第4話 天国と地獄に居たクロウ。
「痛っ・・・? ここは? 天国か?」
クロウは不意に目覚めた。崖から落ちた筈なのに。
クロウは痛みのする頭を押さえながら周囲を見回す。
そこは真っ白な空間だった。それこそ「天国」そう呼んでも不思議では無かった。
クロウはそんな中、落下中の数秒間に見た夢を思い出す。
「あれは? 俺は誰? 俺は家名なき平民のクロウだよな? だけど・・・夢でも同じ名前だった」
そして不意に荷物の事を思い出し・・・
「あ、荷物運ばなきゃ。荷物は何処だ? 羊皮紙は・・・あった。宛先は? 勇者パーティー? 合ってるな。荷物は・・・あれ? 荷物は何処だ?」
周囲を見回しながら荷物を探す。
すると、自身の身体の下にもの凄い柔らかい感触がした事に気がついた。
「ん? この感触は・・・女の子?」
そして、視線を下に向け・・・簀巻きが剥がれ、裸体が剥き出しにされた姿に驚愕を示す。
「姫、騎士?」
そこには身に覚えのある者が眠っていた。
先ほど夢に出てきた女性だ。裸という点は置いといて、顔付きを見て何処か懐かしい気分になるクロウ。
だが、その直後。
鮮明になる意識と両掌に感じる駄肉の感触が彼の記憶やら意識を完全に目覚めさせた。
クロウは慌てて女性から距離を取る。
「ひめきしぃー!? ブッ!!」
鼻血というオマケ付きで。
クロウだった時にはなんとも思わなかった。
だが黒鵜として目覚めた瞬間、唐突にエロい者という認識が意識に占め、目の前に居る女性が、夢で見た沙耶子そのものだったのだ。
クロウは沙耶子から視線を反らし、上を見上げる。
すると、自身の身体が温かくなり右掌を中心に光が収束し自然と鼻血が止まった。
「止血、止血、あれ? 魔法が使える? あ! ギ、ギルドカード」
クロウは自身に起きた変化に戸惑い、スキルが増えると更新されるギルドカードを思い出し、中身を精査する。
もし魔法が使えるようになったなら、魔力量にも変化があるはずなのだ。
なお、この世界にレベルの概念はなくスキル熟練度と魔力量のみで把握されるようだ。
クロウの今までの魔力量は平民の平均である300を大幅に下回る10MP。
そして再確認したクロウの目に映るのは・・・、
「は? バグってんのか? 1千万MPって・・・貴族でも王族でもそんなに持った奴は居ないぞ? 異世界からの勇者ですら精々100万だと聞いてるし、やっぱりオカシイよな? ま、いいか・・・スキルは? は? こっちもバグってる?」
バグかと思うほどの変化が現れていた。
魔力量が人族の平均を遙かに超え、勇者と同等の魔力を持つとされる魔王をも超えていたのだ。
そしてスキルの方も〈駿足・隠形・身体強化〉が変化を起こし・・・
「駿足・瞬歩・隠形・隠密・身体強化・無詠唱・剣術・永久保管・信書転送・魔創? スキル熟練度は・・・何故にカンスト?」
いつの間に取ったのか不明なスキルと、熟練度のカンストを把握してしまい更に混乱の渦中に落とされた。
そのうえで備考欄には「旧名:赤穂黒鵜」が記され、称号欄には〈紅騎士〉の文字列が収まっていた。
「えっと・・・ま、いいか。追々考えよう。幸いなのは魔力を持っていたから、スキル一覧を自分以外に見られる事がないって事だけか。意図せず見せるかしない限り、職員でも自己申告以外は知り得ないらしいしな」
途中で思考停止になったのもある意味で仕方ないだろう。
その後はギルドカードの中身を改めて精査し使えるスキルやら代償の有無を確認した。
「は? 代償が無くなってる・・・じゃ、なにか? 今後はいつでも使えると? それとこのスキル・・・魔創? 魔力の続く限り思い描いた物品やら部品を創り出せる? 食品は不可か。使い方は・・・イメージを浮かべて視線の先に出力する? う〜ん? 試してみるか」
