第3話 クロウは一人夢を見る。
「では、お引き受け致します。お届け先はリダルフォス侯爵領の領都ですね」
「うむ。ではよろしく頼む」
メランコ公爵家の屋敷に着いたクロウは執事に案内され、荷車へと積み荷を預かった。
今回の積み荷も案の定・・・素っ裸女性の簀巻きであり、チラホラと身体の曲線が見てとれた。
流石に三度目という事で女性の裸体に慣れてしまったクロウは簀巻きの女性に革製の幌を被せ、荷車を引いて出ていく。
先ほどの受け答えはメランコ公爵ご本人だが、今も頭痛がするのか頭を抱えていたようだ。
ただ、今回はいつもと違い積み荷の中に木箱が存在しガチャガチャと音が響いていた。
それ以外には刃渡りが女性の身長と同等の大剣が付随しており、重さのうえでは一人を運ぶ事よりも大変だったようだ。
クロウは屋敷から出るや否や、溜息を吐きつつ荷車を引く。
(やっぱり今回も女性だったな・・・全く、現地で見繕えば良いものを)
これが従来の商人なら馬で引くのだが、運び屋というジョブは己が身体で運ばねばならないそうで馬を扱おうものなら馬が怯えて逃げるのだそうだ。
原因は不明だが、馬からすれば何かが見えているのだろう。
もし、出会えるならケンタウロス族に問い掛けたいと思っていたクロウであった。
§
それからしばらくして。
クロウは王都から三日の距離に位置する夜営場にて、一晩を明かす事にした。
この夜営場は山岳地帯に存在し、山岳地帯だけあって近くに切り立った崖がある事で有名であり、その崖の近くを通らない事にはリダルフォス侯爵領へと入る事が難しかった。
ただ、これが何時もならアッサリと通り抜ける街道なのだが、今回は積み荷が重く山を登る際に何度となく休憩を入れていたのだ。
確かに〈身体強化〉を行えばアッサリと通り抜ける事も可能だろう。
だが、使った直後より代償が発生するため、使うタイミングを誤ると積み荷を強奪する盗賊が現れ兼ねない現状でもあったのだ。
何せ、この山岳地帯には出るのだ。夜営を狙う夜盗が。
特に積み荷が女性だったなら狙うのは女性のみであり、奪われた直後より女性を数人で犯し、果ては奴隷商に売るという処までがセットだった。そして奪われた場合の問題も発生する。それはクロウ自身が勇者ケンイチから瞬殺されるのだ。
それは以前、クロウが請け負う前にあった事だが、他の運び屋が女性を奪われ、お詫びとして向かった処、『他にも代わりが居るだろう?』と、言って大衆の面前で、運び屋の首をはねたのだから如何に悪逆非道な勇者であるか判るであろう。
そしてクロウは荷車から本日の食材を取り出し、その場で調理を始める。
「まぁ・・・問題がなければ、そのままお受け取りして貰えるんだけどな」
なお、簀巻きの女性は深く眠らせられており、食事を取らずとも良いらしい。
ただ、無意識でも出る物は存在するため、引き渡した直後よりクロウは毎度の事として水洗いを行っているようだ。
「頃合いを見て荷車も買い替えか? 余りにも匂いが取れないようなら、それしかないだろうが・・・」
そして火の番ではないが周囲に魔物避けの香を焚き、食事を始めたクロウだった。
しかし、その直後・・・クロウの周囲に不穏な気配が現れる。
この場には他の商人達も居り、護衛として雇われた冒険者達が殺気立っていた。
クロウは食事に入る直前、冒険者達同様何かに気づく。
「殺気? まさか!?」
それは生き延びる為に長年培った生存本能のなせるワザでもあった。
クロウは即座に火を消し、積み荷の乗った荷車へと駆け寄り現状を把握する。
「まだ無事だ。だが、奪われたら何が起こるか判らんな・・・」
そう呟いたクロウは他の重しは放置し、簀巻きの女性だけを担ぐ。
「重っ・・・くはないか? いや、一部に重量級の駄肉が付いてるわ・・・まぁこの手の女が好きとか、やっぱり勇者はよく判らん」
クロウは簀巻き女性を肩に乗せ女性の呻き声を聞き流しながら夜盗達から距離を取る。
正直言えば食事をしてから運びたかったのが本音だが首を落とされるという恐怖心を思えば空腹など忘れる事が出来るだろう。死ねば今後も美味しいご飯を食べる事が不可能になるのだから。
すると、クロウの動きを察知した夜盗の数名が追いかけてくる。
「待ちやがれ! 背負った積み荷を置いていけ! さもなくば命までは取らないぞ!?」
クロウは夜盗の数名から逃げつつ一人思う。
(誰が待つか!? お前等が命を取らなくても、奪われたら死ぬのと同じなんだよ!?)
