイズ?」
「そうだ」
「それって、末裔っていうより正統な王子ですよね? というか、すでに王もいないんだし彼がオーデルの王ってことですか?」
「既に滅びた国の王を名乗ったところで意味は無かろう」
『えーっと…200年前にいくつだったかわかんないけど、逃げた王族が10年ちょっと前に頑張っちゃったってこと? だいぶお歳だったとおもうけど……』
「なんとなくお前の顔を見ていると、何を考えているのかわかるが、お前の妖精の力を思いだせ。アヤツだけが持つ力というわけではないのだ」
「申し訳ありませんっ」
「時を司る能力は珍しいが、それなりに居る」
『なるほど、ひとまず若返ってから頑張ったんだな』
「おい、お前は本当に幼子なのか?」
「紛うことなく8歳ですが何か?」
「表情が老けておる!」
「失礼なっ!」
そこにレベッカが割り込んだ。
「ブレイズが何者なのかは理解しました。ところでブランシュ姫とシャルル公子はどうされたのですか?」
「シャルル公子は生活費を稼ぐため、身重の妻を置いて冒険者として護衛任務を引き受けて帰らぬ人となった。夫の訃報を聞いたブランシュ姫はその場で産気づき、ノアール王子を産んだ数日後に息を引き取った」
「ブランシュ姫から子供を託された方はいらしたのですか?」
「シャルル公子の冒険者仲間が引き取りはした」
「ブレイズを売ったのですね?」
「そうだ。子供のいない商家の夫婦に売った。だが妻の方が急逝し、夫が愛人を後妻に迎えたことでノアール王子との養子縁組は解消された。すでに二人の間には子供がいたため、邪魔になった王子を傭兵団に二束三文で売りつけたのだよ。おかげで王子は5つにもならんうちに傭兵団の下働きになったわけだ」
黒い狼は苛立ちを隠せぬらしく、低く唸った。
「それは気の毒なお話ですね…。ですがもう一つだけ教えてください。あなたはオーデル王家の狼ですか?」
「知っておるのか」
「まだこちらに留まっていらっしゃるとは思いませんでしたが」
「ブランシュ姫の最期の願いであったからな。ただ見守っておったのだよ。実に歯痒く辛い日々であった。ノアール王子がお前たちに助けられてようやく安堵したよ」
『王家の狼?』
「サラさん、あなたは友人を失った妖精がどうなるか妖精たちから聞いたことがあって?」
「ございません」
「彼らは名前を失い、元の曖昧な存在へと戻るの。とても心惹かれた友人が居ても、忘れてしまうことの方が多いのですって。稀に記憶を残す妖精もいるらしいけど、強く惹かれた気持ちは消えてしまうの」
「寂しいですね」
「でも残されてしまう妖精からしてみれば、その方が良いと思わない?」
「仰る通りかもしれません」
ずいっと狼がサラの前に身を乗り出した。
「だが、例外があるのだよ」
「例外ですか?」
「私は400年程前のオーデル王に懇願され、妖精の血を与えたのだ」
「妖精の血ですか?」
「私の血をオーデル王が飲んだことで、私は代々のオーデル王と友愛を結ぶことになった。つまり血によって結ばれた友愛ということだな」
「それって、気に入らない相手でも拒否できないのですか?」
「拒否しようと思う気持ちが湧かないのだよ。そして友人の感情に強く影響され、私自身も変わってしまう。先程話していたように、私は他国を侵略するための魔法すら行使してみせたぞ。このアヴァロンも例外ではない」
「そして最後の友人がブランシュ姫だったのですね?」
「そうだ」
『じゃぁ10年の間、この妖精はひたすらブレイズを見つめていたのね』
「でもブレイズが最後の王子なのであれば、あなたはブレイズの友人になるのではないのですか?」
「友人になるには、まず妖精を知覚できねばならん」
「ようやく条件が整ったのですね?」
「いや、足りぬ」
「何が必要なのですか?」
「名前と自覚だ。最初の友人が付けてくれた私の名前をノアール王子は引き継いでおらん。無論、私から明かすことはない。そしてもう一つの条件は、自分がオーデル王家の血筋であることを自覚していることだ。私が血の約定によって結ばれた友人であることを知っていなければならないのだ」
「両親が既に亡くなっている以上、その二つの条件は満たされません。つまり、あなたはブレイズの友人にはなれないのですね?」
