Page6:迷子と友情と
「結構デカイ町なんだな」
誰とも無く独り呟いてみる。
そう、独りでだ。
結論から言おうか。
迷子だ。
「ここは町のどこら辺なんだかな」
俺の言葉は店の呼び込みの声にかき消され、誰の耳に入ることはない。
太陽がまだ真上にある、と言っていい時間に町に入ったのだが、5分くらいしてはぐれてしまった。
それというのも俺が見たことのないものに目を奪われあっちへフラフラ、こっちへフラフラと彷徨っていたからなんだが。
今俺がいるのは狭くも広くもないが、それなりに人通りの多い道の端。
そこでポツンと立って鈴谷、じゃなくて蒼香を探しているのだが一向に見つからない。
前を老若男女様々な人たちが通っているのをよく観察してみる。なにやら3メートル程の馬鹿でかいおっさんや、1メートルもないような老人もいるが、ここは異世界。気にしたら負けだろう。
「よう兄ちゃん、うちの商品見ていってくれねぇか!? 珍しいもんばかりだぜ!?」
ずっと同じところに立っている俺に、座っているガタイのいい、上半身裸のひげを生やした露天のおっさんが大きな声をかけてくる。
「おっさん、俺金が無いんだよ」
町に入るときに蒼香から少しだけ貰ったが、これでどのくらいの物が買えるのかは分からないので無難に答えておく。
「金が無い!? なに、気にするな! 見るだけだったら無料だからなぁ!」
正面に向かい合って言葉を返すがおおよそ商人のものとは思えない返事が返ってきた。
このおっさんいい人だ。
遠慮なくシートの上に並べられた物とおっさんの後ろにある刀剣類を見てみる。
イヤリングやネックレスの様な小物、ちょっとしたナイフ、大振りの剣、怪しげなビン、何に使うのか分からない変な形の置物など多種多様なものが雑然と置かれている。
手に取って見てもいいとのことなので取りあえずナイフに手を伸ばす。
所々に装飾があるがそれほど華美なものではなく、素人目だがまとまった感じがする。
刃渡りは大体20センチ程度、明らかに殺傷を目的としたもの。
「お、それか? それは魔術師が鍛えたナイフで岩ぐらいならパテルのように切れるってもんよ!」
それなりに値も張るがな!と笑っている。
パテルってのは分からないけど言い回しからしてバターみたいなもんだろう。
こんなナイフでそんなことが出来るのか。魔術ってのはつくづくすげえな。
ナイフを元の位置に戻して他の物を見る。
「おっさん、これは?」
黒い石がはめ込まれている小さなイヤリングを手に持つ。
「おう、それはオブディアンのイヤリングだな! 簡単に言えば魔除けだ!」
「これは?」
「それはドラゴンのウロコだ! といってもそんなちっぽけなもんじゃただの装飾品だな!」
「これはー?」
「そりゃただの置物だぁ! 家にでも飾っておけ!」
あー、楽しかった。
結構な時間おっさんと話していた気がする。その証拠に太陽が少し傾いている。
もう説明してもらってないものは無いな、と商品を見ているとおっさんが話しかけてくる。
「兄ちゃん、何か珍しいもん持ってんだったら物次第で交換してやってもいいぜ?」
「いや、生憎連れから貰ったわずかな金くらいしか――」
金で思い出した。
ズボンのポケットから財布を取り出して中を確かめる。
結構持ってるな。
数枚の小銭を取り出しておっさんに見せるようにする。
「なあ、これはどのくらいの価値があるかな? 合金ばっかなんだけどさ」
「おぉ?」
俺の手から小銭を取っていって目を皿のようにして見ているおっさん。
確か青銅とかで出来ていた筈だから、少しは価値があるんじゃないか?
ここでの金属の価値なんて分からないけれど、それでも換金すれば少しは足しになると思う。
おっさんは一通り見てからこちらに向き直る。
「結構いいもん持ってんじゃねえか! ちょっとばかし量が少ねえが、まあいい! まけてやるよ! 何かひとつ持ってけ!」
「いいのか!?」
頷いてくれるおっさん。
驚いた。
せいぜいこっちの小銭で数枚返ってくる位だと思っていたのに、まさかそこまでしてくれるとは。
それにしても何かひとつ、か。
今の俺に必要なものを考えてみる。
……有りすぎて泣けてくるな。
優先順位の高いものはやっぱり身を守るための物だろう。
となると――
「これ、かな?」
「……兄ちゃん、そりゃ俺は嬉しいが流石に客にそんなもの持たせられねえよ」
俺が持ったのは刀身が80センチほどの剣。大体1キロくらいの重さで俺でもまだ振り回すことが出来る。
ブロードソードと言えばいいのだろうか。装飾品もなく簡素な造りの幅広の剣である。
うん、こいつが一番手に馴染む。
「おっさん、俺はこれがいいんだよ」
「でもよ……」
おっさんが渋るのは、これはおっさんが造った剣だからである。
このおっさんも魔術師で、傭兵業もやっているのだが鍛冶屋が夢だそうで簡易な工房でこんな剣や盾を造っているらしい。
おっさんの後ろに並んでいる刀剣類も全部造ったものだとか。
いやはや、格好いいね。
夢の為に傭兵になっただとか、最高の武器を造るんだとか、そういった話を聞かせてくれるおっさんは子供のようだった。
「こいつらも使ってやらなきゃただ朽ちていくだけだぜ?」
「……」
いや、おっさんが渋る気持ちもよく分かるけど、これが一番使いやすそうなんだからくれなきゃ困る。
俺が何も言わずに待っていると、遂に諦めたのか溜息を吐く。
「わかったよ。だがそれだけじゃ兄ちゃんに申し訳ねぇからな、こいつも持ってけ」
そう言って、懐から小さな箱を取り出して俺に渡してくる。
開けてみると中には指輪がひとつ入っている。
これは……?