クロウはギルドカードの表層にタブレットとして表示された内容を読みながら、沙耶子の裸体に視線を向け、高校時分に沙耶子から魅せられた白い下着を思い浮かべる。
すると、目の前の沙耶子の身体に纏うように、白いスポーツブラとショーツが現れた。
それを見たクロウは驚きの余り沙耶子に近寄る。
「!? マジで?」
裸よりはマシという意識が働いたのか、下着姿の沙耶子を凝視し、安堵の表情を浮かべた。
「よかったぁ〜。このまま素っ裸だったら殴り殺されてたわ。沙耶子は黒鵜以外からは絶対見られたくないって言ってたし。だけど、なんで俺と沙耶子がこの世界で? 俺、崖から落ちて死んだよな? 転生した? そもそも・・・沙耶子がこの世界に居る方が不思議なんだが? あ! 勇者召喚? 元の世界に絶対帰れないという噂の? あぁ・・・沙耶子ってば可哀想に。こんな中世ヨーロッパよりも劣悪な環境下は辛かろうに。まぁ外道にお届けしたらお別れだな。うん」
その後のクロウは他のスキルを試しまくり、解放時の代償が無い事に安堵した。
そして・・・下着姿のまま眠る沙耶子に視線を向け・・・
「まぁ荷物であるのは変わらないから、最後まで責任は持つか」
っと呟いた後、魔創スキルで寝袋を創り出し、中に沙耶子を収めながら、永久保管スキル内に収納した。このスキルは生者であれ袋か箱を使えば収める事が可能らしく、それ以外は不可と出ていたのだ。そして使えない時の条件は魔力量が10MPを切った時であり、現状の1千万MPであれば影響は皆無であった。
クロウは沙耶子を回収した後、取り出せるか試し、問題ない事を把握して中に戻した。
以降は色々疲れていたためか、その場に寝袋をもう一つ用意し、自身も眠ったのだった。
その白い空間が何なのか考える事も放棄して今は疲れを癒やす睡眠を選んだようである。
『やはり縁故があったか・・・落下途中で救い出して正解だったな。いや、クレアの願い通り・・・そして、私の願い通り人々の思いを届ける仕事に励むのだぞ』
§
一夜が明けた。
クロウは蹴伸びしつつ寝袋から起き上がる。
周囲は人っ子一人居らず、戦場の後を垣間見る事が出来た。
特に血生臭い匂いは立ちこめ、野犬やら魔物が周囲に群がっていた。
幸いなのは魔物避けの香が荷車の周囲に残っている事で、クロウの周りだけ魔物の姿が無かった。メランコ公爵の配慮様々である。
「ふぁ〜。よく寝た・・・ん? ここは夜営場? 荷車の上? 落下したのは夢か? いや、夢ではないか・・・寝袋で寝てるし、肝心の荷物も居ないし。そっかぁ転生しちゃったかぁ。まぁ嫌言うほど地獄を見てきたし、これからは少しくらいマシな生活出来ればいいが・・・つか、荷物さんエロくなりすぎでしょ? 昔見たのはBだったよな? アレじゃDはあるよな? 一体何を喰えば大きくなるのやら? 男か?」
いつもなら寝起きではボケッとするクロウ。
しかし今日は目が冴えてしまい直ぐに独り言が饒舌となっていた。
それこそクロウというより黒鵜の性質が表に出た状態である。
寝袋から起き上がったクロウは寝袋を永久保管スキルで片付け、状況を注視する。
「積み荷は・・・あぁ装備品は奪われてるか。食料もか・・・」
その場には車輪を壊されて動かなくなった荷車だけが残り、載っていた物全てが奪われたあとだった。夜盗という輩は勇者或いは国家をあげて滅ぼさねばならない筈だが、今は働かない勇者が女漁りをしているため、無期限放置のようだ。
夜盗という輩の殆どが正規兵崩れのため、冒険者では太刀打ち出来ない者なのにだ。
