真っ白ではないヘタレ
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微妙な空気にはなったが、サラも昼食を終えてテーブルを立った。するとロバートも席を立ってサラを抱え上げた。
「もう! どうして祖父様も伯父様も私を抱えようとするのですか!」
「小さくて可愛いし? それに最近抱っこしてなかっただろ?」
ロバートの言葉に侯爵も頷いた。次は自分の番であるかのように歩み寄る。
「私はもうそれほど小さい子供ではありません!」
「いやぁ、まだまだ小さいよ! ブレイズもジェフの息子になったことだし、サラもこのまま僕の娘になっちゃおうよ」
『むーーー。今はそれどころじゃないだろ。このヘタレ!!』
「それは熟慮中です。そもそも伯父様は独身ですから、伯父様の娘になってもお母様ができないではありませんか!」
「いや、まぁそうだね」
ロバートはそっと視線をそらす。
「伯父様、前から聞きたかったのですが」
「なんだい?」
「レベッカ先生がお好きなんですよねぇ?」
ロバートは、サラの指摘にぶほっと噴き出した。
「汚いではないか!」
ロバートの正面からサラを奪おうとしていた侯爵が、たまらず叱責する。
「すみません。父上」
「以後気を付けろ。子供でもあるまいし、事実を指摘されたくらいで動揺するな」
「な、な、父上!!」
『あー、やっぱり祖父様も思ってたんだねー』
「事実ではないのですか?」
焦るロバートにサラは追い打ちをかける。
「そ、それは…その…」
「はっきりせんヤツだな」
「何で知ってるんですか」
「え、見てれば誰だってわかりますよね?」
「うむ」
「そんなはずは!」
『いい歳して思春期の男子かっ!』
サラは部屋を見回して使用人たちに声をかけた。
「皆さんも気付いてますよね?」
その場にいた使用人たちも一斉に頷いた。
「そんなぁ」
「伯父様、レベッカ先生にきちんと想いを伝えた方が良いですよ。私が伯父様を巻き込んでしまった感じではありますが、さっきの雰囲気だとレベッカ先生はかなり呆れているように見えました」
「ロブ…幼馴染として言わせてもらうが、お前がシーズン中に浮ついた遊びをしていることくらいレヴィだって知ってるぞ。まぁ娼館についちゃぁ情報収集が目的だってことは彼女もわかってるが、それでも真っ白ってわけじゃないだろ?」
ジェフリーが侯爵の前でも珍しく言葉を崩してロバートに忠告した。
『あらら、伯父様はモテるのね』
「おい、サラの前でなに言ってるんだよ!」
「そもそも指摘したのはサラだったろうが」
「おそらく横領の調査目的だろうとは思ってましたが…伯父様、真っ白ではないのですね。ガッカリです。それにしても、ジェフリー卿は伯父様にそんなこと言っていいんですか?」
「うん?」
「昨日、レベッカ先生に『ジェフがもらってくれるの?』って言われてるのを、耳に挟んだんですが。しかもその後、『考えても良い』って返してましたよね?」
「サラは耳が良いなぁ」
サラとジェフリーは視線を合わせ、心得たようにニヤリと笑いながらロバートを煽った。
「ちょ、なにそれ。聞いてない」
「言ってないからな」
「ジェフは再婚しないんじゃなかったの?」
「レヴィをグランチェスターに留めておけるなら、友情で結ばれた夫婦ってのも悪くないだろ」
「ふむ…。それは良い考えだな。私も賛成だ」
どうやら、この煽りに侯爵も参加するようだ。すかさずサラをロバートの腕からも奪い去った。
「まぁジェフリー卿の奥様であれば近くにお住まいになるでしょうし、ずっとお友達ではいられるでしょうけど。伯父様はそれで構わないのですか?」
ロバートはがっくりと項垂れる。
「……レヴィは僕じゃダメなんだ。ずっと昔、レヴィに一緒に家を出ようって言ったことがあるんだ。だけどレヴィにはその場で断られた。せめて一晩くらいは考えて欲しかった」
「それは私だって断りますよ」
「え、なんで?」
「だって、伯父様は『一緒に冒険者になろう』しか言ってないじゃないですか。その前に、普通は『好き』って言いません?」
すると部屋にいた全員がロバートに非難の視線を送った。
「一緒に家を出ようって誘ったら、好きだってわかるだろ? っていうかなんでサラがそれ知ってるの?」
「レベッカ先生に聞いたからですけど?」
「うわぁぁぁぁ最悪だ」
頭を掻きむしるロバートを、侯爵が気の毒なものを見るような目で見た。
「ロバートよ、お前は私が思ってた以上に馬鹿者だったのだな。あのときレベッカ嬢を救いたいとお前が望めば、私たちは全力で応援しただろうに。なぜいきなり駆け落ちして冒険者なのだ」
「レベッカ先生は『現実味がない』とか『剣術は微妙で、魔法も小さな火の玉を飛ばすくらいのことしかできない癖に』って言ってました」
「はははは。まったくだ。レベッカ嬢は男を見る目がある」
「やっぱり僕じゃダメってことじゃないか!」
『こういうところが駄目なんだろうなぁ伯父様って』
