Page3:きっかけと決意
空気が張り詰めている。
それは俺の隣にいるフレアさんからの重圧が原因。
なんで俺がここにいるのか、ねぇ?
そんなもんこっちが知りたいわ。
鋭い視線に気圧されるが、負けじと睨み返す。
「ここは魔術師のための町でね、周囲の森の入り口に結界が張ってあって、魔術師しか通れないようになっているんだ」
要するに魔術師ではないと言った俺がここにいるのはおかしい、と。
関係ない人を拒む結界ね、魔術って便利だな。
俺だったら部屋の入り口に張っておくね、主に家族が勝手に入らないように。
「蒼、あんたも分かってたんだろう? 何で連れて来たの?」
む?
そうだ、鈴谷は分かってて一緒にいたんだよな。
何でだ?
「……放っておけなかった」
「なんだって?」
「放っておけなかったんだよ! 森にいたから魔術師だと思ってたらベアウルフに襲われて逃げ回ってるし、そのまま殺されそうになっちゃうし! そりゃあ怪しいとも思ったさ! だけど! そんなことよりも目の前で人が死ぬのは嫌だし、もう友達だもん、見捨てられないよ……」
叫び、そして消え入るように声が小さくなってゆく。
目の端に少しだけ涙を浮かべながらフレアさんを見据えている。
まあ、な。
死なれるのは恐い。
ただ、鈴谷の定義が人より少し広いだけの話だ。
知り合って間もない俺を友と呼ぶのだからどれほどお人好しなのかとも思うが、その言葉は今の俺にとっては嬉しいものだ。
だから
「ありがとう鈴谷、もういいよ」
俺がここにいなければいいだけの話。
わざわざ命の恩人の立場を悪くしてまでここにいようとは思わん。
「簡単に引き下がるんだね」
「鈴谷に迷惑を掛けたくないんでね」
即答して立ち上がる。
それにここで説明しようにも俺自身、どうやってここに来たのか知っている訳じゃないから納得のいく説明なんて出来ないし。
さて、他の所に行くにしたって森の中を通らなきゃいけないんだよな……。
「なあ、誰か近くの町まで連れて行ってくれないか?」
フレアさんとオカマたちを見る。
この際オカマのうちの誰かでもいいから一緒に来てくれ。
俺1人じゃ道が分からないうえに確実に死ぬだろうからな。
「……いいわ。うちの「私が一緒に行くよ」 蒼!?」
鈴谷も立ち上がっていた。
なんでそこでお前が出てくるんだよ!
お前に迷惑掛けたくないから行くのに!
俺がこの空気に耐えられないってのもあるけど!
「ちょうど良かったんだよ。私もそろそろこの町から出るつもりだったし」
「……暁さんを探しに行くの?」
?
アキラって誰だ?
「それもあるけど、夢があるからね」
行こう、と声をかけてさっさと店を出ようとする鈴谷。
慌てて追いかける。
「待ちな少年」
後ろから呼び止められたので、上半身を捻って見ると、フレアさんがこっちに緩く何かを投げていた。
片手で受け止めるとジャラリ、と音がする。
多分、お金が入った袋。
「客に対して何もしてやれなかったからね。少しだけど持って行きな」
俺には価値は分からないがオカマたちがフレアさんに何か言ってるから、結構なもんなんだろう。
フレアさんにちゃんと向き直り、深く頭を下げてから既に行ってしまった鈴谷を追う。
「蒼を頼むよ」
店から出る時に小さくだけど、確かに聞こえた。
店の前で鈴谷は待っていてくれた。
「遅いよ、浅木君」
鈴谷は笑いながら言ってくる。
朝俺たちがいた、向かいの家に歩き出す。
10秒ほどで玄関に着き、家に上がる。
「なあ、本当にいいのか?」
付いて来てくれるのは嬉しいが、俺の為にこいつを引っ張りまわすことはしたくない。
「いいんだよ。本音を言えば何かきっかけが無ければずっとここにいたかもしれないから」
私は君を利用しているのと一緒、などと付け足して言うが利用されているだなんて思えないし、思わない。
荷物持ってくるから待ってて、と鈴谷は2階へと上がっていく。
持ってくるってことは一応準備はしてたんだな。上で物音がしている。
旅に出るようなもんだからな……。
あ、そういえば。
「アキラって誰なんだ?」
大きな鞄を持って降りてきた鈴谷に聞く。
夢も聞いてみたいが今は後でいいや。
さて、アキラね。名前からして男だよな。
彼氏か、彼氏なのか!?
お父さん許しませんよ!?
どこの馬の骨とも知れない奴にうちの娘はやれません!
馬鹿なことを考えてるとは思いつつ言葉を待つ。
「あぁ、私のお父さんだよ」
調子に乗って申し訳ありませんでした。
マズイ、土下座したいくらい恥ずかしい。
何がお父さん許しませんよ、だ。相手はそのものじゃねえか。
「私が小さい頃に出かけたまま帰ってこないんだよ」
「……」
重いな……。
鈴谷は笑っている。
なんでこいつは笑ってられるんだ?
「大体考えてることは分かるけどね、ふーちゃんとか優しかったから寂しくもなかったんだよ」
「あ、フレアさんといえば」
先ほど投げ渡された物を鈴谷に渡す。
「少ないけど持って行けってさ」
「……!」
驚いているから、やっぱり結構な額だと思う。
俺に頼む、って言ったくらいだからな。よっぽど心配しているんだろう。
旅立つ子を見守る親、じゃちょっと失礼だから旅立つ妹を見守る姉といったところかな。
「ふーちゃん、ありがとう……」
さて、感動的な場面なんだが何も食べてないんだな。
だから人の生理現象なんだから仕方ない訳であって。
ぐぅぅ、と大きな音が俺の腹から響く。
顔が熱い。きっと俺の顔は真っ赤であろう。
恐る恐る鈴谷を見ると、向こうも顔を真っ赤にしてこちらを見ていた。
ブルータス、お前もか。
「っぷ、あははは」
「くっ、くくくく」
耐えられずに俺たちは笑い出す。
「何か食べて、それから出発かな」
「ああ、よろしく」
どんな旅になるかは分からないけど、少なくともこいつが一緒なら退屈なんてなさそうだ。