「しゃーない歩くか。お荷物を何処かで起こして飯を食べさせないとな。確か・・・予定では今日中に目覚めると言ってたし。適度に飯を・・・奢るか。この世界の飯は・・・・・・不味いだろうが」
そう言いつつも、クロウにとってこの世界のご飯は日常食だった。
ただ、前世の記憶から読み解けば、不味いの一言に尽きるクロウだった。
§
それからしばらく歩くと街が見えてきた。今の時刻は夕刻だった。
そこはリダルフォス侯爵領の領都。クロウが目指すべき場所が目の前にあり、クロウは門が閉まる前に急ぎ足で領都に入る。
入都税は平民なので銅貨1枚を支払った。
一応、平民か貴族か判らない者も居たりするが、荷物扱いのため支払いは行わなかった。
ちなみにこの世界の貨幣は下から木貨・鉄貨・銅貨・銀貨・金貨・白金貨で、交換はそれぞれ100枚単位で行われており、通貨単位は存在してない。
木貨100枚が鉄貨の1枚。
鉄貨100枚が銅貨の1枚。
銅貨100枚が銀貨の1枚。
銀貨100枚が金貨の1枚。
金貨100枚が白金貨の1枚に相当する。
白金貨は平民が見る事叶わず、王侯貴族のみが扱う貨幣である。
平民が最も使う貨幣は銅貨から下であり貴族や商人が扱う貨幣が銅貨より上だ。
もっとも木貨は偽造されやすい事から屑貨幣と呼ばれ、価値そのものは鉄貨からが通例のようだ・・・ともあれ。
クロウは領内に入るや否や宿を探す。
「勇者ケンイチが居るのが領主館だから、一度宿屋に泊まってから向かうのがいいな」
そして安宿を見つけると素泊まりを選択し、宿代は二人前・銅貨2枚を支払った。
それはあとで連れが来るという言い回しで払ったため怪しまれる事は無かった。
安宿の部屋に入室するとクロウは永久保管スキルからお荷物も取り出す。
「さぁて、出ておいで〜」
「・・・・・・・・・・・・」
「まぁ、まだ眠ってるわな」
「・・・・・・・・・・・・」
すると、宿屋の外が騒がしくなる。
クロウは窓のカーテンを開け、外を見る。
「は? パレード? アレが勇者ケンイチか・・・お目通りは願わなかったが、これまた優男な形してるなぁ。その実が女をとっかえひっかえで味見しては殺して棄てる外道なんだから、やりきれないわ。ま、俺は依頼されて運ぶだけだから関係ないが」
そこに居たのは周囲に手を振る勇者達の一組だった。
なお、勇者パーティーの主なメンバーは以下の通りである。
ケンイチ・ユウキ/職業:勇者
マリー・ライラック第一王女/職業:神官
ローラ・メランコ/職業:賢者
ガイア・リダルフォス/職業:盾使い
ユミ・ゴトウ/職業:弓使い
本来ならこの五人に剣士が含まれるのだが、今は居ないようだ。
勇者は他にも二人召喚されており、他の面々はそれぞれの職業が割り当てられているという。
そして今回に限り聖女は未だに居らず、他国から拾っていく事になるのだろう。
もっとも、外道勇者とは相容れない関係である事から神が選んでないようにも思えるが。
クロウは勇者のパレードが離れていった事を把握すると、意識をお荷物に戻し、真面目な顔で呟いた。
「ま、目覚めたら餌を食わせてお届けだな」
すると、その直後・・・
「う・・・うぅっ」
お荷物が身動ぎし寝袋の中で目覚めたようだ。
だが少し様子がオカシイようで、魘されながら大きな声で叫んだ。
「く、黒鵜・・・黒鵜を殺すなんて、絶対許さない・・・結城賢一・・・アイツだけは絶対に」
その言葉を聞いたクロウはきょとんと呆ける。
(待て? もしかして・・・あの黒塗りの高級車? 俺を最初から殺そうとしたのか? 結城賢一・・・ケンイチ・ユウキ? 勇者ケンイチ!? アイツが俺を!?)
