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第3話 なんと暴力的な旨味か

 一週間ほどが経ち、街並みもすっかり元通りに戻ってきた頃、俺は手元の高級黒毛和牛を眺めながらニヤニヤしていた。


「日本にいた頃は、滅多に食べられなかったからな。本当に楽しみだ」


 焼肉の歴史は長い。

 原始時代の頃から行われており、100万年前に肉を直火焼きしていたであろう痕跡も見つかっているほどだ。


 以来、様々な文明において、肉が焼かれてきた。

 ステーキ、串焼き、シュラスコ、ケバブ、タンドリーチキン。

 それぞれの地域で、独特な形態の肉料理が生み出されてきた。


 その中でも、我が日本で進化した和牛は世界的に見ても特異なものだ。

 サシと呼ばれる豊富な脂身が肉の食感を和らげ、暴力的なうま味を醸し出す霜降り肉、想像しただけでもよだれが出そうになる。


「さて、異世界の人達の口に合えばいいんだけど」


 一週間前に、フローラは街の人達を呼び戻しに行った。エールの背に乗ったフローラに驚き、街が復興したことも信じられないといった様子の街の人達であったが、領主であるフローラのお父上が実際に街並みを見たことで、街へ帰還することが決まった。

 そんなわけで、彼らは今イストミアの街のすぐ側に来ている頃だ。


「準備もこんなもんか」


 街の広場には、テーブルや七輪などが並べられている。地震と流浪の生活で街の人達は疲弊しているはずなので、腹を一杯に満たして活力を取り戻してもらおうと、俺は歓待の準備をしていた。


