第2話 な、なんであの時の狼がここにいるんだよぉおおお!!!!!!
袋の紐を解いてエリスさんが、中身を検める。
脇で、ハセガワくんが不機嫌そうな表情でこちらをにらみつけてくる。
「確かに、《戦狼の爪》です。確認いたしました」
「それで、病気の薬が作れるんですよね?」
「ええ、まだ他にも必要にはなりますが、素材が一つ手に入って良かったです」
今回の依頼者は、難病に苦しむ人の親族らしい。治療するにはダンジョンの深部にあるような入手困難な素材で調合した秘薬が必要だそうだ。一度、討伐に失敗してしまって気がかりだったが、こうして解決できて良かった。
「依頼料は半額でいいですよ。その人、他の素材の依頼も出さないといけないでしょうし」
「そ、そんな、いけません!! こういうのはきっちりと受け取っていただかないと」
「まあまあ。冒険者がいいって言ってますし。それに、クラスメイトが迷惑を掛けたみたいなので、そのお詫びだと思って欲しいです」
俺は半額だけ依頼料を受け取ると、その場を去って行く。
「おい、待てよ」
すると、ハセガワくんが俺を呼び止めた。
「? どうかしたのかい?」
「なんで、お前が生きてる……」
その瞳は怒りに染まっていた。
まあ、無理もない。彼からすれば、俺は完全に死んだはずの男だ。それがこうして目の前に現れたら驚くのも無理はない。
「なんでももなにも運が良かっただけだよ。それじゃ、俺は行くから」
「ふざけるな!!」
面倒ごとは嫌なので、早々に立ち去ろうとする。しかし、それで見逃すハセガワくんではなかったようだ。
彼は俺の腕を掴もうと、手を伸ばしてきた。だが、俺はそれをあっさりとかわしてみせる。
「は……?」
その後も、俺を捕まえようとハセガワくんが手を伸ばすが、敏捷性に全振りした俺はそれを容易にかわしていく。
「なんで、この俺が、貴様如きを捕まえられないんだよ!!」
さすがに、信じられないのか。ハセガワくんはさらに必死さを増していく。
というか、なんで生きてただけで、こんなに絡まれなければいけないのか?
「あ、あの、ギルドの中で騒ぎは……」
エリスさんが止めようとするが、熱くなったハセガワくんは止まらない。
「いいか。俺はお前のせいでプライドが傷付けられたんだよ!!」
シランガナ連峰。
「自分のミスを棚に上げて、僕に恥かかせやがって……許せねえ!!」
激昂したハセガワくんが俺の胸ぐらを掴もうとする。その時――
「ウォウ!!」
ゲイルが転移してきて、俺を守るようにハセガワくんの上に覆い被さった。
「ひ、ひぃいいいいいいいい、な、なんであの時の狼がここにいるんだよぉおおお!!!!!!」
ダンジョン内でこいつにやられた記憶が蘇ったのか、ハセガワくんが情けない声をあげ始めた。
「ああ、こらゲイル。勝手に出てくるなって」
基本的に呼び出さないと彼らはやってこないが、主人が危機に陥るとこうして自発的に転移してくることがある。
まあ、今の状況は危機というほどではないのだが。
「グルルルル……ワォン!!」
二度と主人に手を出すなと、ゲイルがハセガワくんに脅しを掛けているようだ。テイマーなので、彼らの言葉が分かるのだ。
「やめろぉお、食べないで!!!!」
情けない姿に周囲の冒険者達も苦笑を隠せないようだ。受付のエリスさんも笑っている。
「あ、ゲイル。やっぱり、ここに入ってたんですね!! ダメじゃないですか」
続けて、エールがギルドの建物に入ってくる。ゲイルを追いかけてきたようだ。
「あの、イツキさん。用事は終わったんですか?」
「ああ。依頼料もたんまりもらったし、数日は食いつなげるはずだ」
「それは良かったです!! 私、街に来るの初めてで、なにが食べられるかわくわくしてたんです」
呪いが解けたことで、エールも食事を味わうことが出来るようになった。これから待つ様々な美食に心を躍らせているようだ。
「ところで、ゲイルに襲われてるあの人大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。昔からよくモテてたからな。これぐらい、なんてことないだろう。それよりも、次の依頼を探そうか?」
「おい、お前のテイムか!? 早くどかせよ!! 僕を助けろよぉおおおおお!!」
人にモノを頼む態度ではないので却下だ。
それに、ゲイルはちゃんとしつけてあるので、むやみに他人を傷付けない。あくまでも、威嚇するだけだ。
「さあて、手頃な依頼はっと」
俺は依頼の貼られた掲示板を眺める。
ゲイルをテイムする時は無茶をしたが、それでも基本的には命の危険の少ない依頼を受けるべきだ。
心強い仲間がたくさんいるとはいえ、俺は安全にこの世界を生きていくつもりだからだ。
「イルフェ平原のクイーン・ビー退治は解決済み。メルア森林の貴石集めも終わってるし……え? 街のドブさらいも、もうクリアされてるのか?」
駆け出し冒険者向けの依頼は軒並みクリアされていた。
「もう残ってるのこれだけじゃん……イストミア神殿のアルラウネから採れる黄金の林檎を求めています、か。依頼料は相場の三倍だが」
「破格じゃないですか!! それだけあれば何ヶ月ご飯が食べられるんですか??」
「半年はいけるな。だが、そんな簡単な依頼じゃない。アルラウネは神殿のラスボスだ。つまり、ほとんど、命懸けってことなんだよ」
まあ、俺ならテイムをしてしまえばどうにかなるわけだが、それでも100層まで潜るのはかなりの危険を伴う。
「申し訳ございません、イツキ様。ほとんどの依頼は既にハルト様達に解決されてしまいまして……」
エリスさんが側まで来て頭を下げた。
「ハセガワくんが? あいつは、ダンジョン関係の高額な依頼しか基本的に受けないのに、どういう風の吹き回しだ?」
「その、先のダンジョン攻略で敗走されてから、駆け出しの冒険者向けの依頼を片っ端から受けるようになり、逆に高難易度のものはすっかり、受けなくなってしまって」
なんというか露骨だ。ゲイルにやられたのがトラウマとなって、ダンジョンに挑めなくなったという訳か。
俺やエリスさんに強く当たるのも、《勇者》としての理想の自分と、実際の実力のギャップに苛立っているからなのかもしれない。ださいな。
「一応、ハルト様のお仲間の女性が受けて下さったのですが、一人では心配で……」
お仲間の女性か。誰のことだろう。
「ところで、この林檎はなにに使うんですか?」
「秘薬の調合です。ここしばらく出していたダンジョン素材の採取依頼の続きとなります。これで最後の素材なのですが」
なるほど、最後の最後にまたハードな素材が要求されたものだ。
「わかりました。受けます」
「本当ですか?」
「ええ。他に依頼もないみたいですし、今の俺には頼りになる仲間がいるので」
それに、ダンジョンを攻略しながらボスモンスターをテイムしていけば、俺ももっとステータスを伸ばせる。そうすれば、依頼の成功確率も上がるというものだ。
「ちなみに、目的のダンジョンがあるイストミア地方は、馬車で二週間ほどの遠方です。旅費の方は……」
「問題ないです。こっちには最高の足があるので」
俺はエールに目配せする。
「ええ、お任せください。どんな距離でもひとっ飛びです」
こうして、俺たちの新たな目的地が決まった。