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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ゾンビ禍

名前を知らない奴らとゾンビ

 カラオケボックスの個室の扉の小さな窓の向こうに、人影がいくつも見える。

 年齢も性別もバラバラだが、揃いも揃って青白い肌に生気のない表情。口は半開きで、涎が垂れるのもお構いなし。死んで間もないためか腐臭はないが、涎と血の混ざった悪臭がこっちに漂ってくる。

 虚ろな目は焦点が合わず、目的もなく歩き回っているように見える。


 だが奴らは、今も獲物を探している。その獲物とは俺たちのことだ。


 片方の頬を食いちぎられている若い女がゆっくりとこちらを向いたから、俺は咄嗟に身をかがめて隠れた。

 脱いだ上着をドアノブにくくりつけ、奴らが容易に入れないようにした。だが所詮は気休めだ。窓越しに俺たちを見つければ、奴らは一斉に押し寄せて戸をぶち破り、俺たちに噛み付くだろう。

 そうなれば、俺も奴らの仲間入りだ。


 奴らはいわゆるゾンビらしい。ネットニュースやSNSから入ってくる情報によれば、死者が蘇って生者を襲い、奴らに噛みつかれた者もあれに変貌するとのこと。にわかには信じがたいが事実らしい。


 スマホから入ってくるニュースは、日本中どころか世界中で同じ騒ぎが起こっていると伝えていた。

 世界規模の細菌テロとか未知の病原体とか、神の鉄槌だとか憶測は無数にあるけど、原因は不明。

 そしてニュースの更新頻度はだんだん下がっていて、SNSのタイムラインの速度も目に見えて落ちている。誰もがつぶやいてる暇がないからと信じたい。


 外の情報はスマホが頼り。カラオケ店だからテレビはあるが、チャンネルを変えて放送を見る方法がわからない。それが可能かも知らない。

 曲を入れてない時に流れる、知らない女が知らないガールズバンドにインタビューしてる映像が延々流れて、うっとおしいから電源を引き抜いた。


 とにかくここで隠れていれば、しばらくは奴らに見つからない。とはいえ永遠にいられるわけじゃない。部屋にある食料といえば、テーブルの上の(しな)びたフライドポテトぐらい。それも三人で分ければ一食分にも満たない。

 そう、三人だ。この部屋には俺含めて三人いる。


「あの。これからどうしましょう。このまま待ちますか? しばらく隠れていれば、あの人たちどこかへ行くでしょうか。それまで耐えられますか?」


 部屋の隅で身をかがめながら、小さな声が俺に尋ねる。

 声の主は中学生の少年。幼さの残る顔立ちは不安でいっぱいだが、この状況でなんとか気丈に振る舞おうとしている。仲間の足を引っ張りたくないのだろう。


 名前は漆黒龍牙。もちろんハンドルネームだ。本名は知らん。いかにも中学生っぽい名前でクソダサい。

 その勇ましい名前と裏腹に、完全に震えてる声で話し続ける。話してなきゃ不安で死にそうなんだろう。でも可能な限り静かにしてろよ。音を立てたら奴らに気づかれる。


「それよりもこちらから、し、出陣した方がいいのかも……食料もないですし……」


 外に出ることの是非は置いといて、出陣って言うのはやめろ。ダサい。せめて仕掛けるとか打って出ると言え。


「えー。やだぁ。こわいぃ。ねえ、助けが来るまでここにいようよ。それがいいってばあ」


 もうひとつの声が聞こえた。

 声の主は女だ。自称二十歳の女子大生の野いちごだ。本名は知らない。

 ゾンビを怖がりながらも、体をくねらせ表情を作り、愛嬌を演出するのは忘れない。今朝はじめて顔を合わせた時からこんな感じだ。ウザいからやめてほしい。今も媚びを売るような表情でこっちをみて、わざとらしい瞬きを繰り返してる。