言葉に出しても通用しない事は明白だからだろう。
誰も彼も自分勝手なのだから。
しかし、今は夜闇の崖っぷち。暗闇に慣れ、この場の地理に詳しい夜盗共は連携してクロウを追い詰める。
「逃げ道無いな? ホレ! その積み荷置いて行け!」
クロウの背後には切り立った崖があった。
落ちれば一巻の終わりである事が明白だった。
だが、仮に積み荷を手渡しても死が待つのだ。それは後か先かの違いだけだった。
クロウはジワジワと追い詰められながら、崖っぷちに立ち呻く。
「クッ・・・」
すると、積み荷が身動ぎし・・・
「!? わっ!? あ〜っ!?」
重心を後ろにずらされたクロウは真っ逆さまに崖へと落ちていった。
積み荷である女性と共に。
「あっ・・・死んだ」
§
それは昔。クロウが赤穂黒鵜だった頃の話だった。
黒鵜はロードバイクを駅前の駐輪場に預け、近くのファミレスに向かおうとしていた。
その直後、彼の背後から一人の女性が抱き着いてきた。
「おひさ!?」
黒鵜は周囲の呆れた視線と共に、背中に感じる圧力から思い出す。
「こ、この胸の感触と声は・・・まさか、沙耶子か?」
すると、黒鵜の答えを聞いた女性・・・沙耶子は胸の圧力を高めながら腕の位置を首に変え、裸絞めを行いつつ元気よく答えた。
「あったりぃ!」
黒鵜は(またか・・・)と思いながら、落ちる前に沙耶子の腕を三回叩く。
「ギ、ギ、ギブ!? あ、ヤバっ!? ブッ!」
しかし、余りの刺激に黒鵜は鼻血を出してしまう。
その様子を眺めて御満悦となった沙耶子は腕を解く。
「鼻血いただきました!」
黒鵜は沙耶子の拘束から逃れて上を向く。
「テ、テ、ティッシュくれ、止血・・・」
すると、沙耶子の隣からもう一人の女性が声を掛ける。
「はい。ティッシュ・・・もう! 姫騎士様は何を考えてるの?」
「いやぁ〜。これが私と彼のスキンシップだからとしか言えないかな?」
「スキンシップって・・・明らかに困る姿を見て喜んでる風に見えたけど?」
その女性は沙耶子の事を姫騎士様と呼んでいた。
黒鵜は首元を押さえながら、溜息を吐きつつ問い掛ける。
「はぁ〜。それでどうしたんだ? ここは地元じゃないだろ?」
「今日は、近くで剣術部の合宿しててさ? 今は自由時間で街中を見てまわってたの。そしたら珍しい後ろ姿を発見したから、つい声を掛けたくなってね?」
「声じゃなくてワザを掛けたかったんだろ? 相変わらず手癖が悪いというか何というか」
「別にいいでしょ? 私達の関係はそこらの恋人よりも軽い関係じゃないし」
「関係って、タダの腐れ縁ってだけだろう?」
「腐れ縁でも関係は関係でしょ? それよりもどうしたは、こっちの台詞だよ? 紅騎士君だって、地元じゃないじゃない」
「俺は仕事で来てるの!? 今から飯食って・・・」
「仕事? その格好・・・メッセンジャー?」
「・・・悪いか?」
「ううん。似合ってるなぁって」
二人の掛け合いは確かに腐れ縁なのだろう。
片や恋人以上の関係であると公言する沙耶子。
片や腐れ縁を強調する黒鵜。
そんな明け透けなやりとりを、外野で覗き見る五島優美は不意に思う。
(小柄な割に筋肉質だし、顔立ちがもの凄いタイプかも・・・無精髭がなかったら確実に女の子受けしそうだよね? あれ? そういえば以前見せて貰った友達の女装写真って・・・まさか彼なんじゃ?)
優美は眼鏡越しの細目を少しだけ開き、赤色の瞳を微かに魅せる。
そして、スマホを取り出して送られてきた写真を眺めたようだ。
(やっぱり同じ人だ!? ん? ちょっと待って? 今、紅騎士って言った? もしかして、沙耶子と同門で沙耶子に次いで二番手の? 高校の地区大会で優勝した・・・赤穂黒鵜君!? 嘘!? ホンモノだぁ!)
