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第3話 俺を見逃せ。さもなければ、泣くぞ

「まったくひどい目に遭ったぜ」


 俺は深く深くため息をつきながらぼやく。

 結論から言って俺は死んでいなかった。

 地面激突寸前でウォールスライムのウォルトを召喚し、大急ぎで巨大化させてクッションにしたのだ。


「ウォルト、本当に助かったよ。お前は命の恩人だ」


 俺はバッグからテイムした魔獣用のフードを取り出してウォルトに食べさせる。

 魔獣は自然界に漂う魔力を吸収しながら生きているため、この加工食品の中には魔力鉱石を削り出した特製のスパイスが混ぜられている。


「ウォーウォウォー!!」


 ウォルトが喜びの余り跳ね回りはじめる。俺のテイムしたスライムはみんなこいつが大好物なのだ。


「さてと、急死に一生は得たが、どうやって抜け出したらいいんだろう」


 どこかの高名な賢者様が音の魔法で探査した結果によると、ダンジョンというのはどこも地下百層まで存在しているとされている。

 洞窟、塔、神殿、森林、火山など様々な形式のダンジョンが存在するが、そのどれもが百層構造だそうだ。


「俺たちが踏破したのは六十層。そこからえげつない落下をしたことから考えて、本当に最下層まで来ちゃったのかもなあ」


 いまだ人類は誰一人としてダンジョンを攻略できていない。これまで腕に自信のある冒険者達が大勢挑んだが、その多くは攻略する前に逃げ帰るか、骸としてダンジョンの肥やしとなるかしかなかった。

 それほどにダンジョンの攻略は難しいのだ。そして俺は、そんなダンジョンの下層に落ちてしまった。


「落下死の危機を回避したと思ったら、今度は危険なダンジョンから一人で脱出しないといけないのか」


 ――生還率1%未満。


 百層あるエリアの内、70層以降に到達して戻った者はほんのわずかしかいない。

 そんなところに、俺のような低級のテイマーが足を踏み入れたのだ。一瞬でダンジョンの肥やしにされてしまう。


「ま、なんとかなるだろ」


 とはいえ、俺はそこまで危機感を抱いていなかった。なにせ、あのハセガワくんから解放されたのだ。

 頭を瓶で殴られたりゴミテイマーと蔑まれるよりかは、このダンジョンを抜け出す方が遥かに気が楽だ。


「俺たちがいたのは60層。落下の時間を考えると、最下層の100層っぽいな」


 ダンジョンには十層毎にボスモンスターと呼ばれる番人が待ち構えている。先ほどの狼型魔獣もそうだ。

 並の魔獣とは比較にならない強さで、ダンジョン内の死因もこのボスモンスターによるものが主だ。


「あったあった。ボス部屋の扉だ。そうなると近くに帰還ポイントがあるはずだ」


 確かに危険なボスモンスターだが、その代わりに彼らのいる階層には、ダンジョンの入り口へ帰還できる特殊な《古代遺物(アーティファクト)》が置かれている。

 基本的にボス部屋の前に置かれているので、100層のボスに見つからないようにそれを見つけ出せば、楽々地上に帰れるはずだ。


「ほう。よもや人間がこの地に踏み入れる時が来るとはな」


 しかし、その考えは甘かった。70層以降は生還率1%。その意味を俺は深刻に捉えていなかったのだ。


「見るからにひ弱そうな人間だが、これも我が務め。尋常に相手するとしよう」


 威厳のある声が遥か頭上から響いてくる。

 見なくても分かる。その存在は俺よりも遥かに巨大であろうということは。


「……イエ。ワタシ、ニンゲンチガイマスヨ。ホラ、スライムクサイデショ?」


 命の危険を感じた俺は咄嗟に、誤魔化しの言葉を投げる。

 頼む、騙されてくれ!!!!!


*


 背後から現れたのは、俺なんかとは比にならないほどの体躯を誇る白い竜であった。


「ニンゲン、チガウ。オデ、スライム」


 俺は必死に白竜に見逃してもらおうとする。


「戯れ言はよせ。我が人間と魔獣を見間違うものか」

「ですよねー」


 しかし、仮にも相手は、人類を遥かに凌ぐ偉大な種族だ。こんな小手先の誤魔化しが利くはずもなかった。


「えっと……あなたはこのダンジョンのボスですか?」


 幸い、話は通じるようだ。ここはなんとか話を繋げて、逃げる手段を探ろう。


「然り。我こそが最後の関門なり」

「ちなみに帰還ポイントは?」

「我が守護する石扉の向こう側に」

「へ、へぇ……」


 待てよ。それってあの竜を倒すか、ここから九十層まで戻らないと帰れないってことか?


「その……僕、道に迷っちゃって、地上に帰りたいだけなんですけど、扉を通っても……」

「そうしたければ、我を倒せ。もちろん逃げ帰ってもいいが、我がそれを見逃すかは別の話だ」


 無理!! そんなの無理!!