 ゾンビを怖がるより人に媚を売るのが優先なのか、それとも体に染み付いた習慣だからやってるのかは知らない。


 これが美人なら絵になるかもしれないが、この野いちごは正直言って太っているしブスだ。あと肌荒れもひどい。口に出しては言えないけどな。

 あと二十歳の女子大生ってのも怪しい。下手したら俺より年上の可能性がある。


 というかこいつが財布を開けたときに免許証がちらっと見えたけど、ゴールド免許だった。あれ、免許取ってから五年は経たないと貰えないぞ。女子大生の可能性は数パーセントだけ残ってるとはいえ、二十歳は嘘だ。


 というか野いちごってハンドルネーム、クソダサいな。いや、会う前まではかわいいと思ってたさ。ネトゲやってる時も、女の子だからって気にかけてたし、仲良くなろうといつも声をかけてた。

 こんな奴にだぞ。



「ねえ、ここにいようよ。そうしない? そうするべきだよお」

「でも野いちごさん。ここには食料もありません。奴らが動かないまま、僕たちだけ弱るのを待つのは無謀です」


 漆黒龍牙の言うとおりだ。でもお前と野いちごが一番ポテト食ってたからな。育ち盛りの中学生なら腹も減るだろけど。だが野いちご、お前は駄目だ。


「あの。富嶽さん。どうしますか?」


 漆黒龍牙が俺に尋ねてきた。そう、富嶽ってのが俺のハンドルネームだ。高校生の頃から社会人二年生の今まで、なんとなく使ってきた名前。

 そしてこの状況で呼ばれた途端に自覚した。ダサい。



「ねえ。富嶽さぁん。富嶽さんもおもうよね? ここから動いちゃいけないって」


 野いちごが潤んだ目で見つめながら尋ねる。だからその目をやめろ。気持ち悪い。

 ああくそ。こんな女より、もうひとりいた霧原カレンって子と親しくなりたかった。

 もちろんこれもハンドルネームで、彼女は純日本人だ。だが名前負けしてないほどの美人だし、歳も俺と同じだ。ぜひ仲良くと思ったのに、この集まりを主催した男と一瞬で仲良くなってしまった。ソロンっていう、俺より若干年上のチャラい男だ。

 そいつらは早々にこの部屋から出てしまった。なにやってたかは知らない。さっきこの部屋の扉の窓から、ゾンビに変わったふたりを見かけた。ざまあみろ。



 俺たちは、あるネトゲのパーティーのメンバーだ。本当はもっと大人数が所属してるが、ソロンが集まろうって声をかけて来たのがこの五人。既に三人に減ったがな。

 とにかく俺はオフ会に行って、ゾンビ共の発生を目の当たりにして閉じ込められた。防御力皆無のこの部屋に。


 そして危機的状況で共に助け合う仲間が、このふたりだ。


 俺だってゾンビ映画は見たことあるし、頼れる仲間と共に生き延びる妄想だってした。けどまさか、こんなブスと中学生が仲間だとは思わなかった。しかもふざけた名前の。

 いや、もっと真面目な本名はあるはずだけど、この状況で聞いても覚えてられるか怪しい。そういうのは、もう少し安全が確保されてから。

 扉一枚隔ててゾンビがウヨウヨしてる状態を脱するまでは、こいつらは野いちごと漆黒龍牙で、俺は富嶽だ。


 でも、万が一俺がここで死ねばどうなる? 俺を看取るのはこのふたりだ。いや、ふたりも一緒に死ぬかもしれないが。

 とにかくこのままでは、富嶽なんてダサい名前で、ネトゲの冴えない仲間と共に死ぬことになる。それは嫌だ。もっとかっこよく死にたい。いや死にたくないけど。とにかく、覚えられないかもしれなくても、一応本名を言うべきなのか?

