第6話 クロウの転生うら話。
宿に戻ったクロウ。
サヤコは黙って後ろを付いていく。
身長差的に10センチはあるだろうか?
傍から見れば護衛している風にも見える。
部屋へ戻ると外套を脱ぎ、保管スキルからシーツを取り出して元に戻すクロウ。
サヤコは床に放置した自身の出汁が無いことに気付くも、宿の人が片付けたと認識したようだ。
(お出汁が無い? この世界でも室内清掃があるのね・・・)
クロウは外套を着たまま呆けるサヤコに座るよう促す。
「とりあえず、こちらの椅子に座って下さい」
「そうね。ありがとう」
クロウはサヤコが椅子に座った事を確認すると、腰に付けたポーチから取り出すように羊皮紙と羽ペンに見えるボールペンを創り出す。このポーチには貨幣やらなにやらが収まっていたが、今は持ち物の内、武具以外を保管スキル内へと入れているようだ。お勘定の際にその手段を実行したクロウは今後もその方針で取り出す事としたらしい。
そして羊皮紙に記録を残す意味合いで、聞き取り調査を始めるクロウ。
それは身を守る為の行為らしい。
「では。少し込み入ったお話でも致しましょうか?」
「込み入った?」
「ええ。本来なら必要無いのですが、積荷を届けない選択をした手前、多少なりに言い訳が必要なんですよ。今回の届け先は平然と人を殺します。私がこの仕事を請け負う前に関わった者はこの世に居ませんので」
「へ? そ、それってどういう意味ですか?」
クロウの理由を聞いたサヤコはきょとんとした顔で問い返すが、クロウからすれば(知らんのかい!?)というツッコミを入れたくなったようだ。勇者の件は王都でも起きたようで、前回は王都からではなく他国から女を運んできた話だったからだ。
「ご存知無いですか?」
「それはどういう意味ですか?」
「いえ。では先にこちらから理由を話しましょうか・・・」
そしてクロウは溜息を吐きながらサヤコに伝える。それは王城の離宮にて勇者が行った蛮行の事だった。サヤコはそれを聞き、見る見る内に怒りに打ち震える。一番怒りに染まった理由は女を攫って勇者の慰み者とする行為だった。そのうえ事後は後ろ暗い行為である事から口封じを行っている事も含まれる。死体の後始末も当然ながら運び屋が行う事とされ、運び出した後は野山に棄てる事が頻発したとも告げたのだ。
「そんな事を!?」
「落ち着いて下さい。話は終わってません」
「はっ! すみません取り乱しました」
「怒って下さる方が居るだけ彼女達も浮かばれるでしょう。では、続きを話します」
クロウは続ける。それはもう淡々と。怒りに流されれば視野狭窄に陥る事を知っているからだ。周りが見えず自身の立ち位置すら危ぶむ場所の場合は、特に注意が必要なのだから。打ち明けた事は他の運び屋の事だった。クロウが請け負う前の事案だ。それを知ったサヤコは顔面蒼白となり涙ぐむ。一つは知らなかった事。もう一つは自身の不甲斐なさに対してだ。
「酷い・・・」
クロウはサヤコの涙を見て、困ったようにポーチからハンカチを取り出した。
「あ。これ、使って下さい(サヤコってば感情移入し易かったな・・・そういや)」
その行為は完全な無意識であり、それが身バレに繋がるとは、思ってもなかったクロウだった。
サヤコは刀の刺繍が入った白いハンカチを受け取り、涙を拭う。ただ、そのハンカチに見覚えがあるかのような表情でハンカチをジッと見つめるのだった。
「ありがとう・・・グスッ(このハンカチ・・・高校の地区大会で私が手渡した御守り?)」
ちなみにクロウの魔創スキルは記憶にある物が主体となるが、一度でも見た事のある物ならその場で創り出せるメリットがあった。使う魔力もほんの少しであり、クロウの魔力がすっからかんになる事は到底無かった。デメリットは人目に触れる場所では使えないという事だけだろう。否、使えはするが使った瞬間から衆目に晒されるのは確かだった。特に神官には魅せてはダメな部類のスキルである。
以降はサヤコが打ち明ける番となった。
クロウも一応は部外者であるが詳細を知る事になる。
「何処から話せばいいかな?」
「この世界に来てからでいいですよ? 届け先を拒否する理由・・・それを明確にしないとメランコ公爵も納得されないでしょうから。それに、あちらの世界での事を言われても困りますので(どの辺りで召喚されたのか気になるけど、俺は知る必要が無いしな)」
