プロローグ
「卑しい平民の娘風情が、侯爵令嬢のように振舞うなんて身の程知らずな!」
「なんでお前のような卑しいヤツと同じ屋敷に住まなきゃならないんだ」
「女が本なんか読んで生意気なんだよ。下町に帰れ」
自分よりも体格の良い年上の子供3人に取り囲まれ、小突かれている少女は、それでも俯くことなく相手の子供たちを見返している。
「あなたたちには関係ないでしょ。本を返して!」
ひるむ様子を全く見せない相手に苛立ったのか、一番年長と思われる少年は取り上げた本を頭上に掲げ、反対側の手で少女を突き飛ばした。
「きゃぁ」
少女は本を取り返そうとつま先立ちになっていたため、突き飛ばされた勢いで後方に倒れこみ、運の悪いことにそのまま蓮の花が浮かぶ池へと転落した。
少女は泳げないわけではなかった。しかし運が悪いことに、その日は外出予定だったため、フォーマルなドレスに身を包んでいた。つまり、ドレスが水を吸ってとても重く、手足を自由に動かせないのだ。
周囲に大人の姿はなく(いじめは基本的に大人の目につかないところでやるのだから当然だろう)、少女が水の中でバタバタともがいても誰かが助けにきてくれる気配はない。
イジメている子供たちもさすがにヤバいとは思ったが、大人を呼んできたらイジメがバレてしまうため、声を上げることに躊躇してしまう。
「わ、わたくしは何も知りませんわ!」
「僕のせいじゃない!」
「兄上、姉上、置いていかないでよ~」
真っ先にいじめていた側の少女がその場から逃げ出すと、兄と弟もあとを追うように駆け去って行った。
少女はしばらく頑張っていたが、そのうち口や鼻から水が入り込み、苦しくて気が遠くなっていく。
『あーあ、なんで私がこんな目に…。今度は恋愛して結婚したかったなー』
『……』
『……』
『……ん?』
『ちょっと待って、今度って何?』
少しずつ薄れていく意識の中で、少女は突然 "前世" を思い出した。
『あーーー、これ異世界転生じゃない!?』
いきなり眠っていた記憶が蘇った次の瞬間、少女の身体に突然の変化がおきる。心臓の近くから急激な熱が発生し、血管を通じて全身を駆け巡る。
そして誰に教わることもなく自然と理解した。これは魔力であり、生きるために必要な力 である、と。
『水は私を傷つけない。水は私を救い、守り、癒す。私を助けてちょうだい』
言葉を発することなく、思考するだけで水面は少女を持ち上げるように盛り上がり、ゆるゆると少女を水際へと押し出した。
「うぇっ、げほっ、げほっ…」
陸に上がった少女は、飲んでしまった水を吐き出し、その場でごろりと横になる。髪やドレスを乾かし、肺に入り込んでしまった水も、呼吸と同時に自覚したばかりの魔法で排出して事なきを得る。
しかし、激しく消耗した体力と、突然蘇った過去の記憶、そして初めての魔法のせいで、少女の気力は限界を迎えた。
『あー、もう指一本動かせる気がしないわ。くそー、あいつらどうしてくれようか…』
などと不穏なことを考えつつ、そのまま少女は気を失った。
初投稿です。ドキドキです。