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第5話 クロウと前世の腐れ縁。


 ひとまずサヤコは与えられた服を着た。お気に入りの服をまさかこの世界で着るとは思っても無かったのか、この時のサヤコは少々ぎこちない雰囲気だった。

 そのお気に入りの服とは腐れ縁の黒鵜(くろう)から選んで貰った思い出深い白のジーンズとペールカラーの青いワンピースだ。

 組み合わせとしてありきたりな物だが、服のデザインよりも大事なのは一緒に出掛けて買ったという思い出があるかどうかだった。

 その思い出の服も今は異世界の実家。自分の部屋のタンスの奥深くに仕舞い、真空パックで保管してる程だという。

 そんな中、知らない筈のクロから手渡されれば疑問に思うというのは仕方ないだろう。いま現在身に付けている下着にせよ、かつて魅せた事のある下着なのだからサヤコの疑問は急速に本質を手繰り寄せていた。

 ともあれ、いきなり初対面の相手に『何処で知りました?』と聞くわけにもいかないサヤコは、ベッドに座りながら反対側に座るクロウへと困ったように提案した。


「えっと。とりあえず自己紹介をしときましょうか?」

「そうですね(知ってるなんて言えない。とりあえずポーカーフェイスで回避・・・サヤコって、やたらと勘が鋭いからバレそうだけど)」

「私は半年前、ライラック王国に召喚されてきたサヤコ・ヒメジと申します。年齢は二十一になったばかりですね。与えられたジョブは剣士です(この世界に来て半年かぁ。黒鵜(くろう)が行方不明に・・・いえ。外道に殺されてから既に半年も経つのね・・・)」

「ご丁寧にどうも(知ってるなんて言えないけど半年前かぁ。もうそんなに経つんだ。あの外道も一緒に召喚されてきて・・・)俺はクロと言います。年齢は十六になったばかりですね。ジョブは先ほども話したとおり運び屋です」

「え? 十六才?(うそでしょ? 女顔というのは判るけど、精悍な顔つき過ぎて年齢を誤認したっていうの? それならさっきのは勘違い?)」

「はい。それが?(この反応、何か勘違いでもあったか?)」


 サヤコの探りは困惑の色を含むやりとりだった。

 クロウはサヤコの反応からある程度察しているが、サヤコはクロウが黒鵜(くろう)だと気づいてないため、認識の齟齬が発生したらしい。

 無駄に付き合いが長いだけであって、恋人でもないのにわかり合ってる光景は不可思議な物だった。

 すると、サヤコはきょとんと呆けるクロウを見つめ、疑問気に問い掛ける。


「いえ。十六という年齢の割にしっかりされているので(異世界の十六才と比べてだけど)」

「あぁ。そういうことですか(あぁ。サヤコの奴、どういうことだよ!? ってツッコミ入れそうな顔してる・・・)いえ、私達のジョブ判定は十才になった折に行われておりまして、私自身はこの運び屋を行いだしてから六年過ぎたからでしょう。しかも何も知らない十才児の頃から世間という地獄を渡り歩いたお陰ですね(いや、よく考えるとよく生きてこられたな? 自分でもビックリだよ。というか会話が通じるのは加護かな? これは迂闊に日本語で話さないよう気をつけないと・・・)」

「じ、地獄・・・(そんな幼い頃から? 私達の世界で言えば確実に児童虐待よね? この世界はそんな事が平然と罷り通る世界なのね)」


 会話との温度差。クロウは真面目な顔で話しながら頭の中ではおちゃらけているのだから、サヤコと比較して如何にお気楽な人物か判るであろう。


「ええ。泥水を啜り、魔物の死肉を食べて何とか生き延びました(いやマジでよく生き残れたな?)」

「!?(私では耐えられないかも。そんな生き地獄、彼の事を知れば知るほど、この世界は人に優しくないのね?)」

「ですから年相応に受け取らないで頂けると助かります」

「そうですね。失礼致しました」


 こうしてサヤコの探りという自己紹介は終わった。

 クロウは何を思ってこういう会話になったのか思い返しながら、次なる話題を繰り出した。



  §



「それはそうと、お腹が空きませんか?」


 それはサヤコの体調を気遣っての事だろう。

 クロウから提案されたサヤコは腹を摩りながら空腹感を実感したようだ。


「あぁ。そういえば・・・」


 クロウ自身は一ヶ月飲まず食わずでも生きていけたので、さほど気にしてないが、この世界の人間と異世界人では身体の作りがそもそも違うはずなので、改めて体調を気遣っていた。その一つは魔法使いから『何日間眠る』という指示によるものだろう。