クロウは真剣な面持ちでサヤコの語りを聞き始める。その右手は話し言葉そのものを書き記す。サヤコの言葉はそのまま日本語だ。それがこの世界の人間には共通語に聞こえているのだ。その逆は共通語が日本語に翻訳されている。ただ、時折この世界の人間には意味不明となる単語もあったりするが、クロウは気にせず即興で共通語訳を行った。
「そうね。なら・・・あれはこの世界に来て数日後だったわ。この世界に来て直ぐの私はしばらくの間、落ち込んでいた。それは約束をした親友と離れ離れになった事にあったの。この世界に来た以上、あの世界には戻れないと、呼び出した者達から知らされたから」
「(やはり、拉致の噂は確定か・・・一方通行で呼び出された勇者は各国に子孫を残していると聞くし)」
「・・・そして、ある日の深夜。私に与えられた部屋に奴が現れたの。私が落ち込んでベッドに座っていると、目の前の椅子に座り、優しそうな言葉遣いで慰めた。『泣かないで下さい、先輩。悲しいのは皆一緒なんです。家族と離れ離れになり、右も左も判らない世界に放り込まれた』」
「(泣き落としか? まぁ判らん事もないが)」
「それを聞いて私は、泣き落としかと思ったわ。家族と離れ離れという理由はわかる。私だってそうだし、誰であれ混乱したのは確かだもの。その後も奴は言った。私の心情を無視してね? 『彼らの願いはこの世界に蔓延る、人にあだなす者を討伐して欲しいそうです』」
「(ま、妥当な話だな。冒険者では勝てない者を討伐するんだから。まぁその勇者ケンイチが民にあだなす者になってるのは、何たる皮肉か)」
サヤコは怒りに打ち震えながらも、淡々と語り続ける。クロウは冷静さを維持しつつ、客観的な態度で聞き入っていた。
「そのあと、奴は言ったの。『先輩。何が悲しいのか知りませんが、戻れないなら俺と一緒に頑張りませんか?』ってね? 皆と一緒ならまだ分るの。奴と頑張るって何? それが私の怒りの発端だったわ。だから『アンタに何が分るの!? 大事な人と別れた私の気持ちが!』って怒鳴り返したわ」
「(大事な人・・・ねぇ? やっぱ、サヤコには男が居たのか。まぁ綺麗どころではあるしな)」
「するとね? 奴が大笑いした後に冷たい表情で本性を顕したわ。『先輩? 何を勘違いしてるか知りませんけど、そいつ居ませんよ? 既に居ない者を追いかけるのは感心しません』ってね? 居ない者って言われて私は訳がわからなかったわ。だって召喚された日の前日、私は一緒に召喚された友達と共に会ったばかりだもの」
「(ふむ。友達も知ってる人物か・・・だから一人の時を狙ったか?)」
クロウはあくまで客観的に話を聞く。
サヤコは思い出して腹立たしいという感情が見てとれた。それほどまでに大切に扱われている者に、少しばかりの嫉妬に駆られたクロウだったが・・・ともあれ。
「その後よ。奴は気持ち悪い笑顔で言ったの『まぁ異世界に召喚された事で日本国法は適用外ですから言いますけど、先輩と別れた後、俺は指示を出したんですよ。あの日、俺は先輩をつけてましたから。先輩が良からぬ男と出会って食事をしてるところをね? 流石に怒りが湧きましたよ。だから・・・指示して消したんです。男が駐輪場に戻る前にワイヤーへと傷を入れさせ、隣街に戻る際に追いかけ回して。最後は崖へと誘導してドーンと』」
「(ん? 見覚えのある話だな? 気のせいか?)」
サヤコは怒りで身体が震えていた。顔も真っ赤に染まり、太腿に乗せた両手には握り締め過ぎて血が滲んでいた。クロウは話を聞きながらきょとんとしたが。
「ショックだったわ。奴は私がショックを受けて居ようが構わないと・・・『落下してグチャグチャでしたよ? 顔が反対に回って頭から中身が溢れて身体中から臓物がドバァって』やり切った風に両手を拡げて自慢してたわ。外道・・・まさにその言葉が当てはまる姿だった。終いには『ですから俺の物になりませんか? 過去の男を忘れるよう、気持ちよく開発して差し上げますから』ってね? 私の身体目当てだって事がその時に判ったわ」
サヤコは俯き、涙声のまま打ち明ける。
(悔しい・・・)
それがサヤコ自身の気持ちだった。
クロウはそれを聞きながら・・・立ち上がりつつサヤコの頭を抱き締める。可哀想とでもいう様に頭を撫でながら。
「判りました。理由としては充分過ぎますね。嫌悪よりも憎悪を持っても不思議ではない充分過ぎる理由でした。無理・・・しなくていいですよ。泣きたいなら泣いていいですから。必要なら胸を貸しますから」
「グスッ・・・」
サヤコは泣いた。それはもう盛大に。今まで我慢に我慢した感情が溢れ出すように。大事な人を奪われたのだ。ただ、自身の身体を求めた外道に。