「魔力を高めるミスリル銀で出来ている。俺が作った物の中では最高のもんだ」
ミスリル……ってあのゲームとかで希少価値の高い?
「いやいやいや! 流石にそんな物を貰うわけにはいかないよ!」
「いや、それじゃあ俺の気が済まねぇんだ! 持って行ってくれ!」
お互いに譲り合わず、時間だけが過ぎていく――
「何してんの、ユーキ?」
かと思ったらそうでもなかった。
蒼香がいつの間にか横に立って呆れた様な目でこちらを見ている。
ちょうど良かった。
「なあ蒼香、これくらいのミスリルってどのくらいの値段になる?」
そう言って箱に入れたままの指輪を蒼香が見やすいように差し出す。
「ミスリル? ……この大きさなら小さな家位は買えるよ?」
「ちょっ、おっさん! やっぱり受け取れないって!」
こんなんで家が買えるのかよ!?
おっさんに返そうとするが受け取ってくれない。
そっぽ向いたって可愛くねえっつの!
「で、一体何なの?」
「いや、実はな……」
蒼香に大体のあらましを説明。
終わったところで蒼香は一言――
「いいじゃん、貰いなよ」
「いや、だってこんな高価なもんを貰うわけには――」
「それはこの人に対して失礼だよ。貰ってくれって言ってるんだから素直に貰っておきな」
確かにそうなんだけどな……。
おっさんの前に立って、改めて問う。
「本当にいいのか?」
「ああ。兄ちゃんは俺の夢を笑わずに聞いてくれたしな。それくらい当然よ」
そうか……。
俺はおっさんの夢はかっこいいとしか思わなかったけど、回りからなんか言われてたのかね。
「分かったよ、おっさん。ありがとう」
礼を言って、取りあえず箱ごとポケットに突っ込む。
何だ?
おっさんを見ると何やら手招きをしている。
1歩近寄る。
「兄ちゃん、一回しか言わねえ。ちゃんと覚えろよ?」
さっきまでと違って小さく、真剣な声で話しかけられたので取りあえず頷いておく。
「『バルドロス・ディーノ』 俺の名前だ。バルドスって呼べ」
!?
フルネームか!
蒼香が言っていたことを考えれば俺のことを信頼してくれたってことなんだろう。
このおっさん、いや、バルドスもどれほど人が善いのだろうか。
それだったらこっちも名乗り返さなければいけないだろう。
「『浅木勇輝』 ユーキでいい」
ぬっ、とバルドスの手が伸びてきてガシガシと頭を撫で回される。
ええい! うっとうしい!
1歩下がってバルドスの手から逃れる。
「よろしくな、ユーキ。困ったときは助けてやるよ」
「ああ、こっちこそよろしく」
そう言って二人で笑いあう。
やっぱりいい人だな。
「で、何ではぐれたのかな?」
後ろを見ると蒼香が笑っている。
物凄くイイ笑顔だ。
思わず1歩後ずさりしてしまうくらいには、その笑顔は凄かった。
「いや、それは……」
とっさに言葉は出てこなかった。
俺ピンチ。
「バルドスのおっさん! 助けて!?」
さっき助けてくれると言っていたのだから!
「ユーキ、流石に俺も痴話ゲンカの仲裁までしたくねぇよ! よそでやりなぁ!」
豪快に笑って俺に死ねと言ってくる。
使えねぇ!
襟首を掴まれて引っ張られる。
蒼香さん? 少し首が絞まってるんですけど?
「じゃあ向こうでお姉さんと話をしようか」
そのままズルズルと引き吊られて行く。
気分はドナドナの仔牛だね。
「あーるー晴れた昼下がり、市場へ続ーく道ー」
あれ?
この道が市場へ続くかは知らないけど今の状況にぴったりじゃね?
周りからは変な眼で見られている。
まあ、歌っている男を引き吊る少女だなんて可笑しな光景だもんな。
おっさんがこちらに力無く手を振っているのが見える。
縁起悪いからやめてくれ。
余談ではあるがその後、カップルで男性が女性を放っておくと街中を引き吊り回されるということが多々あったそうな。
かなり長くなってしまいました。
そして話の進まないこと。
飽きずに読んで下さっている読者様方、本当にありがとうございます。
……別に長期停止のお知らせなどではありませんので。
これからもよろしくお願いします。