 だからクロウは困ったように大まかな日数を教えた。


「おそらく四日近く何も食べてないと思いますので」

「四日!? 私、四日間も飲まず食わずだったんです?」


 そのうえで水分が抜けている事もキッチリ伝えるクロウだった。

 傍から見たらデリカシーのカケラもない話題ではあるが、人命に関わる事案のため敢えて伝えたようである。


「はい。それであっても出る物は出て・・・あ、失礼しました」


 ただ、途中よりサヤコの顔が赤く染まったため、察したように謝ったが。

 サヤコは表面では困った顔をしたが、内面では顔から火が出る状態になっていた。


「い、いえ(恥ずかしい! 凄い恥ずかしい! 聞かれたかな? 聞かれたよね? 無意識恐い・・・というか、妙に太腿が気持ち悪いのって、そういう事?)」

「それとも先に湯浴みを済まされますか?(多分洗った方がいいよな? 不潔にすると出産とかに影響しそうだし・・・サヤコが誰と結合するか何て知らんけど)」

「そ、そうですね(えっと・・・寝泊まりは同室よね? という事は?)」

「でしたら、私は少しの間だけ外に出ていますので・・・この(たらい)とタオルを使って下さい(魔創スキル便利過ぎる〜。まぁ・・・何処から出した!? って顔をされたけど、気にしてたら仕方ない。あえて魔法でって言えばいいけど魔法使いの仲間に問い掛けてボロが出そうだし、今は黙っておこう)」


 そう、スキルの詮索はマナー違反なのだ。クロウとて基本は運び屋をやってはいるが、その実は冒険者なのだから如何なる理由であれ相手の立場やらを聞いてはいけないのだ。

 もちろん相手から話さない限りは・・・だが。


 それからしばらくの間、クロウは部屋から出て食堂にて飲み水を貰ってくる。

 その間のサヤコは素っ裸になり身体を拭う。(たらい)の温水はまたもやクロウが魔法で出したため、サヤコは本格的に驚いた。この世界では風呂という物は存在せず、大半は(たらい)の温水または水で身を清めるだけである。それ以外だと魔法による清浄化が殆どだったりする。


「・・・地獄を生き長らえるために魔法を会得したとしたら、あの子・・・相当なやり手ではないかしら? このひと一人が入れる(たらい)といい、タオルといい、あちらの世界の品質よね? ホント不思議な人だわ」


 そして、最後は(たらい)に浸かり下半身を入念に洗う。

 なお、外にはクロウが待機しており、余り時間は掛けられないと気付くサヤコだった。

 その後、サヤコが唯一覚えた乾燥魔法を行使して体表面上の水分を飛ばし、清浄化を行う生活魔法も同時に重ね掛けする。


「ふぅ。サッパリした。下着とジーンズも一応、清浄化してっと」


 サヤコは清浄化した下着と衣服を着用し、扱いに困る(たらい)を見つめる。


(これ・・・どうやって片付けよう? 私の出汁・・・彼に片付けさせるのも悪いわよね?)


 だが、考えるよりも前に扉からノックが響き、サヤコは仕方なく放置する事を選択した。

 クロウは部屋へと恐る恐る入室する。両手には栓がされた二つの革袋を持っており、片方をサヤコに手渡す。


「終わりましたね。でしたら、こちらの飲料水をどうぞ。安宿ですので味の保証は出来かねますが(身体に合わなかったら腹下すしな? そうなったら看病するしかないが)」

「いえ。お気遣いなく・・・(水に味を? そこまで気を遣う事なの?)」

「ひとまず水分補給を終えましたら、一度外に連れ出しますね? ここは素泊まりで借りている部屋でして、食事は外で行う事になりますから(そりゃあ、あと銅貨を2枚足せば飯も出るけど・・・サヤコの身形を考えると酔っ払いが寄ってきそうだしな)」

