舞い踊る天使
「サラさん、こちらに来て」
サラはレベッカに呼ばれるまま、武器庫のような倉庫にやってきた。練習用に刃がつぶしてあるものが多い。
「うん、コレとコレが良さそうね」
レベッカは部屋の隅の方に沢山置かれている木剣から、サラの練習用の木剣を2本選んで渡した。どちらも短剣ほどの長さしかない。
「まだ長剣を扱うのはムリそうだから、ひとまず短剣を2本にしましょう」
「はい」
渡された2本の木剣を持ってみると、微妙に長さや重さが異なっていることに気付いた。
「重くて少し長い方を利き手に持ってね」
ふと、サラは前世のゲームの立ち回りを連想した。大学生の頃、ゼミの友人たちと飲みながら戦っていたことを思い出したのだ。
『そういえば、あの時の私も双剣つかってたなぁ』
レベッカから受け取った木剣2本を逆手に持ち、ゲームと同じように構えた。
「あら、サラさんは逆手の方が好みなのかしら。うーん、まずは順手で基礎の素振りって思ってたけど、意外と構えがしっかりしてるわね。これも前世の記憶かしら」
「そうかもしれないです」
「そっちを伸ばすべきなのかしら。ちょっとジェフに相談してみましょう」
レベッカは、さらにごそごそと倉庫を探り、逆手用の短剣を2本取り出した。こちらは木剣ではなく金属製で、グリップの形状が特殊である。
倉庫をあとにしたレベッカは、大きな声でジェフリーを呼ぶ。
「ジェフー。ちょっと来てくれるかしらー」
「おー」
レベッカとサラのところまで走ってきたジェフリーは、サラの手に短剣が握られていることに気付いた。
「ん? サラは初心者だよな?」
「はい。これはレベッカ先生に選んでいただいたのですが」
「ちょっと構えてくれ」
サラは先程と同じように逆手で双剣を構えた。
「独特な構えだが美しい。レヴィとはまた違った美しさだな」
「ジェフもそう思うわよね」
レベッカの問いかけに、ジェフリーは首肯する。
「サラ、身体強化の魔法は使えるか?」
「使ったことないです」
「ふむ。少し見ててくれ」
ジェフリーは少し離れた場所に移動すると、無属性の身体強化魔法を発動した。
「身体を隅々まで活性化させるイメージで発動させるんだ」
サ〇ヤ人のように髪の色が変わったり、眩しいオーラを纏ったりすることはなかったが、明らかに先程よりも筋肉が張っているように見える。世紀末の救世主っぽい雰囲気でもあるが、別に服が破れたりするほどの変化はない。ただ、明らかに戦闘力的なものが上昇しているように見える。
「やれそうか?」
「やってみます」
さすがに筋肉ムキムキな感じはイヤなので、ちょっとだけ筋力を向上して俊敏性を高めた状態をイメージした。しかし、どうにも〇イヤ人のイメージが抜けきれなかったらしく、サラの身体を包み込むようにゆらゆらと陽炎のようにオーラが出現してしまった。
「うおっ、お前オーラが発動してるぞ」
「すみません。なんか勝手に出ちゃって」
「出ちゃってってお前なぁ…。オーラってのはソードマスターの域に近づかないと発動しないんだが」
「あはは…なんででしょうね」
さすがに力を入れ過ぎたのかもしれないと思い直し、もうすこし緩やかな身体強化をイメージしなおす。
「お、消えたな。自由自在なのか」
「自分でもよくわからないです。初めてなので」
「初めてでこれかぁ…なんだか不安になってきたぞ。まぁいい。その状態で双剣を構えてみろ」
サラは言われるままに先程の木剣を構える。
「そこから次の動作ができるか?」
「やってみますね」
更紗時代のゲームの動きをイメージすると、想定していた以上に細かい動きや独特のリズムが脳内を駆け巡り、自然と身体が同じ動作を再現しようとムズムズし始めた。
サラの左右の手は架空の敵を切り裂きつつ、敵の攻撃を受け流す。軽やかな足さばきはまるで踊っているかのようにすら見える。
動作の途中でジェフリーが持っていた木剣をサラの方に振り下ろすと、サラはその剣筋を目視することなく、自然に左側の木剣で受け流し、予備動作無しでバック宙するように後ろに跳んだ。
「ほう、少々荒いがいい動きだな…じゃねぇよ! どう考えても素人の動きじゃねぇ」
「自分でもびっくりですよ」
「しかも見たことのない剣術だ。サラ、お前新しい流派でも作るつもりか?」
「そんなつもりはないんですけど」
サラ自身も自分の動きに戸惑っている。
「レヴィ、そっちの剣をサラに渡せ」
レベッカから先程の剣を受け取ったサラは、木剣と違ってズシリとした重さに驚いた。
「重い、ですね」