 そう考えたが。


「どうしますか、富嶽さん」


 漆黒龍牙に再度尋ねられて、その機会を失う。


 なんだったか。このまま部屋に立てこもるか、打って出るかだな。

 いつの間にか俺が、この三人をまとめ上げる立場になっていることに関して、言いたいことがないわけじゃない。

 だが一応、俺が一番歳上ってことになってるからな。野いちごが俺より歳上の疑いを捨てきれないが、じゃあこいつに俺たちの命運を握らせるのかと聞かれれば絶対に嫌だ。

 まだ漆黒龍牙の方が頼りになるけど、中学生には荷が重すぎる。くそっ。だから俺だ。


「と、とりあえず外の様子を調べよう。奴らが移動する気配があるってわかるかもしれない。自衛隊が動き出してるかもしれない。そういう情報を集めてから、外に出るか決めよう」


 結局、現状維持というか、どちらとも取れる曖昧な答えを言ってしまった。

 案の定、野いちごは安易に外に出ることにはならないと考えて安堵の表情を見せたし、漆黒龍牙はゾンビ相手に仕掛ける覚悟を決めたような顔をした。


 駄目だ。考えがバラバラだ。そういえばゲームしてる時もそうだった。漆黒龍牙は前衛職だが、仲間を放置して勝手に前に行きがち。野いちごの方はヒール担当だが、仲のいい奴優先で回復させていく。状況がどうだとかは見ていない。

 結局、俺か他の誰かが指示出してコントロールしなきゃいけない。今も同じだが。

 ゲームなら死んでも笑い話で済むが、今は一歩間違えればゾンビの仲間入りで笑えない。


「それで富嶽さん、情報収集ですけど、どうしますか? さっきからニュースは更新されません。テレビも見れませんし」

「そうだな……」


 なにか妙案を言って、かっこいいところを見せるべき場面なのに、何も思い浮かばなかった。

 漆黒龍牙も野いちごも、俺に期待を込めた視線を送ってくる。やめろ。そんなに頼るな。


 ちょうどその時、スマホが微かに震えた。見れば、SNSでリプライを送ってきた奴がいた。

 送り主の名はマジカル☆ピンキー。このダサすぎる名前はもちろんハンドルネームで、こいつもネトゲ仲間。


 遠方に住んでるとかでオフ会の参加は見送ったものの、俺たちがオフ会やっていることは知っている。仲間が揃ってゾンビにやられてないか心配になったのだろう。

 奴のつぶやき一覧を見れば、先にソロンやカレンさんにリプライしていた。返事が無かったから俺か。

 田舎だからゾンビの大群に襲われることもなく、家の戸締まりをしっかりして今は安全だともつぶやかれていた。


「ピンキーは今のところ無事らしいぞ」

「そっかぁ。良かったぁ……」


 野いちごが、あからさまに媚びた安堵の声をだす。それがかわいいと思ってるのか。ウザいからやめろ。


 それからマジカル☆ピンキーは、あるリンクを送ってきた。

 このカラオケボックスがある建物の近くの交差点の、定点カメラのリンクだ。カメラの映像をライブ配信していて、様子を見ることができる。


「おい。ふたりとも見ろ。外の様子がわかる」


 それをさり気なく俺の手柄にしつつ、リンクを踏んでスマホの小さな画面を三人で見る。ありがとよ、マジカル☆ピンキー。ダサすぎる名前の変な奴だと前から思ってたが、今だけは感謝してやる。

 おい、野いちごくっつくな。デブが近づくと暑苦しい。


 スマホ画面の中で、地獄が広がっていた。


 普段は活気あふれるスクランブル交差点が、死者でうごめいていた。老若男女、日本人も外国人もいるが、ゾンビなのは共通していた。

 食い物である生者が見つからない間は、目的なく彷徨(さまよ)うだけ。そして奴らがそういう動きをしている以上、少なくともここに生者はいない様子だ。

 こいつらもゾンビになる前は他のゾンビに襲われて噛まれているはずで、傷が目立つ奴がも多い。

 首筋を噛まれてダラダラ血を流している者、足の健を食いちぎられ這うように移動する者、腹から臓物をボトボトと落としている者。


「あの。富嶽さんこれ」


 漆黒龍牙が、画面の端の方を指差す。

 ベビーカーを片手で引っ張る、若い女のゾンビがいた。赤ちゃんを連れていたお母さんだったらしい。ゾンビになってもベビーカーを離さないのは立派だが、押すのではなく乱暴に引っ張っているため、ベビーカーはガタガタと大きく揺れていた。


