賑やかな朝食
二度寝したため、サラは朝食の席にやや遅れ気味に到着した。すると、そこにはレベッカだけでなく、ロバートとジェフリーも着席していた。
「おはようございます。ごめんなさい。少し寝坊してしまいました」
「おはよう。サラさん。疲れていたのですもの気にしなくていいと思うわ」
レベッカはにこやかに答えた。
「ふふ。最近レベッカ先生が甘やかしてくれてる気がしてうれしいです」
「それじゃぁ今日からは厳しく教えなければなりませんね」
「はは。サラ藪蛇だね」
「ロバート卿と違ってサラお嬢様は真面目なのです。このくらいのことでお困りにはならないでしょう」
「確かにロブと比べたら、ね」
「レベッカ先生、それは褒められているのかどうか判断が難しいです」
「ふふふっ。それはそうね」
困った顔を浮かべたサラに、レベッカは自然な笑顔を返す。それを見たロバートは、最近のレベッカはサラに対して表情を作らなくなってきていることに気付いた。
「お二人はいつ頃こちらに戻られたのですか?」
「昨夜戻ったんだけど、サラは夕食の途中で眠ったと聞いたから、朝食の席で挨拶しようと思ってね」
「そ、そうでした! すみません無作法でした」
「仕方ないわ。まだ8歳ですもの」
ロバートとジェフリーもカトラリーをいったん置いて、真面目な表情を浮かべた。
「大人の都合でサラには負担をかけ過ぎたと思ってる。申し訳ない」
「私共の力不足で大変ご迷惑をおかけしました」
男性二人に深々と頭を下げられたサラは、慌てて自分もカトラリーを置いた。
「どうかお二人とも顔を上げてください。そしてどうか謝罪されるのではなく、褒めていただけません? 私、結構頑張ったと思うのです!」
ロバートとジェフリーは顔を見合わせ、次の瞬間に破顔した。
「はははは。確かに頑張ったね。サラの手柄にできないのが残念だけど」
「そうですねぇ。非公式なのが惜しまれますが、大変な功績だと思いますよ」
「では、お二人にご褒美をおねだりしても良いですか?」
二人の笑いがピタリと止んだ。
「お、おねだり?」
「はい」
「私からもですか?」
「もちろん! 本来は騎士団のお仕事も随分頑張ったと思いません?」
「ソ、ソウデスネ…」
全員が微笑みを絶やしていないにも関わらず、妙な緊張感がその場を支配する。
「まず伯父様にお願いですが」
「な、なにかな?」
「伯父様がご趣味で執筆された本の版権を商会に下さいませ。印刷して販売いたします」
「サラさん! それは駄目よ」
レベッカが慌てて止めに入る。
「レヴィの言う通りだよ。サラにはまだ早い!」
「皆さまが、私に任せたお仕事は子供向けでしたでしょうか? こういう時だけ子供扱いをされるおつもりですか? なんでしたら帳簿付けの時に確認した娼館の支払い分のうち、伯父様がお使いになられた部分を抜き出しましょうか? そういえば明細には手折られた花のお名前も記載されていたようですが…」
「ちょ、まって…サラ」
ロバートが恐る恐るレベッカの方に振り向くと、レベッカはにこやかに微笑んでいた。しかし目はまったく笑っていない。
「とはいえガヴァネスであるレベッカ先生のお顔を立てて、私自身が原稿を読むことは止めておきましょう。いずれにしても出版部を設立するつもりですので、編集者は別途雇用する必要があるでしょうし」
「サラさん自身が目にしないのであれば構わないわ。でも、第一弾がアレでいいの?」
「最初は無難に私のピアノ譜とかにしておきます」
「それが良いでしょうね。でも帳簿の方は私も後で見せてもらいに行こうかしら」
「それなりの金額でしたから、監査は必要かもしれませんね」
次にサラはジェフリーの方に振り向いた。
「ジェフリー卿へのお願いは、乗馬と剣術の先生の手配ですね。ソフィアにではなく、サラに教えて欲しいのです」
