たぶん3人目だと思う
記念すべき100話目なのですが、こんな話になってしまった _| ̄|○
「ただいま~」
空中からにゅるんっとミケが顔を出した。既にサラはグランチェスター城に帰還する用意を済ませており、乗馬服替わりの騎士風装束を身に纏っていた。
「随分時間かかったね」
「ウィルにお酒呑ませてもらって、ちょっと寝ちゃった」
「え、まさかウィルって祖父様のこと!?」
「うん。ミケって呼んでいいよっていったら、自分のことはウィルって呼べって」
「そうなんだ」
『祖父様フレンドリーだな。よもや猫好き?』
「伝言すごく助かったからお礼なんだって」
「ミケってお酒が好きだったのね」
「うん。好きだよ~」
すると、ミケの後ろに飛びつくようにポチも現れた。
「私もお酒すきっ」
「二人ともお酒好きなのかぁ。
じゃぁ、そろそろエルマブランデー造りを頑張らないとねー」
「「それだ!」」
などと暢気な会話を楽しみつつも、サラはミケが王都で何を見聞きしたのかを気にしていた。
「それでミケ、向こうから伝言は預かっていないの?」
「うん。ウィルはあれからすぐに王様に会いに行って、今日はもう向こうを発ったから、直接サラに話すんじゃないかな」
「ふーん。随分忙しいね」
「あ、だけど、ちょっと面倒なことがあるかも?」
「どういうこと?」
ミケはぼそぼそと、グランチェスター邸での一部始終をサラに暴露した。
「はぁ!? あの人たち馬鹿なの? いまさら謝られたって許すわけないじゃん」
「サラがウィルに『窃盗は犯罪なので止めさせてください』って言ったからじゃない?」
「はぁ、なるほど」
そこに、ポチが見覚えのない妖精を連れてやってきた。フェイのように人型ではあるが、まるで執事のような黒い服を身に纏っている。見た目年齢は30歳前後だろうか…なかなか美形である。
「サラ~、グランチェスター邸にいた妖精をつれてきたよ」
「こんにちはサラお嬢様」
緑色の犬の横で小さな黒服の執事が頭を下げる。宙に浮いているため、なんともシュールな光景である。
「初めまして、なのかな?」
「いいえ。サラお嬢様がグランチェスター邸にいらっしゃる頃には、常にお傍に控えておりました」
「ごめんね、その頃は妖精を見れなかったから」
「構いません。いつも心地よい魔力に包まれているお嬢様の近くに居られるだけで幸せでした」
「ところで、どうしてこっちに来たの?」
「お嬢様がグランチェスター邸を離れてからの出来事を見聞きして、憶えている妖精が私くらいしかおりませんので」
「そうなの?」
「人の営みに興味を示す妖精は少ないですから」
「あなたは変わり者の妖精ってこと?」
「そうかもしれませんな。なにせミケが侯爵閣下と同衾したことも見ておりましたので」
「はぁぁぁぁぁぁぁ???」
サラはミケの方をクルっと振り向いた。が、ミケは特に気にする様子もなく、ふわふわと浮かんでいる。
『そうか。猫型なんだから布団に潜り込んでも不思議じゃないわね。同衾とかいうからびっくりしたわ』
「ま、まぁミケのことはいいわ。どうせ酔っぱらってたんでしょ」
「そうですね」
「もしかしてゴシップ好きの妖精なの?」
「多少大袈裟に言うことはあるかもしれませんが、基本的に嘘は吐きませんよ?」
確かにこれは変わり者の妖精である。
「グランチェスター邸の様子を教えてくれるのはありがたいけど、あなたには何を差し上げればいいのかしら?」
ミケやポチはサラの友人であるため、お願いすれば力を貸してくれる。この友人たちを通じて他の妖精にお願いすることもあるが、その際には対価が必要になる。大抵の妖精はサラの魔力を欲しがるが、中にはお菓子やサラの身に付けていたリボンなどを欲しがる妖精もいて面白い。
「そうですねぇ…私にも名前を頂けますか?」
「「ちょっとぉぉぉぉ」」
ミケとポチが同時に突っ込んだ。名前を対価にするということは、サラの友人になりたいということだ。
