残酷な天使と小公子 - SIDE ロバート -
本日は朝に1話、昼に2話更新しています。読み飛ばしにご注意ください
僕が部屋に引きこもって何日か経った頃、アーサーが僕の部屋を訪ねてきた。正確には僕の部屋の扉を蹴り飛ばして強引に入ってきたんだけど。
「おい、ロブ」
僕が返事もせずに壁をみていると、今度はアデリアがずかずかと僕の部屋に入り込み、僕の胸ぐらを掴むと、頬に往復ビンタしはじめた。なんて乱暴な女だ。アーサーは女の趣味が悪いに違いない。
「しっかりしなさいよ! レヴィがこの国に残ることになったわよ!」
「は? え、どういうこと?」
だけど大事なことをちゃんと伝えてくれたアデリアには、とても感謝している。もっとも、僕は間抜けた返事しかできなかったけど。
落ち着いて二人の話を聞くと、アドルフ王子が自国で粛清され、レヴィとの婚姻が取り消しになったことが分かった。しばらくしてロイセンから王太子がやってきて、我が国とレヴィに公式に謝罪した。レヴィのかつての婚約者は、既に別の相手と婚約していたため、この二人のヨリが戻ることもなかった。
完全にレヴィは自由の身となり、国王陛下も彼女に好きに生きればいいと仰ってくださっている。アーサーとアデリアは、僕にレベッカを口説くよう焚きつけたけど、僕はそうしなかった。だって僕の人生を彼女に捧げても、彼女を揺るがすことすらできないことは証明済みじゃないか。
だから僕はレヴィを諦めるため、いろいろな女性と交流をもちはじめた。最初の頃は伴侶になる女性を真面目に探すつもりだった。だけど、どうしたって相手の女性をレヴィと比べてしまうんだ。
いつしか僕は社交界で遊び人のように囁かれるようになったけど、そもそも相手の方も僕を本気で好きになったりしてないからお互い様だと思う。いつだって女性は予備じゃない相手を探している生き物だし、彼女らにしてみれば僕は何かあったときの予備でしかないからね。
そして、僕がレヴィと逃げた時に使う予定だった家と資金は、そのまま駆け落ちするアーサーとアデリアに使ってもらうことにした。その代わりにアーサーは魔法が発現したときにもらった土地を僕にくれた。
僕の代わりにアーサーとアデリアには幸せになって欲しかった。僕が夢見た愛に溢れた生活を彼らが叶えてくれると信じていたかった。だけど、僕が夢を託したアーサーとアデリアは、10年も経たずにサラを遺して死んでしまった。どうやら僕の夢は叶わないらしい。
そんなある日、グランチェスター城にサラがやってくることになった。横領事件の後始末に追われていたせいもあって、正直「それどころじゃない」とは思ったけど、王都邸に居れば、エドの一家から酷い扱いを受けそうなことは容易に想像できた。
あの二人の子供がイジメにあうのは、さすがに心が痛む。ついでに、ガヴァネスを探していると聞いて、真っ先にレヴィのことを思い出した。彼女は自分に与えられた所領で悠々自適に暮らしていると聞いている。
シーズン中にレヴィを見かけるたび、彼女は老いとは無縁であることを実感する。しかし同時に、聡明な瞳は年を追うごとに深みを増し、聖女というよりも女神のような雰囲気を漂わせるようになっていた。気軽に声を掛けることすら躊躇してしまう程だ。
そんなレヴィをガヴァネスとして雇えば、また一緒に過ごせるとか考えたわけじゃない。いや、ちょっぴりは考えたかもしれない。けど、ガヴァネスとしてやってきたレヴィに、横領事件の後始末も手伝ってもらえたらいいなぁという気持ちの方が大きかった。……はずなんだけど、こっちの事情に引っ張り込んだら、サラと気が合わなくても僕の執務を手伝うために残ってくれるかもしれないなぁ…くらいは考えたかも。
しかし、グランチェスター城にやってきたサラは、いろんな意味で僕の想像を大きく超えた存在だった。見た目は小さなアデリアで、もの凄く美少女だ。レヴィともすぐに打ち解けて、傍から見れば仲の良い姉妹のように見える。
だけどサラの中身はとんでもなかった。まずアーサーよりも頭がいい。執務能力だけみれば、アカデミーの教授よりも上かもしれない。複数属性の魔法を発現し、妖精の恵みを受け、音楽の才能まであった。そして極め付きは、転生者としてゼンセノキオクという知識を持っていることだろう。
うん。訳が分からない。僕はわりと早々に理解しようとすることを諦めて、サラは『そういう存在』と受け入れることにした。だって考えてもわからないからね。
だけどそんなことよりもずっと大事なことがあった。それは、サラが可愛くて仕方がないってことだ。サラを一目見た瞬間、僕がかつて夢見た『愛に溢れた場所』から来た娘だと思った。
僕はサラが自分の娘のように思えて仕方ないし、隙あらば抱きしめたい気持ちでいっぱいになる。不思議なことに。レヴィと3人でいると、まるで僕たちが家族になったような錯覚すら覚えるようになった。だって、もしあのときレヴィが僕と一緒に駆け落ちしてくれてたら、サラの両親は僕たちだったかもしれないだろ? まぁ、妄想だけどさ。
だけど、そんな愛しいサラは、僕に残酷なことを告げた。
「レベッカ先生と結婚したくないのですか? 結婚したいなら想いを伝えて求婚するしかありません」
おまけに父上やジェフまで同意する始末だ。
「振られたら、今夜は伯父様が好きな曲を弾いてあげますね!」
サラ……酷いっ。
僕は大きな花束を抱え、最後のトドメを刺されるため、レヴィのいる魔法の訓練場に向かっている。酷く足取りが重い。きっと、僕の妄想は終わりを告げるだろう。粉々に砕けた僕の欠片をサラは拾い集めてくれるかな…。
告白本番を期待した方がいたらごめんなさい。結果は明日に!