「イツキさーん!!」


 その時、猛ダッシュでエールが駆け寄ってきた。


「エール、どうしたんだ? そんな猛ダッシュして」

「街を走り回ってお腹を空かせていました。とても、美味しいお肉が食べられるんですよね?」


 なんともかわいらしいことをしているものだ。


「ああ、そうだぞ。俺の故郷で作られたとっておきの肉だ。このあたりだと珍しいかもな」


 普段、赤身を食している、この地域の人の口に合うかは分からないが、現実でも日本の牛はWAGYUとして海外の人に受け入れられている。恐らく、大丈夫だろう。


「さて、そろそろ時間だな。街の人達を迎えに行こう」


*


「君がイツキ殿かい? 私の名はバロール話は娘から聞いているよ」


 馬車を街の入口に止めて降りてきたのは、白髪交じりのダンディな男性だ。

 数日前に、一度街を見に来ていた、フローラのお父上だ。


「正直、諦めていたよ。地震は酷く、解決方法も見つからない。我が、領民達をどうすれば良いか途方に暮れていたが、まさか地母神様を鎮めてくれるとは」

「いえ、元々、私の元お仲間がしでかしたことが原因なので、当然のことです」


 慣れない敬語を使いながら、なんとか応対する。

 こうして面と向かって貴族と話すのは初めでだから緊張する。

 この世界に転移した時も、ハセガワくんがほとんど応対してたし。


「それにしても、まさか、あの瓦礫の山がここまで元に戻っているとは……本当に感謝しないとな。改めて、この礼はさせて欲しい」


 バロール様が深々と頭を下げた。


「さて、不躾で済まないのだが、領民達は長旅で疲れているどこか休める場所はないだろうか?」

「簡素ではありますが、家の中にベッドなどの最低限の家具は揃えてあります。是非おやすみください」

「おお、それは良かった。本当に助かる」

「それから、夜には歓迎のおもてなしも用意してありますので、中央の広場にお集まりいただければ」

「本当に何から何までありがとう。お言葉に甘えさせてもらうよ」


*


 さて、その日の晩、俺たちは街の広場の噴水を囲んで、肉を焼いていた。


「ふむ、炭火焼きとは贅沢だな。この辺りでは木炭は高価で料理に使われることは珍しいのだよ!!」


 バロール様は、炭火で焼かれる肉にテンションが上がっている。


「味の方も保証いたしますので、ぜひ」


 トングで肉を取って、フォークで口にする。

 なかなか、奇妙なスタイルだが無理に箸を使わなくてもいいだろう。


「随分と薄く脂の乗った肉だが……まずはこの岩塩で味わうとしよう」


 バロール様がふぅふぅと肉を冷ましながらゆっくりと口に運ぶ。


「っ!? なんと、なんと暴力的な旨味か。素晴らしい、素晴らしいよこの肉は!!」


 お気に召してもらえたようだ。俺も折角なので、一切れ味わう。さて、これまた通販で頼んだタレを付けて。


「イツキくん、そのソースは?」

「焼肉のタレですよ。バロール様も試してみますか?」


 俺は小皿にタレを垂らし、バロール様に渡す。


「おお!! 素晴らしい、今まで食べたどのソースとも違う風味。甘みと辛みがうまく調和した素晴らしい味わいだ」


 辺りを見回してみる。街の人達も満足げな表情を浮かべている。


「アランくん、アランくんはいるか」


 バロール様が、一人の青年を呼び寄せた。


「紹介しよう。彼は我が家の専属シェフのアランくんだ。素晴らしい料理の腕前を持っているよ」


 アランさんがぺこりと頭を下げた。


「アランくん、既に肉とタレは味わったかい?」

「ええ、とても不思議な味わいです。脂の乗った肉は保存が利かないので、基本的に牛は赤身が重視されるのですが、こういった肉もあるのですね。それにこのタレ、一体どうしたらこの様なものが作れるのでしょうか。赤ワインやフォンド・ボーではなかなか出せませんよ」

「イツキくん、原材料を伺っても良いだろうか?」

「ええ、お任せください」


 俺はタレのラベルを見て読み上げる。

 醤油、砂糖、リンゴ、塩、ごま油、香辛料、にんにくなどなど……


「なるほど……我々の食文化ともある程度共通した素材が使われていますね。ですが醤油というのは聞いたことがありません」

「アランくんでも知らないとなると、かなり珍しいもののようだね」


 この世界に醤油はあるのだろうか。

 日本や中国に近い文化圏の国があれば、そういうのも生まれている可能性はあるが。


「醤油は大豆や小麦などの穀類を醸造させた液体調味料ですね。詳しい作り方は……」


 俺はスマホで検索を掛けてみる。

 インターネットなど、この世界には存在しないはずだが、どういうわけか検索を掛けてサイトにアクセスすることは可能なのだ。

 俺は適当に拾った情報を読み上げる。


「なるほど……興味深い。成功するかは分かりませんが、是非とも自作してみたいです」

「フローラにも聞いていたが、君は面白いものを持っているね。その中にはそういった情報がたくさん記載されているのかい?」

「ええ、その様な感じです」


 ――おめでとうございます。文化力が2に成長しました。


 なんだ? 突然、スマホからメッセージが発せられた。

 もしかして、醤油やタレの話をしたから上がったのか?


 ――文化力とは、この街に存在する選択肢の多さを表したものです。イツキ様によって、異なる食文化を知ったことで、街の人達の文化力が向上しました。


 なるほど。俺の世界のことを紹介すれば紹介するほど、この値が上がるというわけか。


 ――より効率的な文化伝達の方法として《ワールドビルダー》に《異世界図書館》の設置権限を付与します。


 《異世界図書館》……なんだそれは?

 俺は試しに、近くの空き地に設置してみる。直後、轟音と共に地面から立派な塔のようなものが"生え"てきた。


「な、ななな、なんだいあれは?」


 バロール様が腰を抜かしている。そりゃ、突然建物を生やしたらそうなるか。

 さて、表示された説明文によると、どうやらあの中では、スマホに記載された情報が本の形で閲覧できるようだ。


「私の知る故郷の情報をまとめてみました。是非ご活用いただければ」




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― 新着の感想 ―
[一言] 異世界なのに、日本の和牛が食えるなんて・・・。 焼肉というか、ステーキですよね。 そのうち、醤油や味噌等の、この世界にはない調味料まで出てきそう・・・。まぁ、醤油と味噌は、原材料が同じだ…
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