強敵と書いて何と読むか
「本当にこれ全部食べて良いの!?」
テラスに用意された軽食やスイーツを見て、ブレイズは目をキラキラと輝かせた。
「もちろん良いわよ。お好きなだけどうぞ」
最近は貴族令嬢としての振る舞いが普通に身に付いたサラではあるが、元平民である彼女にはブレイズが興奮している理由はよくわかった。
なにせ、この世界のスイーツは物凄く高いのだ。庶民が気軽に食べられるのはせいぜいフルーツの甘味くらいで、よほど特別なことが無ければ砂糖入りのお菓子など口にはできない。ましてや傭兵団で奴隷のように働かされていたブレイズがスイーツなど食べられるわけもない。
「お菓子ってことはわかるのね?」
「うん。傭兵団で貴族を護衛したことがあるから、お茶会に出てくるお菓子は見たことがあったよ。それに、その家の料理人は、いつも残り物のスープやパンを分けてくれたんだけど、最後の日には失敗作のお菓子もくれたんだ」
『あぁ、それは多分ブレイズに同情したんだろうなぁ…』
たとえ失敗作であっても、貴重な砂糖を使ったお菓子であれば使用人たちの間で争奪戦になる。それをわざわざ外部の人間に分けるなど普通ではあり得ない。
「そうなんだ。ブレイズはお客様だし、好きなだけ食べて。お代わりしてもいいよ」
「やったー!」
『後からトマス先生にマナー違反を注意されるかもしれないけど、これだけ喜んでいるのだから今は好きに食べさせてあげたいよね』
態度や会話の内容はマナー違反ではあるものの、それでもブレイズは学んだばかりのマナーをきちんと守り、カトラリーを使って丁寧に軽食やスイーツを食べている。
そんなブレイズとは対照的に、スコットは食べ物には手を伸ばしていない。成長期の男子であることを考えれば、お腹が空いていても不思議ではないのだが、少々思い悩んでいるような雰囲気がある。
「スコット、どうかした? 具合でも悪い?」
「あ、いや。少し考え事をしていたんだ」
苦笑しつつ、スコットは目の前に置かれたキッシュを食べ始めた。
「考え事?」
「さっき、サラは複数の属性で魔法を発動したよね?」
「うん」
「そういう魔法があるってことは知ってたんだけど、実際には見たことがなかったから驚いちゃってさ」
「そうなの?」
サラは首を傾げた。しかし、スコットの魔法の使い方は、明らかに複数属性である。
「サラさん。スコット君が驚くのも無理はないですよ。アカデミーの上級生でも複数属性をあれほど気軽に、しかも無詠唱で発動できる人は稀ですから」
「え?」
「ご存じなかったのですね」
『知るわけないじゃん。私もレベッカ先生もアカデミー通ってないんだから』
「当然ですが私には縁のない場所ですから、アカデミーの常識には疎いと言わざるを得ません」
「これは失礼しました。確かに仰る通りですね。私にはその方が驚きですが」
これにはトマス先生も困った顔をした。
「それに、スコットもブレイズも無詠唱ですよね?」
「そうですね。無意識に魔法を発現する人の多くは、詠唱を必要としないことの方が多いです」
「魔法の発現にも種類があるのですか?」
「なるほど、そこからなのですね。ではアカデミーにおける魔法教育の最初の部分をお教えしましょう」
トマスの話を要約すると、魔法を使える人には『無意識に発現した人』と『意識的に発現させる人』の2種類がいる。サラは池に落ちた時、命の危機を感じて水属性の魔法を『無意識に発現した』ことになる。子供の頃に発現する場合は、圧倒的にこのパターンが多いらしい。
しかし、魔力を持っていても、魔法を発現しないまま成長してアカデミーに通う人も少なからずいる。そうした人たちは、他の人が発動している魔法を視覚的に認識し、目の前で起きた現象をイメージして同じ魔法を発動することで魔法を発現させるのだという。そのように意識的に魔法を発現させる際、祝詞はイメージ力を高めて魔法の発動を補助するキーワードとなる。