「それはウォルト男爵邸でもお約束した通り、教えるつもりではおりますが」
「はい。そして、可能であればレベッカ先生もご一緒しませんか?」
するとジェフリーが、堪えきれないといった感じで噴き出した。
「ぶはははは。だ、駄目だレヴィ。もうオレは隠しておける気がしねぇ」
『あら、ジェフリー卿って意外とワイルドな話し方する人だったのね』
「ふふ。ジェフリー卿は、そういう話し方の方がお似合いですね」
「あ、すみません、つい」
「どうせ伯父様もレベッカ先生も幼馴染でいらっしゃるのでしょう? このメンバーなら問題ないんじゃないですかね。お仕事中でもありませんし」
「そっか。その方がオレも気楽だ」
ジェフリーはニヤリとサラに笑いかけた。それがあまりにも魅力的だったので、サラの胸はドキリと高鳴った。
「やっとジェフらしくなりましたわね」
「ところで、隠しておけないとはどういうことなのでしょう?」
ジェフリーはチラリとロバートに目を遣ってから話し始めた。
「レヴィは剣術をオレからこっそり習っているんだ。両親もロバートも反対してたんだけど、アーサーはレヴィの味方だったからね」
「なんだって! じゃぁしょっちゅうアーサーと二人で抜けだしてたのは、お前に剣を習いに行ってたのか?」
「そうだ。アーサーよりも筋が良かった。中途半端に投げ出したお前よりレヴィのが強いぞ」
「くっ…」
「お前ら兄弟は二人とも剣は全然駄目だったよなぁ。伯父上は嘆いてたぞ」
「五月蠅いなぁ」
『つまりレベッカ先生は、剣術を習うまでもないってこと?』
「サラは…、えっと従姪だし、この場なら呼び捨てでもいいかな?」
「はい、どうぞ呼び捨ててください。伯父様を呼び捨てているのですから、私だけお嬢様って変です」
「じゃ、そうするか。サラはどういう剣術を習いたいんだい?」
「体格的に重い得物はムリだと思うんです。だからレイピアとか短剣でしょうか」
「レヴィと同じこと言うんだな」
「女性なら仕方ないわ。あまり筋肉をつけるとドレスが似合わなくなってしまうでしょうし」
「なるほど。女性は大変だな」
「それでレベッカ先生はどちらを選ばれたのですか?」
すると、再びジェフリーが噴き出した。
「レヴィは欲張りだったから、選ばなかったんだ」
「というと?」
「双剣使いなんだよ」
「ええっっ! カッコイイーーーーー」
更紗時代に剣道をやっていた友人の応援に行った際、二刀流で戦っている人を見たことがあった。
『たしか、アレ片方は短い竹刀を持ってた気がする。たしか成人しないと駄目ってルールがあったような。ってことは難しいのかな?』
「ふふっ。実際には両手の剣で戦うというより、片方は受け流す感じなんですけどね」
「どちらかと言うと防御面に優れた剣術なんだよ。オレは基礎しか教えられないけどな」
「もうバレてしまいましたし、私も鍛えなおしてもらおうかしらね」
『レベッカ先生の双剣はすっごく見たい!』
「くっそぉ。いつもジェフは美味しいトコもってくんだよなぁ。サラ、乗馬だったら僕だって教えられるよ?」
「ロブ…残念だけど、ソフィアさんはロブより乗馬が上手だったわよ」
「だったら習う必要ないじゃないか!」
「あ、馬に乗ったまま戦えるようになっておきたいので! 剣はともかく魔法は馬に乗っていても自由に使えるようになっておきたいですから」
「ロブは剣も魔法も微妙だからなぁ。お前には無理だ」
「僕にはイイトコ何もないじゃないか! 頭の方もどう考えたってサラの方が上だし……待てよ容姿なら僕の方がジェフより良くないか?」
「あー。伯父様ごめんなさい。私はジェフリー卿の方が好みです。あ、でも伯父様には作家としての文才があるじゃないですか! ベンさんをはじめとするファンもいらっしゃいますし!」