§
その後、サヤコは三時間程泣き続けた。それ程までに慕われて居た男を知ったクロウは(羨ましいな)っと、困ったように相手の男へと羨望を向けた。
泣き止んだ後のサヤコは、クロウから貰ったハンカチを取り出し、涙を拭いつつお礼を言った。
「グスッ・・・ありがとう。落ち着いたわ」
クロウはサヤコが離れた事を機に反対に向き直りつつ、上半身を見てゲッソリした。
「い、いえ(うわぁ・・・服がびしょ濡れだわ。替えの服は王都の宿にあるし、後で適当に見繕うか)」
そこには鼻水やら涙やらがべっとりと濡れており、外道が見たら羨ましいと欲するであろうサヤコの体液塗れだった。ひとまずのクロウはサヤコに気付かれないよう右手を翳し、体液を蒸発させる魔法を無詠唱で行使した。
(とりあえず、乾かすか・・・一気に乾かすと不審がられるからゆっくりと)
ちなみにサヤコ自身は詠唱により生活魔法を行使していた。本来の魔法は魔法書に書かれた詠唱を覚える事で発動する物の為、魔法書を読んだ事のないクロウは詠唱そのものを理解する事は出来なかった。
その主な理由は、魔法書とは王侯貴族や勇者達が読む事を許されており、平民は聖女のジョブ持ち以外は読む事すら叶わない代物だったのだ。
クロウは汚れた上着が乾いた事を把握すると、椅子に座り直し最後の一文を追加する。
(・・・以上の理由により、サヤコ・ヒメジ様の意思を尊重し、荷運び拒否致しました。っと。これは相手が平民だったなら無視されるけど、勇者と同列の者だから出来る対処だよな。勇者達の扱いは王族より立場が上になるから)
この時に書かれた文字はそのまま報告書とされ、冒険者ギルドを介すれば公的に認められた書類へと変わるようだ。クロウは最低限の読み書きを幼い頃・・・母親から教わっていた事に感謝しつつ、最後に自身の名前を記した。この共通語はどんなに学のない平民でも教会にて学べる学問なのだから。
なお、この世界の学問の殆どは四則演算だけとなり、残りは魔法書に関する知識しか得られないのだ。農民達が作物を育てるのはジョブが関連しており、他のジョブを持つ者や十才未満の子供は知識そのものを知る事が無いため、指示される必要があるのだ。
その後のクロウは書いた文章を読み返し、サヤコに手渡す。
「とりあえず間違いがないか把握して頂けますか? 問題無ければ、私の名前の上にヒメジ様のお名前を記して下さい」
「判ったわ・・・(ん? 一字一句間違えてない? 私は共通語が判らないから日本語のみで伝えたはず。城の聞き取りでは不明部分は間違った解釈で書かれたりして何度もやり直したのに? 一体どういう事なの?)」
サヤコは読み返しながらクロウを何度も見つめる。
クロウはサヤコの視線を無視したまま反対を向き、ゴソゴソとポーチの中身を整理していた。
整理が終わると同時に向き直り問い掛ける。
「終わりましたか?」
サヤコは一瞬だけきょとんとしたが、羽根ペンでサインして羊皮紙をクロウに戻す。
「ええ。間違いは・・・無いわ」
クロウはサヤコのサインを再確認し、インクが乾くのを待って羊皮紙を丸めた。そして外套を羽織り出掛ける準備を行う。
「でしたら少しの間、この場に居て下さいますか? 私は冒険者ギルドにこれを提出致しますので」
「冒険者ギルド?」
「はい。言ってませんでしたっけ? 私は運び屋というジョブはありますけど基本は冒険者です。ギルドランクではAランク冒険者にあたりますが、幼い頃から行っている関係で得る事が出来たランクだと思って下さい。ギルドランクは依頼達成数が関係しますので」
クロウが何気なく言った言葉を聞いたサヤコは、別の意味で驚いた。若くしてAランク。
それがどれ程の地獄を経験したか、明確に表すランクなのだから。特にクロウは運び屋の範疇でしか使えないゴミスキルをここぞという時のみで利用し、あらゆる地獄を生き抜いてきたのだ。
母親の教え・・・否、追い出された時から死に物狂いで生きてきた。途中で自殺を行おうとしても死ねなかったのだから、それは当然の選択だろう。
知恵を磨く。技術を磨く。
その結果、今の地位に付いたのだ。
専任受付嬢が居るのも最上位だからである。
「Aランク・・・それって最上位では?」
「そうですね。そういう理由もあるので、貴族の方達から重用されているので」
そう、クロウは苦笑しつつ答えた。
その苦笑を見たサヤコは不意に思う。
(この苦笑・・・何処かで見たような? ここは一つカマでも掛けてみようかしら?)
