駄目な大人たちの翌朝
体調を崩して昨日の更新ができませんでしたorz
今日も少し短めです。
エルマブランデーを披露した翌日、朝食の席に侯爵とロバートも姿を見せた。
「おはようございます。最近は食事をご一緒する機会が多いですね」
サラはにこやかに挨拶をしたが、大人たちは微妙に浮かない顔をしていた。
『あれ? 二日酔いになるほどの量は用意しなかったはずだけど…』
「皆さまお顔の色が冴えないようですが、何かございましたでしょうか?」
「サラ…あの酒なんだが…あれは危険だ」
「危険、ですか?」
ロバートが真っ青な顔をしていた。
「飲み過ぎて二日酔いということでしょうか?」
「いや、そうではない。そこまでの量は無かった」
「ですよね。では危険というのは?」
「美味過ぎる」
「は?」
どうやら昨夜、ミケは酔った勢いで妖精の道を通ってエルマブランデーの樽に行き、3年物の樽を勝手に20年熟成まで進めてしまったそうだ。そして、その酒を一瓶持ち出したという。
「え、まだ2樽しかできてないのに、勝手に熟成させたのですか?」
「うん。ごめん。あまりの美味さに調子に乗ってしまって」
「すまぬ…好奇心に勝てず」
「ごめんなさいね。私も酔ってたみたいで…」
『盗み飲みするほど美味しかったっていうのは良いことだろうけど、妖精に酒の持ち出しをさせるとは…』
さすがにサラも呆れかえり、空中に向かって犯人(妖精だけど)を呼ぶ。
「ミケ、今すぐ出てきなさい!」
すると空中から猫の手だけがにゅっと出てきた。
「サラ、ごめん。美味しくってつい」
「つい、じゃありません。手だけじゃなくて全部出てきなさい。お酒好きなのはわかったけど、勝手に熟成を進めたり飲んだりしちゃ駄目!」
ミケは素直ににゅるんっと出てきたが、耳が完全に垂れてしょんぼりしている。
「ごめんなさい…」
『くっ…可愛くてこれ以上怒れない…』
サラは猫や犬には大変弱かった。これが青年姿のセドリックだったら、掴んでぶん投げるくらいはしたかもしれない。
「仕方ないなぁ…それじゃぁミケには別のお酒造りを手伝ってもらうからね」
「うん! わかったー」
そして、妖精にのせられた大人たちの方を振り向いた。
「もちろん祖父様たちにもそれ相応のことはしてもらいますからね!」
サラが主張すると全員が頷いた。
「まず祖父様、早急に蒸留施設を作る必要があります。いまは1基しかなく2樽蒸留するのに2日かかります。蒸留釜の増産を指示しますので、蒸留に使える建屋を城外にご用意ください。新たに建築するのでも、使っていない建物を使用するのでも構いませんが、地下に樽を貯蔵できる大きなスペースが必要です。商会の名義としますので、領の予算ではなく、祖父様の個人資産でご用意ください。なるべく早急に!」
「う…承知した」
「伯父様、新たに2基ほど大きな蒸留釜を作ってもらいますので、その資金を出してください。もちろん個人資産で!」
「わ、わかったけど……ここに居ないジェフリーも共犯だぞ」
「ではジェフリー卿には大量のオーク樽をご用意いただきましょうかね」
ジェフリーは完全に欠席裁判である。
「多分、私もなにか出費しないといけないのよね?」
「公平性はとても大事ですよね?」
サラはにっこりとレベッカに微笑みかける。
「これからエルマブランデー用の瓶を大量に発注しますので、レベッカ先生に支払をお願いいたしますね」
「お、お手柔らかに…」
「サラ…追い剥ぎみたいだよ」
「お酒を盗み飲みした方に言われても、痛くも痒くもありませんね」
朝食を終えてカトラリーを置いたサラは、マリアが淹れてくれたハーブティを飲みつつ考えた。
『ところで、音のなる箱の代金は誰に支払ってもらえばいいかしら?』
天使のような容姿と言われることの多いサラだが、この時の中身は悪魔であった。
「そうだ、伯父様」
「な、なにかなサラ?」
ロバートは次に何を要求されるのかと身構えた。
「ジェームズさんにお願いして、早急に婚約者の方にお会いできるよう手配してください」
「あぁ、ガラス職人のお嬢さんだね」
「はい。以前にジェームズさんには話してあるので、おそらく先方にも話は通っていると思うのです」
「わかった。ジェームズには伝えておくよ」
ロバートは安堵して頷いたが、次の瞬間ドキリと心臓が跳ねた。
「レベッカ先生も同席してくださいね? お支払いもあることですから」
「わ、わかったわ」
ロバートとレベッカは結婚式に影響がない範囲で出費を収められるかが、とても微妙な状況になってきたようだ。かなり顔色が悪くなってきている。
「サラよ…その二人の分も私が支払うので、その辺にしてやってくれないか。資金不足で結婚式を延期しかねん」
「ふふっ。祖父様ならそう仰ると思っていました!」
「策士だな」
「とても褒められている気がいたします」
サラはとてもイイ笑顔を浮かべて侯爵を見つめた。
「ところで祖父様。狩猟大会に用意するエルマブランデーの熟成期間はどうしますか?」
「全員に1本ずつ3年物、一部の有力貴族には追加で10年物を1本、大会の勝者には20年物を1本といったところか」
「お土産に渡すということでしょうか?」
「うむ」
「でもその場でちょっとは試飲していただきたいので全員に振舞える分くらいの3年物を用意しましょう。ミケ、馬車馬のように働いてもらうわよ!」
「うぇぇぇぇぇ」
「どうせ働きながら飲むくせに…」
「あ、バレてる」
「ついでに別のお酒も造ってみるから頑張って。うまくいけば、また新しいお酒が飲めるわよ」
すると、駄目な大人たちが一斉にサラを見つめた。
「また新しい酒を造るつもりなのか?」
「え、駄目ですか?」
「駄目ではない。どんどんやりなさい」
「成功するとは限らないので、そこまで期待されると困るのですが…」
「本来、酒造りというものはそういうものだろう。試行錯誤は仕方ないさ」
どうやらグランチェスター家において酒の力は大変に偉大らしい。自分自身では試飲できないので、どうにもやるせない気分になるサラであった。
「ちなみに、どんなお酒を造るつもりなの?」
レベッカは期待に満ちた眼差しでサラを見つめる。
「新しいお酒というか、エルマ酒を瓶に詰めてから二次発酵させたいのです。強めに発泡しているお酒を造りたくて。冷やしてから飲んでいただきたいので、水属性の魔法で氷も創り出さないといけませんね」
しかし、大人たちはエルマ酒と聞いてやや残念な顔をしている。
「エルマ酒の泡が多いヤツってことだよね。エルマ酒はエルマブランデーにしちゃった方が美味しいと僕は思うけど」
「酒精が強いのが苦手な方もいらっしゃいますしね。女性向けには良いと思うのです」
要するにサラはシャンパンの製法でシードル(この世界ではエルマワインと呼ぶべきかもしれないが)を造りたいと考えているのだ。できれば白ワインで造りたいが、残念なことにグランチェスター領にはワイナリーが存在しなかった。
『いつか他領か他国でスパークリングワインを造ってやる』
そんなことをつらつらと考えるくらい、サラはお酒好きであった。そして、他領や他国でのビジネスを自然に検討している事実には、まだサラ自身も気付いていなかった…。