第3話 新機能《魔獣ホテル》を開放します
あっという間に、イストミア神殿へとたどり着いた俺たちは早速、ダンジョンの攻略に取り掛かる。
基本的に前衛、ゲイルの回復や防御をリンリンとウォルト達に任せるという構成だ。
「私は戦わなくても大丈夫ですか?」
「なるべく他の魔獣に経験を積ませたいからね」
実際、ゲイルは60層のボスなので、エールの力を借りなくても中層までは楽勝だ。俺はゲイルを中心にダンジョンを踏破し、ボスのテイムを進めていく。
そして、八十層のボスと交戦するのであった。
「見事である。この迷宮に囚われて永い時が経ったが、これ程心躍る戦いを味わったのは初めてだ」
騎士鎧の甲冑が膝をついた。
この階層のボスは、豪華な金の装飾が混じった白鎧の魔獣であった。
リビングゴーストと呼ばれる幽霊系の魔獣の類で、古代の王国で武勇を誇った騎士の成れの果てらしい。
恐ろしく強い相手だったが、本気を出したエールには敵わなかったようだ。
「これから、ダンジョンの最下層に行くつもりなんだ。俺のテイムモンスターとして一緒に来る気は無いか?」
俺はリビングゴーストにテイムの提案をする。それも、彼の興味を最も引く言葉で。
「なんとも魅力的な提案だ。ここで強者を待つのは退屈にすぎる。ここから解放され、より高みを目指す機会が得られるのであればこれほど素晴らしいことはない。我が剣を捧げよう」
こうして、俺はリビングゴーストを仲間にする。
生前の名前は忘れたそうなので、ランスロットと名付けることにした。
名前:ランスロット
種族:リビングデッド
性別:男性
レベル:87
【ステータス】
HP:532
MP:0
力:112
守備:97
魔力:30
魔法耐性:69
敏捷性:137
テイムボーナス:30
【スキル】
《剣聖:S》《見切り》
物理攻撃に特化した性能だ。
先ほども、ゲイルなどは随分と翻弄された。流石に20層も離れたボス相手では仕方がないのだが。
「よし、心強い。仲間も加入したし、今回はここまでにするか」
最後は苦戦したが、エールとゲイルのおかげで想定よりも順調な攻略となった。
リンリン達も疲れていることだろうし、ここらで休憩を挟もう。
「そうですね。もうお腹ペコペコです。たしか、近くに街があるんですよね?」
「ああ。この神殿と同じ、イストミアの名前を持つ街だ。ダンジョン攻略で稼いだ財宝類を換金して、いい部屋にでも泊まろうか」
「レレェ……」
その時、ずんぐりと太ったスライムが転移してきた。アイテム運搬用のスライム、レイジだ。
「レレ、レレレェ……」
「ソウカ。今日はたくさんモノを持たせちゃったからな。さすがに疲れたよな……」
「レェ……」
「魔獣用の宿に泊まりたい? そうだな。野宿ばかりじゃかわいそうだしな」
高級な宿屋では、魔獣用の小屋が併設されていたりする。かなり値が張るので、手痛い出費になるが、テイムした魔獣の心身のケアも主人の務めだ。ここは金を惜しまず、宿探しをするとしよう。
――テイムした魔獣が一定数に達しました。異世界アプリの新機能《魔獣ホテル》を開放します。
スマホから無機質な音声が響き渡った。どうやら、この不思議なツールの新たな機能が使えるようになったらしい。
「なんだろうこれ」
「ふむ。なにやら、イツキ殿。妙な《古代遺物》を持っているようですな。ここは新参の私に試してみては?」
ランスロットが提案する。なんとも頼もしいことだ。
「分かった。なにか、不調を感じたらすぐに言ってくれよな」
俺は早速《魔獣ホテル》を起動してみる。
すると、スマホが蒼白い光を放って、ランスロットを吸収してしまった。
「ラ、ランスロット!?」
まさか、こんなことになるとは思わなかった。俺は慌てて画面を覗き込む。
「……イツキ殿。中は、かなり快適ですぞ」
様々な武具の置かれた部屋でランスロットがくつろいでいた。
「どうやら魔獣が好みそうな宿泊所を用意してくれるもののようですぞ」
「そうか。それは良かった」
まるで某モンスターゲームのボックスのようだが、これは随分と便利だ。
今回のダンジョン攻略で、様々なボスモンスターをテイムしたので、彼らの宿泊所を用意できるならこんなにいいことはない。俺は早速、みんなを《魔獣ホテル》に泊めることにした。
「私はもう少し、一緒にいていいですか?」
「エールは人の姿になれるし、別にいいぞ」
「よかった。私、もっとこの世界の空気を肌で感じたいんです。久々の外の世界なので」
そりゃそうだよな。他のボスモンスターもそうだけど、彼女達はずっとダンジョンに閉じ込められてたんだから。
「よし、それじゃ。一緒に街巡りといこうか。実は初めての遠出で、かなり楽しみだったんだよなあ。どんな街なんだろう」
しかし、この時の俺は知らなかった。魔獣の泊まる場所の心配よりも、まず俺が泊まる場所を心配しなくてはならないほどに、この地方は深刻な事態に陥っていたのだ。
*
「この街の住人はほとんど、ここを去ったよ。お主の泊まるところもないじゃろうな」
老人が街の状況を簡潔に教えてくれた。
イストミアといえば、地方ながらそれなりに発展した小都市として有名だ。しかし、俺の目の前にあったのは瓦礫の山と化した悲しい廃墟であった。
「一体、なにが……?」
「ここしばらく、地震が頻発してのう。優雅な街並みも完全に消え去った。わしも、これから家族の待つ遠くの街へ向かうつもりじゃ」
「そ、そんなばかな……」
これは完全な誤算だ。俺の旅行気分を返してくれ。
「どうしましょう、イツキさん?」
「仕方ない。エールはスマホの方で、俺はどうにか野宿できそうな場所を……」
「イツキさんはその……すまほに泊まるわけにはいかないんですか?」
「それは、どうなんだろう」
――可能です。テイマー専用の部屋を用意しますか?
これは幸運だ。どういう仕組みかは分からないが、俺もアプリの機能で泊まることが出来るらしい。
「出鼻をくじかれた感じだが、ひとまずはこれで一晩明かすか」
俺とエールはスマホの光に吸い込まれていく。
あれ? スマホを持ってる俺がスマホの中に取り込まれるってどういうことなんだ?
ちょっと頭がこんがらがってきたが、とりあえず今は難しいことを考えるのはやめよう。