そのうえで当人達の掛け合いを眺めながら、過去の事を思い出して嬉しそうな表情に変わった。
すると、優美の反応を見た沙耶子がきょとんとする。
「どうしたの? それよりもお昼奢ってくれるって」
「おいコラ!? 奢るとは言ってないだろ!!」
優美は沙耶子と黒鵜のやりとりから察してしまう。
「う、うん。(この感じ、やっぱりそうよね?)」
沙耶子は優美の同意を得た事で、ニコニコと拒否する黒鵜へと提案する。
「それなら今度、私の手料理をごちそうしてしんぜよう!」
黒鵜は「手料理」と聞き、脳内で天秤に掛ける。
沙耶子の料理は大雑把な見た目に反して絶品なのだ。
それを思い出して涎が出掛ける黒鵜は、のちに来る幸せが勝ってしまったようだ。
「うっ・・・沙耶子の手料理だと? わ、判った。奢る! 奢ってやる!!」
黒鵜の意を決した表情を見た沙耶子は満面の笑みで喜んだ。
「交渉成立だね!」
そうして三人は、近くにあるファミレスへと向かい、楽しげに昼食を戴いていた。
ちなみに外側から見えるそれぞれの容姿はといえば・・・、
赤穂黒鵜は小柄なうえに女顔に見える黒髪の短髪で、瞳は茶色。
小柄で痩身な割に引き締まった筋肉を持つイケメンである。
姫路沙耶子は大柄な茶髪のボブカットで、瞳は茶色。
元々の地毛が黒髪である事から生え際だけがプリンのように色が変わっている。
目元は切れ長な瞳であり顔付きを見れば猫を思い描くような可愛らしさを持っていた。
そのうえ猫のようなしなやかな筋肉を持ち、Dカップの胸と大きな尻を持つ女性だった。
五島優美は黒鵜と沙耶子の中間程の身長であり、地毛である赤髪ショートヘアのサイドポニーテールと赤い瞳。
縁なし眼鏡を掛けた糸目が特徴だった。
身体もCカップの胸と大きな尻を持ち、常に背筋がピンとしており、明らかにお嬢様という風格が見てとれた。この眼鏡も視力矯正用とは少し異なり、元々の視力が高い事で見えすぎを防ぐ目的で掛けているそうだ。
なお、沙耶子と優美はノーメイクの素顔であり、ワケあって化粧をすることはないらしい。
そして、全員の年齢は二十才であり沙耶子と優美は大学生で剣術部員である。黒鵜は工業高校卒の就職組だったが、便座工場の勤務をドロップアウトし、フリーターとして仕事をしているようだ。
ともあれ、ファミレスでの昼食のひとときは一瞬で過ぎ去り、沙耶子と優美は黒鵜に感謝した。
「ごちそうさま!」
「ごちそうさまでした」
「お粗末さま。それはそうと沙耶子? 約束忘れるなよ?」
「黒鵜こそ忘れないでね? 合宿終わりの後、地元に帰るから!」
「期待せずに待っとくわ。それと要望を出すなら料理だけにしてくれな? お前の」
「わかった。寝技をタップリとお見舞いしてあげる!」
「話、聞いてたか!? まぁいいか・・・じゃあ俺は仕事があるからこの辺で」
「「頑張ってね〜!!」」
こうして、三人は駅前で別れた。
§
だが、二人の約束が叶う事は無かった。
それは・・・、
「ちょ! ど、どういう事だよ!? ブレーキが、ブレーキが効かない!? 後ろは訳分からん黒い車がくるし・・・あっ!?」
地元へと戻る最中・・・山中を走行中に突然ブレーキが故障したのだ。
そのうえ黒鵜を煽るように、黒塗りの高級車が後ろを詰めてきていた。
黒鵜は黒塗りの高級車から逃げるように坂道を下る。
すると、今度は前方からも黒塗りの高級車が向かって来たため、ハンドルを反対に切ってしまったのだ。
その先は崖。何故かそこだけガードレールが外されており、黒鵜はそのままの速度で・・・崖に突っ込んだ。
「あっ・・・死んだ」
それが、黒鵜が最後に発した言葉だった。
黒鵜が落下し崖下に墜落した直後、黒塗りの高級車から一人の男が現れる。
「沙耶子先輩の想い人。一人地獄に、ごあんな〜い」
その者の見た目はイケメンであり、優男風の金髪ロングヘアだった。
ただ、口にしている言葉と下品な笑顔から判るのは意図的に事故を招いたようだ。
すると、サングラスと黒服を着た男達と作業着姿の男達が背後に並ぶ。
「賢一坊ちゃま。ガードレールを戻しますのでこちらに」
「後始末を忘れるなよ? 自転車は即日廃棄だ。事故の痕跡は全て消せ! 遺体はそのまま野犬に喰わせればいいだろ」
「御意」
《あとがき》
悪逆外道の賢一君。
彼の未来は天国か地獄か?