「そうだ。本来であればブランシュ姫がノアール王子に自分が何者かを教え、私の名前も引き継がせねばならなかった」
「そんな…」
「友愛を結ぶ相手がいなければ、少しずつ私は曖昧な存在へと還っていく。私はブランシュ姫の最期の願いによって、ノアール王子の傍に留まっているに過ぎぬ。いつかノアール王子が息を引き取れば、私もようやく血の約定から解放されるのだろう」
黒い狼は疲れたようにその場に伏せた。
「本来であれば『お疲れさまでした』と言うべきなのでしょうが、私はそれでもブレイズにあなたを見つけて欲しい。あなたはブレイズに惹かれないのですか?」
「惹かれぬわけがなかろう。血の約定など無くとも、あれほどの輝きを放っておるのだ。あれは最初に友愛を結んだオーデル王を凌駕する美しさだ」
「では血の約定などではなく、新たに友愛を求めてみてはいかがですか? ブレイズもあなたを気に入って、別の名前を付けてくれるかもしれません。ですが今後は懇願されても血の約定は結ばないことをお勧めします」
「ははは。確かにそうだな」
黒い狼はすくっと立ち上がって、そのまま背の高い人間の男性の姿に変化した。浅黒い肌に鋭い眼光を放つグレーの瞳が印象的なワイルド系である。
「新たな友愛か…考えてもみなかった。サラよ感謝する」
「どういたしまして。やっと名前を呼んでいただけましたね」
すると黒い狼はサラの耳元でこっそりと囁いた。
「すまぬな。私は妖精なのでサラには乗っかれぬ」
「ずっとブレイズを見ていたってことは理解しました。ですが、そのネタはおやめください」
「わははははは」
そして、再び元の姿に戻った黒い狼は、そのままブレイズの方へと駆けだしていった。
『私の周囲にはセクハラ野郎しかおらんのか!』
なんともやるせないサラであった。
そしてレベッカは、何故か豪快に笑いだした妖精に軽く驚いたが、どうせサラと碌でもない会話をしたに違いないとスルーを決め込んだ。その判断は非常に正しい。
「ところでサラさん。気付いてるかどうかわからないけど…」
「なんでしょう?」
「あの黒い狼の妖精は、おそらくミケと同じ時間を司る妖精よ」
「そうでしょうね。ブランシュ姫がブレイズを産めたんですから」
「もし、ブレイズの友人になれば、彼もサラさんと同じように姿を変えられるようになるでしょ。だとしたら自然にサラさんの年齢操作にも気付くんじゃない?」
「あ! ソフィアの正体が速攻でバレる!」
サラとレベッカは見つめあって固まっている。
「どうしましょう…」
「どうしようもないわ。スコットとブレイズの二人に求愛されて喜んでなさい」
「お母様は助けてくれないのですか?」
「初めて呼ばれて嬉しいけど、助けられる気がしないわ。頼るならトマス先生の方が確実よ」
「そんなことで頼ったら、将来のお婿さんが決まっちゃうじゃないですか」
「そこはうまく受け流すなり、手のひらで転がすなりするしかないんじゃない?」
「自分でもできないことを娘に要求されても困ります」
「どうして私ができないって決めつけるのよ!」
「できるんだったら、とっくにお父様と結婚してたと思います」
「……それは否定できないわ」
サラはブレイズが黒い狼以外の友人を見つけることを祈っていたが、ブレイズが嬉しそうに黒い狼を従えて走ってくるのを見て絶望した。
「どうやらお友達を見つけられたみたいね」
「はい。オレの友達です。ノアールって名前つけました!」
『それはあなたの名前!』
サラとレベッカは同時に同じことを考えたが、それを口に出したりはしなかった。いつか彼自身が知るかもしれない事実を、ここで自分たちが告げてしまうのは違うだろうと思ったからだ。
サラはノアールを撫でるフリをして、耳元に口を寄せて小声で尋ねた
「ノアール、あなたはその名前で良かったの?」
すると、ノアールもサラの髪にじゃれ付きながら小さな声で答えた。
「偶然ではあるが構わぬ。そもそもブランシュが付けた名を私が引き継ぐのも悪いことではないだろうさ」
「なるほど」
ノアール自身が喜んで名前を受け入れたのであれば、きっと良いことなのだろう。
デュランダルの下ネタをまた引きずってしまった orz