「あなた、私の友達になりたいの?」
「友人というより、私のご主人になっていただきたいのです」
「あなた本当に妖精なの??」
「王都の貴族家を転々とするようになって300年程になります。この姿をとるようになってからは100年程でしょうか。そろそろ私にもご主人様と呼べる相手が欲しいのです」
しかし、サラの頭の周りをミケとポチがぐるぐる回って反対する
「はんた~い。なんでポチはこんな変な妖精つれてきたのよ!」
「ごめんミケ~。うっかりだった。とっとと連れて帰る~」
『可愛いけど、ちょっとウルサイ…』
「はいはい。ミケもポチもそこまでにして。頭痛くなってきたから」
「「ごめんなさい」」
するっとサラの左側に着地した執事の妖精は、大変美しい微笑みを浮かべてサラの耳元に囁いた。
「私は知識と情報を愛する妖精です。サラお嬢様に命じられれば、さまざまな情報を収集してご覧にいれますよ? 例えば大商会の会議室の会話から王宮の寝室の睦言まで」
『な、なんですってぇぇぇぇ!?』
「サラぁぁ、こいつ胡散臭いよ~」
「やめとこうよぉぉ」
ミケとポチは必死に止めたが、この危険な執事の囁きにサラはあっさり陥落した。瞬殺である。条件が魅力的過ぎて考える余地すらなかった。
「私、自分がこれほどチョロい女になるのは初めてかも」
「それは大変光栄ですね。では名前をいただけますか?」
しかし、サラは絶対にやってはいけないことにも気付いていた。絶対にこの妖精に『セバスチャン』という名前を付けてはならない。もちろん『セバス』も駄目だ。
「あなたの名前は…セ……セドリック。それでどう?」
『あぶないあぶない。もう少しで罠 にハマるところだったわ』
「セドリック…はい。大変気に入りました。ありがとうございますサラお嬢様」
サラはいつも通り、この執事が自分の頭上でくるくる回るのだと思っていた。ところがセドリックは突然普通の人間サイズの大きさに変化し、サラの前に跪いて手の甲にキスをした。その瞬間、頭上から銀色の光が落ちてきた。
「うひゃぁぁぁ」
知識としては知っているが、実際に手の甲にキスをされたことはなかったので、サラは盛大に照れた。この姿を見たらレベッカは盛大に眉を顰めるだろう。なにせ『今までの淑女教育どこいった?』くらいの照れっぷりである。
どうやらセドリックもそれを狙ったらしく、上目遣いでニヤリと笑っている。
「今後ともよろしくお願いします。お嬢様」
後ろでは、ミケとポチががっくりと項垂れていた。
「サラがモテモテなのはわかってるけど、これはないんじゃない?」
「ヤバすぎなの連れてきちゃったよ…」
しかしそんな悪口などどこ吹く風といった風情のセドリックは、再び元の小さいサイズに戻る。
「だけど、セドリックは私の近くに居たら情報を集められないんじゃないの?」
「そうですね。基本は王都の周辺にいるとは思います。まぁ眷属たちに情報収集を任せることもできるのですが、最終的には自分で確認しませんとね。ですが、ちょくちょくサラお嬢様の元に戻って参りますよ。報告のために」
「眷属?」
「自分の存在を少しだけ切り離して魔力を与えると、眷属として動かせられるんですよ」
「分身みたいなもの?」
「そうですね。ただ、定期的に魔力を与えなければ消えてしまうので、それほど沢山の数を使役することはできません。いまは3体が限界ですね」
「私の魔力を使うと、もっと増やせる?」
「増やせますが、増やし過ぎると私の処理の方が追い付かないかもしれません。眷属たちの知識は共有されるので」
「なるほどね」
『なんだろう…妖精の友人と言うよりスパイ組織を配下に加えた気分だわ』
「ちょっと、そんなことより、セドリックはグランチェスター邸のこと話しなさいよね!」
ポチがぷんぷん怒りながら、セドリックを鼻先でつついた。
「ああそうでした。あの迷惑な連中のことを話さなければ」