しかし、言葉を思い返すと次第に怒りが湧いてきたクロウだった。
前世のクロウを殺した張本人。それが今回の送り届け先だったのだ。
クロウはお荷物を眺めながら思案する。どちらを優先するか考える。
(届けず信頼を失う方が良いか? はたまた、届けてお荷物に今まで届けた女性同様の事を・・・いや、それは絶対無い! おそらくお荷物も望んでない筈だ。許さないという言葉が本心なら、逆に殺しに向かっても不思議ではないからな・・・)
結果、クロウは放棄を選択した。本来ならばやってはならぬ事だ。
だが今のクロウは黒鵜でもあるため、その優先順位はお荷物が優先されるようだ。
「ま、何の因果か・・・お荷物として俺に運ばれたのが運の尽きか。姫騎士がお荷物です・・・まぁ駄肉の大きさからすれば、お荷物には変わらないが」
ちなみに黒鵜は知っている事だが、沙耶子に「お荷物」という言葉は禁句である。本人が聞こうものなら苛立ちのままに暴れ回るのだから。理由は黒鵜自身も失念している事だが今の技能になる前は実際にお荷物であり、それでよく揶揄われていたらしいのだ。その時に毎度の如く黒鵜が救い出した事で、沙耶子の中で何かしらの変化があったようである。
「お荷物言うなぁ!?」
クロウは目覚めたばかりの沙耶子から距離を取る。
それは沙耶子の射程距離を理解しているからだろう。
「お? お目覚めですか勇者様?」
射程距離外から声を掛けられた沙耶子はきょとんとしつつ問い掛ける。
「は? ここは?」
クロウは身構えながら沙耶子の言葉に応じる。
一応、どんな反応が起きるか判らないので自身の事は伏せたままだが。
「リダルフォス侯爵領の領都です」
「え? 王都じゃないの?」
「はい。私が運んで来ましたので」
「は、運び屋さん?」
「はい。運び屋のクロと申します」
「そう。あれ? この下着・・・」
「どうかなされたので?」
「私、この下着ではなくこの世界の下着を穿いてたような?」
「ああ。勇者様のご要望でメイド達が素っ裸に剥いたらしいですよ。私は見てませんが」
「!? あ、あ、あんちくしょう!?」
その直後、沙耶子の魔力が一気に膨れ上がった。
怒り心頭。それを良く物語っている光景だった。
クロウはそんな沙耶子を眺めながら微笑みつつ落ち着かせる言葉を吐いた。
「まぁ・・・ご希望でしたら、勇者様を貴女方の望む地までお運びしますよ? その代わり、この場での怒りをお鎮め下さいますか?」
すると沙耶子はクロウの微笑みを見て懐かしさに囚われ・・・
「え? 勇者を運ぶ? それって何処でもいいの?」
怒りが一瞬で消し飛んだ。
そして送り先を問い返したので、クロウは有りの儘に伝えた。
「ええ。私は十才の頃より人族領、魔族領等を何度も行き来しておりますので、普通の運び屋よりは経験則は多いですよ?」
それを聞いた沙耶子は怒りをフツフツと溜め、仲間の名前を出しつつ呟いた。
「そう。それなら、ユミ達と相談して決めないとね。あんな穀潰しの屑が勇者だなんてオカシイから」
結果、交渉は一時保留となったが、沙耶子の怒りは少しだけ落ち着いたようである。
だが、沙耶子は思い出したように笑顔でクロウに話し掛ける。
「それはそうと・・・素っ裸だったのに、なんで異世界の下着が着けられてるの?」
「あっ・・・(やっちまったぁ!? この世界の下着なんて見た事ねぇよ!?)」
「まぁいいわ。貴方に見られたというのに、不思議と嫌な気分が湧かないから。寧ろもっと見て! って思えるくらい衝動が」
「それはいいです!! とりあえず、その格好もなんですから・・・こちらの服を着てください!」
「え? 今、何処から出したの? 何も持って無かったのに? しかもそれ・・・私のお気に入り」
「(まぁた、やっちまったぁ!? 俺の記憶にあるのは全部沙耶子の私服じゃねーか!? この世界の服・・・ギルド職員の制服しか浮かばねぇ)」
クロウは自身の関心の少なさに苦労した。
興味が無い物は見ないとした行動が、この段階で影響されようとは思いも寄らなかったようだ。
「ふふっ・・・なんかその悩む素振り。亡くなった親友を思い出すようだわ」
「そ、そうですか・・・(俺がその本人なんて絶対言えねぇ!? 言ったら絶対絞めに来る!?)」
クロウも最後は引き攣った笑顔で応じるだけだった。
《あとがき》
再会は突然に。
にゃ〜ん。