「それって、祝詞を詠唱すれば目の前で起こる現象を再現できるって思い込んでいるだけなのでは?」
「ふむ…そのように考えたことは無かったですね。アカデミーでは魔法を発動する補助をするのが祝詞と教えられるのです」
「ねぇブレイズ、あなたはどうやって火属性の魔法を発現させたの?」
スイーツを食べていたブレイズは、口の中のものを飲み込んでから答えた。
「暖炉に火を熾したかったんだ」
「暖炉?」
「そう。傭兵団の仕事で遠征から帰ってきた日、物凄い寒かったんだ。団員たちはみんな酒場とか娼館に出かけてしまって、拠点にはオレしかいなかった。しかも、オレが逃げ出さないよう、外からカギをかける部屋に閉じ込められてたんだ」
「酷い」
「幸い部屋には暖炉も薪もあったんだけど、火を熾す道具が無くてさ、オレは『あぁ薪に火が点けばいいのに』って切実に思ったんだよね。そしたら火が点いた」
「それは火属性があって良かったわね…」
「帰ってきた団長に、勝手に火を熾したってすっげー殴られてたけどね」
『なんだと! あの幼児虐待野郎。もう2、3回は手足切り落とすべきだったか』
「それで傭兵団にも魔法を発現したことがバレたのかい?」
スコットが身を乗り出してブレイズを顔を見た。
「なんか言ったらダメな気がして、魔法で火を熾したことは言わなかった。どうやって火を点けたのかも聞かれなかったし」
「それは、相手が愚かで助かりましたね。ブレイズ君は良い選択をしました」
「そうなんですか?」
「はい。魔法が発現したことが明らかになれば、高値で売り飛ばされていた可能性が高いですね」
「あのまま傭兵団にいるより待遇よかったのでは…」
「買い手に恵まれればそうだったかもしれませんが、運が悪ければ人間兵器として攻撃魔法を覚えさせられるか、実験体にされていたかもしれません」
「なにそれ怖いっ」
『この世界に孤児の人権なんて無いんだな…。私は本当にラッキーだったんだ』
「ブレイズはわかったけど、スコットはどうして発現したの?」
「僕は狩りの途中で大人たちとはぐれちゃった時かな。雨が降ってきたから洞窟に避難したら、熊の巣穴だった」
「うぁぁ」
「慌てて逃げようとしたけど、馬は怯えて僕を置いて逃げ出してしまうし、熊は僕を追いかけてくるし…」
スコットは当時を思い出して、ぶるっと震えた。
「剣は佩いてたけど、全然抜くことなんか思い浮かばなくて、なぜか咄嗟に父上みたいに炎の弾を飛ばすことを考えたんだよね。こっち来るなって感じで」
「それで、発現したの?」
「したけど、火の弾じゃなくて凄く大きな火柱だった。熊が怯えて逃げ出すくらいの特大サイズだったよ」
「それ魔力暴走なんじゃないの?」
「たぶんそう。けど、すぐに魔力が尽きてぶっ倒れたらしくて、火柱を見て駆け付けた大人たちに助けられた」
「ブレイズほど魔力が無くて幸いだったのかも。そうじゃなきゃ、ブレイズより先に森林火災起こしてたかもしれないものね」
「そうかもしれないけど、それはそれで悔しいね。僕ももう少し魔力欲しいよ」
爽やかな笑いを浮かべるスコットは、本人が言うほど悔しそうでは無かった。
「まぁ、スコット君が魔力暴走してくれたお陰で、私は家庭教師の職を得たんですがね。アカデミーに通う準備も必要でしたしね」
「じゃぁ割と最近ってこと?」
「いや2年くらい前だ」
「なのに、まだアカデミーに通う準備できてないの?」
「うっ…」
「スコット君は、あまり座学に熱心ではないのですよ。剣と魔法の鍛錬は好きみたいですがね」
「スコット、だいぶカッコ悪い」
「先程、サラさんを超えると宣言されてましたから、これからは大丈夫でしょう」
「だと良いですね」
サラとトマスは顔を見合わせてにっこりと笑った。
「話を元に戻しますが、魔法というのは魔力によってイメージを具現化するものだと私は思っています」