「そうですか。判りました・・・(奢ってくれるのかな? そうよね? 私、何も持ってないし)ありがとうございます」


 それであっても腹の探り合いは続き、お互いによそよそしい雰囲気のまま会話を続けていた。片方は身バレしないように。片方は見ず知らずの子供、見ず知らずの男性が相手なのだから。


「それとお願いがあるのですが? この宿を借りた際に二人分支払ってはいるのですが、出入りに関しては後から人が来ると伝えているので、出来るのであれば・・・(寝袋は不味いよな・・・木箱か? いや木箱は不味い。何処から出したと探られるか? 宿のシーツで代用するか?)こちらの布で一度身を包んで貰えますか? 一応、荷物として連れてますから」

「そ、そうね・・・うん。わかったわ(荷物扱いかぁ。それでここに居るのだものね・・・荷物扱いは正直好きじゃないけど、背に腹はかえられないか)」


 そうして、サヤコはクロウに言われるがままシーツの布で全身を包み、顔だけをとりあえず出していた。ただ、クロウはその前に出先の事を考えて茶色い外套を創り出してからサヤコに着させ、自身の外套の中から取りだしたように別の布でサヤコを包む。これは外で取り出した際にシーツを汚さないための処置のようだ。


「では一度顔まで隠して貰えますか? 運び出すので」

「わかったわ・・・(ここから持ち上げられるのね・・・緊張してきたぁ)」


 サヤコはシーツに包まれながら心臓の鼓動を高めて身体を動かさないよう注意した。

 クロウはシーツの外側の布を簡単に巻くだけとし、サヤコが気づく前に保管スキル内に収めた。


「ふぅ〜。何か知らんけど・・・めっちゃ緊張した!」


 この時のクロウはつい日本語で喋ってしまった。

 それだけサヤコとの空間は緊張以上の何物でもないのだろう。

 その後のクロウは部屋に残った出汁を凍らせ、(たらい)と共に保管スキル内に収めた。

 処分は様子見したのちに行うのだろう。



  §



 クロウは宿から外に出た。時刻はまだ夕刻だが周囲には人気がそれなりにあった。

 それは勇者様がパレードを行った事で、何も知らない平民達は飲めや歌えやの大騒ぎに繰り出し、何処も彼処もドンチャン騒ぎのただ中だった。

 クロウはサヤコを取り出す場所を探していた。だが、何処を見ても人、人、人の波であり、外套で顔を隠しながらもキョロキョロと見回す。


(外で出すとしても・・・スラムは論外だし、貴族街はもっと論外だな・・・いや待てよ?)


 ただ、その際にスキルの事を思い出したのか懐からギルドカードを取り出して、詳細を確認する。外であろうが本人以外は見る事の出来ないタブレットが浮かび、クロウはスキル一覧から詳細を調べる。


(隠密スキル・・・一定範囲であれば周囲から積み荷を隠せる。自身だけでなく他者も影響範囲に入るため、荷運び以外にも利用可能・・・か。というか最初からこれを使え・・・いや、下手に詮索される恐れがあるから無しだな)


 そして意識下で自身が隠したい範囲を指定し、隠密スキルを行使した。

 すると、クロウを中心として1メートル弱に空間が出来、人の波も無意識なのか隠密範囲を避けるように人が行き交った。


(こりゃあ凄い・・・とりあえずこの場にサヤコを出して布を取り払って・・・)


 クロウは声を出しても問題ないが何が起きるか判らないため、沈黙しつつサヤコから布の一切を取り払う。その際にサヤコの尻に触れてしまい・・・


「キャッ!?」


 サヤコの可愛らしい叫びを聞くハメとなった。

 クロウはシーツを剥がす前に手を合わせて無言で謝る。


(おっと。やってしまった・・・まぁサヤコも女だったなぁ。普段はズボラでガサツだが)


 そしてシーツを剥がしつつ保管スキル内へと収めた。

 すると、その直後・・・外套で顔を隠したサヤコと目が合う。


(おぅ・・・女の顔になってやがる)


