Page2:恐怖のレストラン“漢”!
俺たち二人はピクピクと指先を動かすことしか出来なかった。
「大丈夫ぅ? おしぼり持ってきたわよぉ?」
従業員の1人が声をかけてくる。
その気持ちは嬉しいが、あんたも今は恐怖の対象なんだよ……。
従業員はおしぼりをテーブルに置き、厨房へ戻って行く。
いや、うん。
確かに俺が行こうとは言ったよ。
好奇心に負けた俺が悪いのも分かってる。
でも鈴谷、先にここの店の特徴を言っておいて欲しかった……。
「ぁらん? 御注文はお決まりぃん?」
「いらっしゃいませぇん。何名様かしらん?」
「またのご利用、お待ちしてますわん」
この店、従業員が全員オカマだった。
少しだけ時を遡る
「あっはっはっはっは!」
女性の笑い声が店内に響き渡る。
俺の右隣で大笑いしてるのは俺たちがいるレストラン“漢”の店長、フレアさん。
日本人でも有り得ない様な真直ぐ腰まで伸びた綺麗な黒髪とツリ目がちの黒目、火が付いていない煙草を咥えているのがトレードマークの美人さんである。
ちなみに服装は紺のジーンズと黒い長袖のシャツ、その上に漢と書かれたエプロンをつけている。
で、なんで大笑いしているかというと俺たちの状態が原因だろう。
「あの、笑ってないで助けてよ……」
鈴谷が消え入るような声でフレアさんに助けを求めているが効果はない。
何というか、今の俺たちを表す言葉は1つしかない。
オカマに埋もれている。
2人や3人ではなく総勢12人のオカマに顔や体を触られている。
少し見方を変えればただの変態集団である。
「結構いい体してるわねぇ、ボウヤ」
「でも私たちのカラダの方がすごいわよん?」
「この子になら私は捧げてもいいわねぇん……」
周りのオカマたちが何か言っている。
なんというか、普通に狙われていた。
つーか体を触るな捧げるとか言うな目の前で服を脱ぐんじゃない!
最初はよかった。
鈴谷とここの店長、フレアさんは知り合いだったらしく、店に入って顔を合わせた時には久しぶりー、みたいな会話をしていた。
で、そこから急展開。フレアさんが近くにいた従業員に鈴谷の倅が来たぞ、などと言ったらいつの間にか店の一番奥の席に座らされもみくちゃにされ、さきほどの会話がなされ、冒頭に至る。
短い説明だとは思うが実際こんな感じだった。
「あー、悪かったね。」
ぐったりとした俺たちにフレアさんが声をかけてくる。
昼飯食いに来たのに、何も食わずに疲れ果てるってどういうことだよ……。
少しだけ体を起こす。
俺の前で突っ伏している鈴谷は最早体を起こす気力も無いのだろうか、右手だけふらふらと何かを探すようにテーブルの上をさまよっている。
下手したらトラウマになるよな、あれは。
とりあえず目の前でふらふらとうっとおしい鈴谷の右手に、先ほど持って来てもらったおしぼりを投げつける。
キャッチ、そして俺の顔面にリリース。
べしゃり、とテーブルへおしぼりが落ちる。
……元気あるじゃねえか。
「ふーちゃん、誰あの人たち……」
少しだけ顔を上げて鈴谷が尋ねる。
ていうかふーちゃんって……フレアの“ふ”だけ取ったのか。
なんて安直な。
「あいつらは全員元傭兵でね、あんたの父親を目標にしていた奴らさ」
ふーん、傭兵ねぇ。
まあ森にあんな凶暴な動物もいるから必要なんだろうな。
でも、あの人たちに守られたくはないな……。
オカマたちにもみくちゃにされている時に聞いたが、鈴谷の親父さんは傭兵や魔術師の間では結構有名な人なんだとか。
ちらり、と店内を見回す。
人気があるというのは本当のようで、オカマたちがせわしなく店内を行ったり来たりしている。
「綺麗な魔力だと思ったら傭兵さんだったのか……」
綺麗な魔力?
――カラダハキレイデシタヨ?――
……っは!危ねえ、変な世界に連れて行かれるところだった。
変な妄想を消すために鈴谷に向かって問い掛けてみる。
「なあ、魔力に綺麗とか汚いとかあるのか?」
そもそも魔力って見えるもんなのか?
「ん? 少年は魔術師じゃあないのか?」
問いかけた鈴谷ではなくフレアさんから言葉を返される。
声がした方を見るといつの間にかフレアさんの背後に目を見開いたオカマたちが集まっている。
お前ら仕事はどうした。
「あー、そっか。浅木君は魔術知らないんだっけ」
ようやく体を起こした鈴谷が言ってくる。
まあ、そんなもんが無い世界にいたしな……。
「……」
フレアさんは膝を組んで右手をあごに当てて何やら考え込んでいる。
美人はこういう姿も絵になるな。
「軽く説明するね? 綺麗、汚いっていうより澄んでいる、濁っているって言ったほうが表現的には合ってるかな」
鈴谷はどこから取り出したのか、ペンで紙に魔力、と書いている。
あんまり変わらん気もするけど軽く頷いておく。
「それでね、これはまだちゃんと解明されてないんだけど魔力っていうのは循環するんだよ。人の体でも、動物の体でも、世界という大きなくくりになっても。人は循環させる過程で自分たちが扱いやすいように無意識に魔力を変換させちゃう」
悪いことじゃないんだけどね、と言いながら鈴谷は紙に世界という円と、その中に木と人と犬?の絵を描き、魔力が循環しているように外側から内側へ、内側から外側へと矢印をつける。
「簡単に言えば魔力っていう透明な水に自分の色の絵の具を足すんだけど、魔力の制御っていうか、扱いが下手だと体の内から外に出すときに濁った感じで出て来るんだよ。だから澄んだ色を纏っている人はちゃんと修練を積んだ人が大半で、ここの人たちは修練は欠かさなかっただろうから、澄んだ、綺麗な色の魔力を纏ってる」
命に関わるからね、と最後に付け加え鈴谷はペンを置いて肩をすくめた。
途中までちゃんと説明に使われていた紙は、今はただの落書き用紙になっていた。
「要するに濁り具合で真面目に修練してるか分かって、ここの人たちは澄んだ魔力を纏っているからちゃんとした実力を持っている人たちってことか」
「ん、まあ真面目に修練しても壊滅的に才能が無い人とかは濁ったままだったりするけどそれは例外だし、相手の実力を計る目安にはなるよ」
へぇ、あのオカマたちは実力者で澄んだ色を纏っている、ねえ……。
一瞬、カラフルなオカマたちを想像してしまいテーブルに伏せて悶絶する。
くぅ、と俺たちの腹から音が聞こえる。
そういえばまだ何も食べてないんだったな。俺は注文するためにフレアさんに向き直って口を開こうとした――
「少年、何であんたはここにいるんだい?」
有無を言わせない声音で問いかけてくる。
どうやら昼飯はもう少し後になりそうだ――