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第4話 はいじゃなくて、キスするんだよ

 なんやかんやあって、俺はダンジョン最下層に住み着いていた。


「いやあ、地底湖に魚がいて助かった」

「ピュイ、ピュイ」


 ヒーリングスライムのリンリンが魚を吐き出す。

 釣り竿はないが、うちのリンリンは泳ぎと漁が得意だ。

 今日も湖に飛び込み、体内にたくさんの魚を捕らえていた。

 そういうわけで、俺は食いっぱぐれることなくこのダンジョンで暮らすことが出来ていた。


「はぁ、便利なんですね。スライムさん」


 最初は俺が住むことを渋っていた白竜も、今ではこの状況になれたのか。

 毎日、俺の為すことをボーッと眺めていた。


「君は食べないのかい?」

「すみません。食べないというか、食べられないので」


 白竜はダンジョンを漂う魔力によって生命を維持しているらしく、ここに来てから彼女が食事を摂る姿は一度も見ていない。

 しかし、食べられないとはどういうことだろう? 栄養補給の必要がなくとも何かを口にすることぐらいは出来そうだが。


「試しに私の口に運んでみてください」

「こうか?」


 俺は白竜に言われるがまま焼いた魚を彼女の口元へと運ぶ。するとその瞬間、バチッと言う激しい音と共に差し出した魚がなにか障壁のようなものに弾かれてしまう。


「うおっ!? なんだ今の……」

「自害防止用の呪いです。基本的になにかを口にすることができないようになってるんです」

「そんな……そこまでする必要あるのか?」


 冒険者からすれば、彼女は討伐すべき魔獣ということになるが、それでもなにも食べられないよう呪いをかけるなど、常軌を逸している。


「でも、もう慣れました。もう数千年はここにいますから」

「す、数千……? もしかして、ずっと一人で?」

「ええ。私、ここから抜けられないんです。そういう呪いですから」


 心なしか白竜の表情は、憂いに満ちているように見えた。


「呪い?」

「ある日、ここに強制的に転移させられたんです。お前の使命はここに来る人間の試練となることだーとか言われて。そして死ねない呪いを掛けられました。死に繋がる傷を負えば再生し、自害に繋がる行動とれば防がれる。当然、寿命という概念はなくなり、ダンジョンの魔力で強制的に生かされる。そういう呪いです」