「当たり前ではありませんか。自分でお金を稼いだこともない貴族の令息が、いきなり冒険者で食べて行けるわけ無いでしょう。うちの両親でさえ、駆け落ちするときにはもうちょっと考えてたと思いますよ?」
「お前のような考えなしでは、すぐに金が尽きて路頭に迷いそうだ」
「レベッカ先生がいれば、伯父様くらいは食べさせてくれそうですけどね」
「違いない!」
「酷すぎない?」
ロバートの抗議をサラはあっさり受け流す。
「伯父様、もういい歳なのですから、その頃の自分がどれだけ無謀だったのかくらい理解はできているのではありませんか?」
「そうだね。あの頃の僕は愚かだったよ。レヴィを好きで、彼女を守りたいって強い気持ちさえあれば、どこでだって生きていけるって信じてた」
ふとサラは、寂しそうな表情を浮かべた。
「そうですね。愛さえあればって思いますよね。ですが伯父様、その無謀な行動の結果が私の身に起きた現実です。家を捨てたために頼る親戚もなく、夫への愛のために誰かの妾になることを良しとせず、ただ飢えるままに娘だけを遺したのです」
「サラ、それは……」
サラの独白で胸を痛めたのはロバートよりも侯爵の方だった。
「すまぬ。サラ」
侯爵はもう少しで失うところだった孫娘を強く抱きしめた。
「あ、申し訳ありません。話が少し逸れてしまいましたね。ですが伯父様、おそらく伯父様よりも現実を理解していたレベッカ先生は、伯父様のために誘いを断ったのだと思います。ただ闇雲に愛を叫んで無謀な行動に身を任せるより、ずっと深くて強い気持ちを感じるのは私だけでしょうか?」
『うーん。私が見る限り、レベッカ先生は伯父様が好きだと思うんだよね。もっといい男はいくらでも居るだろうに…』
サラは、侯爵の肩を軽く叩いて下ろして欲しいと意思表示をした。侯爵が不承不承サラを床に下ろすと、サラはそのままロバートの方に歩み寄った。
「では伯父様、シンプルに質問しますね。レベッカ先生と結婚したくないのですか?」
「もちろんしたいよ。でも…」
「結婚したいなら想いを伝えて求婚するしかありません。伯父様の求婚を断ったとしても、私のガヴァネスまで辞めるような方ではありませんから、変わらず友人でいてくれるはずです」
ロバートはしゃがみ込んでサラと視線を合わせる。
「告白したら迷惑じゃないかな?」
「想いを告げられることを面倒に感じるような方ではないと思いますが、そのあたりは伯父様の方がご存じでしょう。ですが、あまり時間は残されていないかもしれませんね。レベッカ先生は家や国の事情に縛られることなく、自由な恋愛や結婚を国王陛下に許された唯一のレディですから」
するとロバートは目を伏せて自嘲した。
「自由だから告白できないんだよ…。レヴィはすごく綺麗だし、ずっと若いままだし、頭だってすごくいい。相手を好きに選んでいいって国王陛下からも直々に言葉をもらってるのに、僕みたいに爵位も継げない三十路男が求婚したところで迷惑なだけだろ?」
「それを決めるのはレベッカ先生であって、伯父様ではありません。結局伯父様は、決定的な言葉で断られるのが怖いだけではないですか」
「そんなの誰だって怖いに決まってるだろ」
「仮に断られるとして、今と何が違うと言うのですか」
「すくなくとも、希望は持ち続けられるじゃないか! 僕の気持ちを知っていて、それでもグランチェスター城に来てくれたんだって」
侯爵はロバートの肩に手を置いて、顔を上げさせた。
「ロバートよ、いつでも想いを伝えられるだろうなどと思うなよ? 私のように手遅れになる前に、きちんと伝えるのだ」
「父上…」
「それにな『態度で示せば相手にも伝わるはず』などいうのは幻想に過ぎん。言葉を尽くして想いを伝えることを怠けてはならん。いや、言葉を尽くし、好意を示しても想いのすべてを伝えきれるわけではないのだ」
ふっと侯爵は自嘲的な表情を浮かべた。
『祖父様もいろいろと複雑な気持ちを抱えているのね』
「なに振られたところで、どうせ今と変わらん」
「確かに何も変わらないでしょうねぇ」
「そうだな。変わらないな」
「僕に厳し過ぎない? っていうか振られる前提で話してるよね?」
「まぁそうですね」
「望みは薄いかな」
「放置期間が長すぎる」
執務室にいた全員がうんうんと頷いている。
「もしサラがレヴィの立場だったら?」
「こんなヘタレなんてとっくに見捨てて次いってると思います」
「そんなにヤバい?」
「はい」
『まぁ、正直なところ五分五分という気はする。レベッカ先生なんだかんだいって伯父様のこと好きみたいだし。それが友情なのか愛情なのか、きっとレベッカ先生自身も分かってないかもね』
「ロバートよ」
「はい、父上」
「鬱陶しいので、とっとと振られてこい。それまで執務室にくるな。おい、誰かこやつのために花を用意しろ」
メイドが心得たとばかりに執務室を出て行った。
「伯父様」
「なんだいサラ?」
「振られたら、今夜は伯父様が好きな曲を弾いてあげますね!」
サラはにっこりと微笑んだ。
「どうしてみんな振られる前提で話すんだよーーーーーーーー」
ヘタレだからである。