早朝の出来事
サラが目を覚ますと窓の外はぼんやりと明るく、今が早朝なのか夕刻なのかすぐには判断できなかった。南向きの窓を静かに開けると東側の空が白々としており、今が夜明けであることに気付いた。
「そっか夕食の途中で寝ちゃったんだ…身体は子供だなぁ」
すると突然空中に小さなドアが現れ、コンコンとノックの音が聞こえた。
「!?」
サラが驚いていると、ドアの向こうからセドリックの声が聞こえた。
「サラお嬢様、今よろしいでしょうか?」
「いいけど、このドアは何?」
すると、セドリックはドアを開けて姿を現し、空中のドアを消した。
「お嬢様のプライバシーは大切です。いきなり現れるわけには参りませんので」
「でも、ドアである必要はないんじゃないの?」
「様式美です」
「どうせならドアをピンク色にしたら?」
「サラお嬢様はピンク色をお好みなのですか?」
「なんでもないわ。気にしないで頂戴」
軽くお辞儀をしたセドリックは、空中から数枚の書類を取り出した。
「王宮にいる眷属からの連絡ですがロイセンの王太子と侯爵が王宮で会談されたようです」
「あら」
「お忍びでアヴァロン王を訪ねてきたようです。侯爵は口が堅いですね。泥酔していてもミケには漏らしませんでしたから」
「まぁ大領地の領主ならお酒に呑まれるようじゃだめなんだろうけど、それにしたって二人はどれだけ飲んだのよ」
「ワインボトルが6本ほど転がっていたのは確かですね。どちらがどれだけ飲まれたのかまでは…」
「あ、そ。まだこの身体じゃ飲めないから羨ましいわ。ソフィアの姿でもレベッカ先生の目が光ってて呑めなかったし」
「これからお嬢様は美味しいお酒を造るということですし、ソフィアお嬢様の姿であれば、お目こぼしもされるのではないですかね」
「だといいわね」
サラはため息を吐いた。
「それで、ロイセンの王太子が来た理由は?」
「ロイセンの王太子は、アヴァロンからの支持が欲しいようですね。ロイセン国内には王太子を快く思わない派閥があるのです」
「どこの国にもあるでしょう?」
「ロイセンの王太子は現王の息子ではなく甥なのです。そのため王の実子である第三王子、今は臣籍降下して公爵となっておりますが、その公爵を推す一派がかなり幅を利かせております」
「どうして実子がいるのに、甥を王太子にしたのかしら?」
「正確には把握しておりませんが、どうやら第三王子が自ら継承権を放棄したようです。しかし現王は第三王子にまだ未練があるようですね」
「10年前の粛清がショックだったのかしらね。でも本人が望まないなら放っておいてあげればいいのに」
「正妃から生まれた嫡男でもあり、王妃の生国からの圧力もあるようですね。まぁ正妃本人が抑えてはいるようですが」
「もしかして、今回のグランチェスター襲撃の犯人は、第三王子派の可能性もあるってことかしら?」
サラはサイドボードに置かれていた水差しからグラスに水を注ごうとしたが、先んじてセドリックが水をサーブする。
「どうぞお嬢様」
「ありがとう」
「もちろん、襲撃の犯人が第三王子派の可能性は否定できません。ですからアヴァロン王もロイセンの王太子も今回の襲撃を大事にしたくないようです」
「理解したわ。一見すればグランチェスターにも利がある裁定だけど、横領から仕組まれていたと考えれば他所の国の政争に巻き込まれたとも言えるわね」
「まだ断定するのは早いかと」
「そうね」
秋の早朝は冷え込むため、肌寒さを覚えたサラはドレッサーの椅子に掛けてあったショールを羽織り、そのままその椅子に腰かけて水を一口飲んだ。
「だけどこれ以上、判断する材料は何もないから様子を見るしかないわ。今回の襲撃が失敗したことで、誰がどんな行動を取るかしらね」
「では少々眷属を増やしたくありますので、サラお嬢様の魔力を少々いただけますか?」
「良いわよ」
「では」
またしてもセドリックはサラの前に跪いて手の甲にキスをした。
「ちょっと、そんなことしなくても魔力を持っていくことくらいできるでしょう?」
「様式美ですので」
「その様式はとっとと捨てて頂戴!」
サラは顔を真っ赤にしながら、慌てて手を引き抜いた。
「私としては唇からでも構いませんが」
「もっと駄目に決まってるでしょ!!!」
セドリックがニヤニヤ笑っていると、空中にミケとポチが現れた。
「調子にのるな~~乙女の敵め~~~~~~~」
「こうしてくれる~」
二匹は突然人型に変化して巨大化し、セドリックの後頭部に飛び蹴りをかました。セドリックがばったりうつ伏せに倒れると、その背中にげしげしと蹴りを入れている。
「あらぁ二人とも人間の姿になれるのね。どっちも美人さんねぇ。ケモミミだけど」
「慌てて変化したから細かいとこは許して。ちゃんと人間になれるわよ」
ミケが再度変化すると尻尾は消えて耳も人間と同じになる。見ればポチも同様だ。ミケは妖艶な美女といった風情だが、ポチは目がくりっとした可愛らしい少女になる。
「痛いなぁ。ほんの冗談なのに」
「あんたが言うと全然冗談には見えないのよ」
「まったくよ。こんな明け方に乙女の寝室に侵入した癖に」
妖精には基本的に性別はないのだが、自我を得てから100年以上経つと大抵の妖精は男性か女性のどちらかの姿を取ることが多くなっていく。もちろん両性を行き来する妖精もいるが少数派だ。
「ミケ、ポチ、放してあげて。冗談だって言ってるくらいだから、もうやらないでしょう」
「せ、せめて尊敬のキスだけは~~」
「もう少し私が大きくなったらね」
「ソフィアお嬢様の姿ならいいですか?」
「うーーーん。私が良いって言ったときだけなら、ね」
「ありがたき幸せ」
すると、ドアの外から物音が聞こえてきた。どうやらサラの声がしたことにメイドたちが気付いたようだ。
「ひとまず説明が面倒だから、貴方たちは姿を隠して」
直後、ドアをノックする音が聞こえたためサラが入室を許可すると、マリアと数名のメイドたちが入ってきた。
「お嬢様、話し声が聞こえましたが」
「ごめんなさい。早く起きたから妖精さんと話をしていたの」
「然様でございましたか。今日は早めに朝食にされますか?」
「いいえ、もう少し眠ってから、レベッカ先生と一緒にすることにするわ。騒いでしまってごめんなさいね」
「いえ、お嬢様がご無事であれば問題ありません。では失礼いたします」
サラが再びベッドに入るのを確認すると、安心したような微笑みを浮かべてメイドたちは立ち去った。
「ふぅ。防音魔法を忘れてたわね」
最初はベッドに入るフリだけのつもりだったが、自然と眠気がおそってきたため、サラはそのまま二度寝してしまった。
妖精たちは様子を見に空中に姿を現したが、サラが眠っているのを確認すると、そのままするりと空中に消えていった。