新しい魔法使い
午前中の授業が終わると、5人は一緒に昼食をとることにした。コンサバトリーに用意された食事は、サラが普段食べる量に比べると驚くほど多い。
昼食であっても一品ずつサーブされるのが貴族家の食事の常識ではあるが、グランチェスター城に到着して以来ずっと多忙であったサラとレベッカは、朝食や昼食はすべての料理を並べてもらって済ませることの方が多い。ただし、マナー違反はナシなので性急にパクついたりはしない。
「食べ盛りの男子がいることを考慮しても、これは多すぎませんか?」
「こちらに侯爵閣下、ロバート卿、ジェフリー卿もいらっしゃるそうです」
「祖父様たちがいらっしゃるの? こんな形式の昼食で良いのかしら」
「はい。こちらはいつも通りで構わないと仰っておられます」
「そう」
テーブルの反対側に座っているブレイズは、侯爵と聞いて緊張した表情をしている。
『まぁ無理もないわね』
「ブレイズ、緊張しないで大丈夫よ。割り込んできたのはあちらなのだから、あなたが緊張する必要はないわ」
「そ、そういうけど、サラ。相手は侯爵閣下なんだろ」
「そうだけど、私のおじいちゃんでしかないわよ?」
すると背後から笑いながら侯爵たちが入室してきた。どうやらサラの声が聞こえていたらしい。
「ははは。サラの言う通り、私はただのジジィに過ぎんよ。ブレイズ、お前はグランチェスター領の危機、そしてアヴァロンとロイセンの争いを未然に防いだ若き魔法使いなのだ。堂々と胸を張れ。お前を貶めるようなことを言う者がいれば、私が相手になろう」
「うん。グランチェスター領を預かる代官として、僕からも正式にお礼を言わせてくれ」
「は、はい!」
侯爵とロバートが感謝の意を示すと、ブレイズは真っ赤になりながらもきちんと返答した。
「ふぅ。いいなぁその年でお前はもう英雄なんだな。僕も頑張らないと」
スコットが嬉しそうに、ブレイズの肩をバンバン叩く。
「ふむ。スコットとも打ち解けているようだな。ジェフリー、ブレイズを養子にしたいというのは本当かね?」
「はい。ブレイズ本人が良ければ、私もスコットも歓迎いたします。むさ苦しい男所帯なので、英雄殿にはフラれるかもしれませんが」
『好意を向けられているのは確かだけど、この圧だとブレイズは断りたくても断れないよね』
「ねぇブレイズ。ジェフリー卿はあなたを養子にしたいって仰ってるけど、あなたがイヤだったら断っても良いのよ? 養子にならなくても、この家の使用人や騎士の見習いになることはできる。もっと違う職業に就きたいなら、支援してあげることもできるわ。だけど、あなたの魔力はあまりにも多いから、制御は学ぶ必要があるわ。そうじゃないとまた暴走してしまうかもしれないから。あなたがどんな道を選んだとしても、魔法の訓練だけは責任をもってグランチェスター家が行うわ」
「オレはジェフリー卿の養子になりたいです。将来のことは全然わからないけど、スコットやサラと一緒に剣を練習したり、勉強したりしたいです」
ブレイズは顔を上げてはっきりと答えた。
「じゃぁ決まりだブレイズ。今日からお前は僕の弟だ!」
スコットも嬉しそうにしている。
『良かったブレイズもスコットも嬉しそう』
「ふむ。ジェフリーに新しい息子ができたようでなによりだな。細かい書類などは私が手配しておこう。あぁ、それと祝いに馬を一頭送らせてくれ。ブレイズも乗馬の訓練をせねばならんだろう。丁度サラの馬を手配しようと思っておったのだよ。ブレイズの馬も一緒に選ぶとしよう」
「ありがとうございます。侯爵閣下!」
これまでで一番の笑顔でブレイズは侯爵に感謝を示した。
「すごく嬉しそうね。もしかしてブレイズは馬が好きなの?」
「うん。傭兵団で馬を持ってるやつは団長と副団長だけだったけど、馬たちの世話はオレがしてたんだ。いつか乗りたいって思ってた」
「世話をしてたのに乗らなかったの?」
「勝手に乗ったら死ぬほど殴られるんだよ。勝手に団長の馬に乗った傭兵がいたんだけど、団長に馬用の鞭で背中をめちゃくちゃ叩かれて3日も寝込んだんだ。あの馬たち無事かな。オレの魔法で死んでたりしないかな」
悲しそうなブレイズの表情を見て、ロバートが答えた。