っと、クロウが出掛ける前に、サヤコは城で解釈間違いとされていた言葉をクロウに問い掛ける。
「そうだったの。なら・・・剣術も使えるのよね? 例えば・・・切るとか?」
それは剣術であっても、この世界の剣術とは異なる意味だった。そう、共通語では「切る」という言葉は存在しておらず、聞こえる言葉は「叩く」に変換されるのだ。また「叩き切る」という言葉は存在しており「切る」だけでは通じない言葉だった。
すると、クロウはきょとんとしつつも、あっけらかんと答えた。
「ええ。切りますね? それが何か?(叩くって聞こえたけど、明らかに口の動きは切るだよな? まぁこの世界の剣術は抜刀術じゃなく叩き潰す方の剣術だしな)」
その返答を得たサヤコは目を見開き驚く。
クロウは「叩く」と変換せず有りのままに理解し、読唇術を用いて返したようだ。この読唇術も相手の言語が理解出来ないと意味がない術だったが、クロウにとっては朝飯前な行動だった。それは運び屋として人族または魔族を相手にした結果だろうが・・・ともあれ。
「そうね。切るわよね?(やっぱりだ。日本語を理解してる!? ということは稀に居るとされる転生者なのかも・・・なら、可能性を掛けてあの子の事も聞いてみるかな?) そういえば・・・この地にね? ユミも居るんだけど、ギルドを通じて呼び出す事は可能かしら? (ユミの名前も道具と見做されてるわ。弓使いとされたのも、ジョブと名前からだし。幸い当人は弓術経験者だったから幸いしたけど)」
「(あの子かな? 赤毛で糸目のお嬢様?)ええ。可能ですよ。一人でいいですか?」
サヤコのカマ掛けは見事にヒットした。
クロウが転生者だと。この時のクロウはユミを知っていると顔に出ていたのだ。
「!? え、えぇ。お願い出来る? あの子の協力無くして、例の依頼は出来そうにないから」
パレードの際は遠目に後ろ姿を見ただけだ。ユミの前には筋肉だるまなハゲの盾使いが立っており、クロウの立ち位置からは見えてなかったのだから。
するとサヤコは、確信を持ちつつ出て行くクロウの背後に近づく。
「それと・・・ありがとう。外道な奴から私を護ってくれて」
そしてクロウの背中に抱き着きながら大きな胸を最大級の圧力で押しつけた。
直後のクロウは不意打ちを食らったとして・・・
「ブッ!?」
魂から湧き上がる生理反応に逆らえなかった。
その反応はクロウからのものではない。
黒鵜からくる反応だったのだ。
サヤコは不意打ちで鼻血を出したクロウを背後から見つめ、嬉しそうに口走る。
涙も出たのだろう。
サヤコの声は若干、涙声だった。
「鼻血いただきました! (黒鵜だ! クロウが黒鵜だったんだ! もう、絶対離さない! 私の大事な人を二度も失ってなるものですか!)」
クロウは鼻血を治癒魔法で治しつつ、外套に付いた血や落ちた血を乾燥させて血粉に変えた。
そして気付くのは背後で嬉し涙を流す親友の姿だった。
「(あちゃー。ついにバレちまった・・・)」
《あとがき》
身バレを回避しようとしてあの手この手で誘導した結果、最後は本能に逆らえずバレちゃったクロウ君。
彼の未来は天国か地獄か?