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第6章 ひとり旅

 自分の置かれている状況も分からないまま一週間が過ぎ、とうとう明日はムナカタさんのライブの日だ。もしかしたら時間が経てば元に戻るかもしれないという一縷の希望はまだ叶えられていない。この体のままで遠出をするのは不安しかないが、ライブチケットはもう取ってあるし、東京までの新幹線もホテルも予約済み、ようやく行けることになったライブへの準備は万端なのだ。

「こうなったら、行くしかないでしょ!」

 自分自身を奮い立たせるように私は大声でそう宣言した。


 夕方から開催されるライブに間に合うよう、余裕をもって午前中の新幹線に乗ろうと駅のホームで待つ私は小さなあくびをひとつした。行くと決めたとはいえ、中学生の体で行く緊張感とムナカタさんに会える嬉しさでなかなか寝付けず、2、3時間しか寝れなかったのだ。

「新幹線の中でちょっと眠れるといいけど…。」

 私はいつの間にか肩から下げたバッグの紐をぎゅっと握りしめていた。


「お嬢ちゃん、もうすぐ東京だよ。」

 新幹線で隣の席になったお婆さんがそっと声を掛けてくれる。駅を出発してしばらくはあれこれ話していたが、いつの間にか眠っていたようで、慌てて飛び起きる。

「あ、ありがとうございます。」

 到着を告げる車内アナウンスが流れ、乗客たちが降りる準備を始めて車内がざわざわと落ち着きがなくなる。新幹線がホームへ到着すると開いたドアから多くの人が下りていく。

「じゃあ、気を付けてね。」

 私と一緒にホームに降りたお婆さんがにこりと笑いながら、手を振ってくれた。

「起こしてくれて本当にありがとうございました。お婆さんもお気をつけて。」

 お婆さんとは別の乗り換えのため、私は反対方向へ歩きながら手を振った。


 ライブまではまだ時間があったので、中学生の私に似合う服を買うために洋服屋に寄りたかったし、荷物を置きながらホテルにチェックインもしたかった。来る前に調べたら、予約したホテルのそばに大きなファストファッションのお店があるようなのでそこへ行く予定だ。

 最寄駅からまずは洋服屋へ向かう。今どきの中学生の女の子が一体どんなファッションをしているのかアラフォーのおばちゃんには分からなかった。幼い体形で身長もそれほど高くない今の自分にはレディスは無理かもしれないとキッズコーナーへ行ってみるが、派手な色合いの子供服はどれもこれもピンと来なくて困り果てていた。

「何かお探しですか?」

 いつもなら鬱陶しいと思ってしまう声を掛けてくる店員さんが今日は救いの神に見えた。

「今から大好きなアーティストのライブに行くんですが、どんな服がいいのか分からなくて。良かったら見立てていただけませんか?」

「ライブですか?テイストはガーリーな感じ?スポーティーとか、大人っぽい感じとか好みはどのような感じですか。」

「えっと、じゃあ、ストリートっぽくてかわいい感じってできますか?」

「では一通りコーディネートしてみますので少々お待ちください。」

 軽く会釈をすると売り場へ戻っていった。時間つぶしに近くの売り場の商品を見ているとヘアアクセサリーの棚に並ぶ、アクセサリー付きのヘアゴムに目が留まった。

(ムナカタさん、確かツインテールの女の子好きだったっけ。)

 薄いピンクのポンポンが付いたヘアゴムが気に入ったので手に取ると後ろから声が掛かる、

「それかわいいですよね。今選んできた洋服にも合うと思いますよ。」

 店員さんが選んできてくれた洋服を受け取り、サイズ感が不安だったので試着してみようと試着室に入った。ピンク色のパーカーに白地に赤のチェック模様のプリーツスカートを着て、鏡に映る自分を見る。いつもじゃとても穿けないミニ丈のスカートも今のほっそりした足ならば抵抗がなくなる。

「いかがですか?」

 声を掛けられ、試着室のカーテンを開ける。

「よくお似合いですよ。」

 お世辞かもしれないが、自分でコーディネートできる気がしないのでこのパーカーとスカートを買おうと思う。

「この二枚とヘアゴムを買って、このまま着ていきたいのですが大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。では失礼いたします。来ていた服はどうされますか?」

「来てた服はカバンがあるのでこれに入れていきます。」

 店員さんは近づくと脱いであった服を手早く畳み渡してくれて、着ている服についたタグを切り取ると、私をレジへと案内してくれる。会計を済ませ、袋に入れてくれたヘアゴムを受け取ると店を後にした。


 次にホテルに到着して、まずはフロントへ向かう。

「今日予約している咲坂です。」

「いらっしゃいませ。確認いたしますので少々お待ちください。」

 フロント内に置いてあるパソコンで予約確認しているフロント係の顔が少し曇る。

「お客様、ご予約いただいているのは大人一名ですが、お間違いないでしょうか。」

「はい、間違いないです。」

 中学生なら普通に大人料金になるはずだから大丈夫だろうと考えていた。

「申し訳ございません。未成年のお客様だけでの宿泊には保護者様の宿泊同意書が必要となっておりますが、それはお持ちでしょうか?」

「いえ、持ってないです。」

「そうなると今ここで保護者様にお電話していただき直接宿泊の同意を確認させていただければ、宿泊も可能となります。お申込みの際のお電話番号が保護者様のものでしょうか?」

