第7章 甘い二人の時間
私は頭を撫でられる感触にふと目を覚ました。見覚えのない天井は照明が落とされて薄暗い。
「起きた?」
頭の上から声がして、横に座っていたムナカタさんの顔が覗き込んできた。
「…?!?!」
驚いて起き上がろうとする私の肩を押し返して寝かせると、
「大丈夫、まだ寝てていいよ。」
と優しく言ってくれた。
「僕が歌ってる途中で寝ちゃったから、ソファーに寝かしたんだよ。」
「すみません。昨夜はライブが楽しみすぎて、ちょっと寝不足で…」
「嬉しいこと言ってくれるね。」
彼は手を伸ばすとそっと頬を撫でた。彼の少しかさついた手の感触が心地良くて思わず目を細めてしまうが、我に返ると恥ずかしさが頬にぶり返して真っ赤になってしまう。
「真っ赤。」
頬の赤みに気が付いた彼はからかうように頬をつついた。その瞬間、彼の瞳の奥に仄かな欲望の火が見えた気がした。私はそんな彼から逃げるように上半身を起こし少しだけ距離を置くと、萌え袖の両手で頬を隠した。
「からかわないでください。」
そう言いながら片頬を膨らませて私は抗議した。それはとてもあざとく、彼の性癖を挑発するものだった。
「からかってないよ。サキちゃんがかわいいからつい触りたくなっちゃったんだよ。」
彼は離れた私との距離をジワリと詰め、
「嫌だったかな?」
誰が見ても人懐っこく人が良さそうにしか見えない笑顔で聞いてくる。
「…。」
自分の推しにそうされて嫌な気分な訳はなかったけれど、どう答えたらいいのか迷い、うまい言葉が出てこなかった。精一杯の答えとして、彼の目を見てそっと頭を横に振った。
「良かった。」
そう小さく呟き、私のすぐ横にまで近づくと顔を隠していた私の左手を握って、自分の太ももの上に置くと恋人繋ぎをした。そして次に私の右手を握り、引き寄せると自然に体は彼の方を向き、顔の距離がぐっと近くなる。私は近くで見る大好きな彼の顔に見惚れて目が離せなくなる。
「嫌だったら、それ以上は何もしないから。」
耳元に唇を寄せて囁く彼の声に思わず体の奥が甘美に疼き、こんなにも幼い清純な体の奥にもちゃんと女としての部分があるのだと私は自分の体に驚く。彼はつかんでいた私の手を離すと両頬を包み、顔を近づけてくる。このまま流されていいのか一瞬迷ったが、私はそっと目を閉じて彼とキスをした。
ムナカタさんとのキスで、私の心臓の鼓動は今まで体験した事がないくらいに早くなり、頭の奥の方がジーンと痺れてくる。一言では言い表せない感情に感極まり、いつの間にか私の目からは涙がこぼれていた。
「泣いてるの?」
唇を離し、私の顔を見たムナカタさんが心配そうに声を掛けながら、そのまま涙で濡れた頬に口を寄せる。まるで涙をキスで拭うように何度も何度も。それでも涙が止まらない私の頭を自分の胸に引き寄せて、そっと抱きしめてくれた。
「嫌だった?」
私はふるふると頭を振る。
「大丈夫です。ちょっとビックリしちゃって…。」
そう答えた私の背中を小さい子をあやすようにさすってくれる。
「驚かしちゃってごめんね。」
その声は底抜けに優しくまた私は泣いてしまう。
「僕もさすがに眠くなってきたな。朝までちょっとソファーで寝ようか。」
午前4時過ぎ、ムナカタさんが腕時計を見ながらそう言うとゴロンと横になった。このカラオケルームのソファーはかなり大きくて、男性が余裕で寝ころべる大きさだった。
「お願いがあるんだけど。」
上半身を起こし、私の目をまっすぐ見て、真面目なトーンで言う。
「ここ、来て。」
自分の体の横の空いてるスペースをポンポンと叩く。
「一緒に寝よ?」
かなり眠たいようで少し舌足らずな言い方に笑ってしまう。
「ムナカタさん、カワイイ。」
PABメンバーの中でも可愛いキャラの彼は普段でもこんなにも可愛いのかと胸が熱くなった。ソファーの空いたスペースに軽く腰を掛けると顔を見下ろす。長い前髪が目にかかっていたので、そっと撫でて直してあげると、母性本能が刺激されて温かい気持ちになっていく。ずっと腕を上げて開けたままの彼の脇に私はぴたりと自分の体を寄せる。すると上げていた腕を下ろして私を抱えた。
「サキちゃんは小っちゃくて可愛いなぁ。」
まるで子供がぬいぐるみを抱きしめて眠るように、彼は私の体をぎゅっと抱きしめる。
「温かい…。」
そう言いながら、私のパーカーの裾から手を入れて、背中へ回す。
「ちょ、ちょっと、待って。」
慌てて彼の動きを止めようと抵抗するが、そこで彼はピタッと動きを止めた。顔を見ると完全に目をつむって、スースーと寝息を立てていた。
「寝ちゃった?おやすみなさい。」
私は体を伸ばすとそっと彼の頬にキスをして、また脇にくっついて一緒に朝まで寝ることにした。