サラは最初の目的をすっかり忘れていたことに気付いた。
「そうね。ちゃんと聞いておいた方が良さそう」
「まずエドワードですが、あの男は侯爵に言われるまでサラお嬢様が池に突き落とされたことを知らなかったそうです。それは、妻のエリザベスも同様でした」
「そりゃ、あの従兄妹たちが言うわけないわね」
『祖父様はその件をエドワード伯父様にも伝えたのか。別に放っておいてもいいのに』
「エドワードの方はサラお嬢様がご無事でいらっしゃるため、それほど深刻には捉えなかったようですね。命の危機に晒されたことよりも、お嬢様に魔法が発現したことの方に衝撃を受けている様子でしたから」
「はぁ…魔法の発現もバレたのか。いつまでも隠しておくのはムリとは思ってたけど、祖父様も口が軽いなぁ」
「これは推測ですが、侯爵はエドワードの小侯爵という地位を揺るがすことで、何らかの自覚を促そうとしたのではないかと…」
サラは心底うんざりといった様子で顔を顰める。
「なにそれめんどくさっ。私をネタにするの超迷惑」
「お嬢様、口調が荒れております。話を戻しますと、エリザベスの方はこの件でかなりショックを受けていますね。故意ではないとはいえ、自分の子供たちが集団で従姉妹をイジメた挙句、池に突き落として殺しかけたのですから」
「まぁ母親ならそうなるか。でもさ、あの子たちが私をイジメたそもそもの原因って、エリザベス伯母様が、ことあるごとに『これだから平民は』みたいなこと言ったせいじゃない? そんなこと子供の前で言えば、どうなるかなんてわかるでしょうに」
「そうですね。イジメについてはエリザベスも気付いていたようですが、黙認していたようです」
これにはポチとミケも憤る。
「ナニソレ! サラがイジメられてるの分かってて放置したってことでしょ?」
「うんうん。ず~~っと見て見ぬフリしてたくせに、ウィルの前でだけしおらしい態度で、『このような子を育ててしまった私も責任をとり、離婚して修道院に入ります』って言ってた。人間の責任取るってそういうことなの?」
『ははぁ…これは私が思ってた以上に、王都の邸では大騒ぎになったみたいね』
「まぁエリザベスが離婚すると騒いだことで、エドワードは事の重大さにやっと気付いたわけですが……あの男ちょっとアホなんですかね? 侯爵からは『頭に藁が詰まってる』とか言われてましたよ」
「あまり伯父様に接してないから何とも言えないけど、ちょっと思慮が足りないかなぁって思うところはあるかも? まぁ伯父様の人物評は後回しにして、それからどうなったの?」
「侯爵が子供たちにサラお嬢様を池に突き落としたのかを尋ねていましたね」
「で、認めたわけね」
「認めざるを得ないですからねぇ。故意じゃないと言い訳はしていましたが」
「助けを呼ばなかった時点で有罪確定だけど、これまで隠してたことで祖父様の印象は最悪でしょうね」
ミケがくるっと宙返りしながら言った。
「ウィルは怒ってなかったわ。ん~~呆れてたの方が正しいかも」
「そうですね。おそらく侯爵は、廃嫡も視野に入れていたのだと思います。ただ、エリザベスがその先手を打った形でパフォーマンスを示したのでしょう。小侯爵夫妻は、妻の知恵で保たれているような状況ですね」
「なるほど…それで狩猟大会の前に謝罪大会か…。でも、謝罪させられる従兄妹たちの様子はどうなの?」
「そうですねぇ…長男は言い訳に終始、長女は相手が悪いからと自分を正当化し、次男は自らの思考を放棄して兄と姉に従っている感じでしょうか」
「最悪だわ…」
するとセドリックはニヤリとした笑いを浮かべてサラを見た。
「ですがアダムはサラお嬢様のことを『人形が歩いてるのかと思うくらい可愛い』とか言ってましたよ」
「そういえば言ってたわね~」
サラは背筋にぞわりと何かが走るような感覚を覚えた。
「キモっ。ロリコンは滅びろ!」
うん。滅びた方がいいと思う。