「それでも軽いほうだ。まぁサラの身体の大きさからすれば、身体強化していてもキツイだろうな。それでさっきの動きはできるか?」
「やってみます」
サラは構えからの動作を繰り返すことで、ある程度得物に重さがある方が動きにキレが増すことに気付いた。
『これくらいの方が使いやすいけど、長時間動くのはムリだわ』
「サラ。そのくらいでいいぞ。どんな感じだ?」
「こっちの方が使いやすいのは確かですね。ある程度の重さは必要かもしれません。ですが私の身体の方が追い付いていません」
「それはお前の動きが子供用じゃないからだ。まだまだ洗練されているとは言い難いが、ある程度完成されている動きなのだろう。で、お前は何者だ?」
その瞬間、ピタリとサラとレベッカの動きが止まった。
「聞く覚悟はできていますか?」
「ある程度予想はできる。オレもグランチェスターだからな」
「では、おそらく予想通りだとだけお答えしておきます。その先は祖父様から許可があればお話することもあるでしょう」
「まぁそうだろうな」
「もう息子の嫁には欲しくなくなりました?」
「いやぁ。ますますウチの嫁になって欲しくなった。だが、スコットがサラに見合う男になれるかの方が問題になりそうだ」
そこにスコットとブレイズも近づいてきた。
「父上、聞き捨てならないことが聞こえたような気がするんですがね」
「お、聞こえたか。だが、このままだとお前は嫁より弱い騎士になりかねんぞ」
「ほほう。それはお手合わせしていただかなければ」
スコットがそれまでの柔和な雰囲気を捨て、鋭い視線でサラを見つめた。その瞬間、サラの背筋にゾクりと冷たいものが走る。
「ジェフリー卿、スコットの胸をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「まぁどちらが胸を貸すのかあやしいところだが構わんぞ」
ジェフリーの許可が下りたため、サラとスコットは練習場の中央に移動し、距離を取って向かい合う。サラは呼吸するように自然と身体強化をかけなおし、双剣を構えた。さすがに双方木剣である。
「私から行かせてもらいますね」
「うん。楽しみだ」
サラは地面を蹴って一気にスコットとの距離を詰め、スコットの剣を左手の剣で受け流し、そのまま脇腹付近をかすめるように右手を薙いだ。しかし、スコットは身体を捻るようにサラの剣を避け、そのまま体勢を入れ替える。
「これは、本気を出さないと無理そうだね」
「年下の女の子相手に容赦ないですね」
そんな会話を交わしながらも、二人の動きは一瞬たりとも止まらない。互いの得物をいなし、斬りつけ、時には体術も織り交ぜた攻防を繰り返す。その様子はまるで優雅なダンスを踊っているようにすら見える。
二人を見守っていたジェフリーとレベッカも、この様子に驚きを隠せない。気が付けばブレイズも近づいてきて二人の立ち合いを見つめている。
「これは予想以上だな」
「本当にサラお嬢様はオレと同じ初心者なんですか? オレ男なのに…」
「あいつと自分を比べようとするなブレイズ。グランチェスターには、いや、この世界には時折規格外の人間が生まれるんだ。オレたちのような凡人の努力など歯牙にもかけちゃくれねぇ」
「それは創世の女神の思し召しなのでしょうか?」
「お前は女神教徒なのか」
「わかりません。ただ、オレのいた傭兵団では戦いの前に女神に祈っていました」
「そうか。まぁ神だの女神だのの意図が介在している可能性はあるかもしれん。本当のところは誰もわからねぇからな」
ブレイズがジェフリーを振り仰いだ。
「ジェフリー卿、オレは努力しても無駄でしょうか?」
「気休めは好きじゃないからハッキリ言うが、それはわからねぇ。努力してもダメなことはあるし、努力しなくてもあっさりできてしまうサラのようなヤツもいる」
「そうですか…」
「だが、サラもすべてに優れているわけじゃない。っと、そろそろか」
それまで隙のない攻防を繰り返していた二人だったが、突然サラの身体が傾いだ。しかし、スコットは振り下ろした剣を咄嗟にうまく止めることができない。
カァァァーーーーーーン
そこにジェフリーが割り込んでスコットの剣を弾き飛ばし、崩れるように倒れたサラを抱きとめた。
「おいスコット、相手の様子をもう少しちゃんと見ろ」
「あっ。申し訳ございませんっ」
「まぁ気持ちはわかるけどな」
サラを横抱きにしたジェフリーは、レベッカとマリアを呼んでサラを邸へと運んだ。スコットとブレイズには練習を続けるように言ったものの、二人ともサラの様子が気になると食い下がったため、結局全員で邸まで戻ることになった。