秘密の花園と黒い狼 1
「ところで、急いで私に忠誠を誓わせたことに意味があるのではないのですか?」
トマスはレベッカに問いかけた。そして、レベッカはトマスが忠誠を誓ったことで、トマスもサラが抱える秘密に巻き込むことを決めた。
スコットはグランチェスター男子であり、ブレイズの兄である以上隠しておくことはできないことはわかっていた。それに、おそらく今後はうるさい程サラに構ってくることは目に見えているので、いずれバレる。
「では秘密の花園に行きましょうか。乙女たちもいらっしゃい。今日はテレサさんが不在のようだけど」
「彼女は追加の蒸留釜の素材を入手しに行くって言ってました」
「そう、それは仕方ないわね」
レベッカに先導されるように、ゾロゾロと大人数が秘密の花園へと移動する。
真新しい門扉を開けて先に進むと、相変わらず妖精が飛び交う現実離れした光景が広がっていた。
「レベッカ嬢、いやもう嫁としてレベッカと呼ぶが、そろそろここに私らを呼んだ理由を教えてもらえるかな」
侯爵が痺れを切らしたように、レベッカに尋ねた。
「祖父様はせっかちですね。ここは私たちが秘密の花園と呼ぶ庭園です。ご覧の通り、さまざまな種類の植物が植生を無視して、うっかりすれば季節も無視して栽培されているのです」
「温室も無いのか」
「骨組みは残っていましたが、ガラスは割れていました」
「ふむ…」
「ここは妖精によって保たれている場所なのです。私とレベッカ先生、それに乙女たちには妖精が見えています」
「なんだと…ここは妖精が集う場所なのか。しかも彼女らも妖精と友愛を結んでいると?」
「はい。その通りです。ですが彼女たちは魔力が多くないため、妖精の恵みは受けておらず、話ができるだけではあるのですが」
「私はそんなことも知らずにここを閉じたのか…」
侯爵は呆然としていた。無理もない、塔や花園の価値を理解せず、門を閉じてしまった張本人なのだから。
「ウィルは悪くないよ。落ち込まないで!」
我慢できずにミケがサラの頭上からにゅるんと飛び出し、侯爵の腕の中に飛び込んだ。
「人間は妖精に価値を持ち過ぎてる。私たちは私たちが好きなようにしか生きられないし、思うようにしか振舞えない。ここを開けていたからって、人間たちのために何かしてあげようなんて妖精たちは考えない。サラや乙女たちがいるから私たちは力を貸してるだけよ」
「ミケ…」
ミケは落ち込んでいる侯爵の肩に乗り、すりすりと頬ずりをする。
「そうですよ祖父様。乙女たちのため、ここをずっと守ってきてくれたのです。しかも、そっくり私に譲ってくださったではありませんか」
「ふっ…サラよ。お前、このことを正確に説明せずに欲しがっただろう?」
「ソ、ソウデスネ」
思わずカタコトになってしまう。
「さすがにこれは隠し通せ。他の貴族にバレたら、妖精の恵みを求めて押しかけてくる者が出てくる。この妖精の聖域だけは守り通せ。そのためであれば王室や未来のグランチェスター侯爵であっても欺いて構わぬ」
『それって王室だけでなく、エドワード伯父様やアダムにも黙ってろってことよね』
「特に王室にバレれば、王室の直轄地として差し出すことを求められるかもしれん。下手をすればここに遷都しかねないぞ」
「ぇ!?」
「それほど王室は妖精との友愛を喉から手が出るほど欲しがっているのだ」
「なぜ妖精を求めるのでしょう。長く安定した治世を求めるからですか?」
「いや、そうではない。かつて存在したオーデル王国が、妖精に愛された国であったことが大きな理由なのだ」
「オーデル? ロイセンに滅ぼされた国ですよね。」
「まぁロイセンは後継国であると言っているが、事実としてはそうだな」
これには家庭教師らしくトマスが話し始めた。
「侯爵閣下、その辺りは近いうちに歴史の時間できちんと教えておこうと思っていたのです。私から説明しても宜しいでしょうか?」
「うむ。折角なので本職に任せるとしよう」
トマスの説明によれば、かつて存在したオーデル王国の城には、妖精たちの聖域があり、代々の王はそこに訪れて妖精と友愛を結んできたのだという。もちろんすべての王族が妖精の友人を持つことができるわけではないため、妖精の友人が出来た瞬間に王位継承権が与えられていた。そのため一人の王の治世は長く、ゆっくりと次代の王を選定することが可能であった。しかも友人となった妖精は王に協力的で、さまざまな恩恵を国にもたらしていた。
「まさに、今のサラさんが、ミケ殿やポチ殿、まだお会いしたことのない3人目の妖精から力を借りているのと同じです」
「なるほど」
「オーデルはこの力を国を豊かにするという目的だけでなく、他国を侵略するためにも積極的に利用しました」
「え、妖精を戦争に使ったのですか? ミケ、知ってた?」
「もちろん知っているわ。私たちは人間とは異なる価値観を持っているし、友人となった人間の影響も強く受けるの。王が敵を滅ぼすことを強く望めば、その友人の妖精は王を諫めたりはしない。喜んで手を貸すでしょうね」
「妖精は罪悪感を感じないの?」