「あ、えっと、その…。」

 未成年だけで泊まれないという想定外の事態に慌てて、うまく返事ができないまま、フロント係が電話をかけ始めてしまう。

 トゥルルルル…トゥルルルル…トゥルルルル…。

 フロントに響く電話の呼び出し音は私のカバンの中のスマホのものだった。それに気が付いたフロント係はそっと受話器を置く。

「申し訳ございませんが宿泊を承る訳にはいきません。予約は無効とさせていただき、キャンセル料等はいただきませんのでこのままお帰りください。」

 その丁寧なお辞儀はこれ以上交渉の余地がないことを物語っていた。


 泊る予定だったホテルで断られ、困り果てながら最寄り駅まで戻ってきた。少し休憩しようと駅ビルのカフェに入ると、まずはお手洗いを借りた。そして気分を変えようと買ったばかりのヘアゴムでツインテールにしてみると幼さがさらに際立つ。未成年がダメでは他のホテルを探してもダメだということだ。どこか時間が潰せればとネットで調べてみたが、ネットカフェなども18歳未満は22時以降は保護者同伴じゃないと入れないと条例で決まっているようで、どこへ行くにも一人では難しそうだ。手洗い場の鏡に映るツインテールの中学生を恨めし気に睨んでしまう。

「やれやれ、参ったな。明日の朝までどこで時間を潰したらいいんだろう。ライブは開催時間が18時だから入場は大丈夫、だよね…。」

 あれこれ悩んでいるといつの間にかライブハウスへ移動した方がいい時間になったので、カップに残ったコーヒーを飲み干すとカフェを出た。


 ライブハウスの最寄り駅に到着するとコインロッカーを探し、最低限いるものだけをサコッシュに入れて手荷物を預けた。駅からほど近いライブハウスまで歩いていくと開場時間の一時間前だったがすでに多くの人が集まり始めていた。スタンディングのライブは初めてで勝手が分からず、少し遠めでウロウロしながら様子を窺っていると、

「ミナト&リュウジのライブは初めて?」

 近くにいた女性が声を掛けてくれた。

「はい、初めてでよく分からなくて…。」

「開演30分前になったら開場になって整理番号順に入場するから、それまではあそこでグッズを買ったりして時間を潰していれば大丈夫だよ。私はもう5回目なので分からないことがあったら聞いてください。ちなみにリュウジ推しです。」

「5回も!凄いですね。私はムナカタさん推しです。」

「中学生?」

「はい。」

「若いね!私の娘と同じくらいよ。ミナト&リュウジファンにはそんなに変な人はいないから安心して楽しんでね。」

「分かりました。ありがとうございます。」

 グッズ売り場を覗くとミナト&リュウジの写真がついた様々なグッズが売られていた。いつもの私ならグッズを買いあさったかもしれないが、小さい体でファンの中に入っていくのが何となく怖く、どうしても欲しかったムナカタさんのチェキのセットだけ買うと列から離れた。買ったばかりのチェキを見つめていると入り口の近くで入場の呼び込みが始まった。

 自分の整理番号に従って、列について入り口まで進んでいくと係の方に声を掛けられる。

「今日は保護者様はご一緒ではないですか?」

「え…。」

 またかとビクッとして思わず口ごもる。

「あの、駄目なんですか?」

「今日は開演時間が早いから大丈夫だと思いますが、確認してまいりますのでこちらで少々お持ちください。」

 入場の列から外され、待たされる私を皆が好奇の目で見てくる。ホテルを断られ、ここまで来てライブハウスに入場できなかったら、悔やんでも悔やみきれない。こんな体になってしまった自分を恨めしく思い、泣きそうになっていた。

「あれ?さっきの子だよね。どうしたの?」

 列の中の一人から声を掛けられ、顔を上げるとさっき声を掛けてくれた女性が立っていた。そこへ係の方が戻ってくる。

「今日はアルコールの提供があるので絶対に飲まないことと、終演は20時頃になるので終わったら速やかに家に帰ること。この2つを守っていただけますか?」

「勿論です!」

 入場させてもらえるなら絶対に守ると思わず言葉に力が入ってしまう。

「すみません。私、身内ではないですが、この子と知り合いなのでちゃんと監視しておきますので、安心してください。」

 驚いて振り返る私に女性はいたずらっぽくウインクしてくれた。

「そうだったんですか。それなら問題はありません。ご入場ください。」

 笑顔に戻った係員の誘導されてライブハウスに入ることができた。

「私のせいで入るのが一番最後なってしまってすみませんでした。」

「ううん、大丈夫だよ。いつも早く入れても後ろの方で落ち着いて見てから。前に出ると若いこのパワーに負けちゃうからさ。」

 私に気を使わせないように冗談ぽく言ってくれているが、本当に優しい人なんだと思った。

「何から何までありがとうございます。愛知県から一人で来てて、心細かったので、声を掛けていただいてとっても嬉しかったです。」

 改めてお礼を言うと、

「彼らのライブをしっかり盛り上げてくれればそれでいいよ。」

 彼女はそう言ってにこりと笑った。

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