第4章 ふたりの時間
「OK、サキちゃんね。緊張しなくていいよ、朝までカラオケ付き合って。」
ムナカタさんは目の前に置かれたビールジョッキを持ち上げると、私にも促すような目をしたので自分のコーラの入ったグラスを持ち上げた。
「不思議な出会いに、乾杯!」
そう言って私のグラスに自分のジョッキをカチンとぶつけるとビールを一息に半分飲み干した。私は一口だけ飲んでテーブルに戻した。
「ああ、ライブ終わりのビールは美味しいわ。」
「お酒、お好きなんですよね?」
ファンの中でもムナカタさんのお酒好きは有名で、さらに言えば酒癖の悪さも有名だった。さすがに具体的に何があったか詳しくは知られていないが、気が大きくなってしまいがちなため、最近はできる限りメンバーやスタッフなどの身近な人としか飲まないようにしていると本人が言っていた。
「うん、飲まないとやってられないことも多いんだよ。大人って。」
茶化したようなもの言いながら、はははと自嘲気味に笑う彼の横顔は一瞬寂しそうだった。
「君も大人になったら分かるよ。」
「あんまり分かりたくないかも。」
本音でそう言うと、彼は私の方を見て大笑いした。
「それは間違いない。」
最初こそ大好きなムナカタさんと二人きりのカラオケに緊張していたが、のんびりとカラオケを歌い、曲の合間にはお互いの話をしながら過ごすうちにどんどんと打ち解けていった。彼はアルコールが回ったせいでおしゃべりになり、私に質問したり、自分の趣味について語ったりした。席を立つたびに座る場所が近くになり、いつの間にか私のすぐ横に座っていた。
「サキちゃんはPABも好き?」
「はい、最初はPABを知って、その中のムナカタさんの大ファンになって…。」
本人を目の前に言葉にするのはさすがに気恥ずかしくなって口ごもってしまう。
「じゃあさ、僕のこともよく知ってるのかな?」
「ムナカタさんのこと?誕生日とかですか?」
「んー、誕生日を知っててもらえるのは単純に嬉しいけど。僕の好きなもの、とかは知ってる?」
「えっと…それって。」
私はずっとファンなので彼がオープンにしてる有名な性癖も知っていたが、流石にそれを本人の目の前で口にするのは憚られた。
「アイドルのルイスさん、でしたっけ?」
彼が彼女のファンであることも有名なことの一つだった。
「…あ、そうそう。彼女かわいいよね。デビューした頃からのファンでさ。よし、一曲歌っちゃおうかな。」
リモコンをつかむと迷うことなく選んだ一曲を予約するとマイクを握りしめた。
時間は午前3時を回り、今日は早起きをしてライブへと遠征してきた私は眠気と戦い始めていた。一人きりでのカラオケや漫喫ならとっくに眠っていただろうが、大好きな人と来ているカラオケで寝る訳にはいかない。
「はい、次はサキちゃんの番だよ。」
歌っている間だけは眠気も少し覚め、元気を取り戻せた。私が歌い終わり、すぐに次の予約曲が始まったのでマイクをムナカタさんに渡す。一瞬、指先が触れて、ドキドキしてしまったが彼は気が付かなかったようなので、何気なくソファーに座るとほんのり赤くなった頬を両手で包んだ。落ち着こうと目を閉じて小さく深呼吸するとムナカタさんの歌声が始まった。彼の声はまるで子守歌のように心地よく、私はいつの間にか寝落ちしてしまっていた。