Page4:魔術と訓練と~その1~
「むむむむむ、む〜?」
昼過ぎということもあって、明るい森の中歩きながら唸る俺。
それを3歩ほど先から変な目で見る鈴谷。
集中集中。
俺がまだ理解しえないものが右手の掌に集まって行くイメージ。
……来た!
「てりゃあああぁ!」
気合と共に右手を前に突き出すが別に何も起こらなかった。
「はぁ……」
おい、溜息を吐くんじゃない。悲しくなるだろうが。
町を出てから20分後の出来事である。
さて、何をしているかは少しだけ時間を遡って説明しよう。
鈴谷と俺は適当に作ったサンドイッチを食べて、町の外へ出た。
町の外に出る為に鈴谷は少し着替えていたが、白いポロシャツのようなものと膝上5センチ程度の青いスカートだった。
本人曰くスパッツを穿いているからスカートでいい、だそうだ。
どのくらい掛かるのか聞いてみたところ森を出るのに30分、そこから近くの町まで行くのに30分。合計1時間。
流石にそんな時間を無駄にはしたくないから目下、一番気になっていることを聞いてみた。
「なあ、俺も魔術を使えるようになれないかな?」
「ん〜? なんで急に」
ひょい、とそれほど高くない段差を飛び降りて言葉を返してくる。俺も鈴谷に続くが着地音が明らかに重い。
急って訳じゃない。言うタイミングが無かっただけで、この世界に魔術があると理解した時に本当は聞きたかった。
自分の身を守るためってのもあるけど、もっと馬鹿らしい理由。
だってカッコいいじゃないか、魔術師だなんて。
「まあ、ずっとお前に守られてるのも気が引けるし、何よりも格好悪いしな」
本音は言わずに当たり障りのないことを言っておく。
くるり、と振り返ってくる。
そんなことをしたら危ないぞ。
「うん、確かに私もそんなに強い訳じゃないからちょうどいいかもね」
お?
「じゃあ……」
「使えるかどうかは努力(と才能)次第だけど私の知ってることは教えてあげる」
ガッツポーズ。
よっしゃ!
なんかボソッと言ってた気もするけど無視!
「じゃあ軽く説明するね」
「頼むよ」
軽く伸びをしながら鈴谷は俺の一歩前を歩く。
木の根が張り出したりもしているが軽く飛び越えて行ってる。
「ん〜、基礎から説明しなきゃいけないんだから……。そうだね。魔術には“属性”があってね、1人1人属性は違うんだけど大切なのは『自分の属性以外は例外を除いてほとんど使えない』ってこと」
どんなものでも使えるわけじゃないのか。
合体魔術! とかやってみたかったのに。残念だ。
説明をしながらでも鈴谷の速度は落ちることなく森の中を歩いて行く。
「色の話をしたときに『自分の色』って言ったでしょ? あれはちゃんと言うと自分の属性の色なんだよ。」
「属性の色?」
あれか、炎は赤とかそんな感じか?
「うん、例えばふーちゃん。ふーちゃんは純粋な“火”の属性だから真っ赤なんだよ」
「純粋な、ってのは?」
「あぁ、ごめん。別に属性は1人1つって決まってる訳じゃなくて、3つくらいまでなら結構ありえるんだよ。それで、2つ以上属性を持ってる人のことを総称して“ヴァリアル”。古代の言葉で“様々な”って意味。それに対して1つだけの人は“ゼヌイン”。“純粋な”って意味なんだ。でもこれは総称だから1人に対しては純粋なー、とかって言うだけ」
これは別に覚えなくていいよ、と付け足される。
3つまでなら普通にあるのか!
夢の合体魔術の可能性が再浮上!?