「それは正しいでしょうね。きちんとイメージできなければ魔法は発動できませんから」
「ですから祝詞というのはイメージ力を高めるのではなく、イメージを固定化させるモノなのではないかと。要するに『この言葉を言えば、こういう現象が発生する』と自分に納得させているわけです」
「なるほど、それは面白い学説ですね。ですが、何故そのように思われたのですか?」
そう、これを思ったのは最初の魔法の訓練の時に、レベッカの詠唱を見たからだった。
「トマス先生もご存じのように、レベッカ先生は非常に高度な魔法を使いこなせる方です。ところが火属性の詠唱魔法を使った際には、驚くほど弱い魔法しか発動しなかったのです。無詠唱で他の属性の魔法を使われている時とあまりにも差があるので不思議に思ってしまったのです」
「つまり、レベッカ先生のイメージ力を詠唱で高めたなら、もっと凄い魔法になっているはずだと仰りたいということですか?」
トマスは興奮して身を乗り出して無意識に髪をかき上げた。途端に美麗な顔が顕になる。
「あ、すみません。つい興奮して」
慌ててトマスが髪を元に戻した。
「トマス先生、朝は驚きのあまり動揺してしまいましたが、無理に顔を隠さなくても大丈夫ですよ。どうか、ありのままの先生で居てください。窮屈な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした。確かに麗しいお顔立ちではございますが、付きまとったりは致しませんのでご安心ください」
「サラさんでしたら、付きまとって頂いても構いませんよ」
「ふふっ。私のような小娘に付きまとわれたら、隠し子だと疑われかねません」
「数年後にサラさんが嫁いでくだされば、そんな噂も消えるでしょう」
スッと髪を再びかき上げてトマスは華やかな微笑みを浮かべた。
『うおっ。眩しい微笑みキターーーーーーーー。しかも、発言がタラシっぽい!』
とはいえサラ自身も相当な美少女なので、どちらかといえば傍らに控えている使用人たちにとっては、このお茶会のすべてが大変眩しい光景である。なにせ、太陽神のような美青年に加えて赤髪と黒髪の美少年が、当家自慢のお嬢様である銀髪の美少女に傅くような振る舞いをしているのである。まさに眼福であった。
「まぁ、冗談は程々にしておいて、私は詠唱についてそのように考えております」
「冗談ではなかったのですが、サラさんの意見は新たな学説として検証してみたいところですね」
二人の様子を横で見ていたスコットは内心とても焦っていた。
『ヤバい、トマス先生が強敵過ぎる!』
ちなみにブレイズは何も考えず、ひたすらお菓子をもぎゅもぎゅしていた。
お茶会がそろそろ終わりに近づいた頃、サラに伝言が届けられた。
『エルマ酒の蒸留が終わり、オーク樽に詰めました。この後のご指示を頂けますでしょうか』
サラは伝言の書かれたメモを読むと、その場で立ち上がった。
「いますぐ乙女の塔に向かいます。馬車を用意してくださいませ。トマス先生、スコット、ブレイズ、ごめんなさい用事ができてしまいましたわ」
「今日の勉強や訓練は終わっていますので構いませんが、大丈夫でしょうか? レベッカ先生もいらっしゃいませんが」
「城内ですから大丈夫です」
「心配ですので、念のため私も付き添いましょう。レベッカ先生に申し訳ありませんから」
トマスが申し出た。
「サラが構わないなら、僕とブレイズも同行させてよ。サラが何をしてるのか知りたいし」
「うん。オレも見たい」
「別に構わないけど、あんまりおもしろくないかもしれないわよ?」
すると三人の男性陣は一斉に言った。
「「「サラ(さん)のやることなら絶対面白いに違いない(ありません)」」」
西崎:パラダイスっすね
サラ:私はショタコンじゃない!
西崎:トマス先生は?
サラ:観賞用って感じする
西崎:それはなんとなく理解できる