 こっちは自分で言うのも悲しいがゴミテイマーだ。スライムしかテイムできないし、俺のテイムしたスライムはサポートには向いているが、攻撃には向いていないのだ。

 そんな状態で竜と戦うなど無茶無謀もいいところだ。かくなる上は……


「お願いします。私、ダンジョンから帰りたいだけなんです。争う気なんてこれっぽっちもないんです。どうかそこの帰還ポイントだけ使わせてください!!」


 俺は膝をつくと、額を擦りつけて全面降伏の姿勢をとった。

 これぞ我が祖国に伝わる奥義、土下座だ。


「そなた、一体なにを……」

「お願いします!! 白竜様!!」


 さすがの竜も面食らった様子だ。だが、こっちは生き残るためならプライドなど簡単に捨てられる。命あっての物種なのだ。


「残念だが、あの扉は我の魂と直結している。故に、我を倒さぬ限り開かぬ代物だ。矮小なる者よ。いかなる理由でここに参ったかは知らぬが、無事に地上に戻りたくば我と戦うことだな」

「出来るわけないでしょう!! こっちはドグサレテイマーですよ!?」

「ドグサ……なんだ?」

「ドグサレテイマー!! テイマーの最下級職!! スライムしかテイムできないの!!」

「う、うむ。それは災難であったな」

「そんなんで竜を倒したり、上の階に戻ったりなんて出来るわけないでしょう!!」


 いつの間にか、俺は竜にキレ散らかしていた。いやだって、そんなこと言ったってしょうがないじゃないか。うんこ製造機だもん。

 無事に地上に戻るためにも、絶対に竜と戦うわけにはいかん。


「俺を見逃せ。さもなければ、泣くぞ」

「……は?」


 土下座が失敗したので次の作戦に出る。


「俺を無事に帰さなかったらここで泣きわめくぞって言ってるんだよ!! うわぁあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


 古来より、子どもは自らの生理的欲求を満たすために、泣き散らかして保護者の庇護を求めてきた。

 俺も生存欲求を満たすために、それを実践してみることにした。まあ、あの竜はママじゃないけど。


「か、勘弁してくれ……本当に泣くやつがあるか……」

「うるさい!! こっちは貧弱で矮小な人間なんだ。ちょっとぐらい譲歩してくれてもいいだろう。うわぁああああああああああああああああんんんんんんんんんんん!!!!!!!!!」


 なんて情けない姿だろうか。いい年した高校生がダンジョンの奥で魔獣相手に泣きわめいているのだ。これではとてもハセガワくんをバカに出来ない。

 しかし、そんな普段街中では到底出来ないような行いに手を染め、腹の底から大声で喚き散らかすという行為に、わずかばかりの高揚感を抱き始めていたのは内緒だ。


「うぉおおおおおおおんんんんんんん!!!!!!!!! あぁあああああああああああああああ!!!!!!!! ひぃいいいいいいいいいいいいいいいんんんんんん!!!!!!!!!!」


 その日、ダンジョンの最下層では一日中、高校男子の奇声が響き渡っていたという。


*


 それからしばらく、俺は恥も外聞も捨てて腹の底から大声で泣きわめき続けた。

 そして、最終的に白竜が土下座する事態に発展したのだ。


「お願いします。どうか落ち着いてください」


 いつのまにか白竜のしゃべり方が、威厳あるものから丁寧で奥ゆかしい口調へと変わっていた。

 これが、この白竜の本当の姿なのだろうか。


「じゃあ、そこの扉を通っても」

「それはできないんです。さっきも言いましたが、あの扉は私の魂と直結していて、私から供給される魔力によってロックされているんです」

「え……? それじゃ、俺はどうやって帰ればいいんだ!?」


 白竜の言葉に俺は絶望する。なんとか交渉して白竜に扉を開けてもらうつもりだったが、まさかそんな条件がついているなんて。

 他の階層ではボスのいる部屋の前に帰還ポイントが置かれているのに、どうしてここではボスを倒すことが条件になってるんだ。


「その……すみません……」

「もう、おしまいだ……」


 ダンジョンは下に潜れば潜るほど魔獣が強力になる。

 今回俺たちが挑んだのは六十層だが、そこに至るまでにフレッド達は何度も苦戦をした。当然、俺がどんなにうまく立ち回っても命の保証はない。

 いかにスライムの回復力が優れていても、そもそも魔獣の攻撃を食らうだけで即死するから意味がないだろう。


「決めた。ここに住む」

「え……?」

「どうせ地上には帰れないんだ。なら、俺はここで生活する」


 それこそが俺に残された唯一の生存の道だ。

 目の前の白竜は確かに強力な存在だが、今は敵意を感じない。


「そ、そんな、困ります」

「俺は困らない。それにどうせ100層まで来る冒険者なんていないんだから、君も暇だろう? じゃあ、いいじゃないか」

「えぇ~!? いや、それはそうですけど……ダンジョンというのは、人が住む場所では……」

「そんなこと誰が決めたんだ?」

「え? いや、それは……私にもよく分からないですけど」

「なら、決まりだ」

「で、でも、男女二人が同じ空間で住むのは……」

「えっ」


 この白竜、メスだったのか。

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