 中には赤ちゃんが乗っていたはず。それはどうなった? 生きていたらゾンビに狙われるはず。でも例えば、小さいからゾンビにも、人間と認識されない可能性ないだろうか。

 いや、既に赤ちゃんも噛まれてゾンビベイビーになっているのかも。いずれにせよ結果が気になって、三人で画面を食い入るように見つめた。


 車道と歩道の段差を乗り越えたベビーカーは大きく跳ねて、中から何かが飛び出した。

 可愛らしい服を来た小さな赤ちゃんは、肌が見るからに変色していた。ああ、ゾンビになってたか。


 車道に放り出された赤ちゃんを、母親は気に留める様子なく歩いて遠ざかる。車道を埋め尽くすほどいる他のゾンビも、足元の赤ちゃんゾンビなど気にしなかった。

 ゾンビの一体が赤ちゃんの頭を踏み抜いた。柔らかい頭がぐちゃりと潰れ、周囲に骨と脳の破片の混ざった血溜まりを作る。それに注目する者は周囲にひとりもいなかった。ただ踏んだ本人だけが、それに滑って倒れて血溜まりを辺りに撒き散らした。


 胃から酸っぱいものがこみ上げてくる。駄目だ吐くな。吐けば無駄に消耗するし腹も減る。あと狭い室内で捨てる場所もない状況でゲロがあるなんて嫌すぎる。

 隣を見れば、漆黒龍牙も同じ考えなのか、手で口を押さえて必死に耐えている。そして。


「おえぇっ!」


 野いちごは吐いていた。さっきバクバク食ってたポテトが胃液に溶かされドロドロになった吐瀉物が、テーブルの上に吐き出される。一部は床にまで落ちた。強烈な酸っぱい匂いが部屋に充満する。


「ご、ごべんなざい! がまんできなかったのぉ! 許して!」

「こら! 大声を出すな! 寄るな!」


 涙目になりながら謝る野いちごの口の端には、吐瀉物のしずくがついている。外のゾンビよりも気持ち悪い。あと大声を出せば奴らに気づかれる。

 野いちごの口を抑えようとしたが、口元を見てためらった。そして彼女は俺の言葉など聞いてない様子で、泣きながら大声で謝り続ける。唾と一緒に吐瀉物の飛沫が飛ぶ。俺と漆黒龍牙は慌てて立ち上がって避ける。


 なおも大声をあげる野いちごを黙らせたのは、扉が叩かれるバンという音だった。


 それが何を意味してるかは、すぐに把握できた。


 野いちごの声なのか、立ち上がった俺の姿が見えたからか。とにかくゾンビが俺たちに気づいてドアに殺到していた。

 ゾンビ共と目が合った。生前の名は知らない、怪物共の群れ。それがまっすぐ俺を見て、ドアをぶち破って部屋に入り込もうとしている。


 カラオケの個室だから鍵なんかついてない。ドアノブを固定してる上着だって大した強度はない。人間ひとり分なら耐えられても、奴らは群れで押し寄せてくる。

 ゾンビ共が一斉に、体を扉に押し付けている。十数人分の体重がかかり、扉がきしむ音がした。上着がビリビリと破けていく。


「おい! ふたりとも! 武器をとれ! こうなったら戦うしかない!」


 勇ましく声をあげたものの、この部屋で武器になりそうな物といえばマイクぐらいしかない。

 二本あるマイクのうちの一本を手に取る。もう一本は野いちごがいち早く掴んだ。最年少の中学生に武器を譲るって発想はないらしい。俺が言えたことじゃないが。

 というか野いちご、マイクを持つのはいいが、戦うって構えじゃないぞ。

 マイクを両手で握って、脇を締めて胸の前で持つのは、今から歌う時のポーズだ。戦う構えを見せろ。せめてマイクを前に出せ。潤んだ目でこっちを見るな。全然可愛くないし庇護欲も湧かないからな。


「ふ、ふたりとも、わたしを守って。怖いの」


 俺は、この期に及んで媚びモードのお前が怖い。


「が、頑張ります。僕がしっかりしないと……」


 漆黒龍牙もそんなことを言うな。やる気があるのは良いが、バカ女がお前にキラキラした目を向けてるぞ。

 とはいえ、漆黒龍牙にやる気があるのは本当らしい。手にしているのは、曲を入れるためのタッチパネル端末。

 マイクなんかよりこっちの方が強い。ここはこいつを前に出して戦わせるべきか?

