Page5:呼び名と夢と
「なあ、あれで威力が低いのか?」
先ほどの炎の槍を見て疑問に思ったことだ。
こいつは自分の魔術の威力は低いって言っていたけど、あれはそんな生易しいもんではなかった。
風で飛んだだけかもしれないけど最終的には灰も残らなかったし。
「あぁ、あれは威力を高める道具を使ったんだよ」
そう言って、森で取り出していた石を見せてくる。
手の平に収まるほどの透明で綺麗な石で、それ自体が淡く輝いているように見える。
しかしまあ、そんな道具があるのか。
「このチート野郎!」
「意味は分からないけど何か馬鹿にされてる気がするよ」
そんな、森を出た後のやり取り。
それからはこれといってハプニングは今のところは無い。
周りは見通しの良い緑の丘で、街道沿いに歩いて行くだけである。
所々に小さな村の様な集落があったがそこにも寄らず、ひたすら魔術の練習をしながら歩いて行くのだが、つまらん。
いや、練習がつまらない訳じゃない、継続は力なりってどこかの偉い人も言ってたし何より地道な作業は嫌いじゃない。
ただ全く魔術が使える予兆も何もなく、頼みの綱は時折こっちを見て笑うだけ。愚痴の1つや2つ言いたくもなるっつうの。
「あ、忘れてた」
目線だけ鈴谷に向ける。
何だよ、こっちは忙しいんだ。
それともようやく何かコツでも教えてくれるのか? などと思ったが違うようで。
「いや、直接的な魔術のことじゃないんだけどね? 町に着いたらって言うか、まあ、名前で呼ぶようにしてね?」
「……なんか理由があんのか?」
いや、だってねぇ。いきなり名前で呼べ、だなんて言われても訳がわからんよ。
「魔術には他人を呪うようなものもあるから、フルネームだとそういったものの対象になりやすいし、呪いの効果も完全なものになったりするんだよ。だからフルネームで自己紹介する時は相手のことを信頼してる時が普通なんだよ」
ふーちゃんも本当はもっと長い名前なんだよ、と言ってくる。
呪いか。やっぱりどこの世界にもあるもんなんだな。
そこでふと思い至る。
……待て、俺とお前は普通にフルネームで自己紹介してたじゃねえか。
「ちなみにユーキは信頼出来ると思って名乗ったから!」
ピースしながらそんなことを言うんじゃない、こっちが恥ずかしいっつうの。
しかもいきなり呼び捨てかよ。
顔赤くなってないよな、と手を当てて確かめてみると、案の定風邪でも引いたかのように熱い。
こいつのその信頼の基準はどこから来てるんだろうな、などと思いつつも歩みは止めずにむしろスピードを上げる。
いや、だってこんな(恐らく赤くなっているであろう)顔を見られたら恥ずかしいし。
ええいっ! 気を紛らわせるために練習だっ!
「あ、ほら。名前で呼ぶ練習もしておいてよ? 呪いって結構厄介なんだから」
え?
首をゆっくりと、いつの間にか横に並んでいた鈴谷に向ける。
俺も、お前を、名前で?
目線で訴えかける。
名前、ちゃんと、呼んでね?
微笑を返してくる。
アイコンタクト成功! 全く嬉しくねえ!
いや、鈴谷の返事は俺の勝手な想像だけどな、大体合ってると思う。
「何さ、ちょっと『蒼香』って呼べばいいだけの話でしょうに」
俺が呼ぼうとしてないのが分かった途端に頬を膨らませている。
子供か、お前は。
「そのちょっとが難しいんだよ……」
はぁ、と溜息1つ。
女子を名前で呼ぶだなんて女友達がいなかった俺にはハードルが高すぎるんですよ、鈴谷さん。
……友達、か。あいつら元気かな?
父さんと母さん、姉貴も心配してるかな?
……姉貴は何も言わずにぶん殴ってくるだろうな。
もっと小さい時に家出をして、帰ってきたときに父親でも母親でもなく、姉貴に殴られたことがあったな。
元の世界のことを考えてしまう。
あそこにいた時はつまらないと思っていたものがこんなにも貴いものだとは思ってもいなかった。
「ま、考えてもしょうがないか」
せっかく来たんだ、何かを成してから帰ろうじゃないか。
前向きに前向きに、っと。
「で、私の名前は?」
「人がせっかく上手く纏めようとしてんだからちったぁ空気を読めよ!」
思いっきり叫んで返してやる。
うまく逃げたと思ったんだが、駄目だったか。
「そもそも何で苗字じゃ駄目なんだよ?」
鈴谷って呼べばいいじゃねえか。
別にフルネームが分からなければいいんだし、俺が呼びやすいし、一石二鳥じゃん。
「え? 名前の方がパートナーっぽいじゃん、なんとなく」
「いつの間に俺とお前はパートナーになったんだよ!? 初耳だよそんなこと!」
さっきから叫んでばかりで喉が痛い。
鈴谷はこちらを不思議そうに見ているが、俺は鈴谷の思考回路が不思議でしょうがない。
あぁ、そっか。と鈴谷はどこか納得したような表情になる。
「ごめんごめん、言うの忘れてたよ。私の夢はね、自分の旅団を作ることなの。でも2人以上じゃないと作れないから今までは出来なかったんだけど、今はユーキがいるからね。ユーキはよく考えごとしてるから探し物とかだと思うんだけど、それだったら旅団が有名になれば見つけやすくなるし」
それに行く当ても無いでしょ?と、言われる。
まあ確かに行く当てもない、頼れる人っていうか知ってる人がこいつとフレアさんくらいだし、ついでに言えば金も無い。
更にこの世界には魔物もいる。対抗する手段も無い。
無い無い尽くしの俺に最初から選択肢なんぞも無いわけであって。
「はあ、分かったよ。よろしく、蒼香」
「うん!」
満面の笑顔と一緒に返される。
正面に小さくだけど町が見えてきた。
蒼香は今は前だけを見ている。
まあ、取りあえずしばらくは厄介になるとしますかね。