階段状になっているところを軽々登っていく。俺は無理。
「ちなみに鈴谷は?」
息を整えながら聞いてみる。
こいつが2つ以上持ってたら合体魔術出来るのか聞いてみたいし。
「……」
……こいつ、指折って数えてやがる。
「色は虹、っていうか、なんかよく分からなくて、属性は今のところ、8つ、かな?」
おい。
お前3つくらいまでが普通って言ってたじゃねえか。
倍以上あるお前はいったい何なんだ。
しかも今のところとか言いやがった。それ以上増やすつもりか。
才能のない人たちに分けてやれ。
いろんなことを考えてはいるが殆ど逆恨みのようなものだ。
「いや、私もおかしいとは思うし、実際大変なんだよ?」
天才様がなんか言ってやがるよこんちくしょう。
溜息なんぞ吐いてやがる。幸せが逃げるぞ。
「ねえ、浅木君。例えばホースを使って水を撒くときに出す所が広いのと、狭いの。どっちが遠くまで飛ぶ?」
ん?
どっちがって。
「そりゃ、狭い方だな」
家の庭でよく遊んだよ。
こっちにホースがあることに驚いたけど。
「そうでしょ? 私が持ってるのは全部広い奴で、狭いのを持ってる人と力比べすると絶対に負けるんだよね」
あー、器用貧乏なのか。そりゃ辛いわな。
ゲームとかでも火力が足らなきゃ長期戦になってそのままズルズルと負けたりするし。
ん?
でもゲームだと基本的にそういう奴は後のほうになるといきなり強くなったり……。
最終的には究極の器用貧乏で最強ですね。
「やっぱり卑怯じゃねえか!」
「ええぇ!?」
とりあえず行き場のない俺の憤りを叫ぶことで発散させておく。
あ、話ずれてた。
「それは別にいいや。2つの魔術を合体! とか出来ないの?」
別にいいとか言われた、などといじけているが無視。
俺の質問の方が大事です。よってさっさと詳細をプリーズ。
「魔術を合わせることは……出来ないことはない、くらいかな。聞いたことはあるけど実際に使ってる人は私の周りにはいなかったし」
そういえば忘れてたよ、などと思い出すように言っている。
一応出来るのか。いや、俺が2つ以上属性無いと意味無いんだけどさ。
「で、じゃあ俺はいくつ持ってて何の属性なんだ?」
「……」
おい、なんだその遂にその話になっちゃったか、みたいな顔は。
目を逸らすなこっちを見ろ溜息なんぞ吐くんじゃない!
「……分からない」
「は?」
なんて言った、こいつ。
「だーかーら! 分からないの! 魔力があることは確かなんだけど色が見えないんだよ! こんなことは初めてだし全く検討もつかないの!」
Oh,shit!
神様はどんだけ俺のことが嫌いなんだよ! 別に信じてないけど。
「じゃあ俺はどうすればいいんだよ?」
「とりあえず初歩の初歩からやってもらうよ。一通りやって何も変化が無かったら町で調べてみよう」
はぁ、俺の魔術師への道のりは酷く困難なものなようだ。
以上、回想終了っと。
で、今俺がやってるのは鈴谷が言ってた初歩の初歩、自分の中にある魔力を感じること。
その前に魔力がどんなものか分からんって言ったら、そこらへんは気合で! なんて言われた。
ちょっと殴ってやろうとも思ったけどこっちは教えてもらう側だし、何より1人1人感覚が違うそうなので手探りでやるしかないらしい。
「ぬおおおぉぉ!」
気合と共に右手を突き出す。
変化無し。
「いや、さっきから掛け声変わってるだけじゃん」
鈴谷から冷静なツッコミが入るが気にしたら負けなので無視。
しかし、かれこれ50回はやってると思うんだけど何も変化が無いってどういうことだよ。
叫びすぎて喉が痛いっつうの。
「もしかして壊滅的に才能が無いのかなぁ」
前から何か聞こえる。
つーかおい、人がせっかく考えないようにしてた事をそんなに簡単に言うんじゃない!
「おい、鈴た「しっ!」……?」
文句を言ってやろうと口を開いたらいきなり片手で制された。
何なんだよ?