「それは友人となった人間の性格によるとしか言えない。友人のいない妖精の存在はとても曖昧で、ただ心地よい魔力に惹かれて漂っていることが多いわ。中にはここの妖精のように植物を育てたり、人の営みに興味をもって見ていたり、時にはイタズラしたりする子もいるけどね。
だけど人間の友人ができた瞬間、私たちは存在として固定され、曖昧だった自分たちの能力をハッキリと知覚する。私たちは友人にとても強く惹かれるから、友人の大事なモノや大事な人にも惹かれるわ。私がウィルに惹かれるのは、サラがウィルを大事に思っているからよ。
同じように、他国を侵略してでも国を広く豊かにしたいと友人が強く望めば、妖精も同調するようになる。それほど妖精にとって人間との友愛は大きなものなの」
『つまりオーデルの王は国を拡げて豊かにすることに妖精の力を利用したのね』
「為政者として妖精の力を借りることが悪いとは思いません。しかし、オーデル王はやり過ぎました」
オーデルが妖精の力を借りていることを知った他の国々は、自分たちも妖精の力を借りようと躍起になった。それはアヴァロンも例外ではなく、王室は代々妖精の集う場所を探し続けている。
しかし、オーデル王国にあるロイセン領の領主だけは違っていた。常日頃から妖精の力による支配を苦々しく思っていた彼は、「人の営みは人の力で成すものだ」と主張し、領の軍備を整え、隙を見て妖精との友愛を結んだ王族をすべて暗殺してしまったのだ。
その結果、オーデル王国に妖精の友人を持たない王が誕生することになったのだが、妖精の力に頼ることに慣れきっていた王族は国を維持する能力を持たず、あっという間にロイセン領を公国として独立させてしまうことになる。
気が付けばロイセン公国は人の力だけで国力を上げ、強力な軍隊を編成して着実にオーデル王国や周辺地域を飲み込んでいった。そして最後にオーデルの姫がロイセン大公に嫁ぐことで、オーデル王国とロイセン公国はロイセン王国として一つになった。
「その話を教訓にすれば『人の営みに妖精の力を借りるべきではない』と言うことになりそうですが…」
「まぁ表向きはそうですね。ですが妖精の力が強大であることは隠しようがありません。ですから、今でも国の為政者は妖精の住まう聖域を求め続けているのです」
「なるほど。ここが狙われる理由がよくわかりました」
『チートも行き過ぎれば毒になるってことね。私も気を付けないと』
「ここが妖精の集う場所であることは理解できたが、私たちを連れてきた説明にはなっておらんの」
侯爵はレベッカに問いかけた。
「ここにお呼びたてしたのは、ブレイズに妖精たちの言葉が聞こえていたからです。まだ友人はいないようですが、彼の魔力の輝きに惹かれる妖精はとても多いようです。サラさんにも見えるのではなくて?」
「はい。見えています。ただ、気になる子がいて…」
実はここに来てからずっと、遠くからブレイズをちらちらと眺めているのに、近づいてこない妖精がいるのだ。黒い狼のような姿をした妖精である。
「ねぇ、あなたこちらに来てくれない?」
しかし妖精はサラの言葉を完全に無視している。いろいろな妖精に好意を示されることが多いので、無視されると若干凹む。
「サラさんが呼んでもダメなのね。やっぱりあの子は…」
レベッカはブレイズに話しかけた。
「ねぇブレイズ。あなたには妖精が見える?」
「これが妖精なのかどうかはわからないけど、光の玉が舞っているのはわかるよ。昔から見えてたし」
「やっぱりそうなのね。じゃぁ少しだけ魔法を使ってみてくれない?」
ブレイズが指先から小さな炎を出すと、その炎に惹かれるように大勢の妖精が集まってきた。
「うぉっ」
驚いたブレイズは、集中を保てずに炎を散逸させてしまう。しかし、妖精たちはブレイズの近くから離れようとしなかった。そして、先程の黒い狼も少しだけ近づいてブレイズを凝視していた。
「慌てないでいいわ。一度目を閉じて心を落ち着かせてみて。それからゆっくりと、周りの光を見つめてごらんなさい」
ブレイズは一度目を閉じてから、ゆっくりと目を開けた。
「う、眩しってなんだこれ!!」
どうやらブレイズも無事に妖精が見えるようになったようだ。
「妖精ってミケみたいなのばっかりかと思ってたけど、いろんな姿の妖精がいるんだな」
「そうね。妖精はさまざまな姿になるわ。ミケだって人型になったのを見たでしょう?」
「確かにそうだな」
ブレイズは妖精たちに手を差し伸べる。そこにさまざまな妖精たちが集まり、一斉にブレイズにじゃれつき始める。
「ブレイズ、あなたはこの妖精たちの中から、お友達を見つけることができるかしら?」
「オレ探してみるよ!」
そして、嬉しそうに妖精たちと花園の中を駆けまわり始めた。そんな様子を眩しそうにスコットが見つめている。
「スコットも妖精の友人が欲しい?」
「不思議なんだけど、それほど欲しいとは思っていないんだ。ただ、ブレイズが嬉しそうだから、なんだか僕も嬉しくて。いままで辛かった分、ブレイズには幸せになって欲しいって思うんだ」
「そうだね。私もそう思うよ」