 なんてひどい話だ……

 てっきりダンジョンに潜むボスたちは自然発生したものだと思っていたが、実際はどこかから強制的に連れてこられたものらしい。

 そして、何度倒されても再生する不死の番人として酷使されているのだそうだ。


「そんな話、知らなかったよ」


 RPGでダンジョンのボスが訪れる度に再生する姿をよく目にするが、それが現実に起こっていたら、それはどれほど残酷な話なのだろう。

 俺は冒険者であると同時にテイマーだ。だからこそ、魔獣をそんな目に遭わせる人間に怒りが湧いてくると同時に、目の前の白竜に同情する。


「本当につらかったな」


 俺は、彼女を慰めるようにその顔をそっと撫でるのであった。


「あ、あの……なにを?」

「すまん……俺にはこんなことしか出来なくて」

「テイマーさん……」


 白竜がそっと目を閉じた。

 スライムはこうして撫でてやるといたく喜ぶものだが、竜も同じのようだ。


「ありがとうございます……そんな風に慰められるなんて随分と久しぶりです」


 彼女にも親にあたる個体がいたのだろうか。竜の寿命は長いから、まだこの地上に残っていればいいのだが。


「こんな所にひとりぼっちでどこにも行けず、冒険者に倒されても蘇生されて、永久に戦い続ける……か。どうして君がそんな目に……」

「おかしな人ですね。魔獣に同情してるんですか?」

「魔獣だってなんだって、意志があるなら自由に生きたいと願うのが生き物じゃないか」


 誰かに勝手に役目を決められ、無理矢理従わされて楽しい人間なんていない。

 俺も雑用を押し付けられたのに、勝手な評価で役立たずの烙印を押された。目の前の竜の気持ちの一端ぐらいはなんとなく分かる。


「君がそんな辛い目に遭わされてるのなら、俺はどうにかしたい。そう思うのは変なことだろうか?」

「……わかりません。でも、そう言ってくれるのはとても嬉しいです」


 その時、白竜の身体が淡く光り輝いた。


「え、え? な、なんですかこれ……」


 突然の現象に白竜はひどく驚いた様子を見せる。


「これは……」


 しかし、俺はこれがなんなのかよく知っている。


「知ってるんですか?」

「ああ……テイムの準備が出来たんだ」

「どういうことですか?」


 魔獣のテイムには二通りの方法がある。

 力で屈服させどちらが上の立場かを分からせる方法、そしてもう一つはその魔獣の信頼を勝ち取るという方法だ。

 てっきり、俺にテイムできるのはスライムだけだと思っていたが、どういうわけか、目の前の竜をテイムすることができるようだ。


「多分、俺と君の間に信頼関係が出来たんだと思う」

「信頼関係……ですか?」


 まだ数日の付き合いだが、白竜は俺に気を許してくれたようだ。

 竜と言えば、人類よりも遥かに強力で偉大な種族だ。そんな相手をテイムできるなど、信じられない話だが……


「これはチャンスかもしれないな」

「どういうことですか?」

「テイムの契約はとても強力なものだ。主人が呼び出せば、どんなところからでも転移できるし、一度テイムした魔獣を他の誰かが契約で縛ることなんてできなくなる」

「それってつまり……」

「ああ。君をここに縛り付けている契約から解放できるかもしれない」


 もちろん、彼女を縛り付けている呪いが解除できるかは分からないが、それでも試してみる価値はあるだろう。


「……どうだ? 俺と契約を結んでみないか。もちろん、主従関係が嫌なら強制はしないけど」

「それは……」


 白竜が考え込む。

 まあ、簡単に決められるようなことではない。即断即決は出来ないだろう。


「お願いします」

「え……?」

「契約をお願いします。本当はずっと……こんなところから出たかったんです!!」


 まるで堰を切ったように、竜が感情を吐露させた。


「知り合いは誰もいない!! なにも楽しいこともない!! 冒険者が来たら殺すか殺されるまで戦、わなきゃいけない。そんなの……そんなの、本当は嫌だったんです!!」


 彼女は慣れたなんて言っていたが、それは嘘だったようだ。

 考えてみれば当然だ。たとえ、気の遠くなるような時を過ごして、心が諦めでいっぱいになったって、それは嫌な思いから目を逸らしているだけに過ぎない。


「お願いします、テイマーさんならどうにか出来るんでしょう? ううん、どうにかできなくたっていい……それでも、せめて夢を見せてください!! いやだよ……こんな、誰もいない世界で、いつ終わるかも分からない戦いの日々を続けるなんて……」


 白竜の目に、いっぱいの涙が湛えられた。

 彼女の決断は早かったが、その想いは彼女が数千年にわたって溜め込んできたもののようだ。

 なら、俺はそれを叶えてやりたい。


「分かった。君の名前は?」

「名前ですか?」

「うん。普通はテイマーが付けるものだけど、君には元々の名前があるんじゃないかな?」

「私の名前は……リュミエールです」


 確か光って意味だったな。

 転移者は、異世界の言語も自分の母語で聞こえるという特別な体質らしいが。


「いい名前だな。それじゃあ、契約しよう。我、クズハライツキは求める。汝、リュミエールの力と献身を。その対価として汝の幸せを約束しよう。汝、契約に応じるか?」

「はい」

「はいじゃなくて、キスするんだよ」

「えぇ!?」


 いや、待てよ。スライムならともかく、こんな巨大な竜にキスされて大丈夫なのだろうか?

 それに、呪いに阻まれてテイムできないってことも起こりそうだが。


「わ、分かりました。私も覚悟を決めます」


 竜は両手を握りしめて、大きな鼻息を出した。


「いや、そんな気合いのいることじゃないから」


 ともかく、俺は右手を差し出す。

 まあ、キスする場所はどこでもいいのだが、手の甲の方がそれっぽい。気分の問題だ

 そして同時に、目を瞑る。なんだか、竜が迫り来るという構図が、少し恐ろしいからだ。


「で、では……失礼して」


 竜の声と同時に手が引かれ、柔らかな感触が唇に伝わった。


「え……?」


 思わず、目を見開く。すると……


 巨大な竜ではなく、銀髪の絶世の美少女が、俺のファーストキスを奪っていた。

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