「それ、全然うれしくないんだけど!?」
ロバートはガックリと肩を落とした。
「オレは嬉しいねぇ。オレは亡くなった嫁さん一筋なんで、なんなら息子の嫁になるかい? オレの若い頃にそっくりなんだよ」
「お会いしてみないとわかりませんね。それに息子さんって13歳でしたっけ? 私は8歳ですからねぇ、子守だと思われかねません」
「サラみたいな美少女を好きにならないヤツなんているわけないだろ。僕は絶対サラをお嫁になんかやらないからね」
「伯父バカが過ぎるのではなくて? ジェフの冗談を真に受けなくても」
レベッカが呆れた様子でロバートを窘めた。
「そういえば、お二人は狩猟場でのお仕事はもう終えられたのですか?」
「僕の方はサラの提案に近い形で、木こりと猟師たちの不満を解消してきたよ。木こりたちは少しばかり文句を言っていたけど、禁猟区だから強くは言えないよね。最終的には火事で燃えた付近の区域での狩猟を許可したんで、木こりと猟師のどちらも納得してくれたよ」
「まぁ落としどころはそのあたりですよね」
「オレの方も後は騎士団本部で面倒な書類仕事になりそうだ」
「書類仕事は避けられないでしょうね。苦手ですか?」
「好きじゃないが、苦手ってこともないな」
「執務メイドは便利ですよ?」
「そうは思うが、むさ苦しい騎士団だから希望者がいるかどうか」
「意外と人気の職場になりそうな予感がしますけどね」
間違いなく騎士団は競争率の高い職場になることをサラは確信していた。まぁ女性でなくても良いとは思うのだが、男性であれば普通に文官を目指してしまいそうなので、やはりここは執務メイドだろう。
「そういえば、あの魔法を発現した子はどうなりました?」
「ああ。伝え忘れてた。あいつ名前が無いんだよ」
「名前が無い?」
「傭兵団では、適当に小僧とか呼ばれてたらしい。売り飛ばすつもりでいたそうだから、名前を付けることすら面倒だったのかもしれないな」
「酷い話ですね」
「で、オレが名前を付けるかって聞いたら、『どうせならオレを拾ったソフィア様に付けて欲しい』とか言うんだよ。多分アレは初恋じゃねーかな?」
『はぁぁぁぁぁぁぁ!?』
「ちょっと待って。あの子の年齢って私とそんなに変わらないよね?」
「10歳か11歳らしいけど正確にはわからないって」
「ソフィアじゃ年上過ぎない?」
「うーん。あのくらいの少年って年上のお姉さんに弱いんだよね。僕にもおぼえがあるよ」
「へー、そう」
レベッカの視線がさらに温度を下げた。
「うーん。彼の全裸も見ちゃったし、ソフィアは責任取らないと駄目かな?」
場を和ませるためサラは軽口を叩いた。ところが、ジェフリーとレベッカは噴き出して笑ってくれたが、ロバートだけが憤慨して叫んだ。
「だからサラはお嫁にやらないってば!」
「ですから伯父様、ジョークです」
「おいおいロブ。お前、伯父バカにも限度ってモノがあるぞ」
ジェフリーはロバートの肩をポンっと叩いた。
「伯父様、あんまりしつこいと嫌いになりますからね?というかですね。伯父様はとっとと結婚して自分の子供をお持ちください!」
「そりゃそーだ」
「そんなぁ。サラ、僕の娘になろうよぉ」
「それは熟慮中です」
「あ、オレの養女になって、将来は息子の嫁ってのもいいぞ? まぁ息子がダメでもちゃんと良いトコに嫁にだしてやるし」
「ふふっ。それは魅力的ですけど、さすがに伯父様が泣きそう」
「うん。絶対泣く」
「サラさん…面倒くさい伯父を持ったわね。心から同情するわ」
「本当にその通りですね。レベッカ先生」
そして、ロバート以外の3人がひとしきり笑った後、午後はジェフリーの家に向かうことを約束して4人は朝食を終えた。