「小さくだけど、遠吠えが聞こえる。急ごう」
そう言って少しだけ鈴谷はスピードを上げる。
俺には全く聞こえなかったけど鈴谷が言うなら間違いないのだろう。
あの時の恐怖を思い出し、そりゃマズイ、と鈴谷を追って少し駆け足になる。
「これくらいの速さなら多分追いつかれないから、少し落ち着いて」
半歩前を行く鈴谷に声を掛けられる。
そんなに焦ってたか? 俺。
汗が目に入りそうだったから手で拭うと、結構ベッタリと手に付いてくる。
どうやら自分の状態が分からないくらいには恐怖で頭が麻痺していたらしい。
「仕方ないとは思うけど、もう少し心を鍛えたほうがいいかもね」
いい案だとでも言わんばかりに楽しそうに笑っている。
俺が馬鹿みたいじゃないか。
大きく深呼吸して、むせる。
少し疲れてて、しかも遅くない速さで歩いてるんだから当たり前だよな。
大丈夫? と声を掛けてくるが問題ない、さっきよりかは落ち着いている。
心、ねぇ。
恐いもんは恐いが、それに立ち向かうだけの勇気を持てってことかね。
どっかのマンガであったけど『大切なのは1歩を踏み出す小さな勇気』だっけ?
……無かったかなぁ?
まあ、今の俺に必要なのは正にそれだろう。
1歩というのが具体的にどういうものなのか分からないけど、分からないなりに進んで行くしかないだろう。
俺にもはっきりと聞こえるほどの遠吠え。
「やばっ、見つかった!? 走るよ! って早っ!?」
言うと同時に鈴谷は駆け出す。
俺は遠吠えに反応して言われる前に走っていたけどな!
つーか見つかるの早いな! さっきからそんなに時間は経ってないぞ!?
「ごめん! 多分警戒網に引っかかった!」
頼むぜ、お前さんが頼りなんだから。
所々にある段差を全力で飛び越えて速度を落とさないように走り、鈴谷について行く。
うん、2,3秒で抜かされたよ。
あんまり運動してない割には足は速いほうだったんだけどな。
「全力で走ってて大丈夫なの!? まだ少しあるよ!?」
真横から少し大きめな声で言ってくる。
ふと言われて気付いたけど、疲労感っていうのはあまり感じてない。
だけど、俺より速く走ってるお前に言われたくはないわ。
「大丈夫だ、それほど疲れてない」
とりあえず返事はしておく。
俺、体力無かったんだけどなぁ。
「じゃあとりあえず森から出るよ!?」
「わかった」
横目で見ると鈴谷は腰の小さなポーチから何やら小さな石を取り出して右手に収めている。
前はもう森の出口のようで、森の外は光で見えなくなっている。
『集え、赤き炎。我が敵を貫け!』
眩しい光に包まれるように飛び出して、後ろに振り向く。
殆ど同時に4匹飛び掛かってきているが、鈴谷は向かえ打つように右手を突き出す。
『業火の槍!!』
刹那、10数本の燃え盛る細身の槍が飛び掛ってきていた狼たちに突き刺さり、その体を燃やしていく。
これで弱いのかよ、と思うほどの火力で燃えている。
炎に巻かれ、重い音をたてて地に伏していく狼たち。
生きた肉が焼ける特有の臭いがするが我慢する。
「すげえな」
灰も残らずに燃え尽きてしまった。
この世に生きていた証拠はもう無いのだ。
こんな物騒なもんをそこらの奴がポンポン使うってのは結構恐いな。
気分を変える為に、これから行くであろう道を見てみる。
どうやらこの森は小高い丘の上にあるようで、少しだけ下っていく様な道である。
「ん……、悪いね」
小さく声が聞こえたのでそちらを向くと、鈴谷は両手を胸の前で組んでいた。
……少し優しすぎる気もするけど、これがこいつの善い所なのだろう。
俺は鈴谷に合わせるように、1歩後ろで形だけでも同じように両手を組んで祈った。
12/28 蒼香の魔術の数について修正