 クロウはサヤコから視線をそらし起き上がるのを待った。


「(お尻触られた・・・でも、いつの間に運ばれた? 今は外よね? 夕闇が真上に見えるし・・・)・・・」


 サヤコは沈黙と共に立ち上がる。そこにはクロウと共に立っている自分が居て、自分達を避けるように人が歩いていた事に気づく。


「え? 人が避けてく?」


 クロウは内心で焦りながらサヤコの左手を握りしめ、手を引く。


「ま、まぁ、ご飯に行きましょうか? 奢りますよ(やべぇ立ち上がった段階で解除すればよかったぁ)」

「う、うん。ありがとう(手・・・結構硬い? 豆があったような名残もある? もしかして剣術も出来る人? それに赤銅色の髪をポニーテールにしてる後ろ姿。パッと見は侍のようにも見えるよね)」

「では、私がこの領に来たら向かうお店に行きますね(ん? 無意識に手を握ったけど、感触がファミレスの頃から変わってない? 結構時間が経ったと思うんだけどな・・・ま、いいか)」


 クロウはサヤコの手を握りつつ、この世界での基準で安くて美味い店へと足を運んだ。

 味の好みは沢山あれどクロウの好みはその店の味であり、黒鵜(くろう)からすれば少々物足りない料理の店だった。



  §



 ともあれ、クロウは食事処に着くといつもの調子でお任せを頼む。

 座席は奥よりも手前に陣取り平民ですよをアピールした。

 ちなみに奥の方は貴族達が訪れる区画であり、平民でも商人以外は立ち入る事のない場所だった。

 しばらくしてこの店の看板娘が慣れた調子でクロウに声をかける。

 声を掛けられたクロウは看板娘をぞんざいに扱う。


「あら? 珍しいわね? 連れなんて居たの?」

「居ちゃ悪いか?」

「別にぃ〜。はい、いつものお任せを二つね」

「今日はオークとリザードのスープと堅パンね」

「勇者様達がパレードの前に狩った獲物らしくてね? 民達に無償で分け与えてくれたのよ」

「流石は勇者様だねぇ〜(ケッ・・・無償と言いつつ俺良くやったって魅せたいだけだろ。社会貢献してます〜って、それはお前の義務だろ? バカなんじゃないのか)」


 会話では勇者様を称賛するクロウ。内心では完全にバカにしていた。

 外套を被ったままのサヤコはクロウの別の姿を見て不思議な顔をしていたが。

 その後、サヤコはクロウの手振りですすめられるまま料理に手を付ける。

 スプーンでスープを掬い口に含んだ瞬間のサヤコは驚きで目を見開いた。


「ん!? んんん!? (城のご飯より美味しい!!)」


 クロウはサヤコの顔を窺いつつ、安堵の顔を浮かべる。


「? (不味いって印象はないか? あぁ大丈夫だ。御満悦に変わってるから安心した)」


 以降は互いに無言で食事を行う。余計な会話は野暮。

 そういう空気を二人は醸し出していた。

 サヤコは数日振りの食事だ。

 胃がビックリしても仕方ないだろうが、スープと共に堅パンを食べながら大変満足な顔で食事を終えていた。クロウもサヤコのペースに合わせ、同じタイミングで食事を終えた。


「ごちそうさまでした」

「お粗末さま。それで、このあと宿に戻ってから少し話しましょうか?」


 すると、クロウの言葉を聞いたサヤコは外套の中で驚く。


「!?(え? 何? このやりとり、何か覚えがある・・・)」


 クロウはきょとんとした顔で問い掛ける。


「どうかなされたので?」


 サヤコは微妙な顔に変わりつつ、受け流す。


「い、いえ(気のせいかな? うん。気のせいね)」


 クロウはきょとんとした顔のまま、看板娘を呼び出す。


「では戻りますか。お勘定!」

「もう帰るの? お酒は?」

「また今度」

「絶対よ?」

「へいへい」


 その光景を見たサヤコ。

 クロウが看板娘相手に手を上に挙げて店の外に出る姿を見て思う。


(何だろう? 既視感がある・・・何処で見たかは思い出せないけど)


 それは自身から離れる黒鵜(くろう)の後ろ姿が一瞬だけ被って見えたようだ。






 《あとがき》


 オークは兎も角、リザード肉って美味いのかな?

 それよりも城の飯が不味いとは?



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