 


 中学生を前に出す臆病者と思うなよ。俺だって死にたくない。特にこんな奴らと一緒には。俺を富嶽としか認識せず、本名も知らないこいつらとは。

 生き残ってやる。少なくともこの場は切り抜ける。たとえ世界がこのまま終わって、俺もどこかで死ぬとしても、こいつらよりマシな人間と共に死にたい。富嶽ではなく、本名の俺で死にたい。



 貧弱な扉は今にも壊れそうだ。

 身構えながら、隣の漆黒龍牙を見た。ゾンビにビビって身を引いてる。動く気配がない。野いちごに関しては端から戦うのを諦め俺の後ろにいた。

 結局俺が一番前になった。


 逃げたくなる気持ちを抑えながら、ゾンビを睨む。ついに扉が破られた。

 その勢いのまま何も考えずになだれ込んできたゾンビの先頭の一体が、足をもつれさせて転倒した。それに躓いて、後続のゾンビが次々に転んでいく。


 チャンスだ。このまま奴らの背中を踏みしめ外に出られるかも。そう考えた瞬間には体が動いていた。

 テーブルの上に飛び乗って助走をつけて跳んで、一気に部屋の出口に向かおうとした。


 そして足を滑らせた。忘れてた。テーブルの上に、ゲロが乗っていたのを。

 さっき赤ちゃんを踏み潰したゾンビと同じく、白いドロドロを撒き散らしながら転んだ俺は、テーブルの天板に体を強かに打ち付けた。体中が痛い。

 なんとか顔を上げた俺が見たのは、他のゾンビの背中の上を這って迫ってくる一体のゾンビ。


 見たことない顔。醜い顔。生前もきっと、モテない不細工だったのだろう。それが俺に這い寄り、右のこめかみに噛み付き、引きちぎった。

 ブチブチと肉が引き裂かれる音が、体の内外から聞こえてくる。


 皮膚と肉の一部を(くわ)えたゾンビが、それをグッチャグッチャと音を立てながら咀嚼する。生暖かい血がドロリと流れる感覚。


 痛みと、俺にこの後起こる現象を想像して、情けない悲鳴をあげた。それも、次々に群がる他のゾンビによってかき消される。


「富嶽さん!」

「ねえ! 行こ! 今のうちに! ねえ早く! ねえってばぁ!」


 ふたりの声。徐々に意識が薄れていく中、そちらをなんとか見た。


 悲しげな表情をしている漆黒龍牙。一方の野いちごは、ぞっとするほど冷たい顔をしていた。


 もう媚びる必要はない。こいつに用はない。あるとすれば、ゾンビを引き寄せる餌。その隙に逃げるためのもの。俺をそう見ている女の顔。

 野いちごは漆黒龍牙の体を引っ張りながら、彼に媚びの入った口調で話す。

 すぐにふたりは、俺に群がるゾンビを尻目に部屋から飛び出した。



 待ってくれ。置いてかないでくれ。死にたくない。こんな、富嶽なんてださい名前でしにたくない。嫌だ。あいつらがおれを富がくって名前でしんだとおぼえられるのはいやだ。

 おれの。おれ……の……な、まえ……は…………

作中に登場するハンドルネームに関して、これらを実際に使っている人に対する誹謗中傷の意図はありません。

極限状態で、他人でもなく知り合いってわけでもない関係の人と協力し合うのは嫌だなと思って書きました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゾンビに囲まれる絶望的なシチュエーションでの状況変化、個性的な仲間(?)の人物描写、その中での主人公の心境がありありと描かれていて、一人称形式の良さがいかんなく発揮された作品で、たっぷりな…
[良い点] ゾンビ映画で役名も付けられずに終わってしまうモブさんの最後という感じでしょうか。 細かいところまで描かれていてスゴいと思いました。 面白かったです!
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