「その団長だけど、今頃は両手を縛られて他の傭兵たちと一緒に、ご自慢の馬の後をトボトボ歩いてるはずだよ。縄で数珠繋ぎになってるし、馬に括りつけられてるから、うっかり立ち止まると引きずられちゃうんだけどね」
『エグっ、この世界の犯罪者の護送って厳しすぎない?』
「よかった。馬たちは無事なんですね」
サラの驚愕とは裏腹にブレイズは馬の生存を素直に喜んだ。どうやら、この世界で犯罪者の扱いはこれが普通のようだ。
しかし食事中の会話としては不適切だと判断したサラは、話題を変えることにした。
「祖父様は、ブレイズに会うためにこちらで昼食をとることにされたのですか?」
「それもあるが、サラにも伝達事項があってな」
「なんでしょう?」
「商会の登記が完了し、商業ギルドにも加入申請は終えている。だがギルド長が『会長が挨拶にも来ない商会などギルドに加入させられない』と難色を示してな」
「まぁ商業ギルドのギルド長は、仕事熱心な方なのですね」
もちろんサラ自身も、ギルド長が難色示すフリをして、新しい商会に探りを入れたいだけだということは理解している。どれだけ隠そうと、グランチェスター侯爵が手配して設立する商会であることはすぐに知れる。そんな商会が普通の商会であるはずもなく、気にならない商人などいないだろう。
「ではソフィアに動いてもらわねばなりませんね」
ソフィアの名前が出たことで、テーブルの向こう側にいるブレイズがピクリと身じろぎをしたが、会話に割り込まないだけの分別はあった。
「グランチェスターの名前を出せば文句は言われんだろうが、ここは目立つべきではないだろう。すまないがソフィアに顔を出してもらうしかないな」
「ええ、ソフィアも目立つことは避けたいと思うでしょうね」
確かにグランチェスターの名前でゴリ押しすれば大抵のことは通る。しかし、あまり派手なことをすれば、備蓄のことがバレてしまう。横領の事実が王室にバレている以上、大きな問題には発展しないかもしれないが、ここは慎重であるべきだろう。
「本店の建物も改装を終えているから、すぐに稼働できる。ただ人員をどうするか…」
「それについては後ほど、ソフィアと祖父様で話し合いを持った方が良いかもしれませんね。商業ギルドへの対応についても検討が必要でしょうし」
「ふむ。そうだな」
『人員か…執務メイドさんたちが欲しいけど、さすがに商会に派遣するのはムリだろうし、どうしようかな。口が堅い人じゃないとダメだし』
「祖父様のご都合に合わせるようソフィアに伝えますが、いつがよろしいでしょうか?」
「ふむ…。早い方が良いだろうが、あまり夜遅くに女性を働かせるべきではないな」
「夕食後の数時間でしたらお相手もできるのではないでしょうか。さすがに昼間はどちらも動きにくそうですので」
「さすがに今夜は溜まっている仕事を片付けねばならん。明日の夜だろうな」
「承知しました」
不意にスコットが口を挟んだ。
「この前から気になってたんだけど、ソフィアさんって誰なんだい?」
長男からの質問にジェフリーは鋭い視線を投げかけ、堅い声で叱った。
「スコット。お前はブレイズがソフィア嬢のことを質問した時にも傍にいたはずだ。覚えていないとは言わせんぞ。ソフィア嬢はグランチェスターに連なる女性だが、それ以上の詮索をしてはならん。その意味は分かるな?」
「はっ。大変失礼いたしました」
ジェフリーは立ち上がって侯爵に向き直り、深々と頭を下げた。
「息子の軽率な発言をお許しください。まだ教育が足りぬようです」
「構わぬ。まだ学んでいる途中なのだろう。スコットよ、こうして身内に囲まれているうちに失敗して学んでおくのだ。決してグランチェスターの外で弱みを見せてはならん」
「はっ。心に刻んでおきます」
スコットも立ち上がって、父親と同じく侯爵に頭を下げた。
「まぁ、座って食事を続けようではないか。今日は一族に若き魔法使いを迎えためでたい日なのだからな。ようこそブレイズ・グランチェスター」
侯爵はブレイズに向かってニヤリと笑いかけた。目線があったブレイズは顔を赤くしながらも、嬉しそうに微笑み返す。
「ブレイズは私のお友達だけど、再従兄妹にもなったのね。これからもよろしくね!」
「うん。よろしく!」
こうして、グランチェスターに